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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第1章

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第5話 最下級からの再出発


自由都市アルカの正門には、長い列ができていた。


荷物を満載した商人の馬車。


武器を背負った冒険者。


色鮮やかな衣服をまとった旅芸人。


角や獣の耳を持つ、千鶴たちが見たことのない種族。


誰もが順番を待ちながら、巨大な城門の下を行き交っている。


「本当に、いろんな人がいるね」


千鶴は首を動かしながら、周囲を見渡していた。


「姉さん、見すぎ」


「だって、あの人は耳が頭の上にあるよ」


「聞こえるから指をささないで」


「そっちの人は角が生えてる」


「だから指をささない」


「薫は気にならないの?」


「気になるけど、見られる側の気持ちも考えてる」


その言葉に、千鶴は自分の肩へ目を向けた。


小さな黒龍ノクスが、物珍しそうに周囲を見回している。


通り過ぎる者たちもまた、ノクスへ視線を向けていた。


「あの子、翼があるぞ」


「小型の使い魔か?」


「見たことのない種類だな」


ひそひそと交わされる声を聞き、ノクスが不満そうに頬を膨らませる。


「キュルル……」


「大丈夫。かわいいって言ってるだけだよ」


千鶴が小声でなだめる。


「誰もかわいいとは言ってなかったけど」


薫が指摘した。


「私にはそう聞こえたの」


「便利な解釈だね」


商隊の前方では、ダリオが門番へ事情を説明していた。


帝国兵に襲撃されたこと。


荷車の一台が壊れたこと。


《朝露の小径》と、偶然居合わせた二人の旅人によって救われたこと。


話を聞いた門番たちの表情が険しくなる。


「帝国兵だと確認できたのか?」


「装備と紋章は間違いない。ただし、生き残った兵は全員逃げた」


「証拠は?」


ダリオは荷車から、一本の曲剣を取り出した。


千鶴が戦った指揮官のものだった。


刀身の根元には、黒い城壁を翼で囲んだ紋章が刻まれている。


門番はそれを確認し、近くの兵士へ渡した。


「守備隊本部へ報告しろ。北街道の巡回も増やす」


兵士が走り去る。


門番はダリオたちへ向き直った。


「事情聴取は必要だが、負傷者もいる。先に入れ。冒険者たちはギルドから正式な報告書を提出してくれ」


「分かった」


ダリオが頷いた。


門番の視線が、千鶴と薫へ移る。


傷だらけの服。


欠けた武器。


見慣れない耳飾り。


そして千鶴の肩に乗る黒い生き物。


「そちらの二人は?」


「俺たちを助けてくれた旅人だ」


ダリオが答える。


「身分を証明できるものは?」


薫は僅かに沈黙した。


エルディアの軍籍票なら持っていた。


だが、黄昏塔へ突入する前に捨てている。


そもそも、この世界で通用するはずもない。


「ありません」


薫は正直に答えた。


「森で荷物を失いました」


「どこの出身だ?」


「東方海域の、地図にもほとんど載らない小さな地域です」


「地域名は?」


千鶴が口を開く。


「セレ――」


薫が姉の脇腹を肘で突いた。


「痛っ」


「どうした?」


門番が眉を寄せる。


「何でもありません」


薫は穏やかに微笑んだ。


「故郷では、外部の者へ土地の名を明かさない風習がありまして」


「そんな風習あった?」


千鶴が小声で尋ねる。


「今できた」


薫も小声で答える。


門番は二人を見比べた。


明らかに怪しんでいる。


その時、リオが前へ出た。


「この二人の身元は、俺たち《朝露の小径》が保証する」


「アイアン級の保証では、長期滞在許可までは出せんぞ」


「だから、これから冒険者登録をしてもらう。ギルドなら能力も経歴も記録できる」


