第23話 異変の兆し
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アルカの東門を抜けると、見慣れ始めた草原が広がっていた。
雲の少ない青空。
風に揺れる草。
街道を行き交う荷馬車と旅人たち。
少し前まで何もかもが珍しく見えていた景色も、今ではどこか馴染みのあるものになりつつある。
「こっちに来るの、久しぶりな感じがするね」
千鶴が大剣を背負い直しながら言った。
「数日しか経ってないよ」
薫は手に持った地図へ目を落とす。
祠はアルカから東へ伸びる街道を進み、ルーベ草原へ向かう道の途中から外れた先にある。
街道沿いではないため、普段から人の出入りは少ないらしい。
「この前は薬草採取だったよね」
「うん」
「今回は調査」
千鶴は少し嬉しそうだった。
「冒険者っぽくなってきた!」
「薬草採取も冒険者の仕事だけどね」
「分かってるよ。でも、こういうのもやってみたかったの」
千鶴が薫の持つ地図を横から覗き込む。
「祠ってどの辺?」
「ここ」
薫が地図の一点を指した。
小さな石橋。
その先にある丘。
さらに東へ伸びる細い道。
祠そのものは、そこから街道を外れて北東へ進んだ場所に印が付いている。
「結構歩く?」
「ルーベ草原より少し遠いくらいかな」
「じゃあ、お昼は?」
「持ってきてる」
「さすが薫」
「姉さんが何も持たずに出ようとしたからね」
千鶴が視線を逸らした。
「ギルドで何か買えばいいかなって」
「祠の近くに店があると思う?」
「……ないね」
「ないと思う」
肩の上で二人の会話を聞いていたノクスが、小さく鳴いた。
「キュル」
千鶴が振り返る。
「ノクスの分もある?」
「あるよ」
「さすが薫!」
「姉さんの分を忘れても、ノクスの分は忘れないと思う」
「なんで!?」
ノクスが得意そうに胸を張る。
「キュル!」
「ノクスまで!」
薫は小さく笑いながら地図を畳んだ。
三人はそのまま街道を東へ進んでいった。
◇
一刻ほど歩いた頃。
街道を行き交う人の数が少しずつ減り始めていた。
アルカ周辺では頻繁に見かけていた農地もなくなり、代わりに背の高い草と低い木々が増えている。
それでも、まだ特に変わった様子はない。
遠くでは鳥が飛び、草むらでは小さな虫の鳴き声が聞こえていた。
「本当に魔獣が増えてるのかな」
千鶴が辺りを見回す。
「今のところは普通に見えるね」
薫も周囲へ視線を向けながら答えた。
ギルドから渡された情報では、異常が報告されているのは祠からそれほど離れていない範囲だ。
この辺りで何も起きていないこと自体は、不自然ではない。
やがて地図に描かれていた小さな石橋が見えてきた。
幅の狭い川に架けられた古い橋。
以前ルーベ草原へ向かった時にも通った場所だ。
「ここからだね」
薫が地図を開く。
橋を渡った先。
街道はそのまま東へ続いている。
祠へ向かうには、その途中から細い獣道のような道へ入らなければならない。
「道、ある?」
千鶴が尋ねた。
「一応」
薫は街道脇を見る。
草に半分ほど埋もれているが、人が通れそうな細い道が続いていた。
長い間ほとんど使われていないのだろう。
荷車が通れる幅はなく、人が一人か二人並んで歩くのが精一杯だ。
「ここだと思う」
「ほんとに?」
千鶴が細い道の奥を見る。
「なんか森に入っていってるけど」
「祠は街道から外れてるって聞いたでしょ」
「聞いたけど、思ったより外れてるなって」
ノクスが千鶴の肩から飛び降りた。
「キュル!」
