第15話 届けるべきもの
いつも読んでいただきありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
ギルドの扉が閉まる音だけが、静かに館内へ響いた。
先ほどまで慌ただしく飛び出していった冒険者たちの姿は、もうない。
広かったギルドは、一気に静けさを取り戻していた。
千鶴は閉じられた扉を見つめたまま、小さく息を吐く。
「行っちゃったね……。」
薫は何も答えなかった。
今も東街道では戦いが続いている。
そう思うだけで胸がざわついた。
ロイも腕を組んだまま動かない。
「くそっ……。」
悔しそうに呟く。
「何もできねぇってのが、一番つらいな。」
ミナも俯いたまま杖を握り締めていた。
その時だった。
受付の奥から慌ただしい足音が聞こえる。
「エルナさん!」
若い職員が血相を変えて駆け込んできた。
「現場から追加要請です!」
「追加要請?」
「回復薬です!」
職員は息を整える暇もなく続ける。
「負傷者が予想以上に多く、このままでは現場の回復薬が足りません!」
エルナの表情が一変した。
「残りは?」
「十分あります!」
「ですが……。」
職員は悔しそうに唇を噛む。
「運ぶ人がいません!」
館内が静まり返る。
救援へ向かった冒険者たちは、すでに街を出ている。
受付職員も負傷者の受け入れ準備で手一杯だった。
その空気を破るように、重い足音が響く。
バルトだった。
「箱は。」
「こちらです。」
職員が木箱を差し出す。
蓋を開けると、小瓶が整然と並んでいた。
淡い緑色の液体が光を受けて静かに揺れている。
バルトは箱を閉じると、ゆっくり四人へ視線を向けた。
「千鶴。」
「薫。」
「ロイ。」
「ミナ。」
四人は反射的に姿勢を正した。
「はい!」
「お前たちに任務を与える。」
千鶴たちの表情が引き締まる。
「戦うな。」
短い一言。
千鶴は静かに頷いた。
「……はい。」
薫も真っ直ぐバルトを見る。
「分かっています。」
バルトは職員から木箱を受け取る。
そして、そのまま薫へ差し出した。
「だから、これを届けろ。」
薫は一瞬目を見開く。
「現場へ……ですか。」
「ああ。」
「回復薬は命だ。剣より先に必要になることもある。
現場責任者へ渡したら、お前たちの任務は終わりだ。
その後は指示がない限り、戦わず帰還しろ。
これは救援任務だ、討伐ではない。」
薫は木箱をしっかり受け取った。
思っていたよりも重い。
その重さは、薬の重さだけではなかった。
助けを待つ誰かの命が、この中へ詰まっている。
「必ず届けます。」
薫が答える。
千鶴も大きく頷いた。
「任せてください!」
ロイが拳を握る。
「運ぶだけなら負けません。」
ミナも力強く答えた。
「必ず届けます。」
バルトは四人を見回す。
「急げ。だが焦るな。回復薬を落としたら意味がない。」
「はい!」
四人の返事が重なる。
ノクスも千鶴の肩で羽を震わせた。
「キュル!」
千鶴は大剣を背負い直す。
薫は慎重に木箱を抱えた。
四人は顔を見合わせ、小さく頷く。
今の自分たちにできること。
それは戦うことではない。
命を繋ぐこと。
その使命を胸に
東街道へ続く石畳を四人は全力で駆けていた。
薫は胸に木箱を抱え、揺れないよう慎重に走る。
千鶴はその少し前を走り、周囲へ目を配っていた。
「大丈夫?」
「うん。」
薫は短く答える。
「箱も問題ない。」
ロイが振り返る。
「現場まで、あと少しだ。」
「急ごう!」
千鶴が速度を上げる。
街道を進むにつれ、人影は少なくなっていく。
荷車が一台。
道端へ放置されていた。
荷物は散乱し、木箱は壊れている。
御者の姿はない。
「襲われたのか……。」
ロイが表情を曇らせる。
さらに先へ進む。
今度は折れた槍。
砕けた盾。
地面には乾き始めた血痕が点々と続いていた。
誰も口を開かない。
四人とも自然と足が速くなる。
やがて。
風に乗って金属がぶつかる音が聞こえてきた。
キィンッ!
ガァン!!
遠くから誰かの叫び声も聞こえる。
「まだ戦ってる……!」
千鶴が息を呑む。
丘を越えた瞬間だった。
「……っ!」
思わず言葉を失う。
街道の中央では、護衛の冒険者たちが必死に剣を振るっていた。
倒れた荷車。
横転した馬車。
傷付いた人々。
治療を受ける暇もなく、武器を握り続ける護衛たち。
そして、その周囲を取り囲む数十体の魔獣。
「こんなに……。」
ミナの顔が青ざめる。
その時、一人の冒険者がこちらへ気付いた。
「ギルドか!」
血に染まった鎧のまま叫ぶ。
「回復薬を持ってきたのか!」
「はい!」
薫が木箱を抱え直す。
冒険者は大きく頷いた。
「助かった!」
「こっちへ――」
その言葉は最後まで続かなかった。
護衛の横をすり抜けた一体の魔獣が、一直線に薫たちへ向かってきた。
「しまっ――!」
冒険者が叫ぶ。
距離は近い。
間に合わない。
薫は咄嗟に木箱を抱えたまま身構える。
千鶴の瞳が鋭く細まる。
その瞬間。
「姉さん。」
薫が静かに呼んだ。




