第17話 実力
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千鶴が、先に群れへ飛び込んだ。
大剣を振りかぶる。
真正面から迫っていた魔獣が牙を剥き、地面を蹴った。
千鶴は止まらない。
踏み込みと同時に、大剣を横薙ぎに振り抜く。
重い刃が魔獣の胴を捉えた。
鈍い音。
魔獣の身体が横へ弾き飛ばされ、その後ろから迫っていた二体を巻き込んで地面を転がる。
だが。
千鶴はもう、その三体を見ていなかった。
次。
左から一体。
低い姿勢で迫る魔獣へ、大剣を振り下ろす。
魔獣が横へ跳んだ。
その先に。
薫がいた。
長剣が走る。
一閃。
着地するより早く、魔獣の首から血が噴き出した。
薫は倒れる身体を避けるように半歩ずれる。
その背後へ、別の魔獣が飛び込んでくる。
振り返らない。
短剣だけを後ろへ向けた。
魔獣の牙と刃が触れる。
ほんの僅か。
それだけで、突進の軌道がずれた。
薫の横を魔獣が通り抜ける。
その先では。
千鶴が大剣を振り上げていた。
「ふっ!」
振り下ろす。
轟音。
地面が砕けた。
魔獣の身体が地面へ叩きつけられる。
千鶴は大剣を引き抜き、そのまま次へ向かう。
薫も反対方向へ走った。
会話はない。
合図もない。
互いを見ることすらない。
それなのに。
一度として、二人の動きは重ならなかった。
千鶴が薙ぎ払えば、その一撃から逃れた魔獣を薫が斬る。
薫が受け流せば、その先には千鶴がいる。
千鶴が前へ出れば、薫が空いた死角を埋める。
薫が踏み込めば、千鶴は迷うことなく別の敵へ向かう。
まるで。
最初から戦場のすべてを二人で分けているかのように。
「……なんだよ、あれ」
ロイは槍を握ったまま、動けなかった。
助けに入るつもりだった。
二人だけを行かせるつもりなんてなかった。
なのに。
入れない。
どこへ入ればいいのか、分からない。
千鶴と薫の間には隙間がない。
いや。
違う。
隙間はある。
だが、その隙間さえ二人の戦いの一部になっている。
「ロイ……」
隣でミナが呟く。
「私たち……邪魔になる」
ロイは答えなかった。
否定できなかった。
前方では、さらに三体の魔獣が千鶴へ殺到していた。
正面。
左右。
三方向。
「千鶴!」
ロイが思わず叫ぶ。
千鶴は笑った。
「大丈夫!」
右から飛びかかってきた魔獣へ大剣を合わせる。
斬らない。
刀身の腹で受ける。
衝撃。
千鶴の身体が僅かに沈んだ。
そのまま大剣を振り抜いた。
魔獣が弾き飛ばされる。
正面から二体目。
千鶴は一歩踏み込む。
大剣では間に合わない。
だから。
蹴った。
「はっ!」
魔獣の顎を、千鶴の踵が跳ね上げる。
頭部が大きく仰け反った。
そこへ大剣を振り下ろす。
だが。
左。
三体目が迫っている。
千鶴は見ていなかった。
それでも。
避けなかった。
甲高い金属音。
薫の長剣が、魔獣の牙を受け流していた。
千鶴のすぐ隣。
いつの間に来たのか。
薫は魔獣の勢いを横へ流しながら、その懐へ潜り込む。
短剣が閃く。
一度。
二度。
魔獣の前脚が崩れる。
薫は倒れ込む魔獣の身体を踏み台にして跳んだ。
空中で身体を捻る。
長剣が首筋を斬り裂いた。
着地。
同時に。
薫はもう次の敵へ向かっていた。
「……嘘だろ」
ロイの声が漏れる。
強い。
それはもう分かっていた。
仮登録試験。
水路鼠女王。
あの時から、この二人がおかしいことくらい知っている。
だが。
今見ているものは、あの時とは違った。
あの時は強敵だった。
だから二人が本気になるのも分かる。
今は違う。
目の前にいる魔獣たちは、アイアン級の冒険者なら一対一で十分に戦える。
それなのに。
千鶴と薫が相手をすると。
戦いにすら見えない。
「……慣れてる」
ミナが呟いた。
「え?」
「二人とも……こういう戦いに、慣れすぎてる」
ロイがミナを見る。
ミナの顔から血の気が引いていた。
「強いとかじゃないです」
杖を握る手に、力が入る。
「次に何が起こるのか、最初から知ってるみたい……」
ロイは再び二人を見る。
その言葉の意味が。
少しだけ分かった。
千鶴が大剣を振るう。
