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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第3章 少女期―成年―

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3-10 会合の後

 あれから私とトーマスは領地に戻った。現在はギデオンお兄様と父とユージェニー様も戻ってきている。貴族院で手続きを済ませて、ギデオンお兄様は正式に辺境伯になった。まだシーズン中だし、ギデオンお兄様は皇都と領地を行ったり来たりして、大変そうだ。

 父の方はまだ病気が治ったわけではないので、人前に出すのに不安があるから、ギデオンお兄様とバトンタッチして領地運営をしている。でも、既にトーマスとセバスチャンがメインになっているので、あくまで父はフォロー役のようだ。

 その父も、時期が来たらユージェニー様と一緒に、海沿いのホッジ伯爵領にある別邸に隠居する予定だ。



 そういえば、あの会合の後、ちょっと大変だったんだよね。私がメソメソしていたのが落ち着いたころに、ビビが呼びに来た。話し合いがまとまったらしく、殿下とイザイア様がお帰りになるということで、私は泣き腫らした顔を治癒して、トーマスと一緒にお見送りに行った。


 お見送りをしながら、父の無礼も示談で済ませてくれて、皇族を呼び出すなんて無礼もお咎めなしで、代理人じゃなくてわざわざ来てくれたし、婚約の事でも色々協力してくれたジョナサン殿下には、これは一生頭が上がらないなぁと思っていた。

 もうほんっとこの方には忠誠を誓おうと思いながら、ジョナサン殿下にお礼を言っていたんだけど。



 その時、イザイア様と視線が合った。意図した訳じゃないけれど、私は視線を外してしまった。未練があるのに、どうしても蟠りを孕んだこの気持ちを持て余していたからだ。


 皇都で最初に会合する前、ギデオンお兄様はイザイア様とジョナサン殿下と打ち合わせしていたらしい。父が婚約解消に同意してくれないので、ギデオンお兄様もイザイア様も困っていたようだ。

 そこに、婚約破棄という提案をして、協力してくれたのがジョナサン殿下だった。ギデオンお兄様としては解消で済ませたかったが、背に腹はかえられぬと同意。

 翌日にはジョナサン殿下が皇太子殿下のサイン入り書類を持ってきたので、その足で貴族院に行き婚約破棄成立というわけだ。ホントにジョナサン殿下様々だ。




 で、私はギデオンお兄様から、イザイア様はフリーになったけど、婚約は先送りして欲しいと頼まれていた。

 話を聞いてみたら、戦争や内乱の火種になりかねないという事で、私は素直に頷いた。

 もちろん、政治的な事だけを問題視した訳ではなかった。ルサルカお姉様との事が噂になっているのに、私と婚約したら、ルサルカお姉様とイザイア様の評判に関わると思った。それに私自身、一度振られているようなものなので、大手を振って嫁に行ける気分じゃなかった。

 そういう事情もあって、イザイア様としばらく距離を置こうと思っていたんだけど。



「シヴィル」

「はい」


 俯いていたけれど、近づく足が見えていたから、一歩ごとに緊張していた。気後れと期待と、他にも色々綯い交ぜだった。

 声をかけられたので、そろそろと顔を上げる。


「ごめんね、こんなことになって。僕を恨んでる?」

「恨んでは、おりませんわ」


 そう、恨んではいない。恨むほどイザイア様に酷いことをされた訳じゃない。

 私の返事を聞いて、イザイア様はホッと息を吐き出して、表情を緩めた。


「良かった、本当にごめんね。じゃあ僕達やり直せるよね?」


 えぇぇぇぇ。いや、うん、嬉しいよ。嬉しいけど、イザイア様はルサルカお姉様の気持ちを知ってるんだよね。そしてこの場にルサルカお姉様もいるんだけど。


「あの、その前にお聞きしたいことがあります」


 とりあえず逃げる。


「うん、なに?」

「ルサルカお姉様との婚約を受け入れたのは、何故ですか?」

「それは、僕の確認不足で」

「その後です。間違いだとわかった後の事です」

「僕のミスで婚約が成立しちゃったから、僕から解消を言い出すのははばかられた。ルサルカ嬢にも悪いしね。それに、後から君とも結婚すればいいかなって」


 ん?

