2-42 14歳
話の順番を間違えて投稿していました。申し訳ありません。
この話の前に、前年の話をもう一話挟んであります。
さくっと従騎士に昇格した私だけど、現在猛勉強中だ。何故かというと、ザック様が今度は面白半分で正騎士昇格試験の受験を持ちだしてきて、私がそれに乗ったからだ。
ザック様達は記念受験のノリで言っているようだが、合格すれば史上最年少騎士を輩出したとして第3にも箔が付く。
それに、さっさと出世してしまいそうなイザイア様に、私も少しでも追いつかなければならなかった。今のままでは世間的には「訳アリで騎士団に入った令嬢」だと思われる。史上最年少騎士くらいにならないと、世間からは認めてもらえない。だから思い切って受験することにしたのだ。
ただ、欲を言えばもっと早く打診してほしかった。期限まで後3カ月しかない。おかげで寝る間も惜しんで勉強している。本来5年かけて学ぶことを3カ月で詰め込むのだ。かなり無理はしている。
でも、少しくらい無理をしなきゃ。ついにイザイア様が伯爵になった。自分の実力だけで、そこまで上り詰めたのだ。私との婚約に問題ない地位まで、自力で手に入れた。だから私も、正騎士という手土産を用意しておきたいのだ。
しかしながら、私の頭は至って普通の出来だ。スキルがあるので、ちょっとはマシな方かもしれないけれど、それでも5年分を3カ月で出来るような頭はない。それを可能にしたのが、樹里と共同開発したスーパー記憶術。
ある時気づいたんだけど、樹里は私に何か説明する時、頭の中に図やイラストを表示して説明してくれる時がある。私もこの世界の事を樹里に説明する時に真似してみたけど、上手くできなかった。
(どうして樹里はそんなことが出来るの?)
(そりゃ、簡単には出来ないわよ。これは映像記憶つって、訓練しないと身につかない。でも、訓練すれば誰でも出来るようになる。あんまり知られてないけどね)
(え!? じゃぁ私にもできるかな!?)
(スキル活用すれば出来るっしょ)
というわけで、樹里と模索しながらやってみた。右脳は感覚とかそういうものをつかさどり、左脳は論理的思考を司る。一般的には勉強で使うのは左脳で、考え事をしてそれを覚えるのは左脳。だけど、記憶領域は左脳より右脳の方が圧倒的に大きい。だから、「青い帽子を被ったカーキ色のワンピースを着た女性と、赤い頭巾を被って白いブラウスに茶色のスカートをはいた女性と、ベージュの帽子に水色のブラウスと紺色のスカートをはいた女性が、遠くに市街を臨む畑で、落ちた麦穂を拾っている午後の風景」という文章は中々覚えられなくても、「落穂拾いの絵」ならすぐに頭に浮かぶわけだ。
だから右脳の脳神経を強化改造する。どうせだから左脳と海馬も。ついでとばかりに、身体の機能を司る大脳辺縁系も強化改造する。結局全体のグリア細胞を増加させた。
そして樹里に言われた通りに映像記憶の訓練をする。最初の内は、とにかく反復して記憶する。気をつけなければならないのは、その図画の文字に集中してはいけないこと。ここで文字に意識がいくと、途端に右脳から左脳にスイッチが切り替わるから、ここでミスしたらアウト。絵や風景を見るように、ぼうっと眺める。そうすることで文字を絵の一部として記憶する。
意識してこれをやるのは中々難しかったけど、何度も何度もめげずにやっていたら、私にもできた! 貴族年鑑の紋章リストを全部覚え、そのページを丸々思いだせる。すごい!
(やったぁ!)
(これでアンタも秀才の仲間入りね。後は勉強頑張れば、どうにかなるでしょ)
(うん! 樹里ありがとう!)
今まで義務感で頑張っていた勉強だけど、こうも出来るようになると、覚えられるのが面白くて、勉強が楽しくて仕方がない。世の中の頭がいい人達って、多分勉強する時こういう気持ちなんだなって思った。
残すところあと3カ月。5年分の山積みになったテキストを前に、私は心のハチマキを締める。
(よし!)
(頑張れー。あ、忘れてたけど、左脳領域の特訓もやるか。論理的思考を鍛えるための勉強法ってのがあって……)
(まだあるの!?)
