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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第2章

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第27話 小さな精霊

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



地下神殿に静けさが戻っていた。


先ほどまで石碑から溢れ続けていた黒紫色の魔力は消えている。


床を埋め尽くしていた魔法陣も光を失い、今ではただ古い紋様が刻まれているだけだった。


その中央で薫は両手を動かせずにいた。


手のひらの上では、小さくなったリゼが眠っている。


規則正しい寝息。


身体が上下するたび、黒い髪が僅かに揺れていた。


「……どうしよう」


薫が呟く。


「何が?」


千鶴が横から覗き込む。


「動けない」


「起こさないように?」


「落としたら怖いから」


「確かに」


千鶴はさらに顔を近づけた。


手のひらに収まるほど小さな身体。


先ほどまで千鶴より背の高い女性だったとは、とても思えない。


「ほんとに小さいね」


「さっきも言ってたよ」


「だって、改めて見るとすごいよ」


千鶴が指先を伸ばす。


「触らないで」


「まだ触ってないよ」


「姉さんは触る前に止めないと遅いから」


「ちょっとだけ」


「駄目」


「ほっぺくらい」


「駄目」


「髪なら?」


「全部駄目」


千鶴が不満そうに頬を膨らませる。


「薫のものじゃないでしょ」


「そういう意味じゃないよ」


その時。


薫の手の中で、小さな身体が動いた。


「……ん」


二人の会話が止まる。


リゼの瞼がゆっくりと開いた。


紫紺の瞳。


最初に映ったのは薫だった。


「……」


しばらく何も言わない。


ただ、じっと薫を見上げている。


「起きた?」


薫が小さく声を掛ける。


リゼは瞬きをした。


次に、自分の周囲を見る。


薫の手。


千鶴。


その肩にいるノクス。


そして自分自身の身体。


両手を持ち上げる。


小さい。


足を見る。


やはり小さい。


「……?」


首を傾げた。


「分かってないみたい」


千鶴が言う。


「僕にも分からないよ」


「リゼ?」


千鶴が呼ぶ。


小さな少女が顔を上げた。


「……り、ぜ」


「覚えてる!」


千鶴の顔が明るくなる。


「自分の名前は分かるんだね!」


「声大きい」


「ごめん」


千鶴が少し声を落とす。


薫はリゼを見る。


「リゼ」


「……りぜ」


「僕が分かる?」


リゼは薫を見つめる。


少し考えるように。


そして。


「……つき」


薫が黙った。


千鶴も一瞬だけ言葉を失う。


「また言ったね」


「うん」


薫は自分を指差した。


「月?」


「……つき」


「どうして?」


「……?」


リゼが首を傾げる。


「僕が月なの?」


「……?」


「月って何か分かる?」


「……つき」


答えになっていない。


薫は小さく息を吐いた。


「駄目みたいだね」


「じゃあ私は?」


千鶴が自分を指差した。


「私のこと分かる?」


リゼが千鶴を見る。


「……」


千鶴が期待するように身を乗り出した。


「……?」


リゼが首を傾げた。


「なんで!?」


「姉さん、声」


「だって薫だけ!」


「僕も名前で呼ばれてないよ」


「でも月って言われてるじゃん!」


「何なのか本人も分かってないけどね」


千鶴は納得できない顔をしていた。


「さっきは太陽って言ってたのに」


薫の言葉にリゼが反応した。


「……たい、よう」


「覚えてる?」


千鶴が尋ねる。


リゼは少し考えたあと。


また首を傾げた。


「……?」


「言葉だけ?」


「たぶん」


薫はリゼの表情を見る。


嘘をついているようには見えない。

そもそも今の彼女に、何かを隠そうという

意思があるのかすら分からなかった。


「さっき、自分で言ったんだよ」


薫が言う。


