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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-41 パルタ平原


 前年のコバルト戦役では、敵をうっかり全滅させてしまったイザイアだが、今回はそうならないように考えていた。


「イザイア、頼むから殺すな」

「わかってますよ、殿下」


 帝国西部、魔の森北部にあり、風の国ダルハン首長国、斎の国アシハラ国と国境を接する皇族直轄領。ダルハン首長国の国境沿いにあるパルタ平原にて、再度陣営が敷かれている。この戦いにおいて、自らも指揮官として出陣したのが、ジョナサン・スカーレット・アズメラ第2皇子である。

 皇族特有の漆黒の髪に漆黒の瞳。大地の色、地神アズメラの血脈の色と呼ばれるその色を身に纏う第2皇子は、イザイアにとって主であり友人でもある。気安い第2皇子に、イザイアは微笑みを返した。


 かたや第2皇子ジョナサンは、内心でハラハラと落ち着かなかった。というのも、前回のようなことをされると大変困るからだ。


 前回のコバルト戦役で、勝てたのは勿論良かった。そして今年になってようやく停戦に漕ぎつけられた。これもとても良かった。

 しかし、奴隷を得そこなったおかげで、戦費だけがかかった。これには本当にガッカリした。どちらかというと軍閥に強い第2皇子は、ガッツリ政治畑の第1皇子に文句を言われた。自分がやったわけではないし、コバルト戦役での指揮を執っていたのも自分ではないが、イザイアが自分の部下だから自分に文句が来る。そして兄の文句は正論なので反論できない。

 下手に自分が失敗して、兄に負担をかけたり叱られるようなことをすると、兄弟仲が悪いと思われて後継者争いの派閥抗争が激化しかねない。それに、ダルハン首長国との戦いで、無闇矢鱈にあちらに被害を出されると、後年に禍根を残す大問題になる。

 ダルハン首長国との戦争、イザイアの暴走、後継者争い。第2皇子は悩み事が多すぎて頭を抱えたくなる。こんな時はつくづく皇族に生まれたのが嫌になった。しかし自分の身の上を嘆いてばかりもいられない。気持ちを切り替えた第2皇子は、戦場を見渡した。


 布陣する自陣の向こう側に集う戦力。ダルハン首長国の騎馬兵たち。ダルハン首長国は、アズメラ帝国などから見れば国としての体を為していない国だ。明確な国王はおらず、各部族の部族長たちが持ち回りで首長を名乗る。そして現在の首長は、西方の大島にある妖精女王が治める妖精の国から出奔したエルフ。風の精霊に愛された一族とされる風のエルフの族長が首長に就いている。ダルハン首長国の起源はそもそも、この風のエルフの一族によるものとされている。彼らはダルハン首長国の支配に重きを置いてはいないが、それでもダルハン首長国の精神的支柱であり、そして驚異的な戦闘力を誇る一族でもある。だからこちらもイザイアという規格外の魔術師を引っ張り出すしかなかった。


 時々入れ替わる首長の主張によって、こちらに攻めてくることはあるのだが、首長によっては穏健派だったりアズメラ帝国に興味がなかったりと、いまいちわからない国ではある。

 だが、風のエルフは違う。アズメラ帝国に恨みを持っている。


 そもそもエルフという種族は、人の鏡と言われている。誠実に接すれば誠実に返してくれるが、騙そうとすれば騙される。殺そうとすれば殺される。アズメラ帝国では聖者となっている事が多いエルフだが、昔親切にしてくれた老婆が病気になったなら無償で全快させるという親切を施すのに、悪人にはどれほど金を積まれても治療を断って見捨てる。そういう極端な種族で「エルフに倣え(エルフに嫌われた人に近寄ってはいけない)」という諺まで生まれるくらいだ。


 そのエルフに恨まれているのは、数代前の愚かな皇帝のせいだ。それまでは時々蛮族化した種族が近隣で略奪をする程度のもので、敵国というほどではなかった。しかし時の皇帝が、北部は雪深いが中南部以南は肥沃な草原が広がるダルハン首長国の土地を欲して、ついでにエルフの奴隷は高値で売れるため、ダルハン首長国に攻め入った。これで完全に恨みを買ったのだ。そして、その戦争でアズメラ帝国は大敗を喫した。


