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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-34 冬の定期討伐 5

グロ注意

 切れ味もさることながら、魔法剣であることも要因だろう。あれだけ歯が立たなかったのに、月光熊に傷を与えることが出来た。流石ライアン様。ボンボンの息子なだけあって良いものもってる。

 それにしても、奥様から頂いた愛剣が折れたことが、本当に口惜しい。この恨み、晴らさずにはおかないわ。

 それに、負傷した騎士達の事も気になる。相手が月光熊だったせいで、治癒をしている余裕なんて全くなかった。狩人達が下げてくれたけれど、大丈夫だろうか。


 顔面を斬りつけられて、痛みにのたうつ月光熊の様子を観察する。悲鳴を上げて顔面を押さえる月光熊の爪からは、闇魔法の光は消えている。それを見計らって、顔を押さえている右前足、さっき私を突き刺してくれた憎らしい前足を一閃する。


「グァァァァ!」


 新たな悲鳴と共に傷が入る。他の魔物なら首まで斬り落とせていたであろう一撃なのに、骨で止まったのか前足はまだ繋がっている。

 頑丈すぎてイライラしてくる。こちとら、最近結構膨らんできたわウフフ! と思っていた胸を刺された上に、闇魔法の腐敗のせいでおっぱいポロリどころか肋骨ポロリで激痛だったというのに! もう治ったけど! 本当ムカつくわ!

 

 右前足を斬られて痛がっている間に、右側面に回り散々に斬りつけた後横腹を刺突して、すぐに離脱する。すると、そこにジョーさんの合図で矢が降り注ぐ。ほとんどが弾き返されたけど、私のつけた傷に巧く当たった矢が2本突き刺さった。

 そのことに狩人達は快哉を上げ、士気が高まったのがわかる。この勢いを失わないうちに、畳みかける!


 背中に飛び乗ってザックザック突き刺すと、振り払おうと月光熊が立ち上がった。すかさずジャンプして前に回り、喉元を袈裟懸けに斬る。血と一緒にブクブク血泡が立ったところを見ると、辛うじて輪状軟骨に風穴を空けられたようだ。


 しかし、呼吸を軽く阻害したところですぐに死ぬわけじゃない。脳を破壊できれば楽だけど、この剣の刀身の長さでは口からは届かない。首筋を狙うにしても、頭蓋骨の隙間が椎骨と平行になっているから、月光熊が首を下に傾けなければ届かない。心臓を狙うにしても、体表から心臓まで目測で1.5m以上あるから、やはり届かない。決め手に欠ける。

 もう二回りくらい小さい月光熊だったら、頭部を吹き飛ばしてやったのに。多分この個体はこの辺の主なのだ。


 闇魔法を纏った左前脚の爪が振り下ろされる。借り物の剣を折るわけにはいかないので、それを躱しながら懐に入り、腋窩の動脈を狙って斬りつける。ついでに側腹部に再度斬りつけて、狩人に援護射撃してもらう。

 たった一つの冴えたやり方なんて、この個体には通用しない。それはもう理解した。だから、ひたすら斬って射って刺しまくる。


 顔面、後頭部、右頚部、左頚部、背部、右側腹部、左側腹部、臀部に四肢。もうとにかく動き回って、全身切り傷だらけにしてやる。そして私が離脱した一瞬の隙に一斉射撃し、即座に私が攻撃を再開する。それを何度も繰り返した。


「はぁ、はぁっ……」


 もう何回斬った? 流石に疲労してきた。月光熊だって、全身血塗れで地面には黒い血だまりが出来ている。呼吸だって促迫している。それでも私を殺意の籠った金色の眼で睨みつけて、唸り声を上げている。


「いい加減に……倒れなさい!」

「グァァァ!」


 最早咆哮も上げられない月光熊が上げたその声は、しかし間違いなく雄叫びだ。二本足で立ち上がった、その見上げる程の巨体は、大きさ=強さなのだと、今回の件で充分に私に痛感させた。


 でも。


 まだ無傷だった胸部と腹部に、前足からの攻撃をかいくぐりながら乱撃する。月光熊が防御するために体勢を戻す、その時を狙った攻撃。地面に前足を着くために、一瞬無防備になるその瞬間、跳躍した私は一層魔石に魔力を込めて、月光熊の金色の左目に剣を突き刺した。

 跳躍した姿勢から放たれた突き出しは、刀身の半分くらいを埋めることが出来た。月光熊の絶叫が響く。けれど、もっと、もっとと、私は鼻先に足を着いて、体重を乗せて一気に剣を押し込んだ。


「グオォォォ!」

「うっ!」


 すぐに離脱しなかったせいで、振り払われて木に激突し、バキバキと肋骨や背骨が折れる音が響く。


「かはっ、……いったぁ……」

「シヴィルちゃん!」

「うあぁっ!」

「我慢して!」


 倒れ込んだ私を、すかさずライアン様が抱き上げて離脱する。その背後では、ふらつきながらも月光熊が追いかけてくる。肋骨と背骨が痛い。どうも骨盤もやられてる。走る振動で激痛が走る。

 ジョーさんの号令で狩人達も月光熊を追いかけながら射撃している。どうにかあちらに引き付けようとしてくれているみたいだけれど、月光熊は完全に私を敵として追いかけている。

 早く治ってと祈りながらも、激痛を堪えるためにライアン様の深緑色のジュストコールを握りしめる。

 徐々に痛みが引いてきた。振り払われた時に手放してしまった剣は、月光熊の左目に突き刺さったままだ。あれを回収しなければと、ライアン様の腕から降りようと顔を上げた時、月光熊がすぐ背後に迫って、飛びかかっているのが肩越しに見えた。


「ライアン様!」

「ごぁっ!」

「げうっ!」


 全体重をかけた月光熊の爪に、私とライアン様は一緒に貫かれた。その勢いのまま、ライアン様と私は地面に叩きつけられ、更にドォンという地響きと共に、圧し掛かる月光熊の体重が加重される。

 治りかけていた全身の骨が、更に砕かれる。折れた骨が内臓に突き刺さり、私の胸から飛び出した肋骨が、ライアン様の胸に突き刺さる。

 私の上にはライアン様がいて、その上には月光熊が乗っている。指一本も身動きが取れない。

 月光熊は動かない。圧死させる作戦にしたのか、それとも今のが最後の悪あがきで、既に死んだのか、もうわからない。既に覚醒は切れている。こんな状態で維持できるわけがない。


 ライアン様、ライアン様。


 声を出したいけど、息を吸うこともできない。折れた骨盤が腸をズタズタにしていく。

 私は治癒があるから大丈夫。死ななければ再生できる。でもライアン様はそうじゃない。ライアン様の治癒をしたいけれど、私の手がどこにあるのかもわからない。だから、触れている頬からライアン様に治癒をかける。私も満身創痍だから、いつまで持つかわからないけれど、それでも。



 ライアン様、死なないで。

 私の為に残ってくれた。私を連れて逃げてくれた。私を女の子扱いしてくれた。

 あの時、すごく嬉しかったんです。だから、死なないで。

 お願いだから、死なないで……。


 ただひたすらに祈りながら、私は意識を手放した。

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