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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第2章

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第28話 帰還報告

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



祠を離れてからしばらく歩いた頃。


千鶴は何度目か分からないほど後ろを振り返った。


木々の向こうにあった祠は、もう見えない。


「やっぱり静かになったね」


「来た時とは全然違う」


薫も周囲へ視線を向ける。


鳥の声。


虫の鳴き声。


風に揺れる草木の音。


祠へ近づくにつれて消えていったものが、少しずつ戻り始めていた。


空気中の魔力も薄くなっている。


完全に元通りになったわけではない。


それでも肌へまとわりつくような重さは、もう感じなかった。


千鶴が道端へしゃがみ込む。


「これ」


以前見つけたヒールリーフだった。


異常に大きく成長した葉。


青く濃くなった葉脈。


見た目そのものは変わっていない。


「小さくはなってないね」


「一度成長したものが、急に縮むことはないんじゃない?」


「そっか」


千鶴が葉を覗き込む。


「でも魔力は?」


薫もしゃがみ込み、ヒールリーフへ手を近づけた。


来た時のような強い魔力は感じない。


「新しく吸い込んでる感じはないね」


「じゃあ、これ以上は大きくならない?」


「たぶん」


「普通に戻るのかな」


「時間が経たないと分からないね」


薫は立ち上がる。


その肩では、リゼが服の襟を掴んだまま周囲を見回していた。


「……」


祠を出てから。


ほとんどその場所を動いていない。


時々、木や草。


空を飛ぶ鳥。


千鶴の肩にいるノクスへ視線を向ける程度だった。


「リゼ」


千鶴が呼ぶ。


小さな顔がそちらへ向く。


「外、初めて?」


「……?」


「覚えてないよね」


千鶴は苦笑する。


ノクスが肩の上から鳴いた。


「キュル!」


リゼがノクスを見る。


「……」


「キュル!」


ノクスは何やら楽しそうだ。


「ノクス、案内してるのかな」


「何を?」


「外の世界」


「そんなに詳しくないでしょ」


「でもリゼよりは先輩だから」


「数日だけね」


「先輩は先輩!」


千鶴が胸を張る。


ノクスも真似するように胸を張った。


「キュル!」


薫は二人を見る。


「なんで姉さんが偉そうなの」


「ノクスのお母さんみたいなものだから」


「いつから?」


「最初から」


「キュル!」


「ノクスまで認めないで」


その声を聞きながら。


リゼがほんの僅かに首を傾げた。



さらに進むと魔獣の足跡が集中していた場所へ戻ってきた。


薫が立ち止まる。


「姉さん」


「うん」


二人は地面を見る。


来る時には牙狼や岩甲蜥蜴

その他いくつもの魔獣の足跡が、祠へ向かって伸びていた。


今は新しい足跡は増えていない。


「もう集まってない?」


「そう見えるね」


薫は周囲の気配を探る。


魔獣そのものがいなくなったわけではない。


遠くにはいくつかの魔力反応がある。


どれも祠へ向かっている様子はなかった。


「やっぱり石碑から漏れてた魔力に引き寄せられてたんだ」


千鶴が言う。


「それで興奮してた?」


「可能性は高いと思う」


薫は地図を取り出す。


祠。


異常成長したヒールリーフ。


魔獣との遭遇地点。


足跡が集中していた場所。


行きに記録した印を一つずつ確認していく。


「これなら報告できそう」


「原因も分かったしね!」


「原因については言い方を考えないと」


「リゼ?」


肩の上で。


自分の名前を聞いたリゼが薫を見る。


「……りぜ」


「そう」


薫は小さく笑う。


「この子のこと」


千鶴も表情を少し真面目にした。


「どう説明する?」


「そのまま話すしかないと思う」


「全部?」


「全部と言っても、僕たちもほとんど分かってないからね」


地下に古い遺跡があった。


守護獣がいた。


石碑に封印された存在を見つけた。


封印が崩れかけていたため、解除して

そこからリゼが現れた。


説明できるのはそれだけだ。


「太陽と月のことは?」


千鶴が尋ねる。


薫は少し考えた。


「聞かれたら話す」


「耳飾りも?」


「隠す必要はないと思う」


この世界へ来てから。


二人の耳飾りが古い遺跡へ反応することは何度かあった。


その理由は自分たちにも分からない。


変に隠せば後から説明する方が難しくなる。


「リゼを連れて帰って怒られないかな」


「そこは僕も分からない」


「拾ったわけじゃないよ?」


「似たようなものじゃない?」


「封印解除したら出てきただけだよ」


「それを拾ったって言うんじゃない?」


「違う気がする」


二人が話していると。


リゼが薫の襟を引いた。


「ん?」


「……」