「僕たちを見て、太陽と月って」


「……」


リゼは薫を見る。


次に千鶴を見る。


そして自分の額へ手を当てた。


「……わか、ら……」


言葉が途中で途切れる。


眉を寄せる。


何かを探しているようだった。


だがすぐにその表情が消えた。


「無理しなくていいよ」


薫が言った。


リゼの手が止まる。


「思い出せないなら、それでいい」


「……?」


リゼは意味を理解したのか。


していないのか。


少しだけ薫を見つめ。


やがて。


「……う」


小さく頷いた。


千鶴が目を丸くする。


「今、返事した?」


「したように見えた」


「かわいい……」


「姉さん」


「触らないって!」


伸びかけていた手を慌てて引っ込める。


ノクスが千鶴の肩から身を乗り出した。


「キュル」


リゼがそちらを見る。


二つの紫色の瞳が合う。


「……」


「キュル?」


ノクスが首を傾げる。


リゼも同じ方向へ首を傾げた。


「……?」


「キュル?」


「……?」


「キュル?」


しばらく二人は首を傾げ合っていた。


千鶴の顔が緩む。


「かわいい……」


「今度は否定しないよ」


ノクスが千鶴の肩から薫の手元へ鼻先を近づける。


リゼの身体が僅かに後ろへ下がった。


「キュル?」


さらに近づく。


リゼは一歩。


また一歩。


薫の手のひらの上を後退していく。


そして。


薫の袖へしがみついた。


「え?」


そのまま小さな手と足を使って腕を登り始める。


「ちょっと待って」


薫が動けないまま見守る。


袖。


肘。


肩。


驚くほど器用に登っていく。


やがて薫の肩まで辿り着いた。


「……」


リゼはそこへ座り。


薫の首元へ両手を添えた。


そして。


ノクスを見る。


「キュル?」


ノクスも見返す。


「……ここがいいみたいだね」


千鶴が言う。


「どうして僕の肩なんだろ」


「月だからじゃない?」


「その月が何か分からないんだけどね」


薫がリゼを見る。


「落ちないでよ」


「……」


返事はない。


代わりに薫の髪を一本掴んだ。


「痛い」


「……?」


「それ掴まないで」


薫が髪を指から外す。


今度は服の襟を掴んだ。


「それならいい」


リゼは満足したように動かなくなった。


千鶴が自分の肩を見る。


そこにはノクス。


薫の肩にはリゼ。


「なんか」


「何?」


「ちょうどよくなったね」


「何が?」


「私にはノクス。薫にはリゼ」


「偶然でしょ」


「そうかなぁ」


「キュル!」


ノクスだけが元気よく返事をした。


リゼはノクスを見て。


小さく瞬きをした。



石碑は完全に沈黙していた。


薫はリゼを肩へ乗せたまま、改めて床の魔法陣を確認する。


先ほどまで感じていた魔力の流れはない。


石碑の亀裂も広がる気配を見せていなかった。


「止まってる」


「魔力?」


「うん」


薫は石碑へ近づく。


さっきまでは呼吸をするだけでも感じるほど濃かった闇の魔力が、今はほとんど残っていない。


床へ手をかざす。


地上へ流れていた魔力も消えている。


「じゃあ、やっぱり原因はリゼだったのかな」


千鶴が尋ねた。


肩の上でリゼが自分の名前に反応する。


「……りぜ」


「責めてるわけじゃないよ」


千鶴が慌てて言った。


リゼは首を傾げる。


「分かってないと思う」


「でも言っとかないと」


薫は石碑を見る。


「正確には、リゼというより封印から漏れていた魔力だと思う」


「リゼが漏らしてた?」


「言い方」


「他にどう言えばいいの?」


薫は少し考えた。


「……封印されていたリゼの魔力が、壊れた石碑から流れ出していた」


「同じじゃん」


「姉さんの言い方だと違って聞こえる」


「難しいね」


「難しくないよ」


千鶴は石碑の周囲を見回す。


「もう危なくない?」


「絶対とは言えないけど」


薫は立ち上がった。


「少なくとも魔力が漏れ続けることはなさそう」


「じゃあ依頼は達成かな」


「帰って報告するまでは依頼中だよ」


「分かってるって」


「本当に?」


「今日ずっとそれ言ってない?」


