2-15 犯人捜し 3
今日は奥様主導で、女だらけのお茶会である。奥様、ギデオンお兄様の奥様であるサフィナお義姉様、その娘のソフィア様、マリーベル様、ユージェニー様、ルサルカお姉様、そして私。一つの家に、これだけ女がいるのは凄いなと改めて思う。
サフィナお義姉様とソフィア様は、まだ私との距離感が掴みかねているみたいで他人行儀だけれど、表面上はにこやかだし優しくしてくれるので問題なし。
それに比べて奥様は私の所作や口調が崩れないか厳しく目を光らせているし、一応対立しているユージェニー様とルサルカお姉様からの視線も厳しい。マリーベル様だけが、どこ吹く風と言った様子でお茶を愉しんでいる。
よくよく考えたらソフィア様も、私に立場を取って代わられるのではないかという懸念はあってもおかしくないのよね。私から見たらソフィア様は正真正銘本家筋の長女で、既に婚約者も決まっているのだから、恐れることは何もないはずだけれど。
そんなことを考えつつ、主に奥様の視線に怯えつつ、私もお茶を飲む。一口飲んで、ソーサーに置こうとしたら、うっかり指がつるりと滑り、カップがソーサーとぶつかってしまった。
ガチャンという陶器がぶつかる音に、私は顔を青ざめさせて、すぐに謝ろうとしたけれど、それよりも早くユージェニー様が口を挟んだ。
「まぁ、荒々しいこと。平民はカップを叩きつけろと教育されるのかしら」
「クスクス。嫌ですわお母様。平民はソーサーなど使わないのですから、叩きつけても問題ないのでしょう」
尻馬に乗ったルサルカお姉様も口撃してくる。わかっていても抉られるマイハート。あれ、お二人とは本当に和解したよね? 今は味方だよね? なんだか不安になってきた。
「奥様も、このような娘の教育は大変でしょうに。心中お察し致しますわ」
勇者なユージェニー様が奥様に話を振った。どう考えても、奥様はこの話題には乗らないだろう。だって奥様はそういう方だもの、と思っていたのだけれど、予想に反して奥様は「そうですね」と肯定してしまった。驚いて目を剥く私には視線も寄こさず、奥様は静かにカップを置いた。
「12歳まで市井で自由市民として生活していたのですから、致し方ありません。まだこの家に来てひと月も経っていないのです。環境が変わり何かを学び始める時期というのは、教える側も教わる側も大変なのは、当然のことと言えるでしょう」
奥様の言葉を聞いて、私は安堵の息を吐いて、ユージェニー様は「そ、そうですわね」と引き攣った笑みを返す。やっぱ奥様は奥様だ。ぶれない。
ちょっと気まずい空気が流れたためか、慌ててサフィナお義姉様が笑みを作って声をかけた。
「お義母様のご指導があれば、どんな女性も淑女に成長することは間違いありませんわ。長い目で見ましょう。それより、こちらの菓子はとても美味しいですわよ。皆様も召し上がってくださいな」
私達のために気を遣わせてしまって申し訳ない。サフィナお義姉様の完璧なフォローに、私は小さく目礼で礼を返し、サフィナお義姉様も小さくにこりと微笑んでくれた。いい人だこの人。
翻ってユージェニー様とルサルカお姉様は、私を憎々し気に睨んでいる。それ演技だよね? あれ? 益々募る不安。
この場で二人に詰め寄ることも出来ず、はたからは私が委縮したように見えたのだろう。マリーベル様が困ったように笑いながら、私に声をかけた。
「シヴィル様、そう落ち込まなくてもよろしくてよ。サフィナ様の仰る通り、努力はいつか実を結びますわ」
「ありがとうございます……」
「それよりも私は、こんな茶会の席で庶子をいびるお二人の方が、どうかと思いますけれど……」
「えっ」
「そう思いませんこと?」
「えっと……」
マリーベル様からの予想外の発言に、私は戸惑いを隠せない。確かにマリーベル様の仰る通りなのだけれど、これはどう返事をすべきかと考えていたら、血の気の多いユージェニー様は黙っていなかった。
「あぁらいやだ。その”庶子”を介してでないと文句も言えないあなたこそ、どうかと思いますけれど?」
「いつも娘と二人で陰口を叩いているあなたこそ、私はどうかと思いましてよ」
二人は表面上笑顔を繕っているけれど、言っている内容は一触即発。二人の背後に月光熊と風魔狼が威嚇しあう幻覚が見える!
