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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第2章

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第29話 新しい家族

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



冒険者ギルドを出る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。


通りに並ぶ店から明かりが漏れ始め、仕事を終えた人々が家路を急いでいる。


千鶴と薫も、その流れに混ざって歩いていた。


「終わったー!」


千鶴が大きく伸びをする。


「疲れた?」


「ちょっとだけ」


「今日は結構歩いたからね」


祠までの往復。


魔獣との遭遇。


地下遺跡。


守護獣との戦闘。


封印の解除。


思い返せば、朝に家を出た時には想像すらしていなかったことばかりだった。


薫は肩へ視線を向ける。


「……」


リゼは相変わらず薫の襟を掴んだまま、街の景色を眺めている。


道を行き交う人。


店先に並ぶ果物。


荷車を引く馬。


灯り始めた街灯。


どれも気になるらしく、小さな顔が忙しなく動いていた。


「楽しい?」


薫が尋ねる。


「……?」


「聞いてもまだ分からないか」


「でも楽しそうだよ」


千鶴が横から覗き込む。


リゼは千鶴を見ると、少しだけ身体を薫の首元へ寄せた。


「……まだ避けられてる」


「声大きいからじゃない?」


「もう小さくしてるよ!」


「最初の印象が残ってるんじゃない」


「そんなぁ……」


千鶴が肩を落とす。


その肩の上でノクスが元気よく鳴いた。


「キュル!」


「ノクスは私のこと好きだもんね!」


「キュル!」


「ほら!」


「張り合わなくていいでしょ」


薫が苦笑する。


するとリゼがノクスを見る。


次に千鶴を見る。


そしてもう一度ノクスを見た。


「……?」


「何?」


千鶴が首を傾げる。


リゼも同じように首を傾げた。


「真似された」


「姉さんより覚えるの早そう」


「どういう意味!?」


「そのままの意味」


そんなやり取りを続けながら。


四人は家へ向かって歩いていった。



見慣れ始めた家が見えてくる。


小さな庭。


玄関前には、朝出た時と何も変わらない景色があった。


それなのに千鶴は少しだけ嬉しそうに足を速めた。


「着いた!」


「走らなくても家は逃げないよ」


「分かってるって」


千鶴が玄関の前で振り返る。


「リゼ」


「……?」


「ここが家だよ」


リゼが建物を見る。


「いえ」


「そう!」


千鶴が嬉しそうに頷く。


「私たちの家!」


薫が鍵を取り出した。


扉を開ける。


昼間まで誰もいなかった室内から、少し冷えた空気が流れてきた。


千鶴が一歩入る。


「ただいま!」


「また家に言ってる」


「いいでしょ」


ノクスが千鶴の肩から飛び降りる。


「キュル!」


そのまま居間を走り抜け、庭へ続く扉の前で止まった。


「帰ってきて早々、庭?」


「キュル!」


「元気だねぇ」


千鶴が庭への扉を開ける。


ノクスは勢いよく外へ飛び出した。


薫も家へ入り、扉を閉める。


肩の上ではリゼがじっと室内を見ていた。


「……」


見覚えのないものばかりなのだろう。


「降りる?」


薫が手を差し出す。


リゼは手を見る。


次に床を見る。


かなりの高さがある。


「……」


薫を見る。


「怖い?」


「……?」


「まあ、その身体だと高いよね」


薫が肩の横へ手を添える。


「乗って」


リゼは少し迷ったあと薫の手のひらへゆっくりと移った。


そのまま薫が床へ近づける。


