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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第2章

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第23話 異変の兆し

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



アルカの東門を抜けると、見慣れ始めた草原が広がっていた。


雲の少ない青空。


風に揺れる草。


街道を行き交う荷馬車と旅人たち。


少し前まで何もかもが珍しく見えていた景色も、今ではどこか馴染みのあるものになりつつある。


「こっちに来るの、久しぶりな感じがするね」


千鶴が大剣を背負い直しながら言った。


「数日しか経ってないよ」


薫は手に持った地図へ目を落とす。


祠はアルカから東へ伸びる街道を進み、ルーベ草原へ向かう道の途中から外れた先にある。


街道沿いではないため、普段から人の出入りは少ないらしい。


「この前は薬草採取だったよね」


「うん」


「今回は調査」


千鶴は少し嬉しそうだった。


「冒険者っぽくなってきた!」


「薬草採取も冒険者の仕事だけどね」


「分かってるよ。でも、こういうのもやってみたかったの」


千鶴が薫の持つ地図を横から覗き込む。


「祠ってどの辺?」


「ここ」


薫が地図の一点を指した。


小さな石橋。


その先にある丘。


さらに東へ伸びる細い道。


祠そのものは、そこから街道を外れて北東へ進んだ場所に印が付いている。


「結構歩く?」


「ルーベ草原より少し遠いくらいかな」


「じゃあ、お昼は?」


「持ってきてる」


「さすが薫」


「姉さんが何も持たずに出ようとしたからね」


千鶴が視線を逸らした。


「ギルドで何か買えばいいかなって」


「祠の近くに店があると思う?」


「……ないね」


「ないと思う」


肩の上で二人の会話を聞いていたノクスが、小さく鳴いた。


「キュル」


千鶴が振り返る。


「ノクスの分もある?」


「あるよ」


「さすが薫!」


「姉さんの分を忘れても、ノクスの分は忘れないと思う」


「なんで!?」


ノクスが得意そうに胸を張る。


「キュル!」


「ノクスまで!」


薫は小さく笑いながら地図を畳んだ。


三人はそのまま街道を東へ進んでいった。



一刻ほど歩いた頃。


街道を行き交う人の数が少しずつ減り始めていた。


アルカ周辺では頻繁に見かけていた農地もなくなり、代わりに背の高い草と低い木々が増えている。


それでも、まだ特に変わった様子はない。


遠くでは鳥が飛び、草むらでは小さな虫の鳴き声が聞こえていた。


「本当に魔獣が増えてるのかな」


千鶴が辺りを見回す。


「今のところは普通に見えるね」


薫も周囲へ視線を向けながら答えた。


ギルドから渡された情報では、異常が報告されているのは祠からそれほど離れていない範囲だ。


この辺りで何も起きていないこと自体は、不自然ではない。


やがて地図に描かれていた小さな石橋が見えてきた。


幅の狭い川に架けられた古い橋。


以前ルーベ草原へ向かった時にも通った場所だ。


「ここからだね」


薫が地図を開く。


橋を渡った先。


街道はそのまま東へ続いている。


祠へ向かうには、その途中から細い獣道のような道へ入らなければならない。


「道、ある?」


千鶴が尋ねた。


「一応」


薫は街道脇を見る。


草に半分ほど埋もれているが、人が通れそうな細い道が続いていた。


長い間ほとんど使われていないのだろう。


荷車が通れる幅はなく、人が一人か二人並んで歩くのが精一杯だ。


「ここだと思う」


「ほんとに?」


千鶴が細い道の奥を見る。


「なんか森に入っていってるけど」