私はハラハラしつつ奥様を見やるのだけど、奥様は私の視線に気づくと小さく首を横に振る。放っておけということだ。まさかの喧嘩継続。
いざという時にお二人が肉体言語でお茶会を始めないように構えるだけはしておく。本当はすぐにでも止めに入りたいのだけれど、貴族の喧嘩は平民の喧嘩とはわけが違うのだ。私がそれに割って入るのは無理。だから、万が一にだけ備えることにした。訳も分からず巻き込まれているサフィナお義姉様とソフィア様がオロオロしているけど、本当ごめんなさい。
私が考え事をしている間にも、私の粗相をきっかけに勃発した喧嘩はヒートアップしていた。そしてついに、ユージェニー様とルサルカお姉様が、爆弾を投下した。
「旦那様の愛を得られないからと言って、媚びる様は見ていて憐れでしてよ」
「そんなことだから、ドナお姉様にも教会に逃げられるのですわ」
「ほほほ、お可哀想に。13年前も旦那様はあなたには見向きもせず、ステラに構いましたものねぇ。ステラはあれだけの美女ですし、侍女としても大変有能だそうですから、旦那様が妾を差し置いて興味を持つのも、当然かもしれませんわねぇ」
クスクスと不快な嘲笑を浮かべるユージェニー様とルサルカお姉様の投下した爆弾に、ついにマリーベル様がかっと顔を赤らめた。
「私を侮辱するおつもりですの!?」
「侮辱などしておりませんでしょ。私はステラの方が優れていると言っただけでしてよ」
「まさか貴女まであの女に騙されるなんて!」
「あら。ステラは10歳で見習いを始めた頃から、飛びぬけて優秀だったと聞きましたわよ。うちのパメラも大変感心しておりましたもの。美しくも有能なステラに、旦那様が食指を動かすのも栓無き事……」
「違うわ!」
拳を振るわせて反論するマリーベル様に、ユージェニー様不敵に笑った。
「あら、どう違うんですの?」
「っ!」
問い詰められたマリーベル様は、言葉を詰まらせる。それを見て更にユージェニー様は笑みを深めた。
私がハラハラしつつ奥様をチラリと窺うと、奥様はそのエメラルドグリーンの瞳を光らせてその様子をじっと見ていた。比喩でなく物理で目が光っている。これが奥様の第2スキル。なんて恐ろしいスキルなのと戦慄する。ほんのりと発光する緑色の瞳は美しいけれど、その視線が私に向かないうちに、私は視線を切って二人に戻した。
「旦那様がステラに魅入られたわけではないのなら、一体何故かしらね? マリーベル様はどうお考えですの?」
「知らないわ! 旦那様に聞いてちょうだい!」
「あら、残念。ここには旦那様もいらっしゃらないし……」
言いながら首を巡らせたユージェニー様は、私ににっこりと笑いかけた。
「シヴィル様は、どう思いますの?」
ついに私の出番だ。私はゴクリと生唾を飲み込んでから、ユージェニー様の問いに答えた。
「私が思うに、マリーベル様は保有していらっしゃる第2スキル、窃盗をお使いになったのだと思います」
「なっ!?」
途端にマリーベル様は顔色を変えて、信じられないという顔で私を凝視する。それにも構わず、ユージェニー様は「続けて」と促した。
「はい。まず、マリーベル様の窃盗のレベルは最高値です。各レベルでの詳細については伏せますが、レベル9、10ともなると、人の心にすら働きかける技能を持っています。つまり13年前、いいえ、もしかするとマリーベル様がお父様の妾となった時も、お父様から”理性を盗んだ”と考えられます。そして最近出回っている母ステラの醜聞についても、噂を流した御者の記憶を盗んだと、私は愚考いたします」
「なるほどねぇ。13年前は私がこの家に来たばかりの頃だったから、旦那様も気合でマリーベル様のお誘いを断ったのでしょうけれど、たまたま気が緩んだ時にステラが現れたと言ったところかしらね」
「はい、その可能性はあります」
私達の立てた仮説はこうだ。ユージェニー様がこの家に来ることになり、しかもその相手が愛された女性だったことでマリーベル様は焦った。それで新たに子を為そうとしたのか、ユージェニー様を牽制したかったのかは知らないが、辺境伯の理性を盗んで、自分に手を出すよう仕向けた。
しかし、辺境伯はユージェニー様を愛していたから、それをどうにか抑えつけて逃れた。だけど、そうして難を逃れてホッとして気が緩んだ時に、奥様からのお使いでやってきた母が、被害に遭った。
「マリーベル様の仰る通り、違うのでしょう。母はとばっちりですね」
「まぁ、なんてことなの。ステラが可哀想だわ。人の理性や記憶を奪うなんて、恐ろしいわねぇ」
真剣に見つめる私と、虫を見るような目線を向けるユージェニー様を、マリーベル様は口元を戦慄かせてみていた。
「な、な、な」
