3-5 ギデオン・ホワイトの決断
母から届いた手紙を読み終えると、私はそれをぐしゃりと握りつぶし、拳と共に机に叩きつけた。
私の突然の行動に、部屋にいたトーマスと秘書官が目を丸くしているが、彼らに配慮する余裕はなかった。
先日シヴィルが皇都から帰って来たと思ったら、その翌日には騎士団の寮に入ると言って、止める間もなく家を出てしまった。その日に遅れて戻ったステラとドゥシャンも、シヴィルが家を出たと聞いて、荷物をまとめて出てしまった。
何が起きたのか分からなかったし、騎士団まで赴いてシヴィルに尋ねたが話してくれず困っていたが、母の手紙で謎が解けた。
グレイ伯爵とルサルカの婚約。家出くらいしたくもなる。シヴィル達には心から同情するし、彼女達へ余りにも配慮の足りない父には、憤りしか感じられない。
母は何とか父を説得しているようだが、父はあの家族を舐めすぎだ。
それでなくてもシヴィルは聖女だ。シヴィルには教会がついているのだ。懇意にしている司教などに相談でもされてみろ、訴訟を勧められるし、教会は聖女の擁護に回る。平民も多くの貴族も確実に。
もし、父から精神的な虐待を受けているなどと訴えられでもしたら、父のみならず我家の評判が地に落ちるのは明白だ。
有無を言わさずシヴィルを認知したというのに、放置した上にシヴィルから恋人を奪い取りルサルカに与えるなど、横暴にも程がある。よくもその様な外道な事をできるものだ。怒りを通り越して呆れ返る。
家出位で済ませてくれているシヴィルに感謝すべきだ。シヴィルもステラも、父を殴り飛ばしてやれば良かったのだ。私が許す。
シヴィルはこちらが何もしなければ人畜無害で、心根の優しい娘だと言うのに、このような仕打ちはあまりにも不憫ではないか。
そもそも、我家の立場としてグレイ伯爵との婚約は歓迎出来ない。数年先なら問題無いかもしれないが、今は良い選択ではない。
ドルストフ帝国を巡る派閥において、我家は中立派だ。
戦争があれば後方支援や、第1騎士団の派遣はするが、領地が戦火に見舞われることがないため、戦争について意見できる立場にないと言う体で、南部は概ね中立派だ。
加えて、母は皇帝の懐刀であるシルバリー公爵の妹であり、妻は北部貴族を代表するコバルト侯爵の娘。開戦派にも和睦派にも、強力なパイプがあるからこそ、中立を保って居たのだ。
それなのに、ルサルカが第2皇子の側近と婚約したとなれば、我家は和睦派に入ったと思われる。そうなれば傘下の貴族家も全て和睦派に移ることになり、大きく票が傾く。
個人的には戦争などないに越したことはないが、今の段階で開戦派を追い詰めすぎると、コバルト侯爵が下からの突き上げに耐えられなくなるし、追い詰められた開戦派貴族が、何をしでかすか分からない。
徐々に時間を掛けて北部貴族の熱を冷まし、世論を和平に誘導し、和睦派の力を少しずつ増すのが理想であり、その為に我々はバランサーの役割を担っているのだ。
だと言うのに、グレイ伯爵と婚約されては、そのバランスが一気に崩れる。
どうにかバランスをとる必要があるが、打てる手があるとすれば、婚約の解消がベストだが、それが不可能ならジャスティンを北部貴族の令嬢と婚約させる他ない。それでもグレイ伯爵との婚約というインパクトには到底及ばない為、これでもまだ足りない。ジャスティンの婚約者選定も順調だっただけに、それらを断りまた一からやり直しかと思うと、実に頭が痛い。
全く、父は余計な事をしてくれたものだ。腹立たしい。婚約という一大事を当事者のルサルカにも母にも相談せず、勝手に行うなど何を考えているのだ。せめて母さえ知っていれば、必ず止めてくれたものを。おそらく母も様子見していたのだろう。遠距離恋愛など普通上手くいかないし、シヴィルの気持ちしだいだと考えた。だから説明するまで強硬に反対は出来なかったのだろうが。
母も婚約解消について父を説得しているようだが、ルサルカ本人も解消を望んでいると言うのに、父が譲らないようだ。
全くもって意味不明だ。これではシヴィルに対する嫌がらせと取られても仕方がない。
父は何故こうも、シヴィルに関することでは誤った判断をするのか。実に忌々しい。
やれやれ、父ももう高齢だ。そろそろ隠居していい歳だし、ここまで判断力が落ちたのなら、父も耄碌したのだろう。かつての父の姿は、最早見る影もない。
全く、父には心底失望した。この際だ、父には退場して頂こう。そしてシヴィルが、もうこの家にいたくないと望むなら、シヴィルにとって良い養子縁組先を探してやれば良いし、望まぬなら私の養子にすればいい。
父がシヴィルを見捨てても、私があの子の味方になってやらねばなるまい。それが、あの子をこの家に連れてきた、私の責任だろう。
とりあえず、目下の最優先は婚約の解消だ。ルサルカには悪いが、私個人の感情としても、政治的にもこの婚約は認められない。父達が婚約の事を言いふらしていなければ良いが、これは時間との勝負だな。どこで噂が広まるかわかったものでは無い。
さて、そうと決まれば忙しくなる。準備を始めなければ。
「セバスチャン、トーマス、急用が出来た。私はしばらく留守にする」
「かしこまりました」
「構いませんが、父上はどちらに?」
「皇都だ。ひと月ほどで戻る。それと、時々シヴィルの様子を見ておいて欲しい。頼んだぞ」
「はい、分かりました」
セバスチャンもいるし、トーマスは優秀だから問題ないだろう。私は秘書官を同行させ、皇都へ向かった。