せっかく入れた気合が霧散したけれども、そっちも教えてもらった。頭の中に図が浮かび上がる。線と線で文字が繋がれている。アルコール依存症になった人が、どのようにして病に冒されたのか。心理的要因、社会的要因、身体的要因、その過程。そしてその後起きるであろう出来事と、それに対する対策がフローチャートになっている。
(昔学校で習ったんだけど、関連図っていうの。「それ」が起きたことに、どのような原因があって、過程があって、そしてどのような結果をもたらし、その後どうなるか。色んな視点から突き詰めて考えて図式化するの。普段からこれ考えるのはしんどいし難しいけど、これを簡略化したのがSOAPっていう計画立案法で、S:主観的情報つまりアル中患者の発言とかアンタの見た印象、暴れて暴言吐いてるとかね。O:客観的情報例えば断酒中とか。A:分析で断酒中のアル中患者に何が起きているか考えて、P:計画で根気強く傾聴するとか精神安定薬を処方とかの対策を考えるってわけ。これを日常的にやってたら、すぐ身につく。つーか、聖女やってるなら身についてるはずだから、これを勉強や日常でも使えばいい。特に数学なんて論理の極致よ。公式暗記するだけじゃなくて、何故その公式を用いるのかとかも考えてみるといい。歴史や政治なんかも、その時の社会的な背景とか、貴族たちの人間関係や感情、損得とかも考えてみたら、どうしてその政策が生まれて、戦争が起きたのかとかもストーリーとして覚えられる。ちなみにこれはエピソード記憶って言う)
(なるほど。こいうのって勉強にも使えるんだ)
(馬鹿と鋏は使いようって言うでしょ。人間関係、仕事、勉強で、それぞれ別の技術を使い分ける必要もなければ、一つの技術に固執する必要もない。身につけた技術を、どこにでも応用できるようになればいい)
簡単そうに言うけど、それ絶対難しいやつ。でも多分、要領のいい人って、そういうのがナチュラルにわかってる人なんだと思う。樹里は要領がいいタイプとは思えないから、多分樹里も意識して訓練したんだろう。
(あとはねー)
(まだあるの!?)
(あるわよ。あたしは勉強するために勉強法を勉強してから勉強するタイプだったから)
(勉強がゲシュタルト崩壊しそう!)
(あのねー、いきなり木材用意して釘打っても、家が建つわけないでしょ。建築の仕方を学ばなきゃ家は建てられない。そういうことよ)
(うぅ……、わかったよぅ)
方法を知らなきゃ、望んだ結果は出ないってことか。確かに勉強の仕方を知っていた方が、勉強効率はいいよね。理解はできるけど樹里がスパルタだよぅ。うぅ。
こうして私は勉強漬けの日々を送っている。余談だが、奥様が皇都のタウンハウスに行っている時期には、別の家庭教師が付けられる。マナーなんかはザナス夫人。勉強は父の従士の一人であるロイド先生。ザナス夫人は奥様の知り合いの方で、伯爵家の奥様。息子さん達も既に大人なので、暇を持て余していたらしい。ロイド先生はホワイト家の親戚筋の方で、学者さんだそうだ。この2人で奥様からの勉強分はカバーしている。
でも正騎士昇格試験は、これに加えて騎士としての勉強が必要になってくる。各種武器、戦術、戦略、情報、兵站、指揮運用の基礎、衛生とか諸々。これが第4だと建築とか魔道具整備とかもあるんだって。ひえぇ。
こっちの勉強は主に祖父に教えてもらっている。元副団長だしね。時間があるときには、トバイアスお兄様とギデオンお兄様にも付き合ってもらっている。なんならトバイアスお兄様と一緒に祖父に教えてもらってる。祖父によると、騎士になってからも中級、上級、幹部と昇格試験があるらしい。ひえぇ。
「じゃぁ、ダルハンショットについて説明しろ」
「えっと、ダルハン首長国で生まれた射法で、弓騎馬兵の離脱戦法。最前線に出た弓騎馬兵が、後ろ向きに矢を撃ってから後退する戦闘法ですわ」
「風の民ダルハンの兵は、騎馬民族で弓の扱いに優れている。だから馬の機動力を利用して、常に距離を取って射撃しながら後退することで、敵の前線には大いに被害が出る」
「正解だ。そのダルハンショットが生み出された、パルタ平原の戦いでは――」
今日も今日とてお勉強。祖父の説明を聞きながら質問したりして、私もトバイアスお兄様も真剣だ。トバイアスお兄様は、来年で20歳。私と同じ時期に正騎士昇格試験を受ける。それに合格したら、父から爵位をもらって、前に言っていた恋人を迎えに行く。だから私以上に真剣で、もはや目が血走っている。
「絶対合格するぞ!」
「はいっ!」
勉強は大変だけど、トバイアスお兄様と二人、鼻息荒く気合を入れたのだった。




