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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第2章

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第22話 新しい依頼

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



翌朝。


千鶴は、扉を引っ掻くような小さな音で目を覚ました。


「ん……」


薄く目を開ける。


見慣れない天井。


一瞬だけ、自分がどこにいるのか分からなかった。


だが、窓から差し込む朝日と、床に置かれた丸いクッションが目に入る。


昨日買ったばかりの寝台。


壁際に置いた大剣。


そして扉の前では、ノクスが前脚を使って何度も木の板を叩いていた。


「キュル」


「……おはよう、ノクス」


千鶴が身体を起こす。


ノクスは待ってましたと言わんばかりに駆け寄ると、寝台へ飛び乗った。


そのまま千鶴の胸へ前脚を乗せる。


「どうしたの?」


「キュル!」


ノクスが扉を見る。


千鶴もそちらを見る。


「外?」


「キュル!」


「庭に行きたいの?」


今度は勢いよく尻尾が振られた。


千鶴は思わず笑った。


「昨日あんなに走ってたのに」


寝台から降り、扉を開ける。


ノクスは廊下へ飛び出すと、そのまま階段を駆け下りていった。


「待って、勝手に外へ――」


階下から扉の開く音がした。


続いて薫の声。


「走らない」


「キュル!」


「返事だけじゃなくて」


千鶴は笑いながら階段を下りた。


一階へ降りると、昨日まで何もなかった居間に朝の光が差し込んでいた。


小さな食卓。


二脚の椅子。


棚に並べられた食器。


壁際には、まだ中身の少ない収納棚。


昨日一日で揃えたばかりのものばかりだ。


台所では、薫が鍋を火にかけていた。


「おはよう」


「おはよう。よく眠れた?」


「うん」


千鶴は居間を見回す。


昨日も同じ景色を見たはずなのに、朝になると少し違って見えた。


窓の向こうには庭がある。


薫が開けたらしく、ノクスはすでに草の上を走り回っていた。


「なんか変な感じ」


「何が?」


「朝起きても、宿じゃない」


薫が鍋を混ぜながら小さく笑う。


「昨日、自分で寝台を運んだでしょ」


「そうなんだけど」


千鶴は椅子へ座る。


「本当に住んでるんだなって」


自分たちの家。


昨日までは宿の一室を借りていた。


荷物を置く場所も、食事をする場所も、いつかは出ていく前提の場所だった。


ここは違う。


借り物ではある。


それでも鍵を持っているのは自分たちだ。


朝になれば、この家から一日が始まる。


「いいね」


千鶴が言った。


「何が?」


「家」


「昨日から何回目?」


「何回言ってもいいでしょ」


「まあね」


薫は温め直した昨日のスープを器へ注ぎ、千鶴の前へ置いた。


パンと、軽く焼いた干し肉も並べる。


「朝ご飯」


「ありがとう!」


千鶴がパンへ手を伸ばしたところで、庭からものすごい勢いでノクスが戻ってきた。


「キュル!」


そのまま椅子の横へ座る。


紫色の瞳が、千鶴の手元にある肉へ向けられていた。


「さっきまで庭で遊んでたよね?」


「キュル」


「お腹空いたの?」


「キュル!」


「元気だなぁ」


千鶴が肉を一切れ取ろうとする。


「それ姉さんの分だよ」


薫が止めた。


「少しくらいいいじゃん」


「ノクスの分はこっち」


別の皿を置く。


味付けをしていない肉が何切れか載っていた。


ノクスの目が輝く。


「キュルル!」


勢いよく皿へ向かう。


「ちゃんと用意してたんだ」


「昨日、姉さんが大量に買ったからね」


「大量じゃないよ」


「自分たちの肉より多かったけど」


「成長期だから」


「何歳かも分からないのに?」


千鶴は答えに詰まった。


足元では、そんな会話など気にもせずノクスが肉を頬張っている。


「……いっぱい食べるから成長期」


「理由が逆だよ」


朝食を終えた頃には、アルカの街もすっかり目を覚ましていた。


窓の外を人々が行き交い、遠くから商人の声が聞こえる。


薫は食器を片付けながら尋ねた。