草むらへ飛び込む。
「あ、ノクス!」
黒い尻尾だけが草の間を進んでいく。
「遠くに行っちゃ駄目だよ!」
「キュルル!」
返事は聞こえた。
薫が苦笑する。
「相変わらず返事だけはいいね」
「ちゃんと戻ってくるもん」
言った直後。
前方の草むらからノクスの頭が飛び出した。
「キュル!」
「ほら!」
「そこまで遠くに行ってないだけだけどね」
三人は街道を外れた。
◇
しばらく進むと、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。
最初に気付いたのは薫だった。
「姉さん」
「ん?」
「ここ」
薫が足元を指す。
千鶴もしゃがみ込んだ。
草の中に、何本もの植物が生えている。
見たことのある葉だった。
「これ、ヒールリーフ?」
「たぶん」
以前採取したものとよく似ている。
葉の縁に白い斑点。
薄い青色の葉脈。
だが。
「大きくない?」
千鶴が言った。
通常のヒールリーフより、明らかに葉が大きい。
一枚一枚が千鶴の手のひらほどもある。
「前に採ったやつ、こんなに大きくなかったよね」
「半分くらいだった」
薫は葉へ直接触れず、近くから状態を確認する。
形はヒールリーフ。
だが、葉脈の青色が妙に濃い。
「魔力を多く吸ってるのかな」
「分かるの?」
「少し」
薫が目を細める。
意識を周囲の魔力へ向ける。
空気中に漂う魔力そのものは、普段から存在している。
だが、この場所では流れ方が違った。
多い。
単純に濃いだけではない。
一定の方向から絶えず流れ込んでくるような感覚がある。
「向こうから来てる」
薫が顔を上げた。
「向こう?」
千鶴も同じ方向を見る。
祠がある方角だった。
「魔力?」
「たぶん」
千鶴はしばらく黙り、目を閉じた。
薫ほど細かく魔力の流れを読むのは得意ではない。
それでも意識を集中すると、確かに感じる。
肌へ触れるような、微かな圧力。
「ほんとだ」
千鶴が目を開ける。
「なんか、空気が重い」
「うん」
「嫌な感じ?」
薫は少し考えた。
「それはまだ分からない」
禍々しいわけではない。
敵意があるわけでもない。
ただ、この場所には本来ないはずの魔力が流れ込んでいる。
その影響を植物が受けていると考えれば、異常な成長にも説明がつく。
薫は地図の余白へ、簡単な印を書き込んだ。
「何してるの?」
「場所を記録してる」
「なるほど」
「調査依頼だからね」
「私も何かする!」
千鶴が周囲を見回す。
しばらく考えたあと、大きくなったヒールリーフを指差した。
「普通より大きい!」
「今それを書いたよ」
「じゃあ……青い!」
「それも」
「薫、一人で全部やらないでよ」
「姉さんが遅いんだよ」
「今考えてたの!」
二人のやり取りを聞きながら、ノクスが近くの草へ鼻先を寄せていた。
「キュル……」
先ほどまで楽しそうに走り回っていたのに、いつの間にか動きが慎重になっている。
千鶴が気付いた。
「ノクス?」
黒龍は顔を上げる。
紫色の瞳が、道の先を見つめていた。
「何かいる?」
千鶴が大剣へ手を伸ばす。
薫も腰の長剣へ右手を添えた。
風が草を揺らす。
しばらく何も起きなかった。
だが、薫はすぐに気付いた。
「音が少ない」
「え?」
千鶴が辺りを見る。
言われてみればそうだった。
先ほどまで聞こえていた鳥の声がない。
虫の鳴き声も減っている。
風が草を揺らす音だけが、妙にはっきり聞こえていた。
「いつから?」
「分からない」
薫は周囲を見渡す。
「でも、さっきまでは聞こえてた」
