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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第3章 少女期―成年―

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3-3 ルサルカの懺悔

 私は今、とても後悔していることがある。何故こんなことになってしまったのか、私にもよくわからない。

 ただただ私は、許しを乞うことしかできない。事ここに至っては、私には謝ることしか、出来ることが何もない。

 面白くて優しくて綺麗な妹を、大事なシヴィルを、また私が悲しませることになるなんて……。


 きっともう、今度こそ、私は許されない。あの子に恨まれるのだわ。私のほんのささやかなワガママが、あの子を傷つける。




 1月。楽しみにしていた学園が始まった。領地から出て家族と離れるのは寂しいけれど、沢山友達が出来るかしらと、ワクワクしていた。


 入学の日。ドキドキしながらクラス分けを見る。クラスは爵位で割り振られていた。これは敢えて貴族階級を明確にするためと、学力の調整の為らしい。高位貴族は皆何人も家庭教師を雇って高等教育を受けてきているけど、下級貴族は家庭教師など雇えないので、どうしても学力に格差が生まれやすいからだ。そういうわけで一応上級貴族に入る私は、上級の1クラスに入ることになった。勿論、ギデオンお兄様の娘であるソフィア様も一緒。お互いにそれはとてもありがたかった。


 やはり上級ともなると、そうそうたる顔ぶれだった。第1皇子殿下、第2皇子殿下を始めとして、公爵令嬢や侯爵子息。辺境伯も高位貴族だけど、最近母が結婚するまで庶子でしかなかった私は、なんだか恐れ多い。事情を知っている人は知っているだろうから、妾腹だと軽蔑されるのではとビクビクしていた。

 しかしそれは、意外な形で杞憂となった。


 初日のお昼休み。中級、下級クラスに領地の知人を見つけていた私とソフィア様は、一緒にお昼をと思って探していたら、後ろから声をかけられた。

 振り向いた先には、第2皇子殿下と男子生徒が他に2人と、ニコール様。声をかけてきたのは、その内のグレーの髪にグレーの瞳をした男子生徒だった。

 初対面の相手だけれど、自己紹介は覚えている。というか、彼は同世代では皇子殿下の次位には有名人だった。


「グレイ伯爵。どうなさいました?」

「いきなり呼び止めてごめんね。お昼一緒に食べない?」

「え?」


 思いがけないお誘いに、私はついソフィア様と顔を見合わせて、殿下とニコール様に視線を向けた。それに気づいたお二人は、ニコリと微笑んだ。


「お久しぶりね。ソフィア様、ルサルカ様。あなた達さえよければ、是非」

「あぁ、歓迎するよ」

「ありがとうございます」


 お2人がそう仰るのであればと、私はグレイ伯爵に視線を戻した。


「よろしければ、是非ご一緒させてください」

「ありがとう! ルサルカ嬢ってシヴィルのお姉さんだよね。シヴィルから君の事は手紙で聞いていたんだ。君と話してみたいって思ってたんだ」

「まぁ! 実は私もお会い出来るのを楽しみにしておりましたの!」


 話しながらも席に着く。半個室になった8人掛けのテーブルは、明らかに殿下達を意識した特等席。こういう半個室のテーブルがいくつかあって、一番奥の一つに入る。

 侍従のバーソロミュー様、殿下、ニコール様。反対側に私とソフィア様とグレイ伯爵で腰かける。昼食を取りながら、私達はグレイ伯爵に聞かれるままにシヴィルの事を答えて、グレイ伯爵にも幼少のシヴィルの事を教えてもらう。

 時々殿下やニコール様もお話に入ってきて、お2人の婚約の話になったかと思えば、突然殿下が惚気だしてニコール様が顔を真っ赤にしていたりした。すごく楽しかった。


 元々ニコール様とは親戚関係にあって、年に1回は会っていたこともあり、よくグレイ伯爵が話しかけてくれるようになったので、いつの間にか私達もこの輪にいることが当たり前になっていた。

 私がニコール様や殿下のお傍にいることで、やっかみを受けないか少し不安だったけれど、学園内の未婚の女性貴族では最高位のニコール様の庇護に入ったお陰で、そんな心配は杞憂に終わった。


 勉強は大変だけれど、友達も出来て、充実した学園生活。最初に私に話しかけて、それからもよく話しかけてくれるグレイ伯爵に、イザイア様に、私が恋心を抱いてしまうのには、そう時間はかからなかった。



 シヴィルにもイザイア様にも聞いたから知っている。2人は恋人同士だ。邪魔しようなんて思っていない。

 ただ、傍にいられたらそれで良かった。この学園にいる間だけ、親しい友人の一人として、話しかけてもらえるだけで良かった。本当よ。私はそれで満足していたの。


 だけど、私の胸が痛みを覚えていたのは確かだった。


 だから、「グレイ伯爵とホワイト辺境伯令嬢は恋仲らしい」という噂が流れだしたときに、それは私でもソフィア様でもなく妹だと訂正しなかったのは、私の小さな抵抗感が生み出したものだったのだろう。

 ソフィア様は否定していた。当然だ、ソフィア様には婚約者が既にいらっしゃる。けれど私は否定も肯定もしなかった。本当は否定するべきだってわかっているのに、ただの噂でも、そう見られていることが嬉しかった。


