表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双星のレガリア  作者: ボンヌ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/20

第13話 ルーベ草原

いつも読んでいただきありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。


「それでは、初依頼ですね」


受付嬢が笑顔で告げる。


「お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「ありがとうございます!」


千鶴が元気よく頭を下げた。


薫も渡された地図と採取袋を受け取り、受付を離れようとする。


その時。


「あ、少々お待ちください」


受付嬢が二人を呼び止めた。


机の下から、厚みのある一冊の本を取り出す。


深い緑色の表紙には、何枚もの葉を重ねた紋章が描かれていた。


「初めて採取依頼を受ける方には、こちらもお貸ししています」


受付嬢は本を開き、二人の前へ向ける。


「アルカ周辺に自生する、薬草と毒草をまとめた図鑑です」


開かれた頁には、一株の植物が細かく描かれていた。


細長い葉。


中心から外側へ広がる薄い葉脈。


葉の縁には、小さな白い斑点が並んでいる。


その横には、この世界の文字で説明が書かれていた。


薫には読むことができない。


だが、植物そのものには見覚えがあった。


「ヒールリーフ……」


薫が小さく呟く。


受付嬢が目を瞬かせた。


「ご存じなのですか?」


「名前と、よく似た薬草なら」


薫は頁へ視線を落としたまま答える。


「故郷でも、傷薬や熱冷ましに使われていました」


「用途も同じです」


受付嬢は少し驚いた様子で頷いた。


「ヒールリーフは比較的広い地域に自生しています。遠方にも同じ薬草があるのですね」


「たぶん、完全に同じものではありません」


薫は植物の絵を指先で追う。


「僕が知っているものより、葉が少し細い。それに、この白い斑点もありませんでした」


受付嬢の表情が僅かに明るくなった。


「よく気付きましたね」


彼女は頁の一部を指す。


「アルカ周辺のヒールリーフには、葉の縁に白い斑点が現れます。魔力を多く含んだ土壌で育つためだと言われています」


次の頁を開く。


そこには、先ほどとよく似た植物が描かれていた。


葉の形も大きさも、ほとんど変わらない。


違いは、葉脈の向きと白い斑点の位置だけだった。


「こちらは《灰眠草》です」


「灰眠草?」


千鶴が二つの絵を交互に見る。


「同じに見えるんだけど」


「似ていますが、別の植物です」


受付嬢が説明する。


「少量なら眠気や手足の痺れを引き起こします。大量に摂取すれば、呼吸が弱くなることもあります」


千鶴の顔から笑みが消えた。


もう一度、二つの絵を見比べる。


「……やっぱり同じに見える」


「姉さんは触らない方がよさそうだね」


「まだ何も間違えてないよ!」


「見分けられてもいないけどね」


千鶴が頬を膨らませる。


肩に乗っていたノクスも図鑑を覗き込み、二つの植物を交互に見た。


「キュル?」


ノクスも違いが分からないらしい。


小さく首を傾げている。


「ノクスは私の味方だね」


「二人とも分かってないだけでしょ」


薫が答えると、受付嬢が口元を押さえて笑った。


「今回採取していただくのは、ヒールリーフだけです」


彼女は最初の頁へ戻す。


「葉の縁に白い斑点があり、中心の葉脈が薄い青色をしています。茎を折ると、少し甘い香りがするのも特徴です」


「白い斑点と、青い葉脈」


千鶴が指を折りながら確認する。


「それから、甘い匂い」


「はい。ただし、確認するために茎を折るのは、採取する直前にしてください」


「どうしてですか?」


「一度傷つけると、長くは持ちません。依頼品として納められなくなる場合があります」


「なるほど」


千鶴は真剣に頷いた。


受付嬢は図鑑を閉じ、薫へ差し出す。