門番は少し考えた後、二人へ木製の札を差し出した。


「本日中に冒険者ギルドで仮登録を受けろ。登録できなかった場合、この札を持って守備隊詰所へ来ること」


「ありがとうございます」


薫は札を受け取った。


千鶴も頭を下げる。


ノクスまで真似をするように、小さく頭を下げた。


門番が僅かに目を丸くする。


「賢い使い魔だな」


「キュル!」


今度こそ褒められたと分かったのか、ノクスは誇らしげに胸を張った。



城門を抜けた瞬間、千鶴は立ち止まった。


目の前に、街が広がっている。


白い石造りの建物。


その間を縫うように流れる幾つもの水路。


水路の上を、魔石の光を放つ細長い船が進んでいる。


通りの両側には露店が並び、焼いた肉や香辛料の匂いが漂っていた。


建物の壁面には、魔法で動く看板が浮かんでいる。


鉄製の鳥が羽ばたきながら店の宣伝をし、透明な水の魚が空中を泳いでいた。


「すごい!」


千鶴の声に、通行人が振り返る。


「姉さん、少し声を抑えて」


「薫、あれ見て!」


「見てる」


「船が水の上を勝手に動いてる!」


「船は普通、水の上を動くものだよ」


「漕いでないよ!」


「魔導具で動いてるんだと思う」


「乗りたい!」


「まずギルド」


「その後は?」


「宿と食事」


千鶴の腹が、返事をするように鳴った。


薫が姉を見る。


千鶴は無言で腹を押さえた。


「……まず食事でもいいかも」


「さっきパンを食べたよね」


「戦ったから消えた」


「食べ物は消費されるもので、戦ったから消えたわけじゃない」


「薫はお腹すいてないの?」


「すいてる」


「じゃあ食べよう」


「先に登録。身分証がないまま街を歩き回る方が危険だ」


「薫は真面目だなぁ」


「姉さんが自由すぎるだけ」


その肩で、ノクスが屋台の肉を目で追っている。


千鶴が右へ動けば右へ。


左へ動けば左へ。


やがて甘辛い香りに耐えられなくなったのか、小さな翼を広げた。


「ノクス、待って!」


千鶴が尻尾を掴む。


「キュッ!?」


空中へ飛び出しかけたノクスが、千鶴の肩へ引き戻された。


「勝手に食べたら泥棒になっちゃうよ」


ノクスは納得できない様子で、屋台の肉と千鶴を交互に見た。


「お金を稼いだら、いっぱい食べようね」


「キュル……」


「約束」


千鶴が小指を出す。


ノクスは首を傾げた後、小さな前足を千鶴の指へ乗せた。


薫はその様子を見て、息を吐く。


「その食費を稼ぐためにも、早く登録しよう」



大陸冒険者連盟アルカ中央支部。


建物というより、ひとつの城だった。


巨大な正面扉の上には、剣と杖、その背後に翼を広げた紋章が掲げられている。


内部へ入ると、吹き抜けの広間が広がっていた。


依頼書が貼られた巨大な掲示板。


素材を運ぶ冒険者。


武器を鑑定する職員。


負傷者を治療所へ運ぶ者。


酒場からは笑い声と食器がぶつかる音が響いている。


二階以上にも多くの人が行き交い、奥には地下へ続く大きな階段まであった。


「これ全部、冒険者ギルドなの?」


千鶴が尋ねる。


「アルカは大陸総本部のある都市だからな」


リオが答えた。


「登録受付だけじゃない。素材の買取、武器の鑑定、治療、宿泊、訓練、遺跡の管理まで、ほとんど何でも揃ってる」


「ご飯も?」


「酒場ならある」


千鶴の足が酒場へ向く。


薫が外套の襟を掴んで止めた。


「登録が先」


「見るだけ」


「見るだけの顔じゃない」


ダリオは楽しそうに笑った。


「お前たち、見ていて飽きないな」


一行は受付へ向かった。


長いカウンターの向こうでは、複数の職員が冒険者へ対応している。


リオはその中から、淡い緑色の髪をまとめた女性の前へ進んだ。


「エルナさん」


「お帰りなさい、リオさん」


受付係の女性――エルナは、笑顔で一行を迎えた。


「予定より遅かったですね。何かありましたか?」