「祠は街道から外れてるって聞いたでしょ」


「聞いたけど、思ったより外れてるなって」


ノクスが千鶴の肩から飛び降りた。


「キュル!」


草むらへ飛び込む。


「あ、ノクス!」


黒い尻尾だけが草の間を進んでいく。


「遠くに行っちゃ駄目だよ!」


「キュルル!」


返事は聞こえた。


薫が苦笑する。


「相変わらず返事だけはいいね」


「ちゃんと戻ってくるもん」


言った直後。


前方の草むらからノクスの頭が飛び出した。


「キュル!」


「ほら!」


「そこまで遠くに行ってないだけだけどね」


三人は街道を外れた。



しばらく進むと、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。


最初に気付いたのは薫だった。


「姉さん」


「ん?」


「ここ」


薫が足元を指す。


千鶴もしゃがみ込んだ。


草の中に、何本もの植物が生えている。


見たことのある葉だった。


「これ、ヒールリーフ?」


「たぶん」


以前採取したものとよく似ている。


葉の縁に白い斑点。


薄い青色の葉脈。


だが。


「大きくない?」


千鶴が言った。


通常のヒールリーフより、明らかに葉が大きい。


一枚一枚が千鶴の手のひらほどもある。


「前に採ったやつ、こんなに大きくなかったよね」


「半分くらいだった」


薫は葉へ直接触れず、近くから状態を確認する。


形はヒールリーフ。


だが、葉脈の青色が妙に濃い。


「魔力を多く吸ってるのかな」


「分かるの?」


「少し」


薫が目を細める。


意識を周囲の魔力へ向ける。


空気中に漂う魔力そのものは、普段から存在している。


だが、この場所では流れ方が違った。


多い。


単純に濃いだけではない。


一定の方向から絶えず流れ込んでくるような感覚がある。


「向こうから来てる」


薫が顔を上げた。


「向こう?」


千鶴も同じ方向を見る。


祠がある方角だった。


「魔力?」


「たぶん」


千鶴はしばらく黙り、目を閉じた。


薫ほど細かく魔力の流れを読むのは得意ではない。


それでも意識を集中すると、確かに感じる。


肌へ触れるような、微かな圧力。


「ほんとだ」


千鶴が目を開ける。


「なんか、空気が重い」


「うん」


「嫌な感じ?」


薫は少し考えた。


「それはまだ分からない」


禍々しいわけではない。


敵意があるわけでもない。


ただ、この場所には本来ないはずの魔力が流れ込んでいる。


その影響を植物が受けていると考えれば、異常な成長にも説明がつく。


薫は地図の余白へ、簡単な印を書き込んだ。


「何してるの?」


「場所を記録してる」


「なるほど」


「調査依頼だからね」


「私も何かする!」


千鶴が周囲を見回す。


しばらく考えたあと、大きくなったヒールリーフを指差した。


「普通より大きい!」


「今それを書いたよ」


「じゃあ……青い!」


「それも」


「薫、一人で全部やらないでよ」


「姉さんが遅いんだよ」


「今考えてたの!」


二人のやり取りを聞きながら、ノクスが近くの草へ鼻先を寄せていた。


「キュル……」


先ほどまで楽しそうに走り回っていたのに、いつの間にか動きが慎重になっている。


千鶴が気付いた。


「ノクス?」


黒龍は顔を上げる。


紫色の瞳が、道の先を見つめていた。


「何かいる?」


千鶴が大剣へ手を伸ばす。


薫も腰の長剣へ右手を添えた。


風が草を揺らす。


しばらく何も起きなかった。


だが、薫はすぐに気付いた。


「音が少ない」


「え?」


千鶴が辺りを見る。


言われてみればそうだった。


先ほどまで聞こえていた鳥の声がない。


虫の鳴き声も減っている。


風が草を揺らす音だけが、妙にはっきり聞こえていた。


「いつから?」


「分からない」