「ここなら大丈夫」


リゼが手のひらから床へ降りた。


小さな足が木の床へ触れる。


「……」


恐る恐る歩く。


「歩けるんだ」


千鶴がしゃがみ込む。


「当たり前じゃない?」


「だって小さくなってから歩くところ初めて見たもん」


リゼは床を見ながら進んでいく。


薫の靴。


椅子の脚。


食卓。


何もかもが今のリゼには巨大だった。


椅子の脚の前で止まり見上げる。


「……」


「登りたい?」


千鶴が聞く。


リゼは答えない。


代わりに椅子の脚へ両手を掛けた。


「えっ」


そのまま登り始める。


「登れるの!?」


小さな手で木を掴み。


器用に身体を持ち上げていく。


薫が後ろから手を添える。


「落ちても大丈夫なようにしとくから」


「……」


リゼは構わず登る。


やがて座面まで辿り着いた。


そこからさらに食卓を見る。


高さはまだある。


「そこは無理じゃない?」


千鶴が言った。


リゼが机の縁を見上げる。


少し考える。


そして跳んだ。


「え!?」


小さな身体がふわりと浮く。


ほんの僅か。


一瞬だけ黒紫色の光が足元へ散った。


そのまま食卓の縁へ両手が届く。


身体を持ち上げ。


机の上へ着地した。


千鶴と薫が黙る。


リゼは何事もなかったように立っていた。


「今、飛んだ?」


千鶴が尋ねる。


「跳んだ……と思う」


「普通に?」


「普通ではないと思う」


薫はリゼの足元を見る。


僅かに感じた魔力は、もう消えていた。


「リゼ」


「……?」


「今の、もう一回できる?」


「……?」


まるで理解していない。


「自分でやったって分かってないのかな」


「かもしれないね」


千鶴が目を輝かせる。


「すごいね!」


リゼが千鶴を見る。


「すごい!」


「……?」


「褒めてるの!」


「姉さん、その説明じゃ分からないよ」


それでも千鶴が笑っているのを見てリゼも

ほんの少しだけ口元を緩めた。


「また笑った!」


リゼの表情が固まる。


すぐに薫の方へ走っていく。


「ほら!」


「ごめんって!」



「さて」


薫が台所へ立った。


「晩ご飯どうしようか」


「お肉!」


千鶴が即答する。


「聞くまでもなかった」


「だって今日いっぱい動いたもん」


庭から戻ってきたノクスも声に反応する。


「キュル!」


「ノクスも肉?」


「キュル!」


「二対一だね」


「何の多数決?」


薫は保存していた食材を確認する。


昨日買った肉。


野菜。


パン。


少しの香草。


「簡単に焼こうか」


「賛成!」


薫が調理を始める。


千鶴は食卓へ座り。


リゼを眺めていた。


リゼは机の端へ座っている。


「ねえ薫」


「何?」


「リゼのご飯どうする?」


薫の手が止まる。


「そこなんだよね」


「屋台のお肉見てたよね」


「見てた」


「食べると思う」


「身体が魔力でできてるなら、普通の食事が必要か分からないけど」


「食べさせてみようよ」


「少しだけね」


「うん!」


肉が焼け始める。


香ばしい匂いが部屋へ広がる。


その瞬間。


机の上にいたリゼが動いた。


「……!」


台所を見る。


「ほら!」


千鶴が小声で言う。


「絶対食べるって!」


「まだ分からないよ」


リゼの視線は薫が焼いている肉から離れない。


「完全に見てるけど」


「見てるね」


「薫」


「分かったって」


焼き上がった肉から味付けをする前に

ごく小さな欠片を切り分ける。


人差し指の先ほどもない大きさ。


それを小皿へ載せた。


ノクス用の肉も別に用意する。


「できたよ」


「やった!」


食卓に料理を並べる。


千鶴。


薫。


ノクス。


そして。


リゼ。


千鶴が小皿をリゼの前へ置いた。


「はい」


「……?」


