3-14 愛の翼は広がらない
(あははは! いーっひっひっひ!)
樹里がずっと爆笑している。私も自分の事じゃなかったら笑ってると思う。でも笑えない、笑えないんだよ。
あれから、イザイアさまからは時々手紙が来ていた。最初はご機嫌伺いみたいな内容だったから、それと同等の内容で返していた。イザイア様にとっては、婚約の件は事故みたいなものだろうと思ったし、そういう普通のやり取りが続くなら、私も気にならなくなるかもしれないと思っていた。だから私の返事は「元気です、でも今忙しいです」みたいな返事が多かった。研究のせいでここ1カ月以上忙しかったから、ちょっと適当だったせいもある。
そのせいか、イザイア様の手紙は段々険を含んだものになっていって、返事を書くのが億劫になっていた。正直私が文句を言われる筋合いはないので、「今は忙しいし、時間をくださいと言ったはずです」みたいな返事を書いたのだ。
それで、数日前にイザイア様から手紙が来た。正直ちょっと憂鬱な気持ちで手紙を読んだ。その内容に非常に困惑した私は、樹里に相談したのだ。
この手紙に返事を出すべきか、それとも無視するべきか。そして樹里に見せるために、再度手紙を読んだら、ずっと笑ってる。
(真剣に読んでるのに目が滑りまくる! 三点リーダー多すぎてうざい! 異世界にもロミオメール送りつけてくる奴いるのね! あははは!)
そう、私に届いた手紙は、樹里がいうところのロミオメールだった。
拝啓、親愛なるシヴィルへ。
この前……ユオヅ村に里帰りしたよ。
懐かしい村の風景と共に、君との思い出も蘇った。
君が青空教室を開いていた広場。
一緒に剣を交えた訓練場。
川に続く小道を、二人で歩いたよね……。
目を閉じれば、昨日の事のように思いだすよ……。
君は僕の中に輝く紅玉星だった。
燦然と輝く……僕のルミナリエ……。
いつも君という紅玉星を見上げていた。
いつか……君を手に入れたくて……。
君が僕の手の中で輝いてくれる日を、僕は信じて疑わなかった。
あの日に僕の中から……燦然と輝いていた紅玉星の光は……消えてしまった。
希望や未来と共に……消えてしまった。
本当は……君もわかっているよね。
僕達は運命に引き裂かれた、憐れなつがい。
かつて僕らは結ばれる運命にあった……。
僕は君を愛し、君は僕を愛している……。
だから……ね。
愛の翼を広げ、君という星を目指し……僕は飛び立つ。
君は僕の手を取り、僕に身を委ねればいいんだよ……。
我慢しなくていい。恥ずかしがらないで。
昔約束したとおり、君を迎えに行くよ……。
あの丘の向こうで……待ってる。
どこから突っ込めばいいのかわからない。小川に続く小道を歩いた時は、2人じゃなくて友達みんなで行ったよ。イザイア様の中の光が消えたなら、未練はないという意味になるのでは? 矛盾してない?
それと一番聞きたいのは、あの丘の向こうってどこ? いつ、どこに行けばいいの?
こんな内容なので困り果てたわけだ。ひとしきり笑って落ち着いてきた樹里が、笑いの余韻を残しながら話し始めた。
(普通はこういうのは無視するべきなんだけどさ、貴族の流儀とかあたし知らんから、その辺相談した方が良いかもよ)
(確かに、伯爵からの手紙を、ただの令嬢が無視するのはいけないかも)
(でも家格はこっちのが上なわけじゃん。その辺わからんから、わかりそうな人に相談したらいいよ。で、どうしても返信が必要なら、うーん、最近太ってきたとか、相手のイメージダウンになるような文を入れるとか?)
(ちょっと、頼りにしてるのに。恋の百戦錬磨はどうしたの!)