薫は周囲を見渡す。


「でも、さっきまでは聞こえてた」


ノクスが低く唸った。


「グルル……」


今度は間違いない。


何かを警戒している。


薫が長剣を抜いた。


千鶴も背中の大剣へ手をかける。


その瞬間。


右側の茂みが大きく揺れた。


「来る!」


薫が声を上げる。


直後、灰色の影が飛び出した。


牙狼ファングウルフ


一体。


だが、その毛並みは以前見た個体より荒れている。


目は充血し、口元から唾液を垂らしていた。


「ファングウルフ?」


千鶴が大剣を抜く。


牙狼は二人を見るなり、迷うことなく地面を蹴った。


「姉さん!」


「うん!」


千鶴が一歩前へ出る。


大剣を横へ構えた。


牙狼が跳ぶ。


鋭い牙が千鶴の肩へ迫る。


大剣が下から持ち上がった。


斬らない。


刀身の腹で牙狼の胸元を受ける。


衝撃と同時に、千鶴は身体を捻った。


「よっ!」


牙狼の勢いを利用し、そのまま横へ弾き飛ばす。


地面へ転がった魔獣へ、薫が走った。


長剣を抜いたまま一気に距離を詰める。


牙狼が起き上がる。


前脚が地面を蹴るより先に、薫の刃が首元へ止まった。


「……」


だが、振り抜かなかった。


牙狼が唸る。


血走った目。


荒い呼吸。


身体が小刻みに震えている。


「薫?」


千鶴が尋ねる。


薫は魔獣を見たまま答えた。


「おかしい」


牙狼の視線は薫を見ていなかった。


いや。


二人そのものを見ていない。


何度も、さらに奥へ視線を向けている。


逃げたいのか。


進みたいのか。


判断できない。


「グルルル……!」


牙狼が突然身体を捻った。


薫が半歩下がる。


魔獣は襲いかからず、そのまま二人の横を走り抜けた。


「え?」


千鶴が振り返る。


牙狼は来た方向へ戻るのではなく、道を外れて草原へ駆けていく。


やがて背の高い草の中へ姿を消した。


薫は剣を下ろした。


「逃げた……」


「私たちから?」


「分からない」


薫の視線が祠の方角へ向く。


「でも、僕たちと戦いたかったようには見えなかった」


千鶴も大剣を下ろした。


「じゃあ、なんで襲ってきたの?」


「興奮してた」


「魔力のせい?」


「可能性はある」


その時。


別の方向から草が揺れた。


一度ではない。


左。


正面。


さらに少し離れた後方。


千鶴と薫が同時に武器を構える。


ノクスが千鶴の足元まで戻ってきた。


「キュルル……!」


茂みから現れたのは、三体の魔獣だった。


一体は牙狼。


残りの二体は、二人が見たことのない生き物だった。


地面すれすれまで身体を低くした、大型の蜥蜴。


全身を覆う灰褐色の鱗は岩のように厚く、背中には小さな突起が並んでいる。


「何、あれ」


千鶴が言った。


薫はすぐに依頼書と一緒に渡されていた簡単な資料を思い出す。


今回、異常地域で目撃されている魔獣の絵。


岩甲蜥蜴ロック・リザード


「知ってるの?」


「資料に描いてあった」


薫が二体を見る。


「本来は岩場や乾燥した丘陵にいる魔獣。少なくとも、この辺りで頻繁に出る種類じゃない」


「じゃあ」


「ギルドの情報と一致してる」


岩甲蜥蜴が低い声を上げた。


次の瞬間、三体が同時に動く。


牙狼が正面。


岩甲蜥蜴が左右へ分かれた。


「薫!」


「右をお願い」


それだけで十分だった。


千鶴が右へ走る。


薫は正面から迫る牙狼へ向かった。


牙狼が飛びかかる。


薫は真正面から受けない。


長剣を牙の横へ添え、身体を半歩ずらす。


魔獣の勢いが流れる。


そのまま短剣で前脚を払った。


体勢を崩した牙狼が地面へ落ちる。


薫は追撃せず、すぐ左を見る。


岩甲蜥蜴が迫っていた。


硬い頭部を前へ突き出し、そのまま身体ごとぶつかってくる。


薫は地面を蹴った。


横へ避ける。