リゼが小さな肉を見る。


「ご飯」


千鶴が言う。


「ご、はん」


「まだ難しいかな」


薫が自分の肉を一切れ食べて見せる。


「食べる」


「……」


リゼが薫を見る。


肉を見る。


もう一度薫を見る。


そして両手で小さな肉を持った。


「食べた!」


「まだ口に入れてない」


「今から!」


リゼが恐る恐る。


肉へ噛みついた。


「……」


咀嚼する。


動きが止まる。


千鶴と薫が見守る。


「どう?」


「姉さん、聞いても」


リゼの紫紺の瞳が。


少しだけ大きく開いた。


残りの肉へもう一度噛みつく。


「気に入った!」


千鶴が声を上げる。


リゼが驚いて薫を見る。


「ごめん!」


「姉さん、学習して」


「嬉しくて!」


ノクスは横で自分の肉を勢いよく食べている。


「キュル!」


リゼがノクスを見る。


ノクスが肉を一口。


リゼも一口。


ノクスがまた一口。


リゼもまた一口。


「競争してないよね?」


薫が不安そうに言う。


「かわいいからいいじゃん」


「喉に詰まらせたら困るでしょ」


「リゼ、ゆっくりね」


「……?」


「分かってないと思う」


やがて小さな肉を全部食べ終えた。


リゼは空になった皿を見る。


「……」


千鶴が薫を見る。


薫も千鶴を見る。


「もう一個?」


「食べたい顔してるよね」


「顔で分かるの?」


「分かる!」


「本当に?」


リゼが小皿を指差した。


「……」


「分かった」


薫がもう一切れ切り分けて皿へ置くと

リゼの顔がほんの僅かに明るくなった。


千鶴が机へ突っ伏した。


「かわいい……」


「さっきからそれしか言ってないよ」


「だってかわいいもん」


「キュル!」


「ノクスもかわいいよ!」


「キュルル!」


満足そうに尻尾を振る。


薫は自分の食事をしながら。


机の上を見る。


黒龍。


小さな精霊。


姉。


昨日までは二人だけだった食卓がずいぶん賑やかになった。


「……増えたなぁ」


「何が?」


「家族」


千鶴の動きが止まる。


薫自身も言ってから少し驚いた。


「家族?」


千鶴が聞き返す。


「……まだ早かった?」


「ううん」


千鶴は笑う。


「いいと思う」


リゼは二人の会話を聞きながら。


肉を小さく齧っている。


「リゼ」


千鶴が呼ぶ。


「……りぜ」


「家族」


「……?」


「か・ぞ・く」


「……か」


「かぞく」


「……ぞ、く」


「惜しい!」


千鶴が嬉しそうに笑う。


薫も口元を緩めた。


「そのうち覚えるよ」


「うん」


食卓の下ではノクスが食べ終わった皿を舐めている。


「ノクスはもう家族だもんね」


「キュル!」


「返事だけは完璧だね」



食事を終えた後次に問題になったのは

「お風呂どうする?」


千鶴の一言だった。


薫が黙る。


リゼも分からず黙る。


ノクスだけが庭で遊んでいる。


「……入るのかな」


「身体が魔力なら汚れない?」


「祠の地下にはずっといたけど」


二人がリゼを見る。


黒い髪。


黒を基調とした小さな服。


見たところ汚れている様子はない。


「でもお風呂気持ちいいよ?」


千鶴が言う。


「それ姉さんの感想でしょ」


「リゼも好きかもしれない」


「嫌いかもしれないよ」


「試してみる?」


薫は少し考える。


「今日はやめとこう」


「えー」


「本人が何なのかも分からないのに、いきなり水に入れるの怖いよ」


「確かに」


「明日、ギルドで身体のことも確認してもらおう」


「じゃあ今日は顔拭くくらい?」


「それなら」


千鶴が布を濡らし水気を絞る。


そして笑顔でリゼへ近づいた。


「リゼー」


リゼが千鶴を見る。


千鶴の手には濡れた布。


「綺麗にしようね」


「……?」


一歩近づく。


リゼが一歩下がる。