 いや、確かにね、この国は一夫多妻だから、私とルサルカお姉様両方とも娶ることはできるよ。父もそうだし、お妾さんがいる家庭も珍しくない。でも、それは妻同士が赤の他人だから、そこそこ線引き出来るんじゃなかろうか。元々ルサルカお姉様と仲良しだっただけに、亀裂の入った状態で同じ家で過ごすのはキツい。

 それに、姉妹を娶ることはかなりレアケースだと思う。政略結婚なら尚更色んな家に分散する方が、縁故が増えるのだし。

 大体イザイア様は英雄なんだから、そこにホワイト家から娘が2人も嫁いだら、絶対何か言われるよね。ホワイト辺境伯家はイザイア様を引き抜こうとしているとか、殿下に取り入ろうとしてるとか、イザイア様を利用して反逆する気だとか。


「それは、ちょっと、どうでしょうか」

「いい考えだと思ったんだけどな。でも、今は婚約もなくなったから、僕らには何の障害もないよね」


 障害って、なんの事だろう。父のことかな、まさかと思うけどルサルカお姉様じゃないよね。これ以上聞いちゃ行けない気がする。

 私は一つため息をつくと、腹を括った。


「イザイア様、申し訳ありませんが、今はそのお話をお受けする訳には参りませんの」


 ぎゅうと胸が軋む。本当はイザイア様に気持ちがあるから、自分から言う事に胸が痛む。

 イザイア様は悲しそうに、ぎゅっと眉根を寄せた。


「どうして?」

「家庭の事情、政治的な都合がありますが、私の気持ちの問題ですわ」

「僕の事、もう好きじゃないの?」

「そういう事ではありませんの。ただ、今回の件で、以前の様に純粋に、イザイア様を想える自信がございません」


 ぎゅっと眉根を寄せて聞いていたイザイア様が、いきなりハッとした顔をしたと思うと、その表情は怒りを帯び始めた。


「まさかと思うけど、他に好きな男でもいるの?」

「はい?」


 なんでそうなるの? 男女比率おかしいせいで、騎士団の女性は可愛く見えてモテる「騎士団病」の中にあって、私は一番モテないんだけど。可愛がってもらってはいるけど、誰も私に病を発症しないんだけど。教会で私を追いかけてくれるのはオッサンだし。


「そのようなことはありませんわ」

「じゃあどうしてなの」


 さっきも言ったよ。


「家庭の事情、政治的な都合、私の気持ちの問題ですわ」

「なんで君の気持ちが変わったのか聞いてるの」


 なんでって。え、うそ。ホントに分かってないの? 嘘でしょ?

 あ、そうか。私はイザイア様がお姉様を選んだと思ってる。でもイザイア様は、後々私とも結婚する気でフォロー出来ると思ってたんだ。そう思ってたなら、私の気持ちなんてわからないか……。


「イザイア様はルサルカお姉様を選んだと思いました。裏切られたような気持ちになったものですから、それで気持ちが変わってしまったのです」

「でも実際には裏切ってないよ」

「はい、頭ではわかっております。気持ちの問題なのです。ですから、心の整理がつくまで、今はそっとしていただけませんか?」

「いつまで?」


 いつまでと言われても、心の整理が着く時期の予想なんか出来ないよ。適当に半年とか言えばいいの?


 イザイア様の質問に困り果てて来たところで、私と同じくらいの身長に、視界を遮られた。11歳になって最近背が伸びたジャスティンが、私とイザイア様の間に立ちはだかっていた。


「グレイ伯爵閣下、その辺にしてもらえませんか? シヴィルが困っていますので」

「君には関係ないよね?」

「家族なので関係ありますし、いつまでも殿下をお待たせするのも、如何なものかと思いますが」


 そういえばそうだった。ジャスティンの影から殿下の様子を見ると、先程までの凛々しいお顔は、影も形もなくなっている。ものすっっごく呆れた顔をして、宙を仰いでいらっしゃった。あ、なんか、察した。

 ポンと肩をたたかれたので、見るとトーマスがそばにいた。トーマスは小さい声で「幻影」と呟いた。口の前で人差し指を立てた後、家の方を指差し行くように合図される。


 ジャスティンが気を引いてる間に、トーマスが幻影で私の姿を隠して逃がすという、素晴らしい兄弟コンビネーション。


 感心しつつも静かに移動して、ドアからこっそり様子を見る。ついにはギデオンお兄様まで「今日のところはお引取りを」と願い出て、最終的にジョナサン殿下が引きずって帰って行った。


 なんか、どっと疲れた。痴話喧嘩って、こんなに精神力削るのね。知らなかったよ。

 あと、最後まで殿下にお世話になってしまった。ホントに頭が上がらない。生涯忠誠を尽くします。


 それにしても、樹里の言った通りだった。


(別れ話って大体拗れるから、覚悟しといた方がいいわよ)


 うん、拗れそう。ちょっと覚悟しとこう。でも、今はそれどころじゃないんだよね。私は今すっごく忙しいから、今は本当に邪魔しないで欲しい。

 今は本当に冗談抜きでほっといてくださいと願いながら、私は聖者たちを待たせている客室の扉を開けた。



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