「今日はどうする?」


「仕事!」


千鶴は即答した。


「早いね」


「だって冒険者だもん」


「昨日は家を探して、一昨日は緊急依頼だったけど」


「だから今日は普通の依頼!」


千鶴は胸元の石札を持ち上げる。


まだストーン級。


正式な冒険者になったばかりだ。


「家賃も払わないといけないしね」


薫の言葉に、千鶴の勢いが少しだけ落ちた。


「……急に現実的になった」


「大事なことだよ」


「分かってるけど」


千鶴は椅子の背へ身体を預ける。


「昨日あんなにお金使ったもんね」


家賃と保証金。


家具。


生活用品。


食料。


一つ一つはそれほど高くなくても、まとめて揃えればそれなりの金額になる。


今すぐ困るほどではない。


だが、冒険者の収入は決まっているわけではなかった。


「まあ、焦って難しい依頼を受ける必要はないけどね」


薫が言う。


「今の僕たちが受けられる依頼の中から探そう」


「うん!」


千鶴は立ち上がった。


「じゃあ準備しよう!」


「その前に食器」


「帰ってからじゃ駄目?」


「駄目」


「家ができたら、やること増えたね……」


「それも含めて家だから」


「昨日はいいことばっかり言ってたのに」


文句を言いながらも、千鶴は食器を持って台所へ向かう。


その後ろをノクスがついていく。


薫はそんな二人を見て、少しだけ笑った。



支度を終え、三人は玄関へ集まった。


千鶴は大剣を背負い、薫は長剣と短剣を腰へ差している。


ノクスはいつものように千鶴の肩へ乗っていた。


薫が扉を開ける。


千鶴が外へ出たところで、ふと振り返った。


誰もいない居間。


小さな食卓。


まだ少し殺風景な家。


「行ってきます!」


薫が足を止める。


「誰に言ってるの?」


「家に」


「家は返事しないよ」


「いいの!」


千鶴は扉を閉める。


薫が鍵をかけた。


その音を聞きながら、千鶴は満足そうに笑った。


「帰ってきたら、ただいまって言えるからね」


薫は一瞬だけ黙った。


昨日の夜。


扉を開けた千鶴から聞いた言葉を思い出す。


「……そうだね」


二人は並んで歩き始めた。



冒険者ギルドは、今日も朝から多くの人で賑わっていた。


依頼へ向かう者。


仲間を待つ者。


受付で地図を広げている者。


酒場の一角では、朝から食事を取っている冒険者たちの姿もある。


千鶴と薫が入ると、以前ほどではないものの何人かがこちらへ視線を向けた。


街道での一件以来、二人の顔を知る冒険者が少しずつ増えている。


千鶴はまだ慣れない様子で小さく手を振った。


「おはようございます!」


受付にいたエルナが二人へ気付き、笑顔を向ける。


「おはようございます。昨日はお家を探しに行かれたんですよね?」


「見つかりました!」


千鶴が嬉しそうに答える。


「庭もあって、お風呂もあって、台所も広いんです!」


「それは良かったですね」


「ノクスも庭を気に入ってて!」


「キュル!」


肩の上からノクスまで元気よく鳴く。


薫が横から付け加える。


「紹介していただいて、ありがとうございました」


「いえいえ。アルカを拠点にされるのでしたら、宿暮らしより何かと便利ですから」


エルナは柔らかく微笑んだ。


「今日は依頼をお探しですか?」


「はい!」


千鶴が依頼板を見る。


大きな板には、今日も何十枚もの依頼書が貼られていた。


薬草採取。


荷物の運搬。


街道周辺の魔獣討伐。


水路の清掃。


商人の護衛。


もちろん、二人には書かれている文字のほとんどが読めない。


「文字、早く覚えないとなぁ」


千鶴が小さく呟く。


「覚えてる途中でしょ」


「薫の方が早いじゃん」


「姉さんも毎日少しずつ覚えればいい」


「毎日?」


「毎日」


「週三回くらいから……」


「毎日」


千鶴が依頼板へ逃げるように視線を戻した。


紙には文字だけではなく、依頼内容を示す簡単な印が描かれているものもある。


薬草。


荷車。


剣。


魔獣。


その中に、一枚だけ見慣れない絵があった。


古びた小さな建物。


屋根というより、大きな石を組み合わせただけのような形をしている。


その周囲には、いくつかの獣を示す印。


「薫、これ何だと思う?」


千鶴が指差す。


薫も依頼書を見る。


