幕間④ 白石、友達ができる
渓谷を抜けた翌日、街道の脇に、女の子がうずくまっていた。
紫の髪。背中に小さな蝙蝠みたいな翼。魔族の子だ。足首を押さえて、涙目でこちらを見上げている。
「あのぅ……足、くじいちゃってぇ……」
白石は、すぐに駆け寄った。
隣でシロが、ものすごい顔をした。耳がぺたんと後ろに倒れ、鼻の頭にしわが寄り、
尻尾がぴたりと止まる。今まで見たことのない表情だった。
(シロ、人見知りするんだ)
意外な一面だった。
女の子はネフィと名乗った。次の町まで行きたいが、この足では歩けないという。
白石は迷わず、背中を向けてしゃがんだ。
「乗って」
「えっ、いいんですかぁ?」
「うん。鎧、ちょっと硬いけど我慢してね」
ネフィは驚くほど軽かった。背中で何度も「すごぉい、力持ちぃ」と言われたが、正直、鎧の重さの方がよほど堪えた。
◆ ◆ ◆
町に着いて、宿を取って、白石は思い切って言った。
「一人旅なら、良かったら一緒に行かない? 足が治るまででもいいから」
ネフィは目を丸くして、それから、ふにゃりと笑った。
「……はぁい。よろしくお願いしますぅ」
召喚されてから、ずっと話し相手はシロだけだった。
シロは賢いし優しいけれど、返事は「わふ」しかない。
言葉の通じる誰かと並んで歩けるのは、思っていた以上に嬉しかった。
ネフィは、距離の近い子だった。
焚き火の前では肩にもたれてくるし、宿では「お部屋、一緒でいいですよぉ」と言う。
こっちの世界の人は、みんなこうなのだろうか。それとも、ネフィが人懐っこいだけなのか。
どちらにしても、白石は嫌ではなかった。寒そうにしていればマントを貸したし、
相部屋なら宿代が浮くので助かった。
宿の部屋に入った時、ネフィがベッドに座って何か言いたそうにしていたが、
白石はそれより窓の桟の埃が気になってしまった。
後で思い返して、話を聞いてあげればよかったと少し反省した。
◆ ◆ ◆
三日目の朝。
目を覚ますと、床に短剣が落ちていた。
黒い刃の、細身の短剣だ。ネフィの荷物から転がり出たのだろう。
拾い上げると、刃にべったりと黒いものがこびりついていた。
錆なのか、別の何かなのか。触れた指先が、少しだけぴりっとした。
(ひどい。こんなになるまで放っておいたら、刃が駄目になっちゃう)
道具は、手入れをしてこそ長持ちする。前の職場で、嫌というほど叩き込まれたことだ。
気になったので、手を入れた。
黒いものが取れると、下から綺麗な銀色の刃が出てきた。
窓から差し込む朝日を受けて、きらりと光る。
(うん。いい短剣だ)
ネフィは毛布を頭からかぶって、まだ寝ていた。
いや、寝たふりをしていたのかもしれない。肩が少し震えていた。
シロは窓際で、ネフィの方をじっと見張るように座っていた。
白石と目が合うと、何事もなかったかのように尻尾を振った。
「ネフィ、これ落としてたよ」
毛布から顔を出したネフィは、短剣を見て、白石を見て、また短剣を見た。
顔が、真っ青になっていた。
「大事な物なんでしょ。手入れしといたよ」
「…………」
「ネフィ?」
「……あ、ありがとう、ございますぅ……」
消え入るような声だった。
寝起きで具合が悪いのかもしれない。足もまだ痛むのだろうし、あまり無理をさせない方がいい。
◆ ◆ ◆
朝ご飯は、宿の近くの屋台で買った揚げパンにした。
砂糖をまぶした、まだ熱いやつだ。白石は二つ買って、一つをネフィに渡した。
「足、まだ痛む? 今日はゆっくり歩こうね」
ネフィは、揚げパンを両手で持ったまま、しばらく動かなかった。
それから、小さな口でかじった。
「……おいしい、ですぅ」
「でしょ。この世界の甘いもの、当たりが多いんだよね」
ネフィは何も言わず、もう一口かじった。紫の睫毛が、少しだけ濡れているように見えた。
砂糖が目に入ったのかもしれない。
シロが、白石の足元で「わふ」と小さく鳴いた。いつもの、ちょっと呆れたような声だった。
町を出る頃、ネフィは白石の半歩後ろを、黙ってついてきた。
振り返ると、目が合った。ネフィは慌てたように目を逸らして、それから、ほんの少しだけ笑った。
今まで見た中で、一番自然な笑顔だった。
(友達、できたな)
兜の中で、白石も笑った。