ノクスが低く唸った。
「グルル……」
今度は間違いない。
何かを警戒している。
薫が長剣を抜いた。
千鶴も背中の大剣へ手をかける。
その瞬間。
右側の茂みが大きく揺れた。
「来る!」
薫が声を上げる。
直後、灰色の影が飛び出した。
牙狼。
一体。
だが、その毛並みは以前見た個体より荒れている。
目は充血し、口元から唾液を垂らしていた。
「ファングウルフ?」
千鶴が大剣を抜く。
牙狼は二人を見るなり、迷うことなく地面を蹴った。
「姉さん!」
「うん!」
千鶴が一歩前へ出る。
大剣を横へ構えた。
牙狼が跳ぶ。
鋭い牙が千鶴の肩へ迫る。
大剣が下から持ち上がった。
斬らない。
刀身の腹で牙狼の胸元を受ける。
衝撃と同時に、千鶴は身体を捻った。
「よっ!」
牙狼の勢いを利用し、そのまま横へ弾き飛ばす。
地面へ転がった魔獣へ、薫が走った。
長剣を抜いたまま一気に距離を詰める。
牙狼が起き上がる。
前脚が地面を蹴るより先に、薫の刃が首元へ止まった。
「……」
だが、振り抜かなかった。
牙狼が唸る。
血走った目。
荒い呼吸。
身体が小刻みに震えている。
「薫?」
千鶴が尋ねる。
薫は魔獣を見たまま答えた。
「おかしい」
牙狼の視線は薫を見ていなかった。
いや。
二人そのものを見ていない。
何度も、さらに奥へ視線を向けている。
逃げたいのか。
進みたいのか。
判断できない。
「グルルル……!」
牙狼が突然身体を捻った。
薫が半歩下がる。
魔獣は襲いかからず、そのまま二人の横を走り抜けた。
「え?」
千鶴が振り返る。
牙狼は来た方向へ戻るのではなく、道を外れて草原へ駆けていく。
やがて背の高い草の中へ姿を消した。
薫は剣を下ろした。
「逃げた……」
「私たちから?」
「分からない」
薫の視線が祠の方角へ向く。
「でも、僕たちと戦いたかったようには見えなかった」
千鶴も大剣を下ろした。
「じゃあ、なんで襲ってきたの?」
「興奮してた」
「魔力のせい?」
「可能性はある」
その時。
別の方向から草が揺れた。
一度ではない。
左。
正面。
さらに少し離れた後方。
千鶴と薫が同時に武器を構える。
ノクスが千鶴の足元まで戻ってきた。
「キュルル……!」
茂みから現れたのは、三体の魔獣だった。
一体は牙狼。
残りの二体は、二人が見たことのない生き物だった。
地面すれすれまで身体を低くした、大型の蜥蜴。
全身を覆う灰褐色の鱗は岩のように厚く、背中には小さな突起が並んでいる。
「何、あれ」
千鶴が言った。
薫はすぐに依頼書と一緒に渡されていた簡単な資料を思い出す。
今回、異常地域で目撃されている魔獣の絵。
「岩甲蜥蜴」
「知ってるの?」
「資料に描いてあった」
薫が二体を見る。
「本来は岩場や乾燥した丘陵にいる魔獣。少なくとも、この辺りで頻繁に出る種類じゃない」
「じゃあ」
「ギルドの情報と一致してる」
岩甲蜥蜴が低い声を上げた。
次の瞬間、三体が同時に動く。
牙狼が正面。
岩甲蜥蜴が左右へ分かれた。
「薫!」
「右をお願い」
それだけで十分だった。
千鶴が右へ走る。
薫は正面から迫る牙狼へ向かった。
牙狼が飛びかかる。
薫は真正面から受けない。
長剣を牙の横へ添え、身体を半歩ずらす。
魔獣の勢いが流れる。
そのまま短剣で前脚を払った。
体勢を崩した牙狼が地面へ落ちる。
薫は追撃せず、すぐ左を見る。
岩甲蜥蜴が迫っていた。
硬い頭部を前へ突き出し、そのまま身体ごとぶつかってくる。
薫は地面を蹴った。
横へ避ける。
岩甲蜥蜴が通り過ぎる。
