4-5 モテる女は辛い
夕食後に義父に呼ばれた。義父の執務室に行くと、ソファに促されたので腰掛ける。そして義父がテーブルの上に手紙を置いた。一通や二通ではない。山盛りだ。手では持ちきれなくて箱に山盛り入っているのだ。
「これは?」
「お前宛だ」
「私にですか?何をこんなに……」
「釣り書だ」
「へぁ?」
予想外過ぎて変な声が出た。この手紙の山が全部、私宛の釣り書?
「これ全部ですか?」
「全部だ」
「……何故こんなにも?」
「デビュタントで見初めた者たちが押し寄せた結果だな」
「はぁ……?」
義父によると、これまでもチラホラ来てはいたらしい。でもグレイ伯爵と付き合ってた頃から、別れて落ち込んでた頃までは断ってくれていたようだ。
でも、先日のデビュタントで社交界デビューした時に、私を見て気になった令息がそれなりにいたらしく、デビュタント以降手紙がひっきりなしに送られてきて、現在この量だと。
道理でやたら見られてると思ったら、それか。帯剣してるスケバン騎士が珍しいからじゃなかったらしい。
子爵や男爵はダメ元感があるのだが、伯爵家が1番多くて、中には公爵、侯爵家もいるそうな。下位貴族はともかく伯爵家以上ともなると、義父が切り捨てる訳には行かなくなる。それなら私に選ばせたら良いと考えたようだ。
話を聞いて、私はニヤニヤしながら溜息をついた。
「ふっ……、モテる女も大変ですわ」
「1番難儀しているのは、お前ではなく私だ」
「アッはい、すみません」
調子に乗ったら真面目に怒られた。
しかし義父も私も大変なのは事実だ。
「でも本当にこれどうしたら」
「お前に任せる」
「丸投げですか」
「お前の事だろう」
「えぇー……」
そんな事言われても。と思いつつ、1番上の手紙を開いて読んでみる。
別クラスだけど同学年の伯爵家長男だ。北部貴族でそこそこの街の領主。悪くない。
2つ目を読んでみる。別クラスの同学年の伯爵家、東部貴族で、港町を治めていて東方の魔大陸との貿易が盛んな大金持ちの次男。悪くない。
中には田舎の村を治める男爵長男とか、子爵3男とかもいる。
「どれも悪くありませんが、ピンときませんわ」
「これだけの数だ、ゆっくり吟味すればいい。と、言いたい所だが。これを見ろ」
義父から差し出されたのは、侯爵家からの手紙だ。この紋章はスカーレット家の物だ。
「えっ、まさか」
読んでみると案の定、殿下の従兄弟のミカエル様からだ。あれ、婚約者……いないな!?そういえばミカエル様、婚約者いない!なんでいないのよ。でもなんかあの人は、えーヤダ婚約者なんて面倒くさーいとか言いそう。
「嘘でしょ」
「そしてこれも」
「スレート伯爵家……バーソロミュー様ですわ」
「そしてこちらだ」
「ブロンザー公爵って、クインシー殿下の取り巻きのコンラッド様! あれ、婚約者がいたはず……あぁっ、亡くなられてましたね」
「これもだ」
「ローシェンナ伯爵家って、皇太子妃殿下のご実家じゃありませんか!」
「これも」
「ゴールディ公爵家……皇姉殿下にも目をつけられたのですか……」
「皇室はお前を取り込む気らしい」
「うわぁぁぁ……」
確かに義父の言う通り、伯爵家以下はどうにかなりそうだが、それ以上の家が全部やばい。
思わず頭を抱える私に、義父は更に一通の手紙を差し出した。
痛む頭を押さえながらそれを読む。
「ゴメス侯爵家?」
記憶をさらっても貴族年鑑にはない名前だ。義父に視線を向けると、義父は苦々しい顔をした。
「サンタンドレ貴族だ」
「もうバレたのですか!」
「わからない。だが、その可能性は低いと考える。早すぎる」
「そうですよね……なのにどうして?」
「確かお前、サンタンドレ貴族に友人がいたな」
言われて思い出したのは聖女マーサだ。確かに彼女とは、サンタンドレ貴族の血筋同士で仲良くなったのだ。
「あぁっ!そう言えば!」
「恐らくお前がニキータ姫の孫と気づいてはいないだろう。だが、サンタンドレ貴族の血を引く我家の娘、それを聞けば釣り書のひとつでも送りたくはなるだろう」
「や、やらかした……」
多分聖女マーサには、悪気などない。仲良くなった私の話を、家族にしただけだと思う。
最近仲良くなった聖女がね、ホワイト家のご令嬢なのだけど、サンタンドレ貴族を祖母に持つのですって。親近感湧くわよね。
そんな感じで。それを聞いた家族も、きっと悪気はなく、親戚とかに話したのだろう。それがゴメス侯爵家まで届いて、このザマである。
