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同接10万人いかないと顔の皮を剥がされる底辺配信者の俺、絶対に「ヤラセ」だと言い張ってデスゲームを生き抜く  作者: 今井 幻


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第2話「見ていない場所で」

 八月十四日、午後十一時十四分。


 地下一階への階段は十七段あった。数えたのは、足元を確認しながら一段ずつ降りるしかなかったからだ。リングライトの白い円が照らすのは俺の足先から二段先までで、その外側は手を伸ばしても触れないほど濃い暗闇が詰まっていた。


 九段目を踏んだとき、吐いた息が白くなった。


 八月だ。外は三十度を超えている。なのに、階段を降りるごとに気温が落ちていく。十二段目で、パーカーの袖の下に鳥肌が連なるのが見えた。十五段目で、鼻の奥にホルマリンに似た薬品の匂いが貼りついた。消毒液よりずっと鋭い。舌の根元にまで酸味が滲んでくる。思わず唾を飲んだが、その唾にまで薬品の味が移っていて、吐き出したくても出す場所がなかった。


 十七段。踊り場に足をつく。


 目の前に廊下が一本、まっすぐ伸びていた。幅は二メートルほど。天井は低く、腕を上げれば指先が届きそうだ。壁も床も打ちっぱなしのコンクリートで、一階の外来フロアとは造りがまるで違う。左右に鉄製のドアが三つずつ、等間隔に並んでいる。


 スマホを廊下の奥に向けた。リングライトの光が十メートルほど先で壁に突き当たり、行き止まりになっている。


「地下一階。降りてきました」


 声が反響した。コンクリートの壁に吸い込まれず、乾いた残響になって返ってくる。一階のロビーとは質が違う。ここでは自分の声がそのまま自分に跳ね返ってくる。


 コメント欄を確認する。同接、五千二百。地下へ降りる前から四百人近く増えていた。


『生きてる?』『まだいけんの?』『警察呼んだほうがよくない?』『地下の映像まってた』


「生きてる。まだいける。警察は……呼んでもここに来るまで最低十五分。それに、あのガラスが開かない以上、警察が来たところで同じだ」


 自分の状況を声に出して整理する。癖だ。配信を四年やっていると、黙って考えるより喋りながら考えたほうが頭が回る。


「いいか、整理するぞ。さっきの写真。あの死体の写真にExifデータが残ってるなら、撮影時刻がわかる。つまり、あの男が死んだ時間がわかる。それが今夜のデッドラインになる」


 スパチャで送られた死体写真を開き直す。胃がまた持ち上がったが、今度は我慢した。画像の詳細情報を表示させる。ファイル名は無意味な英数字の羅列。サイズは三・二メガバイト。そして――撮影日時の欄。


 二〇二三年九月十六日、午前二時四十七分十三秒。


「去年の九月……十一ヶ月前か」


 この写真の男は去年ここに来て、午前二時四十七分に死んだ。


 現在、午後十一時十四分。午前二時四十七分まで、あと三時間三十三分。


「三時間半。これがタイムリミットだ」


 コメントが加速する。


『タイムリミットとかマジかよ』『計算はやい』『その時間に何が起きんの?』『写真の男と同じになるってこと?』


「わからない。でも手がかりはこれしかない。やることは三つ。一つ、地下の映像で同接を伸ばす。見てる人数が多ければ多いほど安全なはずだ。二つ、電波を確保し続ける。配信が切れたら終わり。三つ、午前二時四十七分まで生き延びる」


 行動計画を言語化すると、わずかに呼吸が楽になった。何をすべきかわかっている状態と、何もわからない状態では、同じ恐怖でも重さが違う。


 廊下の左手、一番手前のドアに手をかけた。プレートには「手術室1」と印字されている。


 ドアを引いた瞬間、匂いが変わった。


 薬品臭の下に隠れていた別の層が、扉の隙間から噴き出してきた。酸っぱくて、生温くて、鉄を舐めたときのような金属質の味が喉の奥で混ざる。嗅いだことのない匂いだった。嗅いだことがないのに、身体のほうが先に理解していた。腕に鳥肌が走り、胃の底が締まり、唾液が口の中に溢れた。これは腐っている人間の匂いだ。生き物として知っている。言葉で覚えたんじゃなく、嗅覚の回路に焼きついている。


