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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第3章 少女期―成年―

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3-1 15歳


 1月に入って、正騎士昇格試験を受け、その結果が通知されたのが今日。私は先輩達やデリック、ティモシーに囲まれていた。


「59点かぁ。悔しいね」

「うわぁ、惜しかったんだな」

「元気だしなよ。また来年もあるんだからさ」

「そうだぞ。それよりあの期間で、こんだけ点数取れる方がすごいだろ」


 みんなが口々に慰めてくれる通り、あと1点足らずに試験に落ちた。あんなにガリ勉したのに、ギリギリ足りなかったことで余計に悔しくて、悔し涙を流した。

 一番重要で、一番配点の大きい戦略論を落としたのが痛かった。こういう状況の時、どういう作戦を立てるかという状況設定問題だったんだけど、祖父の言ったとおり、これはテキストを覚えるだけではちっともできなかった。ある程度定石もあるんだけど、色んな状況をシミュレートして考え、頭に叩き込まなきゃいけない。それだけの時間が取れなかったのも痛い。戦闘実技とか実技演習は問題なかったから、後はやっぱり勉強だ。


「うっ、ぐす。来年は、絶対合格しますぅ……」

「泣くなよー」

「来年はきっと受かるから、頑張れ」


 騎士は正騎士にならないと婚活出来ない。前年にイザイア様が伯爵になったから、きっと今頃婚約の申し込みが殺到しているだろうと思って、私も頑張ったんだけどな。政略結婚避けの為に騎士になったのに、まさかそれが自分の足を引っ張るとは。イザイア様がこんなに早く出世するとは思ってなかったのよ……。


 流石に落ち着いてきて涙も引っ込んだ。夕方だから、人も少ない。なんか、みんなを付き合わせてしまって申し訳ないな。そんな風に考えていたら、ティモシーが「そうだ!」と手を叩いた。


「ねぇシヴィル、これからご飯食べに行かない?」

「え? ご飯って、街に?」

「うん。お嬢様は下町の食堂とか、やっぱり嫌かな?」

「そんなことないわ!」


 むしろ懐かしい。下町ごはん食べたい! 教会に行くために街には行くけれど、流石に外を歩き回ったり、ましてやお店に入ることも出来ないのだ。そして、今は社交シーズンで、奥様も父もいない。つまり怒る人がいない。こんな機会はそうそうない!


「行く! 行くわ!」


 私が食いつくと、ティモシーもみんなも良かったと笑ってくれた。もしかして私が落ち込んでいると思って、元気づけるためにそう言ってくれたのかな。みんなの優しさがありがたい。

 祖父に説明して、先に帰ってもらった。後で祖父が迎えに来るそうなので、帰りは教会で待ちあわせる。


 そうして5人で駅に向かった。この駅は大きな都市には必ずあるらしい駅馬車ってやつだ。主に自由市民や平民が利用する、公共交通機関だ。仕組みとしてはバスに近いのかもしれない。

 驚いたことに、この駅馬車のシステムを発明したのは、私と同い年の第2皇子なんだって。第2皇子は他にもマッチとか、ボールペンとか発明したから発明皇子って言われてる。「レイアース」っていう個人の商会も持ってて、なんだかすごい皇子様。

 でも、気になるのがお店の名前。私には光る大地って意味だとわかるけど、この国には該当する言葉がない。アースって地球の言葉のような気がするんだけど……。気のせいかな。


 そんなことを考えつつ乗る、この駅馬車も初体験。馬車と言っているけれど、正確には馬が引くわけじゃない。テイムのスキルを持つ調教師たちが調教した、大百足。大きな百足の上に車体が連結固定されていて、何十人も一度に運べる。人の多い市街を行くので、スピードよりも安全性の方が大事ということで、速度は馬の速足くらいだ。最初はその見た目にドン引きしたけれど、見慣れてしまえば何という事もない。しかも、乗ってみて初めて知ったけど、馬車よりはるかに乗り心地がいい。


「快適ですわね」

「最初にその感想が出てくるあたり、シヴィルだよね」

「だよな。普通の令嬢なら、大百足見たらひっくり返るだろ」


 デリックとティモシーに言われて気付いた。確かに普通の令嬢ならそうかも。やはりまだ令嬢修行が足りないようだ。失神する練習とかもしておこう。


 キチキチと揺れる大百足の馬車から降りたのは、領都ストルファの市が立ち並ぶ商業区だ。夕方で人がごった返しているので、商業区行はここが終点。

 5人で歩きながら市や店の様子を眺める。沢山のお店が開いていて、祭りのように人が溢れている。油断すると人にぶつかりそうだ。

 チラチラと私達を見る人がいるのは、私達が第3の制服を着たままだからだろう。従騎士の若草色の制服が5人。そうそう、ティモシーとデリックも今年、従騎士昇格試験に合格したんだ。まだ正騎士じゃないけれど、第3は人気があって憧れている市民は多い。


 デリックお勧めのお店は、いかにも大衆食堂と言った風情だ。店内には20席くらいのテーブル席と、10席ちょっとのカウンターがある。店内は既に満席だったので、空いていたテラス席に腰を落ち着けた。テーブルには木の板が置いてあって、それにメニューが書いてある。私は五面鳥の煮込みと、有翼豚のステーキと、サラダと日替わりスープを頼んだ。みんなもそれぞれ注文する。