「北街道で帝国兵に襲われた」


エルナの表情から笑みが消える。


「詳しく聞かせてください」


リオたちは、襲撃の状況を説明した。


エルナは話を聞きながら、素早く書類へ記録していく。


「負傷者は?」


「ミアが応急処置した。重傷者はいない」


「帝国兵の死者は?」


「確認していない。全員撤退した」


エルナの視線が、千鶴と薫へ向く。


「こちらのお二人が?」


「ああ。二人がいなければ、商隊を守り切れなかった」


「俺からも礼を言わせてくれ」


ダリオが割って入る。


「この二人は命の恩人だ。身元保証が必要なら、俺の商会も保証人になる」


エルナは千鶴たちを見つめた。


柔らかな表情だが、瞳は鋭い。


「お名前を伺っても?」


「千鶴です」


「薫です」


「ご姉弟ですか?」


「双子です!」


千鶴が答える。


「姉さん、そこまで強調しなくても」


「大事なところでしょ」


エルナは僅かに微笑んだ。


「冒険者登録をご希望と聞きました」


「はい」


薫が答える。


「ただ、身分を証明できるものがありません」


「遠方から来た方や、戦争で故郷を失った方も多いですから、それ自体は珍しくありません。ただし、正式登録まで一定期間は仮登録扱いとなります」


「仮登録?」


千鶴が尋ねる。


「簡単な講習と適性検査を受け、問題がなければストーン級として正式登録されます。それまでは街中の雑務や、危険性の低い採取依頼しか受けられません」


「ストーン級……」


千鶴が呟く。


エルディアでは、二人は国家の英雄だった。


数万の軍勢の中心で戦い、世界を滅ぼす兵器を止めた。


それが今度は、最も低い冒険者ランクから始める。


千鶴の口元が緩んだ。


「何かおかしいですか?」


エルナが尋ねる。


「いえ」


千鶴は笑顔で首を振った。


「最初から始められるのが、ちょっと嬉しくて」


エルナは不思議そうにしたが、それ以上は尋ねなかった。


二枚の登録用紙を差し出す。


「こちらへ記入をお願いします」


千鶴と薫は、紙を見た。


見慣れない文字が並んでいる。


話し言葉は理解できる。


しかし文字は、やはり読むことができなかった。


「……薫」


「読めない」


「やっぱり?」


「やっぱり」


二人が固まっていると、エルナが首を傾げた。


「文字の読み書きができませんか?」


「故郷の文字とは違っていて」


薫が答える。


「では、口頭で伺います。こちらで代筆しますね」


「助かります!」


千鶴が安堵したように答えた。


氏名。


年齢。


出身地。


戦闘経験。


使用する武器。


得意な魔法。


エルナが一つずつ質問していく。


「戦闘経験は?」


千鶴と薫は顔を見合わせた。


「多少あります」


薫が答える。


「多少?」


セナが後ろから口を挟む。


「帝国兵十五人を相手にして、指揮官まで倒しておいて?」


「姉さんは、経験を正確に説明すると余計な質問をされると思ってる」


「薫も同じでしょ」


エルナの手が止まった。


「過去に軍へ所属していましたか?」


「似たような組織には」


薫は曖昧に答えた。


嘘ではない。


「得意属性は?」


「私は火です」


千鶴が答える。


「僕は水と闇」


薫が続ける。


「複合属性ですか」


エルナは僅かに目を見開いた。


「珍しいの?」


千鶴が尋ねる。


「二属性へ適性を持つ方は、全体の一割にも満たないと言われています。ただし、実際に両方を戦闘で扱える方はさらに少ないですね」


「薫はすごいんだよ」


千鶴が誇らしげに言う。


「姉さんが威張ることじゃない」


「双子だから半分は私の功績」


「何も分けてない」


エルナは笑いをこらえるように口元へ手を当てた。


「次は属性適性を確認します。こちらへどうぞ」



二人が案内されたのは、受付の奥にある小さな検査室だった。


中央の台座へ、透明な水晶が置かれている。


