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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-36 サフィナお義姉様のカウンセリング

 キナリー伯爵のおかげで、少しだけ復活できた。帰宅してから一度も顔を出さなかった私だが、気恥ずかしさがあったものの夕食の席に着いた。まだ食欲は湧かないけれど、生活も心もしっかり立て直さなければならない。

 久しぶりに食べた家のご飯は、相変わらず美味しかった。一口食べた後はパクパク食べ始める私を見て、ルサルカお姉様達もホッとしていた。

 そういえば、大事なことを忘れていた。私は奥様に声をかけた。


「奥様に謝罪しなければならないことがあります」

「なんでしょう?」

「討伐の折に、頂いた剣を破損してしまいました。申し訳ありません」


 長年使い続けて損耗していたのもあるだろうけれど、それを差し引いてもあの月光熊は硬かった。私の宝物だったから、本当に残念だ。


「気にすることはありません。あれは小剣でしたし、そろそろあなたの体に合ったものをと考えていた所でした。キナリー伯爵から譲っていただいたライアン様の形見を、大事になさい」

「はい。ありがとうございます」


 私にとってライアン様の剣は、意味を持つ大事なものだ。大切にしよう。

 私も大怪我をして消耗していたし、ご飯を沢山食べた。それに数日サボっていたので、体が大分鈍っている。翌日から訓練を再開した。

 相変わらず裏庭で訓練していたジャスティンとサフィナお義姉様に混ぜてもらって、祖父と激しく打ち合う。


 あの時もっと私が強ければ、ライアン様が死なずに済んだ。あの時、もっと深い裂傷を与えられていれば、月光熊は早い段階で倒せていたかもしれない。あの時、もっと早く動けていれば、更に傷を刻めたはず。あの時、一撃で左目から脳までさせていたら、離脱が遅れることもなかった。あの時、もっと有効な戦術を考えられていたら。


 返す返すも後悔ばかり。

 私はきっと、驕っていたんだ。改造という規格外のスキルを持って生まれて、治癒も強化も思いのまま。騎士小姓で私が抜きんでた存在なのは、確かな事実だ。けれど私は、私には何でもできるって思っていた。思い上がっていた。

 そんなはずはないのに。まだ子どもで経験も足りていないのに、狭い世界の中で傲慢になっていた。だからこんな後悔をする羽目になる。

 もっと強くならなきゃ。もっと経験を積まなきゃ。もっと勉強しなきゃ。私は優れたスキルを持っているというだけで、天才じゃない。ちょっと運がいいだけの凡人だ。私は特別な存在なんかじゃない。特別な存在になりたいなら、今のままじゃダメなんだ。


 憑りつかれた様に訓練する私に、サフィナお義姉様が目を細めていた。


「休憩しましょう」


 サフィナお義姉様の声で、木剣を降ろす。少し離れたところにいた母が、4人分のお茶を用意してくれた。そのまま飲めるように水筒に入れてもらっている。裏庭の花壇の前のベンチに座って飲んでいると、隣にサフィナお義姉様が腰かけた。


「聞いたわ。辛かったわね」


 サフィナお義姉様も、私が落ち込んでいた理由を知っているようだった。俯くと、サフィナお義姉様の傾けた水筒から、ポチャンと音がした。


「あなたの気持ちはわかるわ。結婚前、まだコバルト侯爵領で騎士をしていた時、私も多くの仲間を失ったから」


 サフィナお義姉様はコバルト侯爵の次女だ。コバルト侯爵領は帝国最北端で、敵国ドルストフ帝国と国境を接する最前線の領地。サフィナお義姉様は、そこの第1騎士団に所属していた騎士だ。第1騎士団は戦争をするための軍人だ。最前線のコバルト侯爵領第1騎士団は、凄まじく統率の取れた、国内最大の騎士団と名高い。

 苛烈な戦闘が繰り広げられる最前線。そこで、サフィナお義姉様も多くの仲間を失ったのだそうだ。


「昨日まで一緒に酒盛りしていた仲間が、敵の攻撃魔法で焼き尽くされる。肩を並べた騎士が斬られて、返り血が降り注いだわ。人の焼ける匂い、血の匂い、死の匂い……悪夢にうなされて、血を吐くまで何度も嘔吐して……私も慣れるまでは、辛かったわ」


 第3とはまた違う過酷さ。第1の相手は人間だ。人間同士の殺し合い。殺されるし殺しもする。比較するのは違うかもしれないけれど、私ではその状況にはとても耐えられないだろうと思った。


「サフィナお義姉様は、どのように立ち直ったのですか?」

「そうね……仲間がいたこと、従軍神官がいたこと……それに、ギデオンがいたからかしら」

「ギデオンお兄様?」

「ええ。入団する前、8歳から婚約していたの。婚約した後に初めてギデオンに会ったのだけど、私ったらギデオンの事が大好きになってしまって。絶対にギデオンと結婚するまでは死ねないと思っていたの」


 うふふ、と少し照れながらサフィナお義姉様は笑った。サフィナお義姉様は、支えあえる仲間がいて、話を聞いてくれる人がいて、心の支えがあったから立ち直れたのだと言った。


「だからね、あなたも誰かを頼っていいのよ。泣き喚いて当たり散らしても良い。今は辛いのだから、それくらい許されるわ。一人で悩んじゃダメよ。あなたには、家族も仲間もいるのだから。誰かの手を借りて立ち上がってもいいのよ。一人で立ち直らなければいけないルールなどないのだから」


 立ち直るのに、誰かの手を借りても良い。その言葉は天啓というか、目から鱗が落ちるようだった。私は今日まで、あの出来事を祖父に話したりはしたけれど、考えている事や悩んでいることを、誰かに話した覚えはない。それどころか、誰かに話そうとも思っていなかった。

 多分、私は自分を罪人だと感じていたから、人に頼ってはいけないと無意識に思っていたんだ。

 でも、キナリー伯爵はライアン様の誇りを称えて欲しいと言った。ならば私は立ち直らなきゃいけないし、その為に人の手を借りてもいいんだ。そうか、私は人に頼ってもいいんだ。


「はい、ありがとうございます。先輩達にも、話してみます」

「一人で考えていると、どうしてもウジウジしてしまうもの。色んな人に愚痴って、スッキリするといいわね」

「はい」


 サフィナお義姉様とお話しできてよかった。私には騎士の先輩である、サフィナお義姉様や祖父、ギデオンお兄様やトバイアスお兄様もいる。騎士団の同僚や先輩達もいる。母やルサルカお姉様、ユージェニー様や奥様、心配してくれる家族もいる。

 今だけは、甘えることを許してもらってもいいだろうか。今だけは、頼らせてもらってもいいだろうか。少なくとも、心配して毎日来てくれる母たちには、ちゃんと話しておきたいな。数日無視したことも謝らなきゃ。


 サフィナお義姉様のおかげで少し気持ちを入れ替えた私は、深呼吸をして気合を入れた後、訓練を再開した。




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