速度はある。
だが、方向転換は遅い。
振り返ろうとする魔獣の横へ回り込み、薫は長剣を振るった。
刃が背中の鱗へ触れる。
甲高い音。
「硬いな」
刃は鱗の表面を浅く削っただけだった。
反対側では千鶴が岩甲蜥蜴と向かい合っていた。
「硬いなら!」
大剣を両手で握る。
岩甲蜥蜴が突進する。
千鶴は避けなかった。
一歩踏み込み、大剣を横へ振る。
刃ではなく、広い刀身の腹。
「飛んでけ!」
轟音。
岩甲蜥蜴の身体が横から叩かれ、地面を転がった。
「斬らないんだ」
薫が言う。
「硬そうだったから!」
「正解だと思う」
薫の前にいた牙狼が再び立ち上がる。
そこへ千鶴が弾き飛ばした岩甲蜥蜴が転がってきた。
二体がぶつかる。
牙狼が吠えた。
岩甲蜥蜴も暴れる。
「薫!」
「うん」
薫が左手を向ける。
地面へ薄く霜が広がった。
わずかな氷。
牙狼が踏み込んだ瞬間、前脚が滑る。
その横で起き上がろうとしていた岩甲蜥蜴も足を取られた。
動きが止まる。
千鶴が駆け込む。
大剣を低く構え、一気に振り抜いた。
重い刀身が二体まとめて地面へ叩きつける。
薫は残る一体へ走った。
岩甲蜥蜴が口を開く。
薫は正面へ踏み込み、その直前で身体を沈める。
顎の下。
そこだけは鱗が薄い。
長剣の柄頭を叩き込んだ。
岩甲蜥蜴の頭が跳ね上がる。
続けて短剣を喉元へ突きつける。
魔獣の動きが止まった。
「……」
薫はまた、すぐには刺さなかった。
数秒。
岩甲蜥蜴は低く唸ったあと、身体を引いた。
さらに一歩。
薫は追わない。
やがて魔獣は身を翻し、草むらへ逃げ込んだ。
千鶴の側でも、倒れていた牙狼がふらつきながら立ち上がる。
もう一体の岩甲蜥蜴も起き上がった。
二体は千鶴を警戒するように見たあと、同じようにその場を離れていく。
千鶴は大剣を肩へ担いだ。
「みんな逃げたね」
「うん」
「倒さなくてよかった?」
「討伐依頼じゃないから」
薫は長剣を鞘へ戻す。
「襲われたから追い払った。それで十分だよ」
「エルナさんとの約束も守った!」
「そうだね」
千鶴は得意そうに頷いた。
「ちゃんと覚えてたでしょ?」
「そこまで褒めることかな」
「褒めてよ」
「偉い偉い」
「雑!」
ノクスが二人の間へ走ってきた。
「キュル!」
千鶴がしゃがみ込み、抱き上げる。
「ノクスも怖くなかった?」
「キュル!」
胸を張る。
「強いねぇ」
「ほとんど千鶴の後ろにいたけど」
薫が言う。
ノクスの動きが止まった。
ゆっくり薫を見る。
「キュルル……」
「怒ったね」
「事実なんだけど」
「薫、そういうこと言わないの」
千鶴は笑いながらノクスを肩へ戻した。
だが。
薫は笑っていなかった。
戦闘のあった場所を見つめる。
牙狼と岩甲蜥蜴。
本来なら、同じ場所で同時に出会うこと自体が珍しい。
それ以上に気になることがある。
「姉さん」
「なに?」
「もう少し慎重に進もう」
千鶴が薫の表情を見る。
「やっぱり変?」
「うん」
薫は地面へ視線を落とした。
戦闘の跡。
魔獣の足跡。
それ以外にも、古い足跡がいくつも残っている。
牙狼。
岩甲蜥蜴。
もっと小さな何か。
蹄を持つ魔獣らしき跡まで混じっていた。
種類が多すぎる。
しかも、それらのほとんどが同じ方向へ伸びている。
祠。
「集まってる」
薫が呟いた。
「祠に?」
「少なくとも、足跡は向こうへ続いてる」
千鶴も地面を見る。
確かに無数の跡が、道の先へ伸びている。
「でも、さっきの子たちは逃げていったよ?」
「そこが分からない」
引き寄せられているのか。