薫が双剣を操る。
派手な技ではない。
魔法も使っていない。
それでも。
一切の迷いがない。
敵が飛びかかってから考えているのではない。
敵が動く前から。
もう次の動作へ入っている。
どれだけ戦えば。
あんな動きができる。
「おい!」
離れた場所から声が飛んだ。
戦っていた冒険者の一人だった。
「そこの二人!」
千鶴が一瞬だけ振り返る。
「はい!」
「下がれ! そこはもう前線だ!」
「え?」
「後ろは俺たちが――」
冒険者の言葉が止まった。
千鶴の背後。
一体の魔獣が飛びかかっていた。
「後ろ――!」
言い終える前に。
千鶴が身体を沈めた。
頭上を魔獣が通過する。
その腹部へ。
大剣の柄を叩き込む。
魔獣が空中で姿勢を崩した。
そこへ薫が走り込む。
短剣を一閃。
着地した魔獣が、そのまま崩れ落ちた。
「……え?」
冒険者が固まる。
千鶴は何事もなかったように顔を戻した。
「すみません!」
「……は?」
「下がりたいんですけど!」
千鶴が大剣を構え直す。
「ちょっと無理そうです!」
その直後。
新たな魔獣が襲いかかる。
千鶴は再び前へ出た。
冒険者は言葉を失った。
胸元。
そこには。
石で作られた小さな札。
ストーン級。
「……新人?」
呟く。
ありえない。
その時。
「おい! ぼさっとするな!」
仲間の声で冒険者が我に返る。
「前を見ろ!」
「あ、ああ!」
剣を構え直す。
だが。
意識の片隅から、あの二人が消えなかった。
◇
千鶴が大剣を振る。
一体。
薫の長剣が走る。
二体。
千鶴が踏み込み。
三体目を吹き飛ばす。
その陰から四体目。
薫が滑り込む。
短剣で前脚を裂く。
体勢が崩れたところへ長剣。
一閃。
倒れる。
「薫!」
千鶴が初めて大きな声を上げた。
薫が視線だけを向ける。
千鶴が大剣を振り抜いた。
一体の魔獣が宙を舞う。
薫へ向かって。
「姉さん……」
呆れたような声。
薫は一歩だけ横へ動く。
落ちてきた魔獣へ長剣を突き立てた。
そのまま地面へ叩き落とす。
「投げないでよ」
「ごめん!」
「絶対わざとでしょ」
「倒しやすかったでしょ?」
「まあね」
薫が短剣についた血を払う。
千鶴が笑った。
ほんの一瞬。
まるで。
昔から何度も繰り返してきたやり取りのように。
だが。
次の瞬間には。
二人の表情から笑みが消えた。
前方。
群れが動いた。
今までとは違う。
ばらばらに襲いかかっていた魔獣たちが、一斉に同じ方向へ身体を向ける。
「……薫」
「うん」
二人が足を止めた。
地面が震える。
ドン。
ドン。
重い足音。
冒険者たちの声が飛び交う。
「来るぞ!」
「前衛、構えろ!」
「魔法使いは詠唱準備!」
空気が変わった。
千鶴が目を細める。
群れの奥。
ひときわ大きな影が動いた。
その身体は、周囲の魔獣より一回り以上大きい。
分厚い前脚。
傷だらけの身体。
そして。
額から伸びる、一本の黒い角。
「上位個体だ!」
誰かが叫んだ。
「前衛は絶対に正面から受けるな!」
黒角の魔獣が頭を低くする。
地面を前脚で掻く。
次の瞬間。
突進した。
「散れぇ!」
冒険者たちが左右へ飛ぶ。
黒角が通過する。
その巨体が荷車へ激突した。
轟音。
木製の荷車が粉々に砕け散った。
「……すごい」
千鶴が呟いた。
薫が姉を見る。
嫌な予感がした。
「姉さん」
「なに?」
「楽しそうにしないで」
「してないよ?」
「してる」
「してないって!」
その会話を聞いたロイの顔が引きつる。
「お前ら……」
黒角が身体を反転させる。
その視線が。
千鶴を捉えた。
「……あ」
千鶴が呟く。
地面を蹴る音。
黒角が再び突進した。
「千鶴!」
ロイが叫ぶ。
逃げろ。
そう続けるつもりだった。
だが。
千鶴は逃げなかった。
大剣を両手で握る。
腰を落とす。
正面。
黒角の巨体が迫る。
「おい!」
先ほどの冒険者が叫ぶ。
「馬鹿! 受けるな!」
千鶴は動かない。
十メートル。
五メートル。
三メートル。
黒角が頭を下げる。
巨大な角が千鶴へ迫った。
その瞬間。
千鶴が半歩だけ踏み込んだ。
大剣を振る。
真正面。
刃と黒角が激突した。
轟音。