「何故知っているのかということでしょうか。家族ですから打ち明けますね。私の第2スキルは鑑定と言いまして、他人の氏名や職業、スキルや適性を全て看破することができます。魔術的、霊的な効果に対しては精霊眼に劣りますが、人のスペックを見抜くことに関しては、私のスキルの方が上です」
絶句するマリーベル様に追い打ちをかけるために、私は口を開く。
「スキルの事だけではありません。パメラに流言を聞かせた御者ですが、特定の記憶だけを盗むことは出来なかったようですね? 1カ月ほど前に市井に出かけたマリーベル様を、例の御者が町まで馬車で送った記録はあるのに、御者はそのことを覚えていませんでした。その時にマリーベル様が流言を吹き込み、パメラに伝えるように指示をして、その後その日の記憶を盗んだ。そうですね?」
「っ! な、何を言っているのか、わからないわ!」
「そうですか。では奥様、お願い致します」
「わかりました」
未だ緑色の瞳を光らせている奥様に振り向くと、奥様は鷹揚に言って立ち上がり、マリーベル様の傍までゆっくりと歩を進める。その所作はいかにも優雅で、しとやかで、しかし奥様の厳しい表情と気迫から、壮絶な圧力を感じる。
奥様はゆっくりと歩きながら、マリーベル様に近づき口を開いた。
「まず、あなたはシヴィルを庶子と呼びましたね。確かに彼女は庶子ですが、現在はあなたよりも高位貴族です。改めなさい」
「も、申し訳ありません……」
「次に、ユージェニー様が「旦那様が妾を差し置いて興味を持つのも、当然かもしれませんわねぇ」と仰った時、あなたはこう考えていました。「あれは事故であって、ステラに興味を持ったわけではない」と」
「そ、それは……」
「次に、「美しくも有能なステラに、旦那様が食指を動かすのも栓無き事」と言われた時は、「それはステラの実力ではなく、私が齎したことだ」と。その後あなたは知らないと仰いましたが、心の中のあなたは、全てをご存知だったようですね」
奥様の第2スキル「心眼」。人の心を読むスキル。マリーベル様は知っていたのだろう。俯いてしまって、何も言わない。でも、認めると言ってくれないとこちらとしては困る。認めてしまったらどうなるかわからない、マリーベル様は黙秘するだろう。
膠着状態になってどうしようかと考えていたら、マリーベル様がぼそりと呟いた。
「……なんで、私じゃないの」
「……」
奥様はそれを静かに佇んで聞いていた。
「なんで、いつも私じゃないの。私を差し置いてステラを選んで、私を差し置いてユージェニーを選んで! この家の人間は、どうして私を無視するのよ!」
興奮しだしたので警戒して、傍にいたユージェニー様とルサルカお姉様に視線で合図してその場からそっと離れてもらった。サフィナお義姉様とソフィア様は対面の席だから大丈夫そう。
「どうして、どうして! 私だって旦那様を愛しているのに!」
「愛しているからと言って、やって良いことと悪い事の区別はつくでしょう」
冷ややかに返す奥様に、マリーベル様はやはり俯いて、ブツブツと呟く。
「私が悪いんじゃないわ。そうよ、悪いのはステラとユージェニーよ。あの子がこの家に来たときから、みんなステラに夢中になって。ユージェニーが来てから旦那様はユージェニーしか見なくなって。全部、全部……」
ばっと顔を上げたマリーベル様は、涙にぬれて眉を寄せ、その顔は醜悪に歪んでいた。
「全部、あなた達が悪いのよ!」
そう叫んだマリーベル様は、手元の茶器を握ってユージェニー様に投げつけようとした。私は咄嗟にテーブルを飛び越えて、ソーサーを左手でキャッチして、右手でキャッチしたカップで飛び散ったお茶をすくい、手首でいなして波紋を押さえ、こぼすことは防げた。
そっとソーサーとカップを置くと、私の動作にか、それとも私がユージェニー様を守ったことにか、マリーベル様は目を瞠って私を見ると、やがて髪を振り乱して叫び始めた。
「なんなのよ! なんであなたがその女を守るのよ! イジメられていたはずでしょう! どうして何もかも思い通りにならないの! ドナまで教会に行って! どうして私だけが!」
ドナお姉様は、どうやらマリーベル様の反対を押し切って教会に入ったようだ。それも含めてマリーベル様は、自分だけが顧みられない事が不満だったのだ。なんと声をかければよいのかわからず沈黙していると、奥様が言った。
「他人を責めるばかりで努力をしないような性根の人間を、わたくしが受け入れると思っているのなら、それは甘えというものです。あの頃、あなたがステラに行った嫌がらせの数々を、わたくしが知らないとでもお思いですか? その件も含め、旦那様を操り狼藉を働かせた罪、ユージェニー様達を煽りシヴィルを追い詰めようとした罪。この辺境伯家に混乱をもたらそうとした罪を、しかと贖いなさい」
「あ、あ、あぁぁぁぁ!」
奥様が片手を上げて合図をすると、ついに泣き叫び始めたマリーベル様は、衛兵の騎士に連れて行かれた。