岩甲蜥蜴が通り過ぎる。


速度はある。


だが、方向転換は遅い。


振り返ろうとする魔獣の横へ回り込み、薫は長剣を振るった。


刃が背中の鱗へ触れる。


甲高い音。


「硬いな」


刃は鱗の表面を浅く削っただけだった。


反対側では千鶴が岩甲蜥蜴と向かい合っていた。


「硬いなら!」


大剣を両手で握る。


岩甲蜥蜴が突進する。


千鶴は避けなかった。


一歩踏み込み、大剣を横へ振る。


刃ではなく、広い刀身の腹。


「飛んでけ!」


轟音。


岩甲蜥蜴の身体が横から叩かれ、地面を転がった。


「斬らないんだ」


薫が言う。


「硬そうだったから!」


「正解だと思う」


薫の前にいた牙狼が再び立ち上がる。


そこへ千鶴が弾き飛ばした岩甲蜥蜴が転がってきた。


二体がぶつかる。


牙狼が吠えた。


岩甲蜥蜴も暴れる。


「薫!」


「うん」


薫が左手を向ける。


地面へ薄く霜が広がった。


わずかな氷。


牙狼が踏み込んだ瞬間、前脚が滑る。


その横で起き上がろうとしていた岩甲蜥蜴も足を取られた。


動きが止まる。


千鶴が駆け込む。


大剣を低く構え、一気に振り抜いた。


重い刀身が二体まとめて地面へ叩きつける。


薫は残る一体へ走った。


岩甲蜥蜴が口を開く。


薫は正面へ踏み込み、その直前で身体を沈める。


顎の下。


そこだけは鱗が薄い。


長剣の柄頭を叩き込んだ。


岩甲蜥蜴の頭が跳ね上がる。


続けて短剣を喉元へ突きつける。


魔獣の動きが止まった。


「……」


薫はまた、すぐには刺さなかった。


数秒。


岩甲蜥蜴は低く唸ったあと、身体を引いた。


さらに一歩。


薫は追わない。


やがて魔獣は身を翻し、草むらへ逃げ込んだ。


千鶴の側でも、倒れていた牙狼がふらつきながら立ち上がる。


もう一体の岩甲蜥蜴も起き上がった。


二体は千鶴を警戒するように見たあと、同じようにその場を離れていく。


千鶴は大剣を肩へ担いだ。


「みんな逃げたね」


「うん」


「倒さなくてよかった?」


「討伐依頼じゃないから」


薫は長剣を鞘へ戻す。


「襲われたから追い払った。それで十分だよ」


「エルナさんとの約束も守った!」


「そうだね」


千鶴は得意そうに頷いた。


「ちゃんと覚えてたでしょ?」


「そこまで褒めることかな」


「褒めてよ」


「偉い偉い」


「雑!」


ノクスが二人の間へ走ってきた。


「キュル!」


千鶴がしゃがみ込み、抱き上げる。


「ノクスも怖くなかった?」


「キュル!」


胸を張る。


「強いねぇ」


「ほとんど千鶴の後ろにいたけど」


薫が言う。


ノクスの動きが止まった。


ゆっくり薫を見る。


「キュルル……」


「怒ったね」


「事実なんだけど」


「薫、そういうこと言わないの」


千鶴は笑いながらノクスを肩へ戻した。


だが。


薫は笑っていなかった。


戦闘のあった場所を見つめる。


牙狼と岩甲蜥蜴。


本来なら、同じ場所で同時に出会うこと自体が珍しい。


それ以上に気になることがある。


「姉さん」


「なに?」


「もう少し慎重に進もう」


千鶴が薫の表情を見る。


「やっぱり変?」


「うん」


薫は地面へ視線を落とした。


戦闘の跡。


魔獣の足跡。


それ以外にも、古い足跡がいくつも残っている。


牙狼。


岩甲蜥蜴。


もっと小さな何か。


蹄を持つ魔獣らしき跡まで混じっていた。


種類が多すぎる。


しかも、それらのほとんどが同じ方向へ伸びている。


祠。


「集まってる」


薫が呟いた。


「祠に?」


「少なくとも、足跡は向こうへ続いてる」


千鶴も地面を見る。


確かに無数の跡が、道の先へ伸びている。


「でも、さっきの子たちは逃げていったよ?」


「そこが分からない」


引き寄せられているのか。