(んなこと言った覚えないわよ! 私はこういうのは基本シカトしてたから、マトモに返したことないし。むしろわざと煽りまくって、突撃してきたところを通報したりしてたから)
(やることがえぐい)
微妙に樹里が参考にならないので、トーマスに相談してみよう。本当はお婆様がベストで、出来れば父にも相談したいけれど、残念ながら2人とも皇都なんだよね。だからこういうのわかりそうなのがトーマスしかいない。
「トーマス、相談があるの。今いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
時間は夜だったので、トーマスも夜着を着て、ソファで読書中だったらしい。本を閉じて、手招きするトーマスの対面に座る。そして相談しながらトーマスに件の手紙を見せる。
トーマスは3枚に渡る手紙を無表情で読んでいた。「なんですかこの怪文書は」と言いながら、3枚目の下の方に視線を流した後、手紙をビリビリに引き裂いて、その紙片に魔法で火をつけて燃やしてしまった。
「ちょっと、トーマス!」
「シヴィル姉様」
びっくりして腰を浮かせた私に、トーマスは真剣な目をして、低い声で言った。
「手紙などありませんでした」
「え」
「手紙など、ありませんでした。いいですね?」
「あ、はい」
トーマスの迫力に圧倒されて頷いてしまった。本当に良かったんだろうか。破り捨てて燃やすなんて、無礼の極みだと思うんだけど。
そして、その後もイザイア様からの手紙は、トーマスによって遮断され続けていたぽい。返事しなくていいなら、見る必要もないのかもしれないけれど、流石に気になる。
「手紙が来ているのではないの?」
「気になりますか?」
「気になるわ」
答えると、トーマスはちょっとだけムスッとした。
「まだグレイ伯爵の事が好きなんですか?」
ちょっと考え込んだ。好きは好きだと思う。8歳から好きだった人だし、長年付き合いがあるから情もあると思う。それにイザイア様が特別悪いとは思っていない。
ただ、私はちょっと待ってと言ってるのに、全然待ってくれないので、正直面倒くさいとは思ってる。待つ方は不安なのかもしれないけど、こちらとしては少しくらい待ってよと言いたい。結局私は「わからないわ」と答えた。
やれやれといった風にトーマスは溜息を吐く。トーマスは基本私の味方でいてくれるけど、時々呆れられるのは何故なの。
「僕はシヴィル姉様に幸せになって欲しいと思っています。だからグレイ伯爵と上手くいくならそれでいいですし、政略結婚だとしても、シヴィル姉様を大事にしてくれそうな相手をとお父様も仰っています。しかし、現状のグレイ伯爵とシヴィル姉様の関係を見ていると、上手くいくようには見えません。あくまで僕目線ですが。ですから、姉様の提案通り冷却期間を設けています。手紙を遮断するという形でね」
なるほど、トーマスはそういう考えで私の希望を実現してくれていたわけだ。なんでそんなことするのかなと思ったけど、聞いてみれば納得だ。
「そうだったのね、気が付かなくてごめんなさい。ありがとう」
「礼には及びませんよ。ただ、僕からもグレイ伯爵には時間を置いて欲しいとお願いしているのですが、これが中々でして」
言いながらトーマスが立ち上がると、引き出しから一枚の紙を取り出した。それを差し出されたので、受け取って紙を広げる。そこにはイザイア様の字で、短い文章が書かれていた。
弟だからって邪魔するな。邪魔すると殺す。
「さ、殺害予告……」
「僕としたことが、うっかり英雄に命を狙われたものですから、慌てて屋敷に設置型の結界魔術具を導入しましたよ」
アハハとトーマスは笑ってるけど、これ笑い事じゃないでしょう。イザイア様をここまで追い込むつもりなんかなかったけど、私が甘かったってことだよね。追い込みすぎると何をしでかすかわからないから気をつけろと樹里に言われていたから、気をつけていたつもりだったんだけど。
余談だけど、樹里は車をバットでボコボコにされたり、タイヤを刺されて空気抜かれたり、ナイフ突き付けられて脅されたことがあるらしい。こわ! 樹里追い込みすぎ。
今の時点でも、別れたいともやり直したいとも決断できない、私が悪いんだ。ええい、こうなったら仕方がない。ちゃんと話をしなきゃ。
たまたま来週末が私も休みだったので、その日に皇都に行くから会いたいと手紙を書いた。待っているという返事が来たので、週末を待って私はまた皇都に出かけた。金曜の夕方に出かけて、土曜の深夜に到着すると言う強行軍。土曜日の日中に面会して、日曜に領都に帰る予定。なんか最近こんなんばっか。