小さな指が前を指す。


薫がそちらを見る。


街道。


祠へ向かうために外れた道が見え始めていた。


「道が気になる?」


「……?」


「なんでもない」


ただ初めて見るものへ興味を示しただけらしい。


千鶴が笑う。


「少しずつ色んなもの覚えていけばいいよ」


リゼは千鶴を見る。


「……?」


「家もあるからね」


「……いえ?」


千鶴と薫の足が止まった。


「今、家って言った?」


「言ったね」


二人がリゼを見る。


リゼは不思議そうに二人を見返している。


「もう一回」


千鶴が言う。


「家」


「……いえ」


「覚えた!」


千鶴の顔が明るくなる。


「薫! 覚えたよ!」


「聞こえてるよ」


「すごいねリゼ!」


「……?」


褒められている意味は分かっていないらしい。


千鶴が嬉しそうにしているのを見て。


リゼの口元が僅かに緩んだ。


「笑った!」


「姉さん、声大きい」


「だって!」


驚いたリゼが薫の首元へ隠れる。


「ほら」


「ごめん!」


千鶴が慌てて声を落とした。


薫は肩の上に隠れたリゼを見る。


「この調子なら、意外と早く言葉を覚えるかもしれないね」


「じゃあ最初にお姉ちゃんって教えようかな」


「姉さんは姉さんでしょ」


「リゼにとっては違うじゃん」


「もっと大事な言葉から教えてあげて」


「お姉ちゃんも大事だよ!」


「はいはい」


三人と一匹は。


再びアルカへ向かって歩き始めた。



アルカへ到着した頃には。


空が少しずつ赤く染まり始めていた。


東門を通り抜ける。


街へ入った瞬間。


リゼの様子が変わった。


「……!」


薫の肩から身を乗り出す。


人。


荷馬車。


建物。


露店。


行き交う冒険者。


祠の地下とは比べものにならないほど多くのものが、目の前を動いている。


リゼの顔が右へ左へ忙しなく動く。


「危ないよ」


薫が手を添える。


「落ちる」


リゼは一度薫を見て。


また街を見た。


「珍しい?」


千鶴が尋ねる。


「……?」


「覚えてないのかな」


「たぶん」


その時。


屋台から香ばしい匂いが流れてきた。


肉を焼く匂い。


リゼの動きが止まる。


「……」


じっと屋台を見る。


薫も気付いた。


「もしかして」


千鶴が顔を近づける。


「お腹空いた?」


「……?」


「リゼってご飯食べるのかな」


「身体が魔力でできてるなら必要ない可能性もあるけど」


「食べたそうに見える」


「見てるだけかもしれない」


リゼの視線は。


完全に焼かれている肉を追っていた。


千鶴が笑う。


「食べるんじゃない?」


「帰ってから試そう」


「家で?」


「うん」


その言葉にリゼが小さく反応する。


「……いえ」


千鶴の表情が一気に緩んだ。


「かわいい!」


「姉さん」


「声は抑えたよ!」


「ならいいけど」



冒険者ギルドの扉を開く。


夕方ということもあり。


中には依頼から戻ってきた冒険者たちが多く集まっていた。


受付で報告をする者。


素材を換金する者。


酒場で早くも杯を傾けている者。


千鶴と薫が中へ入る。


「戻りました!」


千鶴の声に。


受付にいたエルナが顔を上げた。


「お帰りなさい」


笑顔を浮かべる。


「祠の調査はいかがでした――」


言葉が止まった。


エルナの視線が薫の肩へ向く。


「……」


リゼもエルナを見る。


「……?」


数秒間の沈黙。


エルナが瞬きをする。


もう一度。


薫の肩を見る。


「薫さん」


「はい」


「その……」


エルナが珍しく言葉を探している。


「肩にいる女の子は?」


千鶴と薫が顔を見合わせた。


「それがですね」


千鶴が笑う。


「今回の依頼で見つけました!」


「見つけた?」


エルナの眉が僅かに上がる。


薫がすぐに訂正した。


「正確には、祠の地下に封印されていました」


「封印?」


「はい」


「地下?」


「ありました」


「祠に?」


「はい」


エルナが黙った。


明らかに。


想定していた報告ではない。


「……最初から」


エルナが言う。


「順番に聞かせてもらえますか?」


「もちろんです!」


千鶴が元気よく答える。


薫は苦笑しながら受付へ向かった。


「長くなると思います」


「そのようですね」


二人は受付の前へ座った。


まず祠へ向かう途中で魔力の異常を確認したこと。


植物が異常成長していたこと。


本来違う地域にいるはずの魔獣が集まっていたこと。


その魔獣たちが異常な興奮状態にあったこと。


一つずつ薫が地図を見せながら説明していく。


エルナは途中から紙を取り出し。


詳細を書き留め始めた。


「そして祠へ到着すると、地下へ続く階段を発見しました」


薫が言う。


「そこから先に、古い遺跡のようなものがありました」


「遺跡……」


「最奥には守護獣がいました」


「待ってください」


エルナが手を上げた。


「守護獣?」


「大きな四足の魔獣です」


千鶴が両手を広げる。