追い出されているのか。


あるいは、ただ魔力の影響で行動がおかしくなっているだけなのか。


今の段階では判断できない。


「行けば分かるかな」


千鶴が言う。


薫は少し考えてから頷いた。


「危険だと思ったら戻る」


「うん」


「奥まで行くことが目的じゃない」


「分かってる」


「本当に?」


「今日は分かってるよ!」


薫は小さく笑った。


「じゃあ行こう」



さらに奥へ進むにつれ、異常ははっきりしていった。


草は腰近くまで伸び、木々の枝葉も不自然なほど生い茂っている。


色も濃い。


緑というより、青に近い葉を持つ植物まで混ざり始めていた。


ところどころで、幹そのものが膨らんだ木もある。


そして何より。


魔力が濃い。


最初は意識しなければ分からなかったものが、今では呼吸するだけで感じられるほどになっていた。


千鶴が腕を擦る。


「なんか、ぞわぞわする」


「僕も」


「身体に悪かったりしない?」


「今のところは大丈夫だと思う」


薫は自分の手を開く。


魔力を使ったわけでもないのに、指先へ淡い冷気が集まっていた。


すぐに意識を切る。


冷気は消えた。


「魔法が使いやすくなってる?」


千鶴が尋ねた。


「たぶん。周りの魔力が濃いから」


千鶴も大剣の柄へ手を添える。


一瞬だけ、刀身の根元へ黄金色の火花が散った。


「ほんとだ」


「使わないで」


「まだ何もしてないよ」


「姉さんの場合、確認のつもりで燃やしそうだから」


「燃やさないって!」


千鶴が頬を膨らませた。


その肩で。


ノクスが急に身体を固くした。


「……キュル」


今までとは違う声だった。


千鶴がすぐに気付く。


「ノクス?」


黒龍は前を見つめている。


翼を身体へ密着させ、尻尾を千鶴の肩へ巻きつけていた。


「怖いの?」


千鶴が頭を撫でる。


ノクスは返事をしない。


ただ、前を見る。


薫も同じ方向へ視線を向けた。


木々の隙間から。


何かが見える。


灰色。


自然の岩とは違う。


直線的な形。


「あれ……」


千鶴が小さく声を漏らした。


二人は歩く速度を落としながら進む。


草を掻き分ける。


やがて木々が途切れた。


小さな空間が開けている。


その中央に。


古びた石造りの建物があった。


高さは二人より少し高い程度。


大きな石を積み上げただけのような簡素な造りで、壁の一部には蔦が絡みついている。


屋根の角は崩れ、入口には扉すらない。


遠くから見れば。


確かにただの古い祠だった。


「着いた……?」


千鶴が呟く。


薫は地図を開き、周囲の地形を確認する。


「場所は合ってる」


二人はその場から動かず、祠を観察した。


静かだった。


あれほど茂っている草木の中なのに、虫の声すら聞こえない。


風は吹いている。


木々の葉も揺れている。


それなのに、祠の周囲だけが別の場所のように静まり返っていた。


ノクスが低い声を漏らす。


「グルル……」


千鶴が大剣の柄へ手を置いた。


「薫」


「うん」


薫も腰の剣へ触れる。


そして、祠へ意識を向けた瞬間だった。


「……っ」


薫の表情が変わった。


いつもは遠くに感じている月の力が

ほんの僅かに揺れた。


それとほぼ同時に

千鶴が耳元へ手を伸ばす。


「薫」


「姉さんも?」


千鶴が頷いた。


太陽を象った耳飾りが

ほんの一瞬だけ、黄金色の光を放っていた。


薫の三日月の耳飾りもまた

青白い光を宿している。


二人は顔を見合わせた。


誰も何も言わなかった。


ただの調査依頼。


そう思っていた。


だが、目の前にある古びた祠が

自分たちと無関係ではない。


そんな予感だけが

二人の胸へ静かに広がり始めていた。

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