 注文が終わると、「そういえば」とティモシーが話しかけてきた。


「もう社交シーズンだよな。家族は皇都か?」

「そうね。それに、トバイアスお兄様は領地に引っ越してしまわれるし、ソフィアとルサルカお姉様は今年から皇都の学園に通うから、寂しくなるわ」


 トバイアスお兄様は、昨日試験の結果がわかって、見事合格だった。昨日は残っていた家族でお兄様のお祝いをしたんだけど、その場で領主代行だったギデオンお兄様から、トバイアスお兄様に爵位と領地を与えると言う話が出た。

 トバイアスお兄様には、ユージェニー様の元夫が治めていた領地を与えられることになって、今年からエボニー男爵となる。多分今頃父に通知が届いている途中だろうから、近い内に父から正式に叙爵されてお引越しということになるだろう。だから、トバイアスお兄様は第2も退団することになる。そして、トバイアスお兄様が独立したので、晴れて父とユージェニー様が結婚の運びとなるそうだ! 結婚式は流石にしないそうだけど、社交シーズンが終わったら身内だけのパーティをするらしい。楽しみ!



「ていうか、学園てなに?」


 ニーナ先輩が質問した。あれれ、知らないのか。


「今年から開設された教育機関ですわ。今のところ皇都に一校だけのようです。貴族の子女と、様々な分野の学者などが集められて、子女を教育するところですわ」

「へぇーっ。皇都じゃ通うわけにもいかないね」

「そうなのです。しかも学園は3年間通うことになるので、休暇の季節以外、ルサルカお姉様とソフィアはずっと皇都ですわ」

「そりゃ寂しいね」


 現時点では貴族だけの学校だから、自由市民や平民が知らないのも当たり前か。今年開設したばかりだし。皇都に行く前に、父から私にもその話はあった。15歳以上の貴族の子女は出来るだけ通わせるようにという通達だったらしい。

 でも私は騎士団の仕事があるし、他にも若くして領地を継いだから行けないという子弟もいるだろうから、勿論行かないと答えた。普段なら父は私に対して放置気味なので、今回も「そうか」で済ませてくれると思ったけれど、意外と粘られた。何故かというと、同級生に皇子がいるからだ。どうやら学園は婚活の場でもあるらしい。父には悪いが、私は昇格試験の勉強も忙しかったし、婚活どころじゃなかった。父も粘ったけど私も粘って、粘り勝ちした。というか、「どうしてもと仰るなら、力づくでどうぞ」と言ったら諦めた。うん、脅した。ごめん父。


 しばらく話していると、料理が運ばれてきた。良い匂い。美味しそうだ。


「んんっ、美味しいですわ!」

「口に合ったみたいで良かった」


 有翼豚のステーキが、口の中でじゅわっと肉汁を溢れさせる。これはきっと背中の肉ね。有翼豚は羽の付け根の赤身と手羽先が美味しいのよ。

 魔の森産の魔物の肉は、基本的にはこの辺りでしか流通しないから、皇都じゃ中々レアらしい。皇都ではお金持ちしか食べられない物を、ここでは平民も普通に食べることが出来る。この領地ならではの贅沢よね。その代わり海鮮は手に入らないから、海に近い町は海鮮について、私と同じことを思っているのだろう。


 不合格だったことを思い出すと、やっぱり悔しくて仕方がなかったけれど、みんなとご飯を食べながらおしゃべりするのは楽しかった。こうして街に出てきて遊ぶのも初めてで、いい気分転換になった。量は全然足りないから、家に帰ってからも食べるけど。

 ちなみに家に帰ったら、合格すると思ってご馳走を用意してくれていたらしい。ギデオンお兄様とトーマスとトバイアスお兄様に慰められながら、複雑な気分でご馳走も食べた。カニがとても美味しかった。甲殻類最高。

 



 そうして過ごして、3月。父から手紙が来た。珍しいと思いつつ開封すると、至急皇都に来いとのこと。なにやら重大なお話があるらしい。なんだろうと思いつつ、数日騎士団に休暇の申請をして、皇都に向かった。

 

 皇都までは馬車で2日。だけど朝早く出発して、ちょっと飛ばして夕方に着いた。至急という話だし、早い方が良いと思った。私が着くのが予想より早かったみたいで、父たちは少し驚いていた。

 とりあえず、この日は休むことになった。一日中馬車に揺られて私も疲れたし、お腹も空いていたので私は構わない。


 そして翌日、呼ばれると何故か客室に通された。客室にいたのは、父と奥様、ユージェニー様、ルサルカお姉様と、大人になったイザイア様だった。

 イザイア様の優しそうなグレーな瞳は変わりなさそう。相変わらず線は細めだけど、身長が伸びて顔立ちも男らしくなっている。


「イザイア様!」


 私は嬉しくなって、危うく駆け寄りそうになるのを堪えた。だけど堪えきれなかった満面の笑顔で挨拶をしたけれど、イザイア様はどこか遠慮がちに「久しぶりだね」と返しただけだった。

 想定外の反応に首を捻っていると、奥様に座るように言われたので、ソファに腰かけた。


 そして、奥様が口を開いて、奥様から伝えられた話に、私は一瞬頭が真っ白になった。





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