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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第1章

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第20話 家探し

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



朝。


柔らかな陽射しが、宿の小さな部屋へ差し込んでいた。


「キュル!」


「んぅ……」


千鶴は布団へ顔を埋める。


「あと五分……」


「キュル!」


ノクスが前脚で千鶴の頬を叩く。


「分かった、分かったから……」


千鶴がようやく顔を上げた。


目の前には、紫色の瞳。


ノクスは満足そうに一鳴きする。


「キュル」


「おはよう」


千鶴が頭を撫でる。


ノクスは嬉しそうに目を細め、そのまま千鶴の胸へ身体を預けた。


「……もう一回寝ようか」


「駄目だよ」


窓際から薫の声が飛んできた。


千鶴が顔だけを向ける。


薫はすでに着替えを終え、机の上へ何枚かの紙を並べていた。


「早いね」


「普通だよ」


「まだ朝だよ?」


「朝だから起きるんだよ」


「昨日いっぱい戦ったじゃん」


「だから昨日は早く寝たでしょ」


千鶴は少し考える。


確かに昨日は

ギルドで報告を終えたあと

宿へ戻り夕食を食べて風呂に入って

寝台へ横になったところまでは覚えている。


そこから先はの記憶は…


「……いつ寝たっけ」


「布団に入って三分くらい」


「早っ」


「姉さんのことだよ」


薫が呆れたように答えた。


「ノクスもほとんど同時だった」


千鶴が胸元を見る。


ノクスが大きな欠伸をしている。


「やっぱり疲れてたんだよ」


「キュル」


「ほら」


「ノクスを証人にしないで」


千鶴は笑いながら身体を起こした。


机の上に並べられた紙が目に入る。


「それ何?」


「昨日エルナさんにもらったもの」


「昨日?」


「覚えてないの?」


「覚えてるよ」


「じゃあ何?」


「……家」


薫が小さくため息を吐いた。


千鶴の目が一気に覚めた。


「家!」


勢いよく寝台から飛び降りる。


驚いたノクスが宙へ跳ねた。


「キュッ!?」


「ごめん!」


千鶴が慌てて抱き留める。


「今日探しに行くんだよね!」


「そのつもり」


薫は机の紙を一枚持ち上げた。


「エルナさんが貸家を扱ってる店を何軒か教えてくれた」


「じゃあ、早く行こう!」


「その前に顔を洗って」


「洗う!」


「着替えて」


「着替える!」


「朝ご飯も」


「食べる!」


「そこだけ返事が一番元気だね」


「大事だから!」


「キュル!」


ノクスまで元気よく鳴く。


薫は二人を見て、小さく笑った。


「分かったから、準備して」



一階の食堂には、焼きたてのパンの香りが漂っていた。


ノクスは千鶴から分けてもらった肉を夢中で食べている。


「キュル、キュル」


「ゆっくり食べなよ」


そう言いながら。


千鶴も負けない速度でパンを頬張っていた。


薫は二人を交互に見る。


「姉さんもね」


「私はちゃんと噛んでるよ」


「今、三回くらいだったけど」


「細かいなぁ」


宿の女将が、空になった皿を片付けながら笑う。


「今日は随分と楽しそうだね」


「はい!」


千鶴が顔を上げた。


「家を探しに行くんです!」


「家?」


「貸家です」


薫が補足する。


「しばらくアルカを拠点にするなら、宿より家を借りた方がいいとギルドで勧められまして」


「ああ、なるほどね」


女将は納得したように頷いた。


「冒険者なら珍しくないよ」


千鶴が少しだけ身を乗り出す。


「どんな家がいいと思います?」


「そうだねぇ」


女将は腕を組んだ。


「水場。毎日使うもんだからね」


「なるほど」


「それと」


女将の視線がノクスへ向く。


ノクスが肉を咥えたまま顔を上げた。


「その子がいるなら、狭い部屋より少しくらい外へ出られる場所があった方がいいだろうね」


千鶴の目が輝く。


「お庭!」


「大きくなくていいと思うけどね」


「庭、欲しい!」


「キュル!」


ノクスも翼を広げる。


薫が静かに水を飲む。


「条件が増えたね」


「薫は何かないの?」


「ギルドから遠すぎないこと」


「現実的だなぁ」


「家賃も」


「もっと現実的だった」


女将が笑った。


「まあ、最初から全部揃った家なんて探さなくていいさ」


二人を見る。


「住んでから、自分たちで家にしていけばいい」


千鶴が少しだけ目を丸くした。


「自分たちで……」


「ああ」


女将は優しく笑う。


「家なんて、最初はただの建物だからね」


そう言い残し、女将は厨房へ戻っていった。