衝撃が街道を走った。
砂埃が舞い上がる。
「千鶴!」
ミナが悲鳴を上げる。
ロイが槍を握り締めた。
だが。
砂埃の中。
一つの影が。
動かなかった。
「……え?」
黒角の突進が。
止まっている。
千鶴の大剣。
その刃が、黒角を受け止めていた。
靴底が地面を削っている。
それでも。
下がったのは。
僅か一歩。
「う……っ」
千鶴の腕へ力が入る。
黒角がさらに押し込む。
地面が軋む。
千鶴の口元が。
僅かに上がった。
「重い……!」
嬉しそうだった。
「でも――」
千鶴が大剣を押し返す。
「これくらいなら!」
一歩。
前へ。
黒角の巨体が揺れた。
冒険者たちが息を呑む。
「嘘だろ……」
「押し返してる……?」
千鶴が叫ぶ。
「薫!」
その時には。
もう。
薫はいなかった。
黒角の側面。
巨体の死角へ入り込んでいる。
長剣を逆手に持つ。
狙うのは。
前脚。
斬る。
一閃。
黒角の身体が傾いた。
千鶴は大剣を引く。
薫が離れる。
次の瞬間。
千鶴が踏み込んだ。
「はぁぁっ!」
大剣が。
黒角の胴へ叩き込まれた。
巨体が浮く。
ほんの僅か。
だが。
確かに。
あれほど巨大な魔獣の四肢が。
地面から離れた。
そのまま横へ吹き飛ぶ。
轟音。
黒角が街道を転がった。
静寂。
一瞬だけ。
戦場から音が消えたように感じた。
千鶴は大剣を肩へ担ぐ。
「ふぅ……」
薫が隣へ戻ってくる。
「力任せ」
「ちゃんと薫が崩すの待ったよ?」
「そういう問題じゃないよ」
「倒せたからいいじゃん」
「まだだよ」
「え?」
薫が黒角を見る。
倒れていた巨体が動いた。
ゆっくりと。
立ち上がる。
「……頑丈だね」
千鶴が目を丸くする。
黒角が低く唸った。
額の角には、大剣を受け止めた傷。
前脚から血が流れている。
それでも。
まだ戦意は失っていない。
周囲の魔獣たちも。
再び集まり始める。
薫が双剣を構えた。
「数も減ってない」
千鶴も大剣を下ろす。
「じゃあ、もう少し頑張ろうか」
「うん」
二人が並ぶ。
その姿を。
周囲の冒険者たちは見ていた。
ストーン級。
つい先日、冒険者になったばかりの新人。
そう聞いていた。
なのに。
アイアン級の自分たちが必死に食い止めていた群れの中で。
二人だけが。
まるで別の戦場にいる。
「……何者なんだ」
誰かが呟いた。
答える者はいなかった。
ただ。
その場にいた誰もが。
同じ二人を見ていた。
大剣を構える少女。
双剣を携える少年。
そして。
再び迫り始めた魔獣の群れ。
千鶴が息を吐く。
薫が静かに目を細める。
ここまでは。
剣だけで戦った。
だが。
敵の数は、まだ多い。
千鶴が大剣の柄を握り直した。
その手の奥で。
ほんの一瞬。
小さな火の粉が弾けた。
黄金色の。
小さな火の粉が。
モンスター図鑑 No.003
牙狼
危険度:位階Ⅰ(獣害級)
【生息地】
森林・草原・丘陵地帯・街道周辺
【特徴】
鋭い牙と高い知能を持つ狼型の魔獣。
通常は五~十頭ほどの群れで行動し、獲物を包囲して仕留める習性を持つ。
単体ではそれほど脅威ではないが、群れとなった際の連携能力は極めて高い。
街道を利用する旅人や商隊を襲うことが多く、新人冒険者が命を落とす原因としても知られている。
【能力】
・《群牙連携》
仲間と連携して獲物を包囲し、死角から襲いかかる。
一体だけを見て戦うと、背後や側面から奇襲を受けやすい。
・《疾風跳躍》
優れた脚力を活かし、一瞬で間合いを詰める高速跳躍。
岩場や倒木を利用した立体的な攻撃も得意とする。
・《遠吠え》
遠吠えによって周囲の群れを呼び寄せる。
長期戦になるほど数的不利に陥る危険がある。
【弱点】
統率役となる個体を失うと連携が乱れやすい。
また、狭い場所では機動力を十分に活かせない。
【討伐のコツ】
群れに囲まれないよう陣形を維持することが重要。
遠吠えを許さず、統率役を優先して討伐すると被害を抑えられる。
【主な素材】
・牙狼の魔石
・牙狼の牙
・牙狼の毛皮
・牙狼の鋭爪
【バルドの一言】
「狼を一匹見つけたら安心するな。
お前を囲んでる残りの連中は、もう牙を研いで待ってる。」