「これくらい!」


「姉さん、それじゃ分からない」


「もっと大きかった?」


「そうじゃなくて」


エルナは額へ手を当てる。


「討伐したんですか?」


「してません」


薫が答える。


「最初は戦闘になりましたが、僕たちを殺そうとしているわけではないと判断しました」


「判断?」


「奥の石扉を守っていました」


薫は守護獣の行動を説明する。


石扉へ近づけば攻撃する。


離れれば追わない。


二人の耳飾りを見たあと道を開けたこと。


エルナの表情から徐々に笑みが消えていった。


「その扉の奥に」


薫が続ける。


「壊れかけた封印石碑がありました」


「……」


「祠周辺へ流れていた魔力は、そこから漏れていたものだと思います」


「そして?」


薫が自分の肩を見る。


リゼは話の内容など分かっていないのか。


受付台に置かれた羽根ペンを眺めていた。


「封印を解除しました」


エルナが完全に動きを止めた。


「解除……したんですか?」


「はい」


「正体不明の古代遺跡で?」


「はい」


「壊れかけていたとはいえ、何を封印しているか分からない石碑を?」


「……はい」


薫の声が少し小さくなる。


エルナが千鶴を見る。


千鶴は視線を逸らした。


「ちゃんと二人で考えましたよ?」


「そういう問題でしょうか……」


「放っておいた方が危ないと思ったんです」


薫が言う。


「封印はすでに崩れ始めていました。僕たちが何もしなくても、いずれ完全に壊れていた可能性があります」


エルナはしばらく黙っていた。


そして深く息を吐く。


「……その判断が正しかったかどうかは、私にはまだ分かりません」


「はい」


「ですが」


薫の肩へ視線を向ける。


「結果として、周辺の魔力異常は収まったんですね?」


「確認した限りでは」


「魔獣の動きも?」


「祠へ集まる新しい足跡はありませんでした」


エルナは記録へ何かを書き込んだ。


「分かりました」


改めてリゼを見る。


「では」


一呼吸。


「その子が、石碑に封印されていた存在ということですか?」


「はい」


千鶴が答えた。


「名前はリゼです」


「……りぜ」


呼ばれた本人が小さく呟く。


エルナの目が僅かに見開かれた。


「言葉を?」


「少しだけです」


「自分が何者なのかは?」


「分からないみたいです」


「封印されていた理由は?」


「分かりません」


「いつから封印されていたのか」


「それも」


「種族は?」


「分かりません」


エルナが薫を見る。


「分からないことだらけですね」


「僕たちもそう思います」


千鶴が横から口を挟む。


「でも悪い子じゃないですよ!」


「姉さん」


「だって大事でしょ」


リゼは千鶴を見る。


「……?」


千鶴が笑う。


「大丈夫」


リゼは意味が分からないまま。


再び薫の襟を掴んだ。


エルナはその様子をしばらく見つめた。


「少なくとも」


静かに言う。


「今すぐ危険な存在には見えませんね」


薫が頷く。


「僕もそう判断しています」


「ただし」


エルナの表情が少しだけ真剣になる。


「古代遺跡から発見された、正体不明の存在です。

ギルドとしても何も確認せずに終わりにはできません」


「ですよね」


「今日はもう遅いですし

リゼさん自身も混乱しているでしょう」


エルナは小さく微笑んだ。


「詳しい確認は明日以降にしましょう」


千鶴の顔が明るくなる。


「じゃあ連れて帰っていいんですか?」


「今のところは」


「やった!」


「ただし何か異変があれば、すぐに報告してください」


「分かりました!」


薫も頭を下げる。


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


エルナは二人を見る。


「想像していたものとは随分違いましたが

調査そのものは十分以上の成果です」


地図。


記録。


祠の地下。


魔獣異常の原因。


新たに発見された古代遺跡。


「詳細についてはギルド側でも改めて調査隊を編成します」


「守護獣には気をつけてください」


薫が言う。


「僕たちは通してもらえましたけど、他の人まで同じとは限りません」


「そこも含めて慎重に進めます」


エルナが頷く。


「本当に、お疲れさまでした」


千鶴が笑った。


「ただいま!」


エルナが一瞬驚き。


柔らかく笑う。


「お帰りなさい」


薫も小さく息を吐いた。


依頼は。


これで終わった。


あとは家へ帰るだけだ。


薫が立ち上がる。


肩の上で。


リゼが不思議そうに受付を見回している。


「行こう」


「……?」


「家に」


リゼの瞳が薫へ向く。


覚えたばかりの言葉を確かめるように。


「……いえ」


「そう」


薫は笑った。


「僕たちの家」


千鶴とノクスが先に扉へ向かう。


薫もその後を追う。


祠の調査依頼は終わった。


小さな精霊との生活はここから始まるらしい。

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