「似た植物も多く自生しています。少しでも判断に迷ったら、無理に採取しないでください」


「分かりました」


薫が図鑑を受け取る。


「採取した物は、戻られた際にこちらで最終確認します」


「間違っていたらどうなりますか?」


千鶴が恐る恐る尋ねた。


「数本程度なら、正しい見分け方を改めてお教えします」


受付嬢は優しく微笑む。


「ただし、明らかに確認を怠っていた場合や、毒草を薬草として依頼主へ渡そうとした場合は、評価へ影響します」


「ちゃんと確認します!」


千鶴が背筋を伸ばす。


「よろしくお願いします」


薫も頭を下げた。


受付嬢から地図、採取袋、薬草図鑑を受け取る。


二人は今度こそ受付を離れ、ギルドの出口へ向かった。


ノクスが千鶴の肩で元気よく鳴く。


「キュル!」


「初依頼、頑張ろうね」


千鶴が笑う。


「まずは正しい薬草を見つけるところからだけどね」


薫の言葉に、千鶴の笑顔が少しだけ引きつった。



アルカの東門を抜けると、空気が大きく変わった。


石造りの城壁の外には、見渡す限りの草原が広がっている。


朝露を残した草が風に揺れ、波のように光を反射していた。


遠くには緩やかな丘陵。


そのさらに向こうには、青く霞んだ山々が連なっている。


街から続く街道の両脇には、小さな畑が点在していた。


農夫たちが土を耕し、荷車を引く角のある獣がゆっくりと歩いている。


「広いね」


千鶴が目を細めた。


「森とは全然違う」


「隠れる場所も少ないね」


薫は周囲へ視線を巡らせる。


草原は見通しがいい。


その分、遠くからでもこちらの姿を発見されやすい。


薫の腰には、昨日買った長剣と短剣。


千鶴の背には、新しい大剣がある。


薬草採取が目的とはいえ、城壁の外へ出る以上、何も起きないとは限らない。


「ルーベ草原は、この道を東だよね?」


千鶴が地図を覗き込む。


「うん。街道をしばらく進んで、小さな石橋の手前を北へ」


「読めるの?」


「文字は読めないけど、地図の印は分かる」


薫は紙に描かれた線と、実際の地形を見比べた。


街道。


水路。


丘。


その中に、薬草の葉を模した印が描かれている。


目的地までは、それほど遠くない。


ノクスは千鶴の肩から飛び降りると、草原を嬉しそうに走り始めた。


長い草の間へ姿が隠れる。


少し先から、小さな黒い頭だけが飛び出した。


「キュル!」


「遠くまで行っちゃ駄目だよ!」


「キュルル!」


返事だけはいい。


森にいた頃と比べれば翼の使い方にも慣れてきたらしく、時折地面を蹴って短い距離を飛んでいる。


それでも、千鶴から大きく離れることはなかった。


右へ走っては戻り。


左へ走っては、また戻る。


「楽しそう」


千鶴が笑う。


「街の中では、ずっと肩に乗ってたからね」


「今日はいっぱい走れるね、ノクス!」


声をかけられたノクスが、草の間から勢いよく飛び出す。


そのまま千鶴の胸へ飛び込んだ。


「わっ!」


千鶴は両手で受け止める。


ノクスの身体には、細かな草の種がいくつも付いていた。


「もう、いっぱい付いてるよ」


「キュル?」


「宿に帰ったら取ろうね」


千鶴が一つずつ種を払い落とす。


薫はその姿を眺めながら、歩調を少し緩めた。


穏やかな草原。


柔らかな風。


千鶴の笑い声。


昨日までの命懸けの戦いが、遠い出来事のように感じられる。


やがて、街道の先に小さな石橋が見えてきた。


橋の下には、澄んだ小川が流れている。


薫は地図を確認し、街道を外れた。


「ここから北だ」


三人は丈の低い草を踏みながら、緩やかな丘を上っていく。


丘を越えた先。


淡い緑色に染まった平原が広がっていた。


ところどころに白や黄色の小さな花が咲き、空中には薄い羽を持つ虫が飛んでいる。


風が吹くたび、草の間から甘い香りが漂った。


「ここが、ルーベ草原?」


「地図ではそうみたい」


薫が答える。


千鶴は周囲を見渡した。


どこを見ても草。


草。


さらに草。


「……この中から探すの?」


「薬草採取だからね」


「もっと分かりやすく生えてると思ってた」