「うっ……」


 反射的に袖で鼻と口を覆った。目が熱くなる。涙腺が匂いに反応して、視界が滲んだ。


 リングライトの光を室内に向ける。手術台が一台。その上に――。


 男が仰向けに横たわっていた。


 グレーのパーカー。黒いジーンズ。白いスニーカー。


 スパチャで送られた写真と同じ男だ。だが写真のほうがまだマシだった。現実には奥行きがある。距離感がある。そして何より、匂いがある。写真では伝わらなかった甘酸っぱい腐敗のガスが、二メートルの距離から俺の鼻腔を焼いていた。


 顔面の皮膚が額の生え際から顎の先端まで、一枚の紙を剥がしたように失われている。剥き出しの表情筋がピンク色に乾きかけ、頬骨の上で白い脂肪の層がてらてらと光を反射していた。唇がないから歯が剥き出しで、上の前歯が二本欠けている。瞼がないから目が開きっぱなしで、眼球の表面が乾燥して曇りガラスのように白濁していた。


 左手が、胸の上で何かを握っている。薄い、肌色の布のようなもの。あの写真と同じだ。自分の顔の皮を、自分の手で握ったまま死んでいる。


「これ……写真の……」


 コメント欄が爆発していた。読めない。同接の数字だけが視界の端に見えた。六千百。


「落ち着け。落ち着け」


 手術台の横にステンレスのワゴンがあり、その上にスマホが一台載っていた。黒いケースに入った、画面の割れたスマホ。死体の持ち物だろう。


 俺は手術台の周囲を回り込み、ワゴンのスマホに手を伸ばした。


『触んな!』『証拠品だろ!』『いや情報あるかもしれん』『ダイゴ判断しろ』


「こいつのスマホに何か残ってるなら、それが唯一の情報源だ。警察が来る前に俺が死んだら、証拠品もクソもない」


 スマホを取り上げる。画面は割れていた。電源ボタンを押したが、反応がない。当然だ。十一ヶ月前の死体のスマホが充電されているはずがない。


 パーカーのポケットからモバイルバッテリーを引っ張り出した。配信機材と一緒に持ち込んだ予備電源だ。ケーブルを繋ぎ、電源ボタンを長押しする。五秒。十秒。画面にメーカーのロゴが浮かび、薄暗い光が割れたガラスの隙間から漏れた。起動するまでの十数秒が長い。手術室の空気が首筋に纏わりつくのを感じながら、画面が立ち上がるのを待った。


 死体の手を見た。


 左手は顔の皮を握ったまま動かない。右手が手術台の縁からだらりと垂れている。俺は死体の右手首を掴んだ。指はまだ柔らかかった。死後硬直が解けた後の、力の抜けきったぶよぶよとした感触。皮膚は冷蔵庫から出した肉のように冷たいのに、パーカーの袖口だけが微かに湿っている。結露か体液かわからないその湿り気が、俺の親指の腹に移った。拭きたかったが、拭く場所がない。


