2-14 犯人捜し 2
夜、部屋で一人になったので、覚醒の練習をしてみることにした。覚醒を始めた途端から、目や耳、皮膚から、様々な情報が落雷のように襲ってくる。
誰かの話声、虫の声がうるさい。目を閉じても瞼を通して、目線を動かすたびに目まぐるしく景色が変わる。空気の流れを感じた皮膚が、火を使っているところや人の動きまで押し付けてくる。
「うぅ」
ベッドで頭を抱えて悶える。頭が痛い。破裂しそう。あっ、鼻血が……。
これ以上は危険だと判断して、覚醒を切った。鼻血を拭って治癒してから、血でシーツを汚していないことを確認して寝返りをうつ。
今回も耐えられたのは数分程度。こんなことでは使い物にならない。確かに祖父の言うとおり、この能力は使いこなせたら凄い能力だと思う。だが、出来る気が全くしない。なんだって神様は、こんな人間に使うには難しいスキルを与えたのだか。
しばらく休憩して、もう一度覚醒を使う。何度もやっていれば少しくらいは使えるようになると信じたい。
何度かそれを繰り返していると、叫ぶような声が聞こえることに気が付いた。誰ぞ喧嘩でもしているのかと、その声に耳を傾ける。
(アンタよアンタ! 聞こえてんでしょ!)
誰かが呼んでいるのにシカトされているらしい女性の声。もしや侍女の間でトラブルだろうか。母から聞いた派閥の事もあるので、使用人詰所のある1階に視線をさまよわせる。
(どこ見てんのよ! あたしの声に集中して!)
ん?
とても近くの人に話しかけるような様子でない言葉に、私は首を傾げる。それにはお構いなしに、その女性の声は怒鳴り続ける。
(視覚、聴覚、触覚は一旦遮断して、あたしの声に意識を傾けんのよ!)
んん? これ、明らかに私に話しかけているよね。何が何やらわからないけれども、私の心に直接話しかけているらしい女性の言うとおりにしてみる。
まずは視覚を少しずつ絞るようなイメージで情報を減らしていく。すると、遠くまで透過していた視線が、徐々にいつも通りに戻ってきた。続いて聴覚、触覚も同様にすると、いつも通りのレベルに戻った。だけど、覚醒はまだ維持している。これなら使えるかも。そうか、部分的に維持すればいいんだ!
頭痛はまだするけれど、私は覚醒の可能性に心の中で快哉を上げた。
(はいはい、おめでと)
「ありがとう。あなたは誰? どうして私に話しかけられるの?」
(声に出してんじゃないわよ。人に聞かれたらどーすんのよ)
言われてみれば女性の声は耳からでなく頭に直接響く感じなのだ。これで私が1人でブツブツ喋っていたら、明らかに精神状態を疑われるだろう。私は素直に従って、喋るのはやめて心の中で話すことにした。
女性の声は最初から今も不機嫌そうだが、一応会話できることで落ち着いたのか、怒鳴られることはなかった。
(はー、やっと通じたわ。あぁ、私は樹里よ)
(えっ、樹里!?)
(そう)
(どういうこと?)
(そんなんあたしに聞かれても知らないわよ)
(そ、そっか)
確かに私は樹里の記憶を受け継いでいるけれど、樹里とは別人みたいだから、樹里の魂は別の世界にあるのだろうと思っていた。だけどまさか、ここにいたとは。なぜこうなっているのかは、樹里にもわからないようだ。
(それはそうと、アンタの名前は?)
(知らない?)
(知らないわよ。最初に目が覚めた時はすぐにパスが途切れたし、今日になって何度もパスが繋がったけど、アンタが私に気づいたのは今が初めてだし。つまりあたしは何もわからない)
(なるほど。じゃぁ自己紹介だね。私はシヴィル・ゴリ……ホワイト)
(ゴリホワイトが名前?)
(違うよ! シヴィル・ホワイト! シヴィルが名前)
(横文字面倒くさいわね。とりあえずゴリ子)
(誰がゴリ子!?)
(アンタよ。手短に状況を説明して)
なんか上から目線だし、変なあだ名で呼ばれるし、つっけんどんでぶっきらぼうだし。なんなの、樹里ってこんな人なの? ちょっとムカつきつつ、何も知らないのは困るだろうからと考えて、なるべく簡潔に伝えた。
樹里の記憶を持って生まれたこと。この世界は樹里の居た世界とは違う世界だということ。母と祖父と辺境の村で暮らしていたが、辺境伯の庶子だった為、娘として辺境伯家にいること。
(ふーん、じゃぁアンタは貴族令嬢ってわけ?)
(一応そうだね)
(貴族令嬢が、なんでこんなバカげた超能力みたいなことしてんの?)
(あぁ、これはスキルの訓練で)
(スキルとかもあんのね。でもなんだって今頃? 訓練なんかもっと子どもの頃からやってりゃ良かったじゃない)
(そうなんだけど、このスキルを発動すると頭が割れそうになるの。それに、今までは特にこのスキルを使う必要性がなかったから)
(その必要性が出てきたってこと?)