「ど、どうしよう。どうしたら」
「落ち着け」
重大なミスをしたと思ってテンパってしまったが、義父に宥められて少しずつ落ち着きを取り戻す。
「でも、お義父様、こんなのどうしたら?」
「だから言っている。お前が選べ」
「そんなの!私には選べません!私はお義父様や大奥様のように、情勢を読み解く能力はないのですよ!?」
「だから、お前が選べと言っている」
意味がわからず混乱する私に、義父が続けた。
「これほどの数で、これだけの思惑がある。最早収集がつかない」
「……はい」
「だから、お前が選べ。政治なんぞ無視していい。思惑なんぞ知らん。惚れた男のもとに嫁げ」
その言葉に、私は仰天した。
「そんな事、許されません!私だって愚かなりには理解しています!サンタンドレの王女に祭り上げられる可能性も、皇室に取り込まれる可能性も。バレたらドルストフだって黙ってはいないかもって、その位は分かっています!それを惚れた男に嫁げって、そんな事、お義父様が許しても、周りが許しません!」
私の言っている事は間違いでは無いはずだ。私が嫁ぐべき相手は、皇室に近しい相手、サンタンドレ貴族、あるいはドルストフへの婚姻外交。その位分かってる。もちろん覚悟なんてできてないけど、頭の中にはある。
ただでさえ貴族は政略結婚が常套だ。それなのに、惚れた男に嫁げだなんて、義父はどうかしてしまったのか。
私の訴えを義父は静かに聞いていたが、何故かニンマリと笑った。
その笑顔はトーマスとよく似ていた。あの腹黒い義弟と。
「お前の好みの男は、どんな男だ?何故グレイ伯爵を選んだ?」
「え?えっと、グレイ伯爵は優しいですし、幼い頃から強い魔術師でしたし」
「つまり、優しくて強い男が好みか?」
「えっと、多分?」
いきなり言われてもわからないし、考えたこともなかった。なので流されつつ相槌を返す。
「ならばこう言え。お前より弱い男と結婚する気は無いとな」
それを聞いて理解した。現時点で、義父は私を結婚させる気などサラサラないのだ。
「そんな相手がいますか?」
「求婚者の中にはいないだろう」
「でも、命令や圧力があったら?」
「無視しろ。一瞬でも動揺を見せるな。余計つけ込まれるぞ。だから無視だ。大体我家に圧力をかけたところで、得をする者は国内にはいない」
確かに国内の貴族はそうだ。ウチに圧力をかけて困ることになるのはむしろ国だ。
義父が喜んで娘を差し出す人なら話は別だけど、実際にはそうではない。圧力をかけた事で義父に嫌われて、特産品や花の国との貿易品の流通を制限されたり、関税を爆上げされたり、防衛を疎かにされたら相手の方が困窮する。だから皇帝陛下は引っぱたかれたのだ。
おバカな貴族が圧力をかけてくるかもしれないが、そんな事をして社交界で叩かれるのはその貴族の方だ。だから無視と。
「わかりました。でも、外国はそうはいきませんよね?」
「その辺はまだ協議中だが、いっそ大々的に公表すると言う案もある。そうすれば勝手に求婚者同士で牽制してくれるだろうしな」
祖母の事を公表したら、興味を持った諸外国からも求婚者は出る。その事も公表してしまえば、各国が睨み合いになり膠着してしまう。
「だから、お前が選べ。金や政治で選べば必ず遺恨が残る。だが、色恋と言われてしまえばどうしようもない」
離れた国なら、あら残念で済むかもしれないけど、国内の大貴族やサンタンドレ貴族は、勝ち取れなかった事に腹を立てる人もいるかもしれない。でもその理由が、娘が彼氏にベタ惚れでとなれば、これはもうどうしようもないので、諦めるしかない。
ただ、私と義父がアホだと思われそうだし、吹けば飛ぶような家の人だと、相手が苦労しそうだ。
そう考えると、皇帝陛下の妃になるというのは、1番面倒がなかったのかもしれない。流石に祖父と同世代は嫌だけど。となると皇子殿下の側妃あたりが楽そうだけど、皇室に嫁いだらサンタンドレがうるさい。
サンタンドレは正直怖い。自分の扱いがどうなるかわからなくて怖い。
ドルストフ帝国から、領土を返還してやるからかわりに差し出せと言われたら、サンタンドレは私をドルストフに差し出すだろう。それはそれでアズメラ帝国側が腹を立てるはずだ。サンタンドレはもちろんドルストフにも文句言って、じゃあ開戦となったら目も当てられない。祖母の二の舞じゃないの!