 だって、どうせこの想いは届かないのだから。イザイア様がシヴィルを想っていることは、私が一番よく知っていた。


 だから、今だけ夢を見たかった。それだけだったのに。




 お父様は議会や夜会などで忙しそうにしていたけれど、私の学園生活の話にも、よく耳を傾けてくれた。

 私のデビュタントはまだ先だから、今年は夜会に出られない。だけど、皇室主催の夜会で、殿下とイザイア様に会ってお話ししたそうだ。 


「彼は良さそうな青年だな」

「ええ。とっても素敵で、親切な方ですわ。学園でもとてもよくしていただいて……」

「そうか。彼との結婚を望むか?」

「そんな……私にはもったいないお方ですわ」


 話ながら、つい顔が熱くなってしまった。赤くなった私の顔を見て、お父様は満足そうに、少しだけ寂しそうに笑った。それが何を意味するのか、この時には分からなかった。



 だけど数日後、お父様からもたらされた知らせに、私は愕然とした。


「グレイ伯爵とお前の婚約が成立した」


 何故、どうして。何故私との婚約が? 彼はシヴィルの恋人なのに!


「お父様、どうして!」


 じわりと涙が浮かぶ目で、お父様に憤りをぶつける私に、お父様は不可解そうにしながらも答える。


「どうしてと言われても……、社交界でもお前とグレイ伯爵は噂になっていたし、お前もグレイ伯爵に好意があるのだろう?」


いつの間にか、辺境伯令嬢との噂は、私との噂に変化して、社交界でも流布されて、お父様の耳にまで届いてしまっていた。こんなはずではなかったのに。


「ですがっ……」

「何より、グレイ伯爵が了承し、グレイ伯爵が貴族院に婚約申請書を提出した。グレイ伯爵が受ける気なのだ。お前は不満だったのか?」

「そういう、ことでは……」


 私は混乱した。お父様がまだ何か言っているけれど、私は混乱した頭のまま辞去して、部屋に逃げ帰った。



 どうして。どうしてこうなってしまったのだろう。

 多分、お父様は私がイザイア様に恋をしていると気づいたのだ。そして噂を聞いて、私を愛するがゆえに、私の為に婚約を申し込んだのだろう。お父様の考えは、まだ理解できる。


 だけど、どうしてイザイア様は、申し込みを受け入れてしまったのか。そう考えて、自分の中に「彼も同じ気持ちなのではないか」という期待が湧いた。それに気づいた途端、自己嫌悪に陥る。その夜は、何度もそれを繰り返して、中々眠れなかった。



 婚約の承認通知である婚約証明書が届いた。その翌日、イザイア様から訪問を受けた私は、お父様と共に客室にいた。


「ごめん、本当にごめん。これは僕の手違いだ……」


 手違い。

 やはり打ち砕かれる。あぁ、期待などするんじゃなかった。

 平身低頭するイザイア様の様子を見ていると、もう泣いてしまいそうだった。


 殺到する婚約の申し込みに辟易していたイザイア様は、その処理を執事に一任していた。ただ、ホワイト家からの打診があった際には、それは受けるとだけ言っていた。

 だから、お父様から婚約の打診があったと聞いて、イザイア様はそれがシヴィルとのものだと思い込んで、手紙をよく確認することもなく、同封されていた婚約申請書にサインをして提出してしまったらしい。婚約申請書に必要なのは当主のサインなので、私のサインがなかったのも見落としの要因だろう。


 イザイア様は散々謝っていたけれど、お父様の希望は婚約の継続であり、イザイア様もまた、責任を感じたのか、継続という判断をした。


「でも、シヴィルは……? シヴィルはどうなるのですか? 今なら公表前ですし、解消も可能ですわよね?」


 私の問いかけに、お父様もイザイア様も沈黙したが、それでも決定は覆らなかった。


「あれだけ噂になっていたのだ。グレイ伯爵の相手はお前だと、皆が思っている。公表せずとも今更婚約解消をすれば、我が家ならびにお前の名に傷がつく」

「悪いのは僕だ。シヴィルを悲しませることになったのは僕のせいだ。君のせいじゃない。僕はシヴィルに恨まれる覚悟は済ませた。責任は取る。勿論君を不幸にはしない」


 私にはもう、どうすることもできなかった。私はただただ、泣くことしか出来なかった。



 きっと、私の事を嫌いになって、私の事を恨んで、傷つくであろうシヴィルの事を想うと、不甲斐なく無力な自分を、ただひたすらに嫌いになるばかり。



 あぁ、神様。どうして私は、あの噂を訂正しなかったの。どうして、傍にいたいなどと願ってしまったの。

 許されるなら、時間を戻して欲しい。妹から恋人を奪うという罪を犯す前に、私を諫めることが出来たなら。



 どれだけ後悔しても、過ぎた時間は巻き戻せない。

 お父様から急遽呼び出されたシヴィルが、タウンハウスに到着する。



 いい加減、覚悟を決めなければならない。あの子を傷つけて、あの子に嫌われて、それを甘受する。その覚悟を。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の破天荒っぽいところが面白かったです [気になる点] これで『誰も悪く無いから』なんて言って我慢するなんて展開にならない事を心の底から願ってます [一言] 辺境伯、何考えてんの?! …
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