一旦自分ちのタウンハウスに寄って、そこから馬車に乗ってイザイア様のお屋敷に向かった。場所知らなかったんだもん。
イザイア様の屋敷は、煉瓦を漆喰で塗り固められた真っ白なお屋敷で、緑色のトンガリ屋根が特徴的だ。住人が少ないからか、少しこぢんまりしているけれど、立地は皇都でも一等地だった。
お屋敷の門は開け放たれていて、馬車が玄関の前に着くと、侍女や侍従もいないのに、ドアが勝手に開いた。なんだかそういう魔道具なのだろうか。その向こうに、階段を下りてくるイザイア様の姿があった。来客を感知するセンサーみたいなものがあるんだろうか。なんかすごいハイテクな家だ。
「シヴィル、やっと来てくれた。待ってたんだよ」
「ごめんなさい。忙しくて時間が取れませんでしたの」
「いいんだよ、さぁおいで」
イザイア様の様子は、私が来たことが嬉しいとわかるような、穏やかな笑顔だ。怒っていないようで安心して、イザイア様の案内で客室に入った。勧められて腰かけると、メイドさんがお茶を出してくれた。それを口に含んで喉を潤した後、少し雑談してから本題に入った。
「今まできちんとお話しできず、申し訳ありませんでした。今日は今後の事を話し合いたいと思いまして、お時間を取ってもらいました」
「うん、嬉しいよ。僕も話したかったから。もう僕は君に愛想を尽かされてしまったのかと思って、辛かった」
距離を置きたいと一方的に言って、あのあと私はすぐ領都に帰ってしまったのだ。イザイア様が不安になるのも当然かもしれない。そう考えると、ロミオって手紙を沢山送るのも無理はないのかもと思える。トーマスへの殺害予告はどうかと思うけど。
「イザイア様に愛想を尽かしたわけではありませんわ。前ホワイト辺境伯の治療や、治療法の研究で忙しかっただけですの。その後も家庭内でのことや、騎士団での調整などでバタバタして。ただタイミングが悪かっただけですわ」
「タイミングね……」
含みのある相槌に、早速不穏な雰囲気になる。私も今後のことを決めかねているし、その判断材料になるなら、イザイア様の言いたいことを聞いておいた方が良い。私はイザイア様からの話を促すことにした。
「お辛い思いをさせてしまったようで、申し訳ありません」
「うん。今までの僕らの関係って、何だったのかなと思ったよ」
私だって思ったわ! と言いそうになったけど、頑張って飲み込む。今はイザイア様のターンだから、我慢だ私。
「よくよく考えると、手紙だってそんなに頻繁にやり取りしていたわけじゃない。今回のトラブルがあるまでは、シヴィルは上京しても僕に会いに来なかったよね。婚約の件以降、この2カ月の間に3回も皇都に来れたのに、今までは年に1、2回だったし」
それは仕方ないよ。ランダムシフトだから、私の休みって基本平日なんだもん。イザイア様はも入学するまではそうだったし、学生は土日休みだから、日程が合わないのは仕方がないでしょ。
「手紙は僕も返信が遅くなったことはあるから、お互い様だけど。正直、もしかしたら君の心はとっくに冷めてたんじゃないかって、僕が思うのも仕方がないと思わない?」
「そう思わせてしまったのなら、謝罪しますわ。ごめんなさい」
色々言い返したいけど、反論しにくい部分もあるのよね。確かに、将来を約束しあってると思って、胡坐をかいてたような面はあったのかもしれないし。謝罪を聞いたイザイア様は、小さく溜息を吐く。
「君は心の整理を付けたいから時間が欲しいと言ったけど、僕はいつまで待てばいい?」
「申し訳ありませんが、いつとは明言出来ませんわ」
「そして、待たせておいて、その結果も保証はないわけだ。ひっどい話だね」
あぁぁ、本当だ! イザイア様側から見たら酷い話かもしれない! 今更気づいた!
「も、申し訳ありません」
「それで、忙しかったのは理解したけど、多少は考えてくれた?」
「申し訳ありません。そこまでの余裕は……」
「1カ月以上あったよね? その間全然考えてくれなかったの?」
「そういうわけではないのですが、結論には至りませんでしたの。申し訳ありません」
私の返答を聞いて、イザイア様は「はぁぁぁぁ」と、これ見よがしに盛大に溜息を吐いて、立ち上がった。
「もういいよ。あんなに君に執着していた僕が馬鹿みたいだ。こっちこそ冷めちゃったよ。別れる。もう帰って」
言うだけ言って、イザイア様は部屋を出ていかれてしまった。あれ、愛の翼はどこ行った。
こうなるとは思ってなかった。フラれた。