千鶴は残っていたパンを見つめる。


少し間をおいて


「薫」


「なに」


「家具も買おうね」


「もう決める前提なんだ」


「だって必要でしょ?」


「必要だけど」


「ノクスの寝床も」


「キュル!」


「はいはい」


薫は苦笑しながら立ち上がった。


「まずは家を見つけてからね」



二人が向かったのは、冒険者ギルドから少し離れた商業区だった。


武器屋。


道具屋。


食料品店。


様々な店が並ぶ通りの一角。


そこに、小さな木製の看板が下げられていた。


家を模した絵。


その下に、この世界の文字。


文字そのものは読めない。


だが、エルナから教えられた印と一致している。


「ここだね」


薫が言う。


「入ろう!」


千鶴が迷わず扉を開けた。


小さな鈴が鳴る。


店内には、大きな机。


壁には何枚もの街の地図。


棚には鍵がずらりと並んでいる。


机の向こうに座っていたのは、四十代ほどの女性だった。


丸い眼鏡をかけて

茶色い髪を後ろでまとめている。


「いらっしゃい」


女性は二人を見る。


続いて。


千鶴の肩にいるノクスを見る。


「……使い魔連れ?」


「はい!」


千鶴がノクスを抱き上げる。


「大人しいです!」


「キュル!」


「自分で言うんだね」


女性は小さく笑った。


「貸家を探してるの?」


「はい」


薫がエルナから渡された紙を差し出す。


女性は一度目を通し、納得したように頷いた。


「ギルドからの紹介か」


立ち上がる。


「希望は?」


千鶴が即答する。


「広い台所と、お風呂と、庭!」


「姉さん」


薫が横から止める。


「武器を置ける場所があって、ギルドまで遠すぎないところ。できれば使い魔可でお願いします」


女性は二人を見比べた。


「そっちが話をまとめる役かい?」


「だいたい」


「どういう意味?」


千鶴が抗議する。


ノクスまで薫を見る。


「キュル」


女性は再び笑った。


「予算は?」


薫が少し考える。


「相場が分からないので、まず見てから決めたいです」


「なるほど」


女性は棚の鍵を眺めて

3番の鍵を取り出した。


「ちょうど空いてるところがある」


千鶴の表情が明るくなる。


「三軒?」


「条件に近いのはね」


「全部見たい!」


「そのつもりだよ」


女性は鍵を持ち上げた。


「ついてきな」



一軒目。


冒険者ギルドから近い。


通りを二本抜けただけだった。


「近い!」


千鶴が嬉しそうに声を上げる。


「これは便利だね」


薫も頷いた。


女性が扉の鍵を開ける。


「中を見てみな」


千鶴が真っ先に入る。


そして、止まった。


「……狭い」


部屋は一つ。


奥に小さな台所。


寝台を二つ置けば、それだけでかなりの場所を使いそうだった。


薫が室内を見回す。


「武器を置いたら、ほとんど歩けないね」


「大剣どこに置くの?」


「壁際かな」


千鶴が大剣を背負ったまま身体を回す。


ゴンッ。


鞘が壁へ当たった。


「痛っ」


「家は痛くないよ」


「私がびっくりしたの!」


肩のノクスが室内を見回す。


翼を広げる。


一度羽ばたき。


天井へ頭をぶつけた。


「キュッ!?」


「ノクス!」


千鶴が抱き留める。


薫が無言で女性を見る。


女性も頷いた。


「……次行こうか」


「お願いします」



二軒目。


少し広い。


一階と二階があり、台所も十分な大きさだった。


「広い!」


千鶴が嬉しそうに走り回る。


「姉さんあんまり走りまわらないで」


「見て薫!」


千鶴は薫の言葉を完全に無視し、一つの扉を開けた。


「お風呂!」


そこには石造りの浴槽があった。


千鶴の表情が輝く。


「ここにしよう!」


「早い」


「お風呂あるよ!?」


「見れば分かる」


「毎日入れるよ!」


「他も見てから」


「こんなに大きいよ!」


「姉さん」


薫が窓を開ける。


外から大きな笑い声や歌声。


何かが割れる音。


「うおおおおお!」


「飲め飲め飲め!」


千鶴の動きが止まる。


窓の向こう。


通りを挟んだ正面に、大きな酒場があった。


昼間だというのに、すでにかなり賑わっている。


「……夜も?」


女性が頷く。


「夜の方が賑やかだね」


「何時まで?」


「朝までの日もある」


千鶴が静かに浴槽へ視線を落とした。


「お風呂……」


「寝られないよ」


「でも、お風呂……」


「次行こう」


薫が千鶴の背中を押す。


「待って! まだ別れを言えてない!」


「浴槽に別れを言わなくていいから」


「さようなら、お風呂……」


「キュル……」


なぜかノクスまで寂しそうに鳴いた。


「ノクスも?」


薫が呆れながら扉を閉めた。



三軒目は、街の中心から少し離れた住宅区にあった。


石畳の道。