「今日ずっと姉さんだからね」


「どういう意味!?」


静かだった地下神殿に。


二人の声が響く。


その肩でリゼが薫の横顔を見ていた。


「……」


薫は気付いていないのがけれどほんの僅かに

リゼの表情が緩んでいた。



石扉を抜ける。


守護獣は同じ場所にいた。


巨体を横たえ、前脚へ頭を乗せている。


二人の足音に気付き。


青白い瞳が開いた。


「まだいた」


千鶴が小さく言う。


「ここを守ってるんだから当然じゃない?」


巨獣がゆっくりと身体を起こす。


千鶴と薫へ顔を向け。


そのまま動きを止めた。


視線が一点へ向いている。


薫の肩。


「……?」


薫も気付く。


「リゼを見てる」


「グル……」


低い声。

敵意はない。


リゼは巨獣を見た。


「……?」


首を傾げる。


巨獣が一歩近づいた。


薫は身構えかける。


だが。


すぐに力を抜いた。


先ほどとは明らかに雰囲気が違う。


巨獣は薫の前まで来ると大きな頭を下げた。


千鶴が目を見開く。


「え……?」


頭が石床へ触れるほど低くなる。


まるで敬意を示すように。


リゼへ。


「……」


リゼは巨獣を見下ろしている。


その顔に理解した様子はない。


むしろ困ったように薫を見る。


「僕を見ても分からないよ」


「……?」


巨獣が頭を上げる。


リゼをもう一度見つめ。


静かに道を開けた。


千鶴が小声で言う。


「絶対、何か知ってるよね」


「守護獣はね」


「でもリゼは分かってない」


「みたいだね」


「聞けないかな」


「さっき試したでしょ」


「ノクスに通訳してもらう?」


「キュル!?」


千鶴の肩でノクスが驚いたように鳴く。


「嫌だって」


「姉さん、やっぱり分かってないよね?」


「今回は分かった気がする」


「気がするだけでしょ」


二人は守護獣の横を通り過ぎた。


薫は途中で振り返る。


「ありがとう」


巨獣の耳が僅かに動いた。



長い階段を上る。


地上へ近づくにつれ。


薫は変化に気付いた。


「薄くなってる」


「何が?」


「魔力」


千鶴も意識を集中する。


祠へ来た時。


この場所には肌を押されるような濃い魔力が漂っていた。


今は違う。


まだ周囲より少し濃いがあの異常な重さはない。


「ほんとだ」


千鶴が言う。


「息しやすい」


やがて地上から光が差し込んできた。


三人。


いや。


四人が。


祠の外へ出る。


眩しい。


千鶴が目を細めた。


森の中へ風が吹いている。


葉が揺れる。


遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。


「……戻ってる」


千鶴が辺りを見る。


祠へ来た時には消えていた虫の声も。


少しずつ聞こえ始めている。


ノクスが肩から飛び降りた。


「キュル!」


草の上を走る。


来た時の警戒した様子はもうない。


「ノクス!」


千鶴が追いかける。


「遠く行っちゃ駄目だよ!」


「キュルル!」


「返事だけじゃなくて!」


薫はその光景を見ながら。


小さく息を吐いた。


「終わったかな」


肩の上でリゼが動く。


薫が横を見る。


「……?」


「依頼」


当然分かるはずもない。


「帰ろうか」


リゼは薫を見つめる。


「帰る場所ができたんだ」


少し前までならそんな言葉を口にすることもなかった。


今はアルカに家がある。


千鶴と。


ノクスと。


自分が帰る場所。


そして。


どうやら。


もう一人増えたらしい。


リゼは意味も分からないまま。


薫の襟をぎゅっと掴んだ。


「……つき」


薫は苦笑する。


「それ、いつまで呼ぶの?」


「……?」


「まあいいか」


前では。


千鶴とノクスが待っている。


「薫ー!」


千鶴が大きく手を振った。


「帰ろう!」


「今行く!」


薫は歩き出す。


千鶴の肩には黒龍。


薫の肩には小さな精霊。


祠へ来た時よりも一人増えた帰り道が静かに始まった。

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