(うん。あ、そうだ。そのことも相談していい?)
(いいけど、アンタ頭痛いんじゃないの?)
おや、心配してくれている。もしかしたら無愛想なだけで、いい人なのかも?
(聞こえてんのよ!)
(え、ごめん。頭痛は大丈夫)
(あっそ。まぁいいけど。で?)
樹里はすぐキレるけど、すぐ落ち着く。瞬間湯沸かし器みたいと思いつつ、樹里に現在の状況を伝える。
(そういうわけで手掛かりがなくなっちゃって)
(不思議なこともあるもんね? その状況だと、黒幕がその使用人に噂を流すように指示して、その後に記憶を消したのかもね。そんなん出来るか知らんけど)
(記憶を消した……)
(わかんないわよ? でも、その使用人に干渉できるってことは、その使用人と接触のある人間が黒幕なんでしょ)
確かに、家人には専属の使用人がつけられる。他の使用人と全く関わらないわけではないけれど、家人が関わる使用人というのはかなり限られる。例えば厨房の人や庭師なんかとはほとんど関わらないけれど、場合によっては厩頭や小姓とも関わる。
(で、その使用人の仕事は?)
(確か御者だったと思う)
(なら、ここ最近で馬車に乗るか騎乗した家人がいないかを当たってみたら、ある程度絞れるんじゃない)
(うん。そこはお母さんたちに頼んで調べてもらう)
(それにしても御者か。考えたわね)
(そうだね……馬を使う用事がなければ会わない使用人だし、普段御者や厩舎で働く人たちは、食事以外で本邸にはこないから)
(まー、中々頭の回る犯人なんだろうけど、それでも被疑者として妾1号の容疑は晴れないわね。アンタも変に近寄らないように気をつけなさいよ)
(うん。でも、マリーベル様がどうやって御者を唆したのかなぁ?)
私の疑問に樹里は、これはあくまで想像だから話半分に聞けと前置きをした上で話した。私はその想像に目を剥いて、思わず口をはくはくとした。
もし、樹里の予想が当たっていたとしたら、辺境伯や御者を操ることも可能だ。やりようによってはもっと恐ろしいことになると思い、私は粟立った両腕を思わず抱いてしまった。
そんな私の気も知らず――知っているはずだが――樹里は淡々と業務連絡のように言った。
(問題は手口を暴くことよりも、口を割らせる方法よ。この予想が正しかったら、本人の自白でしか罪は暴かれないんだから)
(……そうだね。どうしたらいい?)
(そうねぇ、そういう時は)
どこか、樹里の声が愉悦に歪んだ気がした。
(徹底的に追い込んで、自爆させりゃいいのよ。火サスみたいにね。酒が入ってると尚良い。ただ、その為には証拠が要る。せめて証言でもいい。確立できる方法はある?)
少し考えて、私は裁判における教会の立場を話した。審理眼・精霊眼の話をすると、一旦は快哉を上げかけた樹里だったけど、それではだめだと却下された。
(どうして?)
(こんなことで裁判起こしたら、家の名前に傷がつくでしょ! やるとしても親父の許可取ってからよ)
(あ、そっか)
(ほかにないの?)
(ううん、あるよ。ちょっと賭けになるけど)
(よし、じゃぁ賭けろ)
(他人事だと思って!)
(他人事だし。今はゴリ子の人生。頑張れ)
(うぅ)
そりゃぁそうなんだけど、もう少し助けてくれてもいいじゃないの。文字通り一心同体なのだし。
しかし樹里は、自分は覚醒時しか意識を表層に持ってこれないからと言って、必要時は呼び出しても構わないけど、普段は放っておけとまで言われた。なんなら私が楽しそうなことをしているときに呼びだせとまで言われた。
私の前世の人格が、口が悪くて快楽主義者で辛いです。でも、相談にはちゃんと乗ってくれるし、悪い人じゃないんだよなぁ。
いまいち掴みどころがない樹里だけど、困ったらバンバン呼び出してやろう。樹里にもこの世界の事を知って欲しいし、記憶や備忘録を読み返しても意味の分からない事が余りにも多いから、教えて欲しいし。
備忘録は暗唱できるくらいには何度も読み返して覚えているけれど、言葉の意味なんかが分からなくて丸暗記しているものが多々ある。そういうのも教えて欲しいのよ。
(だから樹里、これからも相談に乗ってくれない?)
(は? めんど)
(お願い、そんなこと言わないで)
(しょうがないわね、わーったわよ)
樹里は本当に面倒くさそうな口調だったけれど、どことなく言い慣れた口ぶりで引き受けてくれた。
よし、母より年上で異世界人の樹里が私にアドバイスしてくれるなら、私には気づかない観点から助言を貰えるかもしれない。実際貰ったし。
私は改めて、この数奇な身の上を不思議に思いつつもありがたく受け取った。




