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双星のレガリア  作者: ボンヌ
第1章

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20/22

第16話 双星

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。



「姉さん。」


薫が静かに呼んだ。


その声を聞いた瞬間。


千鶴は動いていた。


背負っていた大剣を抜き放つ。


鞘から刃が抜け切るより早く、千鶴は一歩前へ踏み込んだ。


地面を蹴る。


迫っていた魔獣との距離が、一瞬で消えた。


魔獣が牙を剥く。


だが。


遅い。


千鶴は大剣を振り上げなかった。


大きく構えることもしない。


低く構えた刃を、そのまま斜め上へ振り抜いた。


鈍い衝撃音。


魔獣の身体が宙へ浮いた。


そのまま千鶴の横を通り過ぎ、街道へ転がる。


二度、三度。


地面を跳ねた身体は、そのまま動かなくなった。


「……え?」


ミナが声を漏らした。


ロイも槍を構えたまま固まっている。


あまりにも、一瞬だった。


何が起きたのか理解するより先に、戦闘が終わっていた。


だが。


千鶴は倒した魔獣を見ていなかった。


すでに視線は、その先へ向いている。


倒れた荷車。


負傷者。


戦い続ける冒険者たち。


そして、その周囲を埋め尽くす魔獣の群れ。


「薫」


「うん」


それだけだった。


薫が木箱を抱え直す。


千鶴は大剣についた血を振り払い、そのまま前へ走り出した。


「行こう!」


「え、ちょっ――!」


ロイが慌てて後を追う。


ミナも杖を握り締め、走り出した。


「待ってください!」


四人は戦場へ向かって駆ける。


正面では、先ほど声をかけてきた冒険者が目を見開いていた。


「今の……お前が?」


千鶴は走りながら答える。


「回復薬はどこへ運べばいいですか!」


冒険者は一瞬だけ呆けた。


すぐに我へ返り、街道脇を指差す。


「負傷者を集めてる場所がある! あそこだ!」


横転した荷車の向こう。


何人もの冒険者が地面へ横たえられている。


治療士らしき女性が、一人で負傷者の間を走り回っていた。


「薫!」


千鶴が叫ぶ。


だが薫は、すでに進路を変えていた。


「分かってる」


木箱を抱えたまま、負傷者のもとへ走る。


千鶴もその横へ並んだ。


ロイとミナが後ろへ続く。


その時。


右側の草むらが大きく揺れた。


二体。


さらに奥から一体。


魔獣が飛び出す。


「三体!」


ロイが叫び、槍を構えた。


「俺が――」


その横を。


千鶴が通り過ぎた。


一体目が飛びかかる。


大剣が横へ走る。


刃が魔獣の首元を捉え、その身体を地面へ叩きつけた。


止まらない。


千鶴は振り抜いた大剣の勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。


二体目。


振り返ることすらしない。


背後から迫っていた魔獣へ、大剣の柄頭を叩き込んだ。


骨の砕ける音。


魔獣が吹き飛ぶ。


残る一体が千鶴を避けた。


狙いは薫。


木箱を抱え、両手が塞がっている。


「薫!」


ミナが叫ぶ。


薫は振り返らない。


走る速度も落とさなかった。


魔獣が跳ぶ。


その瞬間。


千鶴の大剣が地面を滑った。


低い軌道。


薫の背後へ迫った魔獣の前脚を正確に薙ぎ払う。


体勢が崩れる。


魔獣の身体が宙で傾いた。


その真横を、薫が通り過ぎる。


「ありがと」


「うん」


千鶴も走り続ける。


ロイは思わず足を止めかけた。


「……なんだよ、それ」


会話すらしていない。


薫は後ろを見ていなかった。


それなのに、千鶴が助けることを知っていたように見えた。


「ロイ!」


千鶴の声が飛ぶ。


「置いてくよ!」


「っ……!」


ロイは我に返った。


「分かってる!」


再び走り出す。


四人は戦場を横切り、負傷者が集められた場所へ辿り着いた。


「回復薬です!」


薫が叫ぶ。


治療士が振り返った。


「ギルドから!?」


「はい!」


薫は木箱を地面へ置き、蓋を開く。


淡い緑色の液体が入った小瓶が、整然と並んでいる。


治療士の表情が変わった。


「助かった!」


すぐに数人の冒険者が集まり、小瓶を受け取っていく。


「重傷者から使って!」


「こっちにも一本!」


「止血が先だ! 傷を押さえろ!」


木箱の中から次々と回復薬が運び出されていく。


千鶴はその光景を見つめた。


苦しそうに息をする者。


血に染まった鎧。


折れた武器を握ったまま横たわる冒険者。


その一人へ回復薬が使われる。


淡い緑色の光が傷口を包んだ。


荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


