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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-39 ある騎士の追憶

ライアンのサイドストーリー

 やや長めのオレンジ色の髪。斜に構えたような、生意気そうな空色の瞳。顔は整っているが、姿から想像した通りの気だるそうな態度。隙あらば仕事をサボり、女性小姓を口説いてヘラヘラしてた。

 同期で同じ班になった相棒は、そんなどうしようもない奴だった。こんな奴が俺の相棒かよ……と、初日から途方に暮れたのを覚えている。


 アイツはとにかく勤務態度が悪かった。返事は適当、すぐにどこかに消える。女を見かければ即ナンパ。叱責されてもヘラヘラして適当にやり過ごす。

 なのに要領はいいもんだから、最低限の事はやっていた。やれば出来るのにやらないし、控えめに言ってクソ野郎。

 今だから言うが、当初俺はアイツの事が大嫌いだった。


 ある時、俺はアイツと大喧嘩した。いつもの「真面目にやれ」から始まって、エスカレートして取っ組み合いの殴り合いになった。もちろん2人して罰則をくらい、先輩達にここぞとばかりに扱かれた。

 だからまた喧嘩した。「お前のせいで俺までとばっちりだ」と言ったら、巻き添え食うのが嫌なら関わるなと言われた。確かにそうだけど、そういう訳にもいかないだろ。なんでそれがわからないんだって、また喧嘩して、更に罰が増えた。


 そこから俺は可能な限りアイツを無視してた。一応仕事に支障を来さない程度の話はするけど、雑談なんか全くしなかった。

 少なくとも真面目に働いてる連中は、俺がアイツを無視してても特に何も言わなかった。俺が無視し始めると、元々浮いていたアイツは、一層浮いた。それでも本人は飄々としてたけど、上司にでも言われたのか、俺に謝ってきた。


「正直そんなに悪いとは思ってないけど、別に僕は君が嫌いなわけじゃないから」


 毛ほども反省の色は見えなかったけど、無視されて実は所在がなかったのかなと思ったから、謝罪を受け入れた。

 嫌いなわけじゃないから、の続きをアイツは言わなかったけど、ちょっとだけ悲しそうな目をしてたから、無視するのはやめた。


「お詫びに奢るよ」

「いや、いいよ」

「遠慮しないでよ。僕も行きたいし」


 結局のところ用事に付き合って欲しいだけかよ。まぁ、奢ってくれるんならいいかと思って、付き合うことにした。

 街に出て目的地を尋ねると、想定外の返事が来た。


「貴族御用達の娼館に行きたいんだけど、場所知らないんだよね。君ってストルファ出身だろ?案内よろしく」


 よろしくと言われても。


「は?」

「だって、騎士団内で面倒起こすなって言われたし、貴族令嬢に手を出してまた問題になるのもね」

「またってお前…」

「あ、失言。忘れて」


 さらりと言って笑顔で誤魔化してるが、コイツ本当にクソ。既に帰りたくなってきた。


「君って童貞?女の子に興味無いの?」

「いや、無いわけじゃないけど」


 あるなしで言ったら、勿論ある。そういうお年頃だし、めちゃくちゃある。でも今はそーゆー事じゃない。


「大丈夫だよ。貴族御用達の娼館は、女の子も元貴族の奴隷やその血筋だし、ちゃんと躾られてるし、避妊薬とか病気の予防薬とかのサービスも充実してるから。貴族は基本、御用達以外は避けた方がいいけど、平民がその店に行っちゃいけないわけじゃないし。割高だけど、その分クオリティは高いよ」


 何故そんなに詳しいんだという愚問は飲み込む。絶対コイツ年齢詐称か、兄貴のふりして遊んでたな。すげぇクソ。


「あぁ、そう」

「奢るから君は楽しめばいいよ」


 お前の楽しみに俺を巻き込んでるだけだろ。色々反論は浮かんだけど、結局は言いくるめられた。俺の理性は好奇心に負けた。


 なんだか後ろめたさと羞恥心を感じながら店から出ると、アイツが待っていて、人の悪そうな顔をしてニヤリと笑った。


「これで君も共犯だから」


 コイツはマジでクソ。好奇心に猫を殺された。



 それから何だかんだと、幾度となくアイツの娼館通いに付き合った。ちょくちょく来る若い2人組は目立つらしく、目当ての娼館以外の、奴隷じゃない娼婦達からも頻繁に声を掛けられる。


「ねぇ、ライアン?たまにはアタシとも遊んでぇ?」

「あっ!ずるぅい。あたしもぉ」

「もちろんだよ。甘えちゃって可愛いなぁ。でも、今日は先約があるから、今度ね」


 来る度に女に群がられてるアイツを見る度に、軽く引きつつも、少し羨ましかったのは秘密だ。

 アイツは凄まじくモテた。顔がいいのもあるんだろうけど、物腰が優しいし、女を甘やかすし、訪れる時には必ずお土産持参でマメだった。そのマメさをもう少し仕事で発揮できないのか。

 コイツのモテっぷりには時々感心すらした。1番すごいと思ったのは、火をつけるのも上手いが、それ以上に火を消すのも上手い事だ。ただのクソではなく、すごいクソだった。


 いつもお土産を買う菓子屋の娘にも、新作の味見をさせてもらったと思ったら、「美味しいね、ありがとう。俺の事も味見してみる?」とか言って、娘が顔真っ赤にしてたから、なんかいたたまれなかった。