「どんなふうに?」


「ここに薬草があります、みたいに」


「立札でも欲しかった?」


「それなら助かる」


薫は小さく息を吐いた。


「立札があったら、依頼にする必要がないよ」


ノクスが二人の間へ降り立ち、鼻先を草へ近づける。


様々な匂いが気になるのか、忙しそうに鼻を動かしていた。


薫は平らな石を見つけ、その上へ地図と図鑑を広げる。


風で頁がめくれないよう、短剣の鞘を端へ置いた。


ヒールリーフの描かれた頁を開く。


細長い葉。


白い斑点。


青い葉脈。


描かれているものは、確かに薫が知っている薬草と似ていた。


けれど、同じではない。


「懐かしいね」


隣から千鶴が図鑑を覗き込む。


「診療所にも、似た薬草があったよね」


「うん」


薫は短く答えた。


薬草の絵を見つめる。


記憶の中に、診療所の風景が浮かんだ。


壁一面に並べられた薬瓶。


天井から吊るされた乾燥中の薬草。


すり鉢の中で薬を混ぜる、宗一郎の大きな手。


黒麦パンの匂い。


食卓へ差し込む夕暮れの光。


そして。


自分の頭を撫でる、細い手。


温かな声。


優しい笑い方。


そこまでは分かる。


けれど、その手の持ち主を見ようとすると。


顔だけが、白い光の向こうへ消えてしまう。


名前も、自分では思い出せなかった。


静。


千鶴に教えられた、母親の名前。


何度繰り返しても、その言葉はまだ自分の記憶と結びつかない。


薫は無意識に図鑑の端を強く握っていた。


「薫」


千鶴の声が、静かに呼ぶ。


薫は顔を上げる。


千鶴は何も尋ねなかった。


ただ、薫の手元を見たあと、少しだけ明るい声で言った。


「お父さん、薬草の扱いには厳しかったよね」


薫は一瞬だけ目を伏せた。


それから、図鑑を握る指の力を緩める。


「姉さんが何度も間違えたからね」


「何度もじゃないよ」


「乾燥させていた薬草を、籠ごとひっくり返した」


「あれは一回だけ」


「種類ごとに分け直すのに、半日かかった」


「薫も手伝ってくれたじゃん」


「姉さん一人に任せたら、もっと時間がかかってたから」


千鶴は不満そうに頬を膨らませた。


「ちゃんと元に戻したでしょ」


「父さんがほとんど直した」


「私も頑張ったよ」


「薬草を色で分けてたね」


「分かりやすいと思って」


「種類で分けないと意味がないよ」


千鶴は反論しようとして、言葉を止めた。


少し考える。


「……今回は薫に任せようかな」


「最初からそのつもりだよ」


二人の間に、小さな笑いが生まれる。


ノクスも会話へ加わるように鳴いた。


「キュル!」


千鶴が立ち上がる。


「よし!」


採取袋を腰へ下げ、大きく腕を伸ばした。


「初依頼、始めよう!」


薫は図鑑を閉じて立ち上がる。


「まずは、見つけてもすぐに抜かないで」


「分かってる」


「白い斑点と青い葉脈を確認する」


「分かってるって」


「茎を折るのは最後」


「ちゃんと聞いてたよ!」


千鶴はそう言いながら、すでに近くの草むらへ歩き始めていた。


数歩進んだところで、勢いよくしゃがみ込む。


「薫!」


「なに?」


「もう見つけたかも!」


薫は図鑑を抱えたまま、千鶴の隣へ向かう。


彼女が指差していたのは、幅の広い丸葉を持つ、赤紫色の草だった。


白い斑点も。


青い葉脈も。


どこにもない。


薫は植物と千鶴を交互に見た。


「全然違うよ」


「まだ始まったばかりだから!」


ルーベ草原に、千鶴の声が明るく響いた。


薫は苦笑しながら図鑑を開いた。


「葉の形が全然違うよ。」


「うぅ……。」


千鶴は肩を落とす。


「やっぱり難しいなぁ。」


「最初から簡単だったら依頼にならないよ。」


薫は周囲へ目を向けた。


草原一面に広がる緑。


どれも似たような草に見える。


一本一本確認しなければ、とても見分けはつかなかった。


「姉さん。」


「見つけたら抜く前に呼んで。」


「僕が確認する。」


「了解!」


千鶴は元気よく返事をすると、少し離れた場所へ歩いていく。