「……よかった」


千鶴が小さく呟いた。


薫も木箱を見下ろす。


空になっていた。


届けた。


任務は終わった。


「よし」


ロイが槍を握り直した。


「じゃあ次は――」


「帰るよ」


薫が言った。


ロイの動きが止まる。


「……は?」


「任務は終わった」


薫は空になった木箱を持ち上げた。


「回復薬を届けたら帰還。指示がない限り戦うな。バルトさんからそう言われてる」


「でも!」


ロイが周囲を見る。


戦闘は続いている。


剣戟。


怒号。


魔獣の咆哮。


目の前で、多くの冒険者が戦っている。


「こんなの見て帰れるかよ!」


「帰る」


薫は即答した。


「僕たちはストーン級だ」


「だからって!」


「命令を無視して勝手に戦えば、現場の邪魔になる」


ロイが言葉に詰まる。


「今ここで戦っている人たちは、僕たちより経験がある。誰がどこを守るのか、誰が負傷者を下げるのか、全部考えて動いてる」


薫は戦場を見る。


「そこへ事情も分からない僕たちが入れば、守らなきゃいけない人間が四人増えるかもしれない」


「……っ」


ロイは槍を握り締めた。


悔しい。


それでも。


仮登録試験で女王個体と遭遇した時。


薫は戦うことより、撤退を選んだ。


あの時と同じだ。


勝てるかどうかではない。


自分たちが何をするべきなのか。


薫はそれだけを見ている。


「戻ろう」


千鶴も言った。


ロイが千鶴を見る。


意外だった。


真っ先に戦場へ飛び込むと思っていた。


だが千鶴は、大剣を背負い直している。


「私も戦いたいよ」


千鶴は少しだけ寂しそうに笑った。


「でも、約束したから」


ロイは何も言えなかった。


ミナが小さく頷く。


「……戻りましょう」


四人が戦場へ背を向ける。


その時だった。


「下がれぇぇぇ!!」


怒号が響いた。


千鶴と薫が同時に振り返る。


戦場の中央。


冒険者たちの一角が崩れていた。


一人が倒れる。


その隙間へ魔獣が雪崩れ込む。


二体。


三体。


五体。


「押さえろ!」


「無理だ! 数が多い!」


「負傷者を下げろ!」


前線が押される。


そして。


一体の魔獣が、その隙間を抜けた。


向かう先。


負傷者たち。


「まずい!」


ロイが叫ぶ。


護衛の冒険者が追おうとする。


だが別の魔獣に阻まれた。


間に合わない。


治療士が顔を上げる。


目の前には、動けない負傷者。


逃げられない。


魔獣が地面を蹴った。


千鶴が大剣へ手を伸ばす。


だが。


その前に。


薫が動いた。


空になった木箱を地面へ置く。


長剣を抜く。


一歩。


ただ、それだけだった。


次の瞬間。


薫の姿が消えた。


「え……?」


ミナが瞬きをする。


甲高い金属音。


薫は魔獣の前にいた。


長剣が牙を受け止めている。


魔獣の勢いを正面から止めたのではない。


刃を僅かに傾け、突進の軌道を横へ流していた。


魔獣の身体が薫の横を抜ける。


そこへ短剣が走った。


首。


一閃。


血飛沫が舞う。


魔獣が地面へ崩れた。


薫は血を払う。


その背後へ。


二体目。


「薫さん!」


ミナが叫ぶ。


薫は振り返らない。


短剣だけを逆手へ持ち替えた。


次の瞬間。


大剣が薫の頭上を通過した。


轟音。


背後から飛びかかっていた魔獣が、千鶴の一撃を受けて横へ吹き飛ぶ。


薫の髪が風圧で揺れた。


それでも薫は瞬きすらしなかった。


「姉さん」


「うん」


千鶴が薫の隣へ並ぶ。


それだけ。


何をするか。


どちらが右を見るのか。


どちらが前へ出るのか。


そんな確認は必要なかった。


千鶴が大剣を構える。


薫が長剣と短剣を下げる。


二人の前では、崩れた前線から魔獣たちが流れ込んできている。


一体。


三体。


五体。


さらにその後ろ。


まだいる。


ロイが息を呑んだ。


「おい……」


千鶴が一歩前へ出る。


薫も同時に動いた。


その瞬間。


二人の立ち位置が、まるで最初から決められていたかのように重なった。


千鶴が前。


薫が半歩後ろ。


けれど。


それは前衛と後衛ではない。


互いが互いの死角を消している。


「ロイ」


薫が戦場を見たまま言った。


「ミナをお願い」


「……お前らは?」


薫は答えなかった。


代わりに。


千鶴が笑った。


先ほどまでの柔らかな笑顔ではない。


剣を握った時だけ見せる。


戦士の顔。


「大丈夫」


大剣の切っ先を、迫る群れへ向ける。


「こうなったら――」


隣で薫の双剣が静かに構えられた。


「戦うしかないから」


次の瞬間。


双子が同時に地面を蹴った。


戦場へ。


二つの星が、駆け出した。

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