壁には、火、水、土、風、光、闇、空間を示す七つの紋章が刻まれていた。


エルナのほかに、白衣を着た老職員が待っている。


「属性鑑定官のオルドです」


老人は短く名乗った。


「水晶へ手を置き、普段魔法を使う時と同じように力を流してください。ただし、無理に強く流す必要はありません」


最初に千鶴が台座の前へ立つ。


「壊したら弁償?」


「通常の検査で壊れることはありません」


「姉さん、壊す前提で聞かないで」


千鶴は水晶へ右手を置いた。


胸の奥に眠る太陽へ意識を向ける。


力は遠い。


それでも、小さな火を灯すように呼びかけた。


水晶の中心へ、赤い光が生まれた。


炎が渦を巻く。


「火属性」


オルドが記録する。


その直後。


赤い炎の中に、一本の黄金の光が走った。


水晶の温度が急激に上がる。


台座の周囲へ熱気が広がった。


「熱っ!」


千鶴が手を離す。


水晶の内部では、黄金色の火花が数秒間だけ舞っていた。


壁に刻まれた光属性の紋章も、僅かに明滅する。


オルドが眉を寄せた。


「火属性への適性は非常に高い。光属性にも微弱な反応があります」


「光は使えません」


千鶴はすぐに答えた。


回復を求められたり、神殿へ目をつけられたりすれば面倒になる。


薫と事前に決めていたとおり、火属性だけで通す。


「過去に治療や浄化を行ったことは?」


「ありません」


オルドは千鶴を見つめた後、記録へ何かを書き加えた。


「登録上は火属性。光属性反応については経過観察とします」


次に薫が水晶の前へ立つ。


右手を置く。


月の力へ意識を向けた瞬間、水晶の表面へ薄い霧が広がった。


内部に青い水が満ちていく。


続いて黒い影が水の中へ溶け込んだ。


水と闇。


二つの紋章が同時に光る。


「申告どおり、複合属性です」


エルナが感心したように言う。


しかし、オルドは答えなかった。


水晶の内部を凝視している。


青と黒の光が、一定の形を保たず揺れている。


水が凍り。


影が広がり。


また水へ戻る。


やがて検査室から、すべての音が一瞬だけ消えた。


千鶴の呼吸も。


エルナの衣服が擦れる音も。


羽ペンが紙へ触れる音も。


完全な静寂。


薫が慌てて手を離す。


音が戻った。


「ごめんなさい」


「今のは闇属性の消音術ですか?」


エルナが尋ねる。


「似たようなものです」


薫は答えた。


オルドは水晶へ顔を近づける。


表面に、細い白い筋が浮かんでいる。


亀裂ではない。


霜だった。


「水と闇の複合属性。術式構造は……解析不能」


老人が呟く。


「何か問題がありますか?」


薫が尋ねる。


「現在の出力は高くない。だが、水晶が力の流れを正確に識別できていない」


千鶴が薫の隣へ立つ。


「危険ってこと?」


「未知の術式を危険と断定することはできません」


オルドは記録用紙へ文字を書き込んだ。


「登録は可能です。ただし、今後も定期的な再検査を受けてください」


「分かりました」


薫は頷いた。


オルドは二人の記録を見比べる。


火属性。


水・闇属性。


どちらも現在の出力は新人冒険者の範囲を大きく超えていない。


それでも老人の顔から、違和感は消えていなかった。


「次は使い魔です」


エルナがノクスを見る。


ノクスは千鶴の肩で前足を舐めていた。


「ノクス、おいで」


千鶴が水晶の前へ立たせる。


ノクスは透明な球体を見つめた。


鼻先を近づける。


「触れさせてください」


エルナが言う。


千鶴がノクスの前足を持ち、水晶へ乗せた。


何も起きない。


「キュル?」


ノクスが首を傾げる。


次の瞬間、水晶の中心へ小さな紫色の光が現れた。


光は一度だけ大きく脈打ち、すぐに消える。


オルドが水晶を確認する。


「種族判定不能。魔力反応は微弱。現時点での危険度は低い」


「使い魔として登録できますか?」