 人差し指をスマホのセンサーに押し当てる。認証のバイブレーションが手の中で震えて、画面が開いた。


 ホーム画面。配信アプリのアイコンがある。俺と同じアプリだ。タップする。チャンネル名は「リョウキ」。登録者数、千二百人。最後の配信は去年の九月十五日。


「配信者だ。こいつも、俺と同じ心霊配信者だった」


 同接、七千。数字がまた跳ねていた。リョウキの名前がコメント欄を流れていく。


『リョウキって配信者いたわ』『去年行方不明になったやつだ』『マジかよ……』


 動画のライブラリを開く。最後に保存された動画ファイルが一つ。去年の九月十五日、午後十一時三十分から午前二時四十六分までの録画。三時間十六分間の映像。


「こいつの最後の配信の録画だ。再生する」


『やれ!』『見せてくれ』


 配信画面に重ねる形で、リョウキのスマホの動画を再生した。画面内画面。リョウキの最後の映像が、俺の配信を通じて七千人に流れていく。


 映像が始まった。地下一階の廊下。今俺がいるのと同じ場所。カメラが揺れながら廊下を進んでいる。リョウキの息遣いが荒い。画質は悪く、暗闇の中でライトの光だけが壁を舐めるように動いている。


 映像の四十二分十七秒。


 画面の奥に、人影が映った。


 グレーのパーカー、黒いジーンズ、白いスニーカー。リョウキではない。リョウキのカメラが照らした廊下の突き当たりに、今夜の俺と同じ服を着た人間が立っていた。


 リョウキの声が入る。『誰だ。おい、誰だよ』


 人影は動かない。カメラが近づく。五メートル。三メートル。


「待て」


 俺は動画を一時停止した。


「こいつ……影がない」


 コメントが一斉に反応する。


『影ない!』『リングライトあたってんのに!』『足元見ろ足元!』『足も浮いてね?』


 リョウキのリングライトで前方から照らされているなら、壁側に影が伸びるはずだ。なのに、この人影の足元には影が一切ない。それだけじゃない。白いスニーカーの底が床から数ミリ浮いている。コンクリートの面とソールの間に、紙一枚分の隙間がある。


「影がない。足が浮いてる。つまり、こいつは本物の人間じゃない」


 心臓が跳ねた。恐怖ではなく、手がかりを掴んだ興奮だ。四年分の経験が頭の中で回路を組み始める。


「影があるかないかで見分けられる。影がなくて足が浮いてる奴は偽物。影があって地面を踏んでる奴は本物だ」


 同接、七千八百。コメント欄に同意と反論が入り乱れる。


『理論的すぎん?』『いや合ってるだろ』『配信者の勘かよ』『ダイゴすげえ』


 俺はリョウキのスマホを手術台の脇に置き、自分のスマホで手術室の中を改めて照らした。手術台の上の死体。リングライトの光が真正面から当たっている。死体の下、手術台の脚元にくっきりと影が落ちている。手術台そのものの影。パーカーの皺の影。垂れ下がった右手の影。全部ある。


「こいつには影がある。つまり本物の死体だ。偽物じゃない」


 そこまで言って、自分の中で何かが緩むのがわかった。理屈が通っている。影がある死体は本物で、本物は動かない。ホラー映画じゃない。これは現実だ。どれだけ異常な状況でも、死体は死体だ。筋肉を動かす信号を送る脳が腐っている以上、物理的に動きようがない。


 その安堵が胸に広がった状態で、コメントの反応を確認するために、三秒ほど視線をスマホの画面に落とした。


 視線を上げた。


 首の角度が変わっていた。


 三秒前まで手術台の中央に据わっていた頭部が、五十センチほど右にずれている。首が台の縁から落ちかけるほど不自然な角度に折れ曲がり、瞼のない白濁した両目が――こちらを向いていた。天井でもない。壁でもない。俺の立っている位置を、正確に、見上げていた。


 全身の毛穴が一斉に開いた。首の後ろから背骨の一番下まで、冬の雨水を一筋流し込まれたような冷たさが駆け抜ける。思考が固まった。影がある。影がある本物の死体だ。脳は腐っている。筋肉に信号は届かない。物理法則に従うはずの死体が、首を五十センチ動かして、俺の目を見ている。


