2-38 ある聖者の考察
閑話 定期討伐に同行していた聖者の話
ホワイト辺境伯の令嬢である、シヴィル・ホワイト。聖女にして従騎士。私は彼女に、並みならぬ興味を抱いている。しかし、今日も逃げられてしまった。最初の接触に失敗したのが悔やまれる。
事の発端は、冬の定期討伐だ。私はその討伐に同行していた聖者の一人だった。
勿論彼女の事は以前から知っている。辺境伯の令嬢であり、騎士でもあった。それだけでも特異な聖女と呼べるが、彼女は治癒術師としても全く異端だった。治癒魔法やスキルと並行して、外科手術など医学的知識や技術の応用を提唱した。勿論、ある程度は応用していたが、それでも精々薬を使う程度のものだった。しかし彼女が提唱したのは、医学的見地に基づく病態生理から導かれる診断の技術、それに伴って必要な治療法で、はっきり言って治癒魔法なんてものはオマケだった。これまで私達は、息切れなら呼吸を整える薬を飲ませて魔法をかけるのが普通だと思っていたので、その息切れの原因が心不全によるもので心機能の回復をする必要があるなどと思いもしなかった。彼女にとっては、現在の聖女聖者の治療は、大層乱暴なものに見えることだろう。
そんな異端の聖女は、定期討伐で獅子奮迅の大活躍だった。どうやら騎士団でも一目置かれる存在のようである。周囲の騎士達から労ってもらうと、嬉しそうに笑っていた。騎士にそれとなく話を聞いてみると、彼女は今期の大型新人として注目されているらしい。聖女であることも、それに拍車をかけたようだ。確かに戦える聖女というのは、騎士団にとってはこの上なくありがたみがあるだろう。
しかし、討伐も終盤に差し掛かったころ、彼女は大怪我をして戻ってきた。いや、正直な話、私が最初に見た時は絶対に死んでいると思ったし、彼女を連れて戻った狩人達も期待はしていない様子だった。
元は真っ白だったはずの彼女の制服は、全身真っ赤に染め上げられていた。だらりと垂れ下がった手足はおかしな方向に折れ曲がっているし、胴体は折れた骨が内臓や皮膚を傷つけてぐちゃぐちゃだ。いかに聖者とはいえ、仮に彼女に息があっても、その息が続く間にこの損傷を修復することは出来ない。まさに、絶望的な状態だった。一緒に連れてこられた騎士も同様で、一応二人の服を裂いて診察してみたが、あまりの損傷に私ともう一人の聖者は途方に暮れた。騎士の方は、脈も息もなく、既にこと切れていた。彼女の方は辛うじて生きていたが、これもいつまでもつか。息のあるうちに、仲の良かった騎士達が見舞いできるように身を整えてやるべきかと、裂いた服を戻そうとした時、気づいた。
くち、くち、と彼女の体の中から音がした。最初はそれが何だかわからなかった。だから観察していたのだが、損傷していない部分の皮膚の下で、生き物が蠢くように内臓が動いている。やがて、飛び出していた骨が少しずつひとりでに戻っていく。
私には何が起きているのか、さっぱり理解できなかったが、とりあえず大慌てで治癒魔法をかけた。すると彼女の外傷は目に見えて回復の速度を上げた。
そして彼女は、3日という驚異的な速度で全快した。いくら何でも、こんなことはありえない。彼女の体の構造はどうなっているんだ?
高位の聖者は、自動回復というバフをかけることが可能だ。少しずつだが自動で回復する。それは良く知られたことであるのだが、気を失って死にかけている人間にはできない。普通に考えて当たり前だ。寝ている間に魔法を使えるわけがない。
だが、彼女はそれを現実に実施したのだ。だから、放っておいても勝手に修復したのだ。信じられないことだ。
彼女は普通の聖女じゃない。少なくとも、私の知っている治癒魔法使いやスキル使用者では、決してない。明らかにその枠から外れている。
きっと彼女のスキルに秘密があるのだ。治癒の上位互換と言われる再生だろうか? 話に聞いたことはあるが、再生スキル持ちなど見た事はない。是非見せて欲しい。
私が彼女に並みならぬ興味を抱くのも、聖者としては無理からぬことだった。30年、聖者として仕事に励んできた私は、ひょっとしたら飽いていたのかもしれない。斬新で鮮烈で異端な彼女に、話を聞いてみたかった。
だが、彼女を捕まえて直球でスキルの事を尋ねてしまったので、彼女に逃げられるようになってしまった。非常に残念だが、やはりスキルに秘密があるようだ。
「聖女シヴィル」
「まぁ、聖者イーサン。ごきげんよう」
今日も運よく彼女を見つけたので捕まえる。彼女はにこやかに挨拶を返してくれるが、恐らく逃げる隙を伺っている。
「美味しい菓子があるのだが、よかったらいかがか?」
「嬉しいですわ。ですが仕事柄、太ってしまうと困りますの」
「そうか……それは大変だ」
食べ物で釣ろうかと思ったが失敗した。後日、この様子を見ていた同僚から、「オッサンが子どもをかどわかそうとしているようにしかみえなかった。事案かと思った」と言われたので、もう二度とこの手は使わない。言われてみれば、飴ちゃんあげるからオジサンとおいで、の奴と全く同じ手口だった。断じて事案ではないが、危なかった。私が社会的に。
今日も彼女を捕まえる。いつもどおりにこやかに逃げ腰で挨拶してくれる。
「良かったら、以前貴女が言っていた解剖学というのを教えて欲しいのだが」
「勿論ですわ。これからステファニー達にその話をしようと思っておりましたの。よろしかったらご一緒にいかがですか?」
「いいのか!? ぜひお願いしたい!」
「ええ、どうぞ」
意外にアッサリ捕まえられた。なんだ、最初からこう言えば良かった。スキルの事を聞くにしても、普通自分の秘密をよく知らない人にペラペラ話したりはしない。彼女とそれなりに親交を深めてからでないと、聞いても逃げられるだけだ。
一先ずは彼女の講義を聞いてみよう。こちらも興味はあったのだが、異端すぎて少し敬遠していたのだ。ひょっとすると、彼女の医学の知識も、スキルになんらかの影響を与えているのかもしれないし、聞いて損はないだろう。
そうして私は周囲から「聖女シヴィルのストーカー」呼ばわりされることになったのだが、断じてストーカーではない。そういうあれではない。そこは大事だから間違えないで欲しい。
本当だ、信じて欲しい。だから、そんな目で見るのをやめてくれ。
彼は聖者イーサン・ディケンズ。聖女シヴィルの追っかけともストーカーとも呼ばれた彼は、のちにシヴィルを皇都まで追っかけていき、新たな治療技術を確立したとして、皇都で大聖者として大成する男である。