「建物かな」


「家?」


「住むには小さすぎると思う」


「倉庫?」


「それなら魔獣の印があるのが気になるね」


二人の会話を聞いていたエルナが受付の向こうから声を掛けた。


「それは調査依頼ですよ」


「調査?」


千鶴が振り返る。


エルナは受付から出ると、依頼板の前へ歩いてきた。


「アルカから東へ進んだ先に、古い祠があります」


「祠……」


「かなり昔からあるものですが、普段はほとんど人が近づきません。街道からも外れていますし、特に何かを祀っている様子もないので」


薫が依頼書を見る。


「何を調べるんですか?」


エルナの指が、建物の周囲に描かれた魔獣の印へ移る。


「最近、この祠の周辺で魔獣の目撃数が増えているんです」


千鶴の表情が少し変わった。


「魔獣?」


「はい。最初は偶然だと思われていました。ですが、ここ数日で報告が急に増えました」


エルナは続ける。


「それだけなら、生息域が少し移動した可能性もあります。ただ――」


一度言葉を切る。


「本来、あの地域にはほとんど現れない種類の魔獣まで確認されています」


薫が依頼書から顔を上げた。


「種類まで変わってる?」


「はい」


「原因は?」


「まだ分かっていません。それを調べるための依頼です」


千鶴が紙を覗き込む。


「祠から魔獣が出てきてるってこと?」


「そこまでは確認されていません」


エルナは首を横へ振った。


「祠の周辺で目撃数が増えている。それだけです。ギルドでは周辺の魔力に何らかの変化が起きている可能性も考えていますが、現時点では断定できません」


「魔力の変化……」


薫が小さく呟く。


この世界へ来てから、魔力が環境によって大きく変わることは何度も感じていた。


星墜ちの森。


ルーベ草原。


アルカの街。


場所によって魔力の濃さも流れも違う。


だが、魔獣の生息域そのものが変わるほどの異常となれば話は別だ。


「具体的には何をすればいいんですか?」


薫が尋ねる。


「祠まで向かい、周囲の状況を確認してください。魔獣の種類と数、植物や地形に異変がないか。それから、可能であれば祠そのものも確認していただきます」


「中に入るんですか?」


「入れる範囲で、です」


エルナの声が少しだけ真剣になる。


「これは討伐依頼ではありません。未知の魔獣や危険な場所を発見した場合は、無理に進まず帰還してください。原因を突き止めることより、確認した情報を持ち帰ることが優先です」


薫は静かに頷いた。


「分かりました」


千鶴が横を見る。


「もう受ける顔してるね」


「姉さんは嫌?」


「全然」


千鶴は笑った。


「調べる依頼って、まだやったことないし」


「戦闘が目的ではありませんよ?」


エルナが念を押す。


「分かってます!」


「本当に?」


薫が尋ねる。


「薫まで!?」


「念のため」


「ちゃんと調べます!」


千鶴は依頼書を指差した。


「魔獣がいても、必要がなければ戦わない!」


「そこまで言えるなら大丈夫そうですね」


エルナが小さく笑う。


ノクスも依頼書を覗き込んでいた。


描かれた魔獣の印へ鼻先を近づける。


「キュル?」


「ノクスも行く?」


千鶴が聞く。


「キュル!」


迷いのない返事だった。


薫は依頼書をもう一度見る。


古い祠。


増え始めた魔獣。


本来そこにはいない種類。


そして、原因不明の魔力異常。


今のところ、それ以上の情報はない。


少し考えたあと、薫は依頼書を板から外した。


「これを受けます」


エルナが頷く。


「承りました」


三人は受付へ戻る。


エルナは依頼書へ必要事項を書き込み、最後にギルドの印を押した。


乾いた音が、受付台の上へ響く。


「これで受注完了です」


依頼書と簡単な地図が、二人の前へ差し出された。


「古い祠周辺の異常調査。お気を付けて」


薫が地図を受け取る。


「ありがとうございます」


千鶴も笑顔で頷いた。


「行ってきます!」


肩の上で、ノクスが元気よく翼を広げる。


「キュル!」


新しい家を手に入れてから、最初に受ける依頼。


この時の二人にとっては、それだけだった。


古い祠の奥で何が待っているのか。


まだ、知るはずもなかった。

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