第14話 初依頼達
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夕日が西の空を赤く染める中、千鶴たちはルーベ草原を後にした。
採取袋の中には、依頼分のヒールリーフが丁寧に収められている。
「思ったより時間かかったね」
千鶴は肩を回しながら笑った。
「戦うより疲れたかも。」
「姉さんは途中から草しか見てなかったからね。」
「ちゃんと探してたよ!」
「違う草ばかりだったけど。」
「最後はちゃんと見つけたもん。」
「ノクスがね。」
「う……。」
言い返せず、千鶴は肩に乗るノクスを見る。
「キュル?」
何のことか分からないと言いたげに、小さく首を傾げた。
「ノクスが一番頑張ったね。」
頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
薫も小さく笑った。
「今日は助かったよ。」
「キュル!」
褒められたことが分かったのか、ノクスは胸を張って鳴いた。
穏やかな風が草原を吹き抜ける。
昨日まで命を懸けて魔獣と戦っていたとは思えないほど、静かな時間だった。
やがて街道の先に、アルカの城壁が見えてくる。
夕日に照らされた白い石壁は黄金色に輝き、多くの人々が東門を行き来していた。
商人。
農夫。
冒険者。
それぞれが今日という一日を終え、街へ戻っていく。
その光景を見つめながら、千鶴がぽつりと呟いた。
「帰ってきたって感じがするね。」
「まだ一日だけど。」
薫が答える。
「それでも、少しだけ。」
「うん。」
千鶴も笑った。
「宿があって、ご飯が食べられて、帰る場所がある。」
「昨日はそんな余裕もなかったもんね。」
薫は静かに頷いた。
異世界へ来たばかりの頃は、生き延びることしか考えられなかった。
それが今では依頼を受け、報酬を得て、明日のことまで考えられる。
少しずつではあるが、この世界で生活を始められている実感があった。
東門を抜けると、街の賑わいが耳へ飛び込んでくる。
露店から漂う焼き肉の香り。
楽しそうに笑う子どもたち。
酒場から聞こえる陽気な笑い声。
「お腹空いた……。」
千鶴のお腹が小さく鳴った。
薫は思わず吹き出す。
「依頼より先に、そっちだった?」
「仕方ないじゃん。」
「いっぱい歩いたし。」
「それに今日は頑張ったし!」
「報酬を貰ってからね。」
「もちろん!」
そんな他愛もない話をしながら、三人は冒険者ギルドの扉を開いた。
昼間と変わらず、多くの冒険者で賑わっている。
依頼帰りなのだろう。
鎧姿のまま酒を飲む者。
依頼書を眺める者。
受付で報告をしている者。
その中で、エルナは二人へ気付くと柔らかく微笑んだ。
「お帰りなさいませ。」
「初依頼はいかがでしたか?」
「無事終わりました!」
千鶴が採取袋を差し出す。
「薬草を採ってきました!」
「ありがとうございます。」
エルナは採取袋を受け取ると、受付台の上へ丁寧に広げた。
一本ずつ手に取り、葉の形。
白い斑点。
青い葉脈。
茎の状態。
慣れた手つきで確認していく。
千鶴は思わず固唾を飲んだ。
「だ、大丈夫かな……。」
「姉さん。」
「今さら心配しても変わらないよ。」
「それはそうだけど……。」
ノクスまで緊張したように、エルナの手元をじっと見つめていた。
やがて最後の一本を確認し終えたエルナは、小さく頷く。
「確認が終わりました。」
一瞬の沈黙。
千鶴は思わず身を乗り出した。
「……はい。」
「すべて依頼対象のヒールリーフで間違いありません。」
「品質も良好です。初依頼達成、おめでとうございます。」
その言葉を聞いた瞬間。
「やったぁー!」
千鶴が思わず両手を突き上げた。
ノクスも嬉しそうに羽をばたつかせる。
「キュルー!」
薫も静かに息を吐いた。
自分たちだけで初めて達成した依頼だった。
その達成感は、女王個体との戦いとはまた違う喜びがあった。
エルナは受付の奥から、小さな革袋を取り出した。
「こちらが今回の報酬です。」
革袋を受付へ置く。
中から聞こえる硬貨の音に、千鶴は目を輝かせた。
「これが……私たちが稼いだお金。」
薫も革袋を受け取り、そっと中を覗く。
銅貨が何枚も重なり、夕日の光を受けて赤く輝いていた。
「冒険者として初めての報酬ですね。」
エルナが優しく微笑む。