小さな水路。


通りには商店よりも住宅が多い。


子どもたちの笑い声が聞こえる。


洗濯物が風に揺れ。


軒先では老人が椅子へ座り、ゆっくり本を読んでいた。


「静かだね」


千鶴が周囲を見回す。


「うん」


薫も辺りへ視線を巡らせる。


ギルドから遠すぎるわけではない。


街道へ出る道も分かりやすい。


人通りもある。


それでいて、商業区ほど騒がしくない。


女性が一軒の家の前で止まった。


「ここだよ」


千鶴が見上げる。


二階建てではない。


豪華でもない。


白い石壁。


少し古びた木製の扉。


赤茶色の屋根。


家の横には、人が二人並んで歩けるくらいの細い道があり。


その奥に小さな庭が見えていた。


「庭!」


千鶴より先にノクスが飛び出した。


「キュル!」


「ノクス!」


小さな黒龍が家の横を抜け、そのまま庭へ飛び込む。


柔らかな草。


一本の小さな木。


石で囲われた花壇。


何も植えられてはいない。


それでもノクスには十分だったらしい。


草の上を走る。


そのまま翼を広げ、少しだけ宙へ浮かぶ。


「キュルル!」


千鶴が笑う。


「気に入ったみたい」


「まだ中を見てないよ」


薫が言う。


「そうだった!」


女性が扉を開ける。


古い蝶番が小さく音を立てた。


「少し古いけど、前の住人が丁寧に使ってたから状態は悪くない」


中へ入る。


最初にあるのは、小さな居間。


大きくはない。


三人で過ごすには十分な広さがある。


窓から朝の光が入り、床を明るく照らしていた。


居間の奥には台所。


千鶴がすぐに覗き込む。


「広い!」


二軒目ほどではない。


調理台、水場、小さな竈、収納棚。


必要なものは揃っている。


「ここなら料理できるよ!」


「宿でも食堂で食べてたけどね」


「自分で作れるじゃん」


千鶴が嬉しそうに調理台へ触れる。


その横で薫は別の扉を開ける。


「姉さん」


「なに?」


「風呂あるよ」


「えっ!?」


千鶴が飛んできた。


本当に。


小さな浴槽がある。


二軒目ほど大きくはない。


一人が入ればいっぱいになる程度。


それでも。


「……ある」


「あるね」


「お風呂……」


千鶴が浴槽へ手を置いた。


「今度は静かだよ」


薫が笑う。


「ここにしよう!」


「だから早いって」


女性が廊下の奥を指差す。


「部屋はあと二つ」


二人が見る。


同じくらいの大きさの部屋。


片方には窓

もう片方には小さな収納。


千鶴が一方へ入り。


薫がもう一方へ入る。


互いに顔を出した。


「ちょうどいいね」


千鶴が言う。


「うん」


薫も頷く。


小さな物置もあり

冒険者として使う道具を

置くには十分だった。


薫が室内を見回す。


狭すぎず、広すぎない。


必要なものはある。


家具もほとんどない。


少し古いが不思議と悪くない。


その時庭から声が聞こえた。


「キュル!」


千鶴が窓を開ける。


ノクスが庭からこちらを見上げている。


「ノクス!」


千鶴が手を振る。


「ここ好き?」


「キュル!」


即答だった。


千鶴が嬉しそうに笑う。


そして部屋をもう一度見回した。


何もない居間。


空っぽの棚。


使われていない台所。


家具もない。


ただの空き家。


それなのに千鶴の頭の中には

机も椅子もあり

料理の匂いがあった。

窓辺で眠るノクスがいて

向かいには薫がいる。


依頼から帰り剣を置おいて

「ただいま」と言う。


そんな景色が

ほんの少しだけ見えた気がした。


「……薫」


「うん」


「私、ここがいい」


今度の声は

さっきまでとは違っていた。


風呂を見つけた時の勢いでも

庭を見つけた時の興奮でもない。


薫は姉を見る。


そしてもう一度

何もない部屋を見渡した。


「僕も」


千鶴の表情が明るくなる。


「ほんと?」


「うん」


薫は小さく笑った。


「ここなら、三人で暮らせそうだ」


庭からは


「キュル!」


とノクスの声が聞こえた。


千鶴が笑う。


二人の笑い声が、空っぽの部屋へ響いた。


女性が玄関の近くで待っていた。


「決まったかい?」


千鶴と薫が顔を見合わせる。


そして薫が頷いた。


「はい」


「この家をお願いします」


千鶴も大きく頷く。


「お願いします!」


庭からノクスまで顔を覗かせる。


「キュル!」


女性は三人を見て

小さく笑った。


「じゃあ、契約の話をしようか」


空っぽだった家にもう一度

千鶴たちの声が響いた。


今はまだ何もない。


家具も食器も生活用品も。


これから揃えていかなければならない。


それでも二人は初めてこの世界に

自分たちが帰る場所を見つけた。

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