いや、私にそこまでの価値はない。考えすぎ考えすぎ。でも絶対なんかの取引には使われると思うんだよね。
ううん、どこを取っても角が立つ。誰と婚約しても問題は出てくる。ならばいっそ恋愛という、本人にも周りにもどうしようもない感情に任せてしまったほうが、まだマシ……。
結局その結論にたどり着いてしまった。
「あとはもう、めちゃくちゃ遠い国に嫁ぐくらいでしょうか」
「そうだな。それもいい」
遥か南の火の大陸とか。西の妖精女王の大島とか、東の魔大陸とか、北の氷雪大陸とか?興味はあるけど想像はつかない。でもそこまで行けば面倒からは逃げられるわね。一応頭に置いておく。
「結婚しないという選択もありますよね?」
「出来ればその方向はナシだ。お前の血統を繋がない訳にはいかない」
そりゃそうだ。祖母のフォルタレザ家、そして祖父のゴリンデル家の末裔は、私と母だけなのだから。
「それに向こう数年、長くて10年、お前の婚約問題を捌き続ける羽目になる」
「あぁ……それは。さっさと片付けた方がいいですね」
私も義父もこんな事で延々と悩まされるくらいなら、放置するより片付けた方が良さそうだ。
「あの、母の事はどうなりましたか?」
「これもまだ協議中だが、恐らくゴリンデル殿は20年前から伯爵だったことになる」
20年前の竜討伐の功績で伯爵になったと、ここはガッツリ改竄する気らしい。そして母は伯爵令嬢となり、実父か義父と結婚したという事になるかもと。でないと母にまで釣り書が来そうだから。
母は客観的に見てもべらぼうに美人だ。私と違って大人の色気もある分、貴族みたいに着飾ればとんでもない事になる。まだ30代なので後妻やら第2夫人やら、年上好きの初婚だって有り得る。そう考えると、母は未婚でいさせることは出来ない。
もし義父と結婚することになっても、母が望まないなら白い結婚でいてくれるらしい。母は義父との子どもなど望まないと思う。子ども自体は私の他にも欲しいかもしれないけど、義母が義父にメロメロなのは母も知ってるので。
「はぁ……お前達が早い段階で打ち明けてくれていれば、もう少し手の打ちようもあったのだがな」
そこは私達の見通しが甘かったと言わざるを得ない。祖母が女優として活躍したのは40年近くも前だ。だから黙っていればわからないと思っていたのだ。実際領地を出るまで、誰も気づかなかった。だからまさか、皇帝陛下に一目でバレるなんて予想してなかったのだ。
「申し訳ありません……」
「あぁ、いや、過ぎたことを言っても仕方がなかった。だが今後は気をつけろ。特に登城する時に」
「そうですね。少し容姿を変えて行きます」
「そんな事が可能なのか?」
「はい」
試しに義父の姿に変身してみせると、義父は仰天していた。
「ここまではしなくとも、髪色や目の色等を変えれば大丈夫ですよね?」
「そ、そうだな」
ワンピースを着た義父の姿でニッコリ微笑むと、義父は苦々しい顔をした。ちょっと笑えた。