「大丈夫だよ」


さらに一歩、さらに一歩下がる。


「怖くないよー」


「姉さんが追い詰めてるようにしか見えない」


「違うよ!」


リゼが机の端まで下がる。


後ろがない。


「……!」


千鶴が近づく。


リゼは迷った末に跳んだ。


「え?」


黒紫色の光。


小さな身体が宙を舞う。


そして薫の肩へ着地した。


「……」


すぐに薫の襟を掴む。


千鶴が固まった。


「逃げられた」


「完全に警戒されてるね」


「なんでぇ……」


「追いかけるからだよ」


薫が布を受け取る。


「僕がやる」


「ずるい」


「ずるいって何」


薫は肩からリゼを手へ移す。


「ちょっと顔拭くよ」


「……?」


濡れた布を見せる。


すぐには触れない。


リゼが布へ手を伸ばした。


指先で触る。


冷たい。


一度引っ込める。


もう一度触る。


「水」


薫が言う。


「……み、ず」


「そう」


薫が小さく笑う。


「顔、拭いていい?」


「……?」


分かってはいない。


それでも逃げる様子はない。


薫が頬へ布を当て優しく拭く。


リゼは目を閉じた。


「……」


「嫌じゃない?」


「……」


じっとしている姿を千鶴が横から見る。


「気持ちよさそう」


「静かにね」


「分かってる」


薫が反対の頬も拭く。


額。


小さな黒い角の周り。


最後に手。


「終わり」


リゼが目を開ける。


「どう?」


「……?」


「分からないか」


千鶴が口を尖らせる。


「私にもやらせて」


「明日ね」


「なんで!?」


「少しずつ慣れてもらえばいいでしょ」


「今日でいいじゃん」


「さっき逃げられたでしょ」


「うぅ……」


千鶴が分かりやすく落ち込む。


するとリゼが薫の手の上から。


千鶴を見る。


「……」


少し迷いながら小さな手を千鶴へ伸ばした。


「え?」


ほんの一瞬、指先が千鶴の人差し指へ触れた。


千鶴が固まる。


「……今」


「触ったね」


「リゼから?」


「うん」


千鶴の顔が一気に明るくなる。


「リゼー!」


「姉さん!」


抱きつこうとする千鶴を薫が止める。


「今ので全部台無しにする気!?」


「だって嬉しい!」


「少しずつって言ったでしょ!」


リゼはまた薫の肩へ隠れていた。


「……また逃げられた」


「当然だよ」



夜。


二階へ上がったところで最後の問題が発生した。


「どこで寝る?」


千鶴が尋ねる。


薫の部屋。


千鶴の部屋。


一階の居間。


昨日。


ノクスには一階と千鶴の部屋に、それぞれ小さなクッションを用意していた。


だがリゼの寝床は当然ない。


「こんなに小さいから」


千鶴が両手で四角を作る。


「箱でも寝られそう」


「箱はかわいそうでしょ」


「じゃあ籠?」


「それもどうなの」


「私の部屋で寝ればいいじゃん!」


「姉さんの?」


「うん!」


千鶴がリゼを見る。


「一緒に寝る?」


「……?」


リゼは薫の肩に座ったまま。


千鶴を見る。


次に。


薫を見る。


「どうする?」


薫が尋ねる。


「姉さんの部屋行く?」


「……」


リゼの手が。


薫の襟を強く掴んだ。


「嫌みたい」


「即答された気分なんだけど」


「言葉では答えてないよ」


「もっと悲しい!」


千鶴が肩を落とす。


ノクスが隣で鳴いた。


「キュル」


「ノクスは一緒に寝ようね!」


「キュル!」


「よし!」


切り替えが早い。


薫は自分の部屋へ入った。


寝台。


小さな机。


壁際には剣。


まだ必要最低限のものしか置かれていない。


「じゃあ」


薫が机の上を見る。


「寝る場所作るか」


使っていない小さな布。


柔らかいタオル。


浅い木箱。


それらを組み合わせる。


「こんな感じかな」


簡単な寝床。