「金額の大小に関わらず、初めて自分の依頼で得た報酬は、多くの冒険者にとって特別なものです。」
千鶴は一枚取り出し、しばらく見つめていた。
「なんか……嬉しいね。」
「うん。」
薫も静かに頷く。
命懸けの戦いで得た報酬ではない。
誰かに頼まれた仕事を終え、その対価として受け取ったお金。
その重みは、二人にとって初めて味わうものだった。
「大切に使おう。」
「まずは家だね。」
千鶴が笑う。
「毎日宿代払うより、その方が絶対いいもん。」
「まだまだ先だけどね。」
薫も小さく笑い返した。
その時だった。
「おっ。」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、ロイとミナが受付へ歩いてくる。
二人とも服には土埃が付き、荷物を運び続けた疲れが表情に残っていた。
「薬草採取組じゃねぇか。」
ロイが笑う。
「お疲れ。」
「そっちはどうだった?」
千鶴が尋ねる。
ロイは肩を回しながら苦笑した。
「荷物運搬だ。」
「魔獣より荷車の方が重かったぞ。」
千鶴は思わず吹き出した。
「そんなに?」
「筋肉痛になりそうだ。」
ミナも小さく笑う。
「でも、依頼主の方が何度もお礼を言ってくださいました。」
「皆さんが来てくださって助かりましたって。」
「そうなんだ。」
千鶴は嬉しそうに頷いた。
「戦わなくても、人の役に立てるんだね。」
「昨日バルトさんが言ってた意味が、少し分かった気がします。」
薫も静かに呟く。
ロイが腕を組んだ。
「結局、どんな依頼でも誰かのためなんだな。」
その言葉に、四人は自然と笑顔になった。
「報告は終わったか。」
低い声が響く。
バルトだった。
四人は反射的に姿勢を正す。
バルトは受付台へ置かれた依頼書を一瞥する。
「ヒールリーフ、全数確認済みか。」
「はい。」
エルナが頷く。
「品質も良好でした。」
バルトは二人を見る。
「初依頼にしては悪くない。」
短い一言。
それだけだった。
それでも千鶴は嬉しくなった。
「ありがとうございます!」
バルトは腕を組む。
「依頼に慣れ始めた頃が、一番死ぬ。
成功した次の依頼ほど、気を引き締めろ。」
千鶴も力強く頷く。
「気を付けます!」
その瞬間だった。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
バンッ――!!
賑やかだった館内が、一瞬で静まり返る。
息を切らした一人の冒険者が飛び込んできた。
鎧は泥だらけ。
肩からは血が流れている。
受付まで駆け寄ると、荒い息のまま叫んだ。
「緊急依頼だ!!」
その一言だけで、館内の空気が一変した。
談笑していた冒険者たちが一斉に立ち上がる。
酒を飲んでいた者も、依頼書を眺めていた者も、全員が受付へ視線を向けた。
エルナの表情から笑みが消える。
「何がありましたか!」
「東街道です!」
冒険者は息を整える暇もなく続けた。
「輸送隊が魔獣の群れに襲われました!」
館内にざわめきが広がる。
バルトが一歩前へ出た。
「護衛は。」
「二組いました……!」
「ですが、数が多すぎます!」
「現在も交戦中です!」
バルトは一瞬だけ目を閉じる。
そして、低く告げた。
「ギルド長へ報告。」
「直ちにアイアン級以上を招集しろ。」
「はっ!」
受付職員たちが慌ただしく動き始める。
館内にいた冒険者たちも、武器を手に取り次々と準備を始めた。
ロイが思わず一歩前へ出る。
「俺たちも行きます!」
しかし。
「待て。」
短い一言がロイを止めた。
バルトだった。
「お前たちはストーン級だ。」
「だが……!」
「これは命令だ。」
バルトの声は静かだった。
だが、有無を言わせない重みがあった。
「待機しろ。」
ロイは悔しそうに拳を握り締める。
「……っ。」
ミナも唇を噛み、何も言えない。
千鶴も一歩踏み出しかけた。
だが、その背中へ薫がそっと手を添えた。
「姉さん。」
千鶴は悔しそうに前を見つめる。
目の前では、経験豊富な冒険者たちが迷うことなくギルドを飛び出していく。
誰一人として、恐怖を口にはしない。
誰かを助けるために。
街を守るために。
その背中を、千鶴たちはただ見送ることしかできなかった。
重苦しい静寂がギルドを包む。
その時、千鶴は初めて知った。
冒険者とは依頼をこなすだけの仕事ではない。
街の平和を守るため、誰よりも早く危険へ飛び込んでいく者たちなのだと。