「所有者との契約印が確認できません」


千鶴が困ったようにノクスを見る。


「契約してないもんね」


「勝手についてきただけだからね」


薫が言う。


ノクスが不満そうに薫を睨む。


「家族になったんだよ」


千鶴が訂正した。


「ギルドの規則上は、同行小型魔獣として仮登録できます」


エルナは小さな銀色の札を取り出した。


「街中では必ずこちらを身につけさせてください」


札にはギルドの紋章が刻まれている。


千鶴がノクスの首へ細い革紐で取りつける。


「似合うよ」


ノクスは札を見下ろし、すぐに口で噛み始めた。


「駄目! 壊したら弁償だから!」


千鶴が慌てて止める。


薫は小さく呟いた。


「食費だけじゃ済まないかもしれない」



最後に案内されたのは、武装鑑定局だった。


広い室内には、剣や槍、鎧、魔導具が並んでいる。


巨大な炉。


素材を調べるための魔法陣。


何人もの鑑定士が武器を手に取り、記録を作成していた。


千鶴と薫の前へ現れたのは、片眼鏡をかけた小柄な老人だった。


「武器を台へ置け」


挨拶もなく、老人が言う。


千鶴は大剣を。


薫は長剣と短剣を、慎重に台へ置いた。


老人は千鶴の大剣へ触れる。


刃の欠け。


刀身の亀裂。


くすんだ銀色の表面。


「ひどい状態だ」


「直せますか?」


千鶴が尋ねる。


老人は答えず、小さな金槌で刀身を軽く叩いた。


澄んだ金属音ではない。


遠くの空洞から響くような、奇妙な音がした。


老人の表情が変わる。


「材質が分からん」


「分からない?」


「鉄でも銀でも、既知の魔力金属でもない。内部に複数の層があるが、鍛接の跡がない」


次に魔力を測定する器具を近づける。


針が一瞬だけ最大まで振れ、すぐにゼロへ落ちた。


老人は器具を叩く。


もう一度測る。


同じだった。


「壊れてます?」


千鶴が尋ねる。


「器具は正常だ」


老人は不機嫌そうに答えた。


「武器の方が、測定を拒んでいる」


薫の双剣も同じように調べる。


長剣からは冷たい霧が。


短剣の周囲からは、一瞬だけ音が消えた。


しかし、どちらもすぐに反応を失った。


老人は三本の武器を見つめ、腕を組む。


「これは死んだ武器ではない」


千鶴が顔を上げる。


「じゃあ、直せる?」


「眠っている」


老人は大剣の亀裂を指でなぞった。


「今は武器の姿を保っているだけだ。無理に魔力を流せば、刃が壊れるより先に使い手の生命力を吸う可能性がある」


「生命力を……」


「このまま使い続けることは認められん」


千鶴が大剣の柄を握る。


「でも、これは大切な剣なんです」


「捨てろとは言っていない」


老人は布を三枚取り出した。


「戦闘で使うなと言っている。通常の鍛冶師では修復できん。下手に炉へ入れれば、何が起きるかも分からん」


薫が双剣を見る。


黄昏塔で、本来の姿を取り戻した武器。


二人を守り、世界を渡らせた神器。


今はもう、小さな力を引き出すだけでも壊れかけている。


「いつか直す方法はありますか?」


薫が尋ねた。


「ないとは言い切れん」


老人は答えた。


「だが、今のお前たちには扱えない。力を失ったのではなく、武器がお前たちを拒んでいるように見える」


「拒んでる……」


千鶴の表情が曇る。


薫は神器へ視線を向けた。


違う。


拒んでいるのではない。


自分たちを守るため、眠っている。


なぜか、そのように感じた。


「姉さん」


薫が呼ぶ。


「今は休ませよう」


千鶴は大剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。


やがて、ゆっくりと頷く。


「うん」


二人は武器を布で包んだ。


背負うことはできる。


だが、次に目覚める日まで抜かない。


エルディアで戦い抜いた剣との、一時的な別れだった。


「代わりの武器が必要だな」