 違う。見ていた間は動かなかった。俺がこの死体から目を逸らした三秒間に、動いた。


 コメントを読むために、視線を画面に落とした、その三秒の間に。


「嘘だろ……」


 声が出た。自分の声だとわかるのに一拍かかった。


 仮説が砕けた。影の有無は関係ない。本物も偽物もない。この死体は影があって、地面を踏んでいて、腐敗していて――それでも動いた。俺が見ていない隙に。


 スマホに通知が光った。スパチャの着弾音。


 **『明日のダイゴ ¥500』**


 金額がまた下がっている。十万、千、一、そして五百。一度底を打ってから少し戻った。何の法則だ。


 メッセージを開く。


『よそ見しないで。』


 たった七文字。警告なのか嘲笑なのか、声のない文字列からは読み取れない。


 だが――その七文字に目を落としたのは、また「よそ見」だった。


 パン、と手術室の奥の壁際で乾いた破裂音がした。


 蛍光灯が一本、弾けた。ガラスの破片が床に散らばる高い音がして、二本目が消えた。三本目。四本目。廊下の奥から順番に、蛍光灯が一本ずつ破裂していく。暗闇が、奥からこちらに向かって食い進んでくる。


 パン。パン。パン。


 スパチャを読んでいる間に。俺がまた画面に目を落としている間に。


 迫ってくる暗闇の奥から、聞こえた。


 湿った何かをコンクリートの上で引きずる音。スン、スン、スン。さっき階段の下で聞いたあの音だ。今度は廊下に出ている。壁一枚向こうじゃない。もっと近い。


 リョウキの死体を振り返る余裕はなかった。見たところで、目を逸らした瞬間にまた動く。一人の人間の目では、三百六十度を同時に見張ることはできない。


「階段。上に戻る」


 走った。手術室を飛び出し、廊下を階段に向かって駆ける。背後で蛍光灯がまた一本弾けた。光の範囲が狭まっていく。引きずり音が速度を上げた。スン、スン、スンスンスン。間隔が縮まっている。歩いていたものが、早足になっている。俺が背を向けている方向で。俺が見ていない場所で。


 階段を駆け上がった。十七段を、三段飛ばしで。踊り場で足がもつれ、膝をコンクリートに叩きつけた。激痛が脛を貫く。構わず立ち上がり、B1Fの扉をくぐってロビーに転がり出た。


 扉を背中で押して閉めた。呼吸が荒い。肺が灼ける。膝からじわりと温かいものが垂れている気がしたが、確認する余裕がない。


 スマホの画面を見る。配信は続いている。同接、八千五百。


 コメント欄が滝のように流れていた。


『逃げろ!』『なんか映ってた!』『ダイゴの後ろに何かいた!』『いや映ってない音だけだった』『巻き戻して確認しろ!』


 八千五百人が見ている。地下の映像が効いている。リョウキの死体と動画の人影と、動いた死体。俺の恐怖が、そのまま数字に変換されていく。


 息を整えながら、地下で起きたことを頭の中で並べ直した。配信者としてではなく、生き延びるために。


 死体が動いたのは、俺がコメント欄に目を落とした三秒間だった。蛍光灯が割れ始めたのは、スパチャの文面を読んでいた数秒間だった。引きずり音が加速したのは、俺が背を向けて走っている最中だった。


 全部、俺がそっちを見ていないときに起きている。


 逆に、俺がリングライトで照らして正面からスマホを向けていた間、死体は微動だにしなかった。リョウキの動画の中でも、カメラが人影を捉えている間、人影は静止していた。


「よそ見しないで」。あのスパチャの意味が、今わかった。あれは忠告じゃない。挑発だ。


「俺が見ていない場所で、動く」


 声に出した瞬間、自分の仮説がどれだけ救いのないものか理解した。さっきの「影で見分けられる」とは次元が違う。見分け方の問題じゃない。あいつらの動作条件そのものだ。俺の視界の外でしか動けない。だから蛍光灯を割る。照らされた場所は「見える」から、先に暗くする。暗くなれば見えない。見えなければ動ける。