今のリゼなら十分な大きさがある。


「いいじゃん!」


千鶴が覗き込む。


「私も作りたい」


「もうできたよ」


「明日もっとかわいくしよう!」


「勝手に変えないでよ」


「枕いるよね」


「その大きさの枕なんてないよ」


「作る!」


「姉さん裁縫できたっけ?」


「……」


「できないよね」


「明日覚える!」


「本当に?」


「リゼのためなら!」


薫は苦笑する。


「じゃあ明日ね」


リゼを肩から下ろし、作った寝床へゆっくり降ろした。


「ここで寝て」


「……?」


リゼが布へ触れて座った。


「どう?」


「……」


薫が一歩離れる。


リゼが薫を見る。


もう一歩。


リゼが立ち上がる。


「ん?」


薫が寝台へ向かう。


リゼも木箱から出る。


「待って」


床へ降り。


薫を追いかける。


「リゼ?」


小さな身体で一生懸命歩く。


薫が止まる。


リゼも止まる。


薫が動く。


リゼも動く。


千鶴が笑いを堪えていた。


「完全についてきてる」


「寝床作った意味ないじゃん」


薫がしゃがむ。


「リゼ」


「……?」


「寝る」


自分の目を閉じる真似をする。


「ここ」


木箱を指差す。


リゼが木箱を見る。


次に薫を見る。


そして首を横へ振った。


二人が固まる。


「今!」


千鶴が小声で叫ぶ。


「首振った!」


「分かったから静かに」


薫も驚いていた。


明らかに拒否するしぐさをした。


「じゃあ、どこで寝たいの?」


「……?」


質問の意味までは分からない。


薫が困っていると。


リゼが両手を伸ばした。


「……つき」


「僕?」


「……つき」


「まさか」


千鶴の顔がにやける。


「薫と寝たいんじゃない?」


「この大きさで寝台は危ないよ」


寝返りでも打てば大変なことになる。


「じゃあ枕元?」


「落ちない場所なら」


薫は考える。


寝台の横の壁側。


そこへ先ほど作った木箱を移動した。


「これなら?」


リゼを寝床へ戻す。


薫はすぐ隣の寝台へ座る。


「僕はここ」


「……」


リゼが薫を見る。


ほんの腕一本分。


今度は出てこなかった。


「大丈夫そう」


千鶴が言う。


「たぶん」


薫が横になると


リゼも布の上へ座った。


「おやすみ」


「……?」


「お・や・す・み」


リゼは薫を見る。


「まだ難しいか」


千鶴が扉のところから顔を出す。


「リゼ、おやすみ!」


「キュル!」


ノクスも鳴く。


「明日ね!」


「姉さんも寝なよ」


「分かってる」


千鶴が扉を閉めようとする。


その時小さな声がした。


「……お、や」


千鶴の手が止まる。


薫も身体を起こした。


リゼは。


眠そうな目をしながら。


もう一度。


「……おや……す」


最後までは言えなかった。


千鶴の顔が一気に緩む。


だが今度は叫ばずに口元を両手で押さえている。


薫も笑う。


「おやすみ、リゼ」


「……」


リゼは布へ身体を横たえた。


小さな瞼が閉じる。


千鶴も声を抑えながら。


「おやすみ」


そっと扉を閉めた。


部屋が静かになる。


窓の外には二つの月が浮かんでいる。


薫はしばらく小さな寝床を見ていた。


昨日まで。


この部屋には自分一人しかいなかったのに今日からは違う。


なぜ自分に懐き月と呼ぶのか。


何者なのか。


何一つ分からない。


それでも今すぐ答えを出す必要はない気がした。


眠っているリゼの手が布の端を小さく掴んでいる。


「……ゆっくりでいいか」


薫が呟く。


返事はない。


やがて薫も目を閉じた。


新しい家で迎える二度目の夜。


小さな精霊を家族へ迎えた。


最初の夜が静かに更けていった。

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