「お前、そんなセリフどこで仕入れてくんの?」

「あはは、どこかに売ってたら君にも買ってあげるよ。君はちょっと無口すぎるよ。女の子は言葉に愛を感じるんだから、もっと喋ればいいのに」

「余計なお世話」


 コイツみたいに口説き文句ベラベラ垂れ流すなんて、俺の柄じゃないし、仮に柄でも俺にはハードルが高い。


 そんな俺でもやがて結婚して子どもも生まれた。当然恋人ができた時点で、娼館通いには付き合わなくなった。


「バレなきゃいい話だろ?」


 と、アイツはやはりクソだったが、引き下がってくれた。その代わりにウチに押しかけることが増えた。


「ライアン様は結婚しないんですか?」


 何度も聞かれているであろう質問を妻がした。俺は妻の尻に敷かれているので、助け舟は出せない。


「しないよ。俺は生涯独身を貫くからね」

「どうしてですか?」

「向いてないから」


 妻は不思議そうだが、俺もコイツの意見には同意だ。どうせ結婚したところで、浮気を繰り返すのは目に見えている。

 結婚しないのは、自分でそれを分かってるからだろうし、無闇に被害者を出さない為なんだろうな。コイツはクソだが女には優しいから、全ての女を平等に愛でてる。誰かを特別扱いして、不幸にはしない。まぁ、無責任に結婚する奴よりはマシな程度だけど。


 そんな事を周りは知らないから、縁談を持ってきたり、結婚の良さを語ったり、とにかく結婚を勧められてアイツはうんざりしてた。

 さすがに30を過ぎた頃には、アイツの家族や周りも諦めたようで、「やっと周りが静かになった」と、アイツはヘラヘラ笑ってた。


 俺たちが36になった年、1人の女の子が入団してきた。なんか前評判だけでも、とんでもないホープらしい。伝説の赤髪の剣鬼の秘蔵っ子だと。


 俺もアイツも興味津々で、その子を観察してたんだけど、俺達は度肝を抜かれた。ちょっとこの辺りじゃ見られない美少女だった。ほんのりと赤みがかった金髪は雰囲気を柔らかくして、紫の大きな瞳は少し垂れ目で儚げにも見えるのに、彼女の身体能力は、まさに剣鬼の再来。


「とんでもねぇ子が入ってきたな!」


 と、興奮する俺の隣で、アイツは頭を抱えてた。いずれは幹部候補ってことで、俺もアイツも今年から新人教育する羽目になったんだが、その新人が問題児らしい。

 ちなみに俺の所は素直な平民3人組なのでやりやすくて助かる。


「なんだよ。お前も昔は問題児だったろ?その経験を活かせよ」

「うるさい。黒歴史なんだから言わないで」


 大笑いする俺に、アイツは恨みがましそうにしていた。因果応報だよ、バーカ。


 だがその問題児達も、あの女の子が解決に導いてくれたらしい。リーダーとしても頑張ってくれたようで、他の小姓やアイツにも根回しした上で、裏で問題児に何か釘を刺したらしい。

 その過程で問題児が女の子を殴るという事件が起きて、流石のアイツも慌ててたけど、問題児が落ち着いてからは、アイツは女の子の事をめちゃくちゃ気に入っていた。


「シヴィルちゃん、これあげる」

「まぁ、よろしいのですか?」

「うん。シヴィルちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから、プレゼントし甲斐があるよ」

「いつもありがとうございます」


 アイツは昔は女に土産を渡してたのに、最近では完全に親戚か近所のおじさんと化していた。


「あー、シヴィルちゃんみたいな姪っ子がいたら、無茶苦茶可愛がるのになぁ。実は俺って、父性の人だったのか!」

「何が父性だ。お前が順当に結婚していれば、シヴィルくらいの子どもがいたはずだろ」

「それを言うな。だいたい俺は可愛がりたいだけで、責任は負いたくないんだ」


 徹頭徹尾コイツはクソ。父性とかよく言えたよマジで。まぁでも、自分が無責任なのを自覚してるだけマシなのか?


 でも、そんな事言ってたから、バチが当たったんだよお前。可愛がるだけ可愛がって、勝手に助けに行って、勝手に死んで。

 お前が無責任に死ぬから、あの子すげぇ落ち込んでるんだぞ。最後まで責任持てよ。そんなだから、最後の最後で女を泣かせるんだ。


 全く、お前はバカだよ。本当にどうしようもないクソだった。女のために死ぬとか、お前らしいっちゃらしいけど。

 お前は本当に無責任な奴だ。人を惹きつけておいて、置き去りにしやがって。俺らを置いて、勝手に死んでんじゃねぇよ。だからお前はクソなんだ。


 あぁ、くそ、畜生っ……。


 ライアン、もう、お前のクソみたいな話は、二度と聞けないのか。いつも聞きたくないと思ってたけど、それを寂しく思う日がこんなに早く来るなんて思ってなかった。

 お前がウチに勝手においてった、お前専用のグラスとかどうしたらいいんだよ。お前専用の席は、ずっと空席のままだ。お前が遊びに来ないのはなんでだって、不思議がってるウチの末っ子になんて説明すればいいんだ。

 全部俺に押し付けて勝手に消えやがる。お前のクソなところは昔から変わらない。

 


 でも、クソでもいいから、親友に生きていて欲しかった。



 どうせお前は神界でも、俺らが泣いてようがお構いなしで、女神ナンパしてるんだろうけど。

 死んでもなおクソだお前は。



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