 そして俺は人間だから、三百六十度を同時に見ることができない。


 ロビーの正面玄関を見た。ガラスは閉じたまま。外の駐車場が見える。月明かりが砂利を照らしている。音はない。


 地下への扉に目を移す。閉めた扉の隙間から、冷たい空気が床を這って広がっていた。


 俺が今この扉を見ている間、背後のロビーは誰にも見られていない。振り返った。ロビーは暗く、広い。受付カウンターの裏。二本目の廊下の奥。リングライトの光が届かない角がいくつもある。どこも真っ暗だ。


 八千五百人がこの配信を見ていても、カメラが映していない場所は「見られていない」のと同じだ。俺の死角は、視聴者の死角でもある。


 同接、九千二百。


 リョウキのスマホは手術室に置いてきた。あの映像にはまだ三時間分のデータが残っている。手がかりはあの中にあるかもしれない。だが、戻ればまたあの引きずり音が待っている。


「予備のスマホ」


 ポケットから予備機を取り出した。バッテリーは満タン。カメラを起動する。


「これを地下に置いてくる。サブカメラだ」


 コメントが弾ける。


『また降りんの?!』『死ぬぞ!』『やめとけ!』


「聞いてくれ。あいつらは俺が見ていない場所で動く。逆に言えば、見ていれば動けない。カメラが映している間、映像の中の人影は止まっていた。死体だって、俺が正面から照らしている間は動かなかった。動いたのは全部、俺が目を逸らした瞬間だ」


 一度言葉を切って、同接の数字を指差した。九千二百。


「俺一人の目じゃ足りない。まばたきもするし、背中側は見えない。でも、サブカメラを地下に置いて配信画面に映し続ければ、お前ら九千人の目が地下を見張ることになる。俺のスマホが一階を映して、サブカメラが地下を映す。視界が倍になる。あいつらが動ける場所が半分に減る」


 コメント欄が一瞬止まった。


『……天才か?』『配信者の発想じゃん』『いやでも降りるのがやばい』『見られてれば動けないなら確かに理屈は通る』


 同接、一万八百。


 一万を超えた。


 画面の数字が五桁に変わった瞬間、指先が微かに震えた。四年間、一度も見たことのない領域だ。十万分の一にはまだ遠い。でも、一万人が俺を見ている。一万人の目が、俺のカメラを通じてこの廃病院を照らしている。


「ありがとう。一万超えた」


 声がかすれた。喉が渇いている。水は車の中だ。車には出られない。


 デッドラインまで、あと二時間三十三分。


 だが、この数字の意味が地下で変わった。三時間半は俺のための猶予じゃない。リョウキは三時間十六分の配信の果てに死んだ。三時間半は猶予ではなく、あいつらが準備を整えて仕留めるまでの所要時間だ。リョウキの配信は、同接が最大でも三百足らずだったはずだ。三百人分の目では、足りなかった。


 なら、一万人なら。十万人なら。


 地下への扉の前に立つ。ドアノブの冷たさは変わらない。掌の体温を吸い取っていくような、冬の水道管の感触。


 扉の隙間から、匂いが昇ってくる。ホルマリンと、腐敗の甘さと、コンクリートの粉塵。その三つが混ざった匂いを嗅ぐのは今夜で二度目だが、慣れる気配はなかった。


 そして、聞こえた。


 扉の向こう。階段の下。


 スン、スン、スン。


 一定のリズムで、湿った何かがコンクリートの上を引きずられている。


 俺は今、この扉を見ている。扉の向こうは見えていない。見えていないから、あいつは動いている。サブカメラを置けば、一万人の目があいつを止められるかもしれない。


 かもしれない、だ。


 確証はない。影で見分けられるという仮説はさっき砕けた。今度の「見ていれば止まる」だって正しい保証はどこにもない。間違っていたら、俺は地下で死体になる。リョウキの隣で、顔の皮を握ったまま。


 でも、ここで何もしなければ、リョウキと同じだ。三百人の前で死んだリョウキと。


 同接、一万一千五百。


 俺は予備のスマホを握り直し、扉を開けた。

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