追い出されているのか。
あるいは、ただ魔力の影響で行動がおかしくなっているだけなのか。
今の段階では判断できない。
「行けば分かるかな」
千鶴が言う。
薫は少し考えてから頷いた。
「危険だと思ったら戻る」
「うん」
「奥まで行くことが目的じゃない」
「分かってる」
「本当に?」
「今日は分かってるよ!」
薫は小さく笑った。
「じゃあ行こう」
◇
さらに奥へ進むにつれ、異常ははっきりしていった。
草は腰近くまで伸び、木々の枝葉も不自然なほど生い茂っている。
色も濃い。
緑というより、青に近い葉を持つ植物まで混ざり始めていた。
ところどころで、幹そのものが膨らんだ木もある。
そして何より。
魔力が濃い。
最初は意識しなければ分からなかったものが、今では呼吸するだけで感じられるほどになっていた。
千鶴が腕を擦る。
「なんか、ぞわぞわする」
「僕も」
「身体に悪かったりしない?」
「今のところは大丈夫だと思う」
薫は自分の手を開く。
魔力を使ったわけでもないのに、指先へ淡い冷気が集まっていた。
すぐに意識を切る。
冷気は消えた。
「魔法が使いやすくなってる?」
千鶴が尋ねた。
「たぶん。周りの魔力が濃いから」
千鶴も大剣の柄へ手を添える。
一瞬だけ、刀身の根元へ黄金色の火花が散った。
「ほんとだ」
「使わないで」
「まだ何もしてないよ」
「姉さんの場合、確認のつもりで燃やしそうだから」
「燃やさないって!」
千鶴が頬を膨らませた。
その肩で。
ノクスが急に身体を固くした。
「……キュル」
今までとは違う声だった。
千鶴がすぐに気付く。
「ノクス?」
黒龍は前を見つめている。
翼を身体へ密着させ、尻尾を千鶴の肩へ巻きつけていた。
「怖いの?」
千鶴が頭を撫でる。
ノクスは返事をしない。
ただ、前を見る。
薫も同じ方向へ視線を向けた。
木々の隙間から。
何かが見える。
灰色。
自然の岩とは違う。
直線的な形。
「あれ……」
千鶴が小さく声を漏らした。
二人は歩く速度を落としながら進む。
草を掻き分ける。
やがて木々が途切れた。
小さな空間が開けている。
その中央に。
古びた石造りの建物があった。
高さは二人より少し高い程度。
大きな石を積み上げただけのような簡素な造りで、壁の一部には蔦が絡みついている。
屋根の角は崩れ、入口には扉すらない。
遠くから見れば。
確かにただの古い祠だった。
「着いた……?」
千鶴が呟く。
薫は地図を開き、周囲の地形を確認する。
「場所は合ってる」
二人はその場から動かず、祠を観察した。
静かだった。
あれほど茂っている草木の中なのに、虫の声すら聞こえない。
風は吹いている。
木々の葉も揺れている。
それなのに、祠の周囲だけが別の場所のように静まり返っていた。
ノクスが低い声を漏らす。
「グルル……」
千鶴が大剣の柄へ手を置いた。
「薫」
「うん」
薫も腰の剣へ触れる。
そして、祠へ意識を向けた瞬間だった。
「……っ」
薫の表情が変わった。
いつもは遠くに感じている月の力が
ほんの僅かに揺れた。
それとほぼ同時に
千鶴が耳元へ手を伸ばす。
「薫」
「姉さんも?」
千鶴が頷いた。
太陽を象った耳飾りが
ほんの一瞬だけ、黄金色の光を放っていた。
薫の三日月の耳飾りもまた
青白い光を宿している。
二人は顔を見合わせた。
誰も何も言わなかった。
ただの調査依頼。
そう思っていた。
だが、目の前にある古びた祠が
自分たちと無関係ではない。
そんな予感だけが
二人の胸へ静かに広がり始めていた。