鑑定士が言う。


「でも、私たちお金がありません」


千鶴が答える。


後ろからダリオの声がした。


「それなら俺が――」


「駄目です」


薫が振り返る。


「食事や街までの同行だけでも、十分に助けていただきました」


「命を救われた礼にしては安すぎる」


「僕たちは、自分たちで稼ぎます」


千鶴も頷いた。


「最初の武器は、自分で手に入れたいです」


ダリオは二人を見た後、諦めたように笑った。


「頑固な双子だな」


「姉さんだけです」


「薫もだよ」


エルナが口を開く。


「仮登録冒険者には、訓練と初級依頼のための貸与武装があります。ただし、破損した場合は報酬から修理費が差し引かれます」


「借りられるんですか?」


千鶴の顔が明るくなる。


「一般的な第二等級普通武装です。選べる種類は多くありませんが」


「大剣は?」


「あります」


「双剣は?」


薫が尋ねる。


「長剣と短剣を一本ずつ貸し出せます」


千鶴と薫は顔を見合わせた。


神器ではない。


伝説の武器でもない。


誰かが使い、傷つき、修理されてきた量産品。


それでも今の二人には、その武器から始める必要がある。


「借ります」


千鶴が答えた。


「僕も」



登録手続きがすべて終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


エルナが二枚の小さな石の札を、カウンターへ置く。


灰色の石へ、千鶴と薫の名が刻まれていた。


「仮登録証です」


千鶴は札を手に取る。


「本当に石だ」


「ストーン級ですから」


エルナが笑う。


「正式な講習と実地試験を終えるまでは仮登録ですが、ギルドの施設と宿泊所を利用できます。明日の朝、初心者講習へ参加してください」


「これで私たちも冒険者?」


「正確には、冒険者候補です」


「候補かぁ」


千鶴は札を光へかざした。


かつて世界を救った英雄の名が、最下級の石へ刻まれている。


不思議と嫌ではなかった。


むしろ、新しい人生の始まりを形にしたように思えた。


薫も自分の札を見る。


「最初からやり直しだね」


「うん」


「姉さんは、すぐ無茶をしない」


「それは冒険者の規則?」


「僕の規則」


「じゃあ努力する」


「守るとは言わないんだ」


「守れない約束はしない方がいいって成長したから」


「そこだけは成長しなくてよかった」


千鶴は笑い、石の札を胸元へ下げた。


ノクスも自分の銀札を見せるように胸を張る。


「ノクスも冒険者だね」


「同行小型魔獣だよ」


「仲間だから同じ」


「キュル!」


ダリオが三人の前へ立った。


「登録祝いだ。今度こそ飯くらい奢らせろ」


千鶴の瞳が輝く。


今度は薫も止めなかった。


「ありがとうございます!」


「遠慮がなくなったね」


「一回断ったから十分でしょ?」


「姉さんらしい理屈だ」


三人はギルド酒場へ向かった。


その途中。


千鶴は一度だけ、布で包まれた大剣を振り返る。


いつか、再びこの剣を抜く。


だが、それまでに。


この世界で戦うための武器を。


守りたいものを。


自分たちの居場所を見つけなければならない。


「薫」


「なに」


「私たち、どこまで行けるかな」


薫は灰色の石札へ触れた。


「分からない」


「そこは格好よく、頂点までって言うところじゃない?」


「目標が大きすぎる」


「じゃあ、まずはアイアン級」


「まだストーン級にもなってないよ」


「細かいなぁ」


千鶴の笑い声が、ギルドの広間へ響く。


伝説の双子は、最下級の石札を手に入れた。


それは英雄として与えられた称号ではない。


この世界で、自分たちの足で初めて手にした証だった。

今まで使っていた武器は布に巻いた状態でまだ背負ってます。

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