ノクスも楽しそうに後を追った。


「キュル!」


草原を吹き抜ける風が心地よい。


鳥のさえずり。


小川のせせらぎ。


昨日まで命を懸けて戦っていたとは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。


「薫!」


「今度こそ!」


千鶴が嬉しそうに手を振る。


薫が近寄る。


指差した植物を見る。


「……違う。」


「えぇー!」


「葉脈が違う。」


「難しすぎるよ!」


薫は思わず笑った。


「慣れれば見分けられるようになるよ。」


「父さんも最初はそこから教えてくれた。」


その言葉に、千鶴も少し笑う。


「そうだったね。」


「私は薬草より、すり鉢を回す方が好きだったな。」


「力任せに潰して、父さんに怒られてた。」


「そんなこともあったね。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


その時だった。


「キュル!」


ノクスが勢いよく草むらへ飛び込んでいく。


「あっ、ノクス!」


千鶴が追い掛ける。


ノクスは一株の植物の前で立ち止まり、前足でちょんちょんと地面を叩いた。


「キュル!」


薫が図鑑を開く。


細長い葉。


葉の縁には白い斑点。


中心には薄い青色の葉脈。


そっと茎を折る。


ふわりと甘い香りが漂った。


「……間違いない。」


「ヒールリーフだ。」


「やったぁ!」


千鶴は思わず両手を上げた。


「ノクスすごい!」


「キュル!」


得意そうに胸を張る。


「偶然かな。」


薫が呟く。


「食べられる草を探してただけかもしれない。」


「違うよ。」


千鶴はノクスを抱き上げた。


「ちゃんと私たちを手伝ってくれたんだよね。」


「キュル!」


返事をするように元気よく鳴く。


それからというもの。


ノクスは草原を駆け回っては立ち止まり、


「キュル!」


と鳴く。


薫が確認する。


本物だった。


また少し歩く。


「キュル!」


また本物。


「すごい……。」


千鶴は感心したように呟く。


「私たちより優秀じゃない?」


「少なくとも姉さんよりは。」


「そこは否定してよ!」


思わず頬を膨らませる。


薫は珍しく声を出して笑った。


その笑顔を見て、千鶴もつられて笑う。


穏やかな笑い声が、静かな草原へ溶けていった。


採取袋の中には、少しずつヒールリーフが増えていく。


薫が本数を確認した。


「あと三本。」


「よーし!」


千鶴は気合を入れ直す。


「ノクス隊長!」


「お願いします!」


「キュル!」


任せろと言わんばかりに胸を張ると、ノクスは再び草原へ飛び出した。


その姿を追いながら、三人は少しずつ草原の奥へ進んでいく。


気付けば、依頼に必要な本数はすべて採取できていた。


採取袋を確認した薫が頷く。


「これで依頼達成。」


「終わったぁー!」


千鶴はその場へ大の字になって寝転がった。


青い空。


流れる雲。


頬を撫でる優しい風。


「こういう依頼も悪くないね。」


「うん。」


薫も空を見上げる。


「派手じゃないけど。」


「誰かの役には立ってる。」


千鶴は小さく微笑んだ。


「戦うだけが冒険者じゃないんだね。」


薫は静かに頷く。


「たぶん、こういう仕事を積み重ねることが、一人前の冒険者になるってことなんだと思う。」


ノクスが二人の間へちょこんと座る。


「キュル。」


千鶴はその小さな頭を優しく撫でた。


「ノクスもお疲れさま。」


「今日は一番の功労者だね。」


ノクスは嬉しそうに目を細める。


しばらく休憩したあと、三人はゆっくり立ち上がった。


遠くにはアルカの城壁が見える。


初めて自分たちの力だけで達成した依頼。


大きな戦いも、劇的な出来事もなかった。


それでも三人の足取りは、ここへ来た時より少しだけ軽くなっていた。


夕日に照らされたルーベ草原を背に、三人は並んでアルカへの帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