 ダルハン首長国は強かった。国としてならアズメラ帝国やドルストフ帝国の足元にも及ばない。しかし、ダルハンのエルフたちは風の精霊に愛されている。矢の一本一本にまで風魔法を纏わせ、その射程と貫通力は常識を超えた。白兵戦にしても全身に風魔法を纏い、風の推進力で恐るべきスピードと力を発揮する。そしてその技術を他部族にも教示し、鍛えられた風の騎馬民族は、数こそ少ないが間違いなく大陸最強の戦闘種族だった。

 幸運だったのは、風のエルフたちが覇道に興味がないことだ。彼らが本気を出していたら、とっくにアズメラ帝国は滅亡していただろう。

 つまり、今回の戦争も、これまでの戦争も、ただの嫌がらせだ。今回はかつてのようにドルストフ帝国とタイミングを合わせていないだけ、まだマシだ。


(いつか、許しを得ることが出来るんだろうか)


 愚帝以降、幾度となく使者を送って謝罪した。その度に使者は切り捨てられ死者になる。エルフは長い時を生きる。人が1カ月で忘れる怒りを1年抱える。領土を奪い取ろうとし、奴隷にしようとした、彼らの尊厳を踏みにじろうとした。その怒りは人間だって長年思い煩うだろう。50年、100年、200年。長い時を経ても、まだ彼らは許してはくれない。

 許しを乞いたいからこそ、ダルハンの兵士をむやみに殺されては困るのだ。


「本当に頼むぞ、イザイア」

「もう、わかってますって。任せてください。打ち合わせ通り、この戦争は無血で終結させます」

「出来るか?」


 真剣に問う第2皇子に、イザイアはいつも通りににこやかに頷く。

 いつも通りなのが、かえって第2皇子にを不安にさせたが、小さく溜息で誤魔化した。


「わかった」

「はい、お任せを」


 続けてイザイアが微笑みながら言った。


「ちゃんとわかってますから。殿下が成したいことを成すために、僕が傍にいるんですから」


 その言葉に、短く「あぁ」と返事をした第2皇子は、真剣な眼差しで戦場を見渡した。見える範囲にあるダルハンの兵は約3000。対するこちらは僅かに100名。とてもではないが、大陸最強の戦士達と渡り合える兵力ではない。そもそも、第2皇子の目的は戦勝などではない。

 こういったことには本当は第1皇子の方が向いているのだが、次期皇太子である第1皇子を、こんな危険なところにやるわけにはいかないので、自分で立候補したのだ。


「イザイア、やれ」

「はい」


 進撃してくるダルハン兵が目前まで迫る。目標地点に差し掛かった時、イザイアの魔法が発動して、広範囲に白煙が拡散した。そしてあらかじめ配してあった魔術陣から魔術光が立ち上り、一帯を巨大な結界が覆った。

 結界の中は白煙に満ちている。こちらからは中がどうなっているのか確認できない。同行しているエルフの魔術師が、風の精霊が騒いで結界に体当たりしているという。それは人間である彼らには確認できないのだが、そろそろ頃合いだろう。

 結界を解くと、自然の風に白煙が流されていく。一部自力で風を起こして白煙を払った様子も見受けられる。それでも、白煙が晴れた先では、ほとんどの兵士が地面へと倒れ伏していた。


 第2皇子を先頭にして、イザイアと侍従を従えて100騎の騎士が進む。ダルハン兵から矢が飛んでくるかもしれないし、魔法が飛んでくるかもしれない。そのことに恐怖を感じて引き返したくなるが、それでも魔法障壁も張らずに馬の歩みを進める。

 倒れている馬やダルハン兵を踏みつけないように、第2皇子とイザイアと侍従の3名のみで先に進む。残りの100名はその場に待機させた。


 白煙は綺麗に晴れている。青空の荒野で、かぽかぽと馬を進めた先には、長髪の深緑色の髪に、深緑色の瞳をした、この世のものとは思えない美丈夫がいた。周りには数名のエルフが警戒して弓を構えている。

 近くまで来て、馬を降りる。そして丁寧に礼を取った。


「ダルハン首長国首長、ドルジ・カーン・アルスラン首長とお見受けいたします。私はアズメラ帝国皇太子が第2皇子、ジョナサン・スカーレット・アズメラと申します。この度、和平の使者として、こちらに参った次第です。どうか、お時間を頂きたく存じます」


 頭を下げながらも、緊張は最高潮だった。このまま首を斬り落とされるかもしれない。恐怖で震えそうになる体に、必死に力を入れて堪える。頭を下げているから、相手の様子がわからない事も、より不安を煽った。



 対して、深緑色の色彩を持つ男、風のエルフ族長でありダルハン首長国の首長であるドルジは、全ての兵を無力化し、この場に立つ少年を見て、その整った口角を上げた。


「見事なり。話を聞こう」


 その返事に思わず顔を上げた第2皇子に、ドルジ首長は皮肉げに笑っている。 


「何を驚いている? お前が頼んだのだろう?」

「失礼をいたしました。応じていただきましたこと、深く感謝いたします」

「話し合いくらいはしてやるが、結果は保証せんぞ」

「勿論でございます」


 なんだかんだ意地悪は言われたが、結果としてドルジ首長はアズメラ帝国を許すと宣言してくれた。

 それまで風のエルフ達が嫌がらせを辞めなかったのは、許しを乞う割に攻めると反撃するし奴隷として連れて行くからだ。アズメラ帝国側としては、攻められたらそうせざるを得なかったのだが、風のエルフ達はそれが許せなかったのだ。

 だから今回、イザイアの魔術で施したのは、広範囲結界と睡眠魔術だ。結界の中に閉じ込められた兵たちは、ただ眠っていただけ。すぐに異常に気付いた者たちは風魔法で防御したようだが、大半の兵と馬はその場で眠りこけてしまったのである。勿論その過程で馬から落ちたりして怪我をした者はいたが、攻撃によって負傷した者は一人としていなかった。そのことが、ドルジ首長の心証を良くしたのだ。


 相互不可侵条約を結び、国交の為の道の整備、アズメラ帝国からの賠償金を支払うことで、対ダルハン首長国との長年にわたる戦争は終結した。




「ジョナサン殿下、お帰りなさいませ。この度はおめでとうございます」

「本気で死ぬかと思ったが、結果には満足している」

「お疲れ様でございました」


 第2皇子が帰還した数日後、皇城を訪れた婚約者ニコールが労ってくれた。彼女もイザイア同様、目的の協力者だ。将来妻となる相手だし、何を置いても信頼している。


「また一つ、フラグが折れましたわね」

「あぁ。かといって、情勢に不安が残る。下から突き上げを食らってるコバルト侯爵が、完全に開戦派を名乗ったら面倒なことになる」

「コバルト侯爵閣下は、領民思いの方ですものね……。それゆえに和平と戦争の板挟みになるのは、気の毒ですわ」


 コバルト侯爵は、領民を想うがゆえに和平を結んだ方が良いと考えている。しかし、積年の恨みを持つ領民や他の貴族たちは、ドルストフ帝国を許すなと開戦を訴える。今はどっちつかずだが、その内コバルト侯爵が折れてしまったら、北部一帯が開戦派となり、勝手に戦争を吹っ掛けるリスクすらある。


「開戦派貴族と領民をどうにかしなければならないが……」

「家族を殺された恨みは、そう簡単には晴れませんわ」

「そうだよな……。あー、俺の頭ではわからん。後日兄上に相談する」

「そうですわね。そういたしましょう。殿下、こちら美味しいですわよ。はい、アーン」

「あーん。美味い」


 悩んでも思いつかなかった二人は、結局庭園でお茶を飲んで、いつも通りイチャイチャすることにした。



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