2-7 エリック・ホワイト
辺境伯視点です。
「そうか。ユージェニー達とシヴィルとの対立が起きたか」
「はい。今のところシヴィルお嬢様が劣勢のようです」
「そうだろうな。年季が違う」
「今日は訓練後にルサルカお嬢様から「臭い臭い」と揶揄され、涙目になっておりました。聊か可哀想ではありますが……」
執事のセバスチャンから話を聞いた辺境伯のエリックは、ふんと鼻で笑った。その程度の悪口で涙目になるとは。貴族にとってはその程度、戯言で児戯に等しい。まともに受け取り泣いてやるなど、お優しいことである。
「可哀想なものか。この程度の始末をつけられず、この世界で生きていくことなどできん。少なくとも、私を出し抜く気があるなら、ユージェニー達に泣かされている場合ではないはずだ」
「は。仰る通りにございます」
「して、もう一つの報告はなんだ?」
セバスチャンは二つ報告があると言っていた。一つはシヴィルのこと。もう一つはまだ聞いていなかった。
「イザイア・グレイ準爵についてでございます」
「あぁ」
シヴィルが家に来たときに、ギデオンから報告は受けていた。イザイアとシヴィルが恋仲にあるという話だ。
小さな村であるし、まぁ無い話ではない。しかし、エリックにとってイザイアは邪魔だった。
だから、エリックはこう命じていた。適当に嫁をあてがってやれと。それもグレイ家にとってありがたがられるような娘をだ。少なくとも辺境伯家の紹介であてがわれる良家の娘を、陪々々臣である準男爵が断るはずがない。
これでイザイアはどうにでもなると思っていた。
「やや年上になりますが、コジュケイ伯爵家が一人娘ですので、そちらへの婿入りを打診いたしました。ですが、準男爵家よりお断りの連絡がありまして」
「なんだと? 何故だ? 断れるはずがない」
「いいえ、それが、そうでもないのです」
そう、パワーバランスだけの話なら、断れるはずがなかった。それでも断る事が出来たのは、「イザイアという男子がグレイ家には存在しない」からだ。
「存在しない……どういうことだ?」
「恐らくイザイア・グレイ準爵は、旦那様の行動を予期しておられたのでしょう。私が婚姻を打診した時にはすでに、準男爵家の籍を抜けておりました」
「籍を抜けた? 廃嫡したということか!?」
「はい。そして、祖父であるウォーレン・グレイ伯爵の養子となっておいでです」
「ウォーレン・グレイ伯爵か……」
エリックは頭を抱えた。イザイアの祖父であるウォーレン・グレイ伯爵は、国内ではあまりにも有名な人物だ。彼を一言で表すなら「英雄」。またの名を「灰燼の魔術師」。戦術魔法は勿論のこと、普通は複数名で行う戦略魔法を一人で操れる規格外の魔術師。彼を英雄たらしめた戦争では、彼一人で1万の軍勢を灰燼に帰したと言われている。
そしてウォーレン・グレイ伯爵は稀代の魔術師にして、稀代の変人。貴族の関わりにも政治にも全く関与せず、魔術の研鑽のみに人生を費やす、生粋の魔術オタク。魔術に関すること以外、人の話を聞いたためしがないとすら言われる、はっきり言って変人だ。
彼が話を聞く相手は家族を除いて一人だけだ。彼の研究に協力し、研究成果を披露できる場を提供できる人物。つまり、研究費用を拠出し、戦場を与えてくれる皇帝だけだとまことしやかに言われている。ウォーレン・グレイ伯爵は、冗談抜きで人の話をちっとも聞かないのだ。
そのウォーレン・グレイ伯爵が、イザイアを養子に迎えたということは、血縁以上にイザイアの才能に目をつけたからだろうということは、想像に難くない。そんな伯爵が、自身の後継者として目をつけたイザイアを手放すとは思えない。
勿論ウォーレン・グレイ伯爵には、伯爵家の後継者としてイザイアの伯父が跡継ぎとなっているが、それは法衣貴族としての立場であって、魔術の使い手としての後継者とは毛色が異なる。イザイアの伯父は魔術師団の運営に携わる官職として伯爵を継承するが、イザイアが継承するものは、ウォーレン・グレイ伯爵の魔術の真髄だ。家の後継者と技の後継者。彼はどちらも手放さない。
それ以前に、話を持って行っても無視されるのが目に見えている。エリック自身、戦争で功績を立てた伯爵に賛辞を述べた時、丸無視された覚えがあるので確実だ。
「やられたな……」
「はい。残念ですが、打つ手はないかと。婚姻の打診をしても、恐らく伯爵は手紙を読みもしないでしょう」
「そうだろうな。はは、子どもだと侮っていたが、イザイア・グレイ準爵は、シヴィルより余程頭の回る男のようだな」
「……そのようで」
イザイアについては、恐らくどう頑張っても手出しできない。ウォーレン・グレイ伯爵は相手の権威や関係性などを気にするような人物ではないし、しかも王都の法衣貴族だ。エリックにはもうどうしようもなかった。
すっかり冷めてしまったお茶を飲み干して、なんとなくエリックはステラの事を思い出した。
妻であるエスメラルダのお気に入りの侍女であり、護衛でもあったステラ。子どもの頃から美しい娘だったのを覚えている。歳が近かった為、ギデオン達とも仲が良かった。そんな彼女に興味を持ってしまったのは、一体何故だったのか。
あの頃は既にマリーベルが妾として存在していたが、その時期に出会ったユージェニーに、確かに心惹かれていたはずだ。ステラは飛びぬけた美貌を持つ美女だが、第1スキルの繁殖が仕事しすぎるというだけで、エリックは大して好色な方ではなかった。それに妻の気に入りの侍女という、明らかにエスメラルダの不興を買うであろう相手に手を出すほど、エリックは女に困ってもいなかったし愚か者でもなかったはずだ。
ステラが魅了スキルを持っていて、それで自分が篭絡されたのではとも考えたが、それならエスメラルダに泣きついて逃げるなどしないはず。ステラも本意でない事は明白だった。
だからステラの事は、まるで何かに誘導されたかのように感じて、その不気味さもあって放置していた面もある。
ステラの事は最近までマリーベルとユージェニー達には隠すことが出来ていたが、あの頃は気に入りの侍女を追い出さなければいけなくなったエスメラルダが超絶ご機嫌斜めで、しばらく口をきいてもらえずかなり辛い思いをした。だから自分からはステラには一切関わらず、エスメラルダがこっそりステラと連絡を取っている事にも何も言わなかった。
そのくらい、エリックにとってステラとの間の出来事は不可思議で、ステラに申し訳ない気持ちもあれど、進んで関わりたいとも思っていなかった。
妻のエスメラルダは政略結婚で、全く愛情がないとは言わないが、それ以上に仕事や家のことを支えてくれるパートナーのような存在で、絶大な信頼を寄せている。マリーベルはエリックにすり寄って来ただけのメイド上がりの娘で、子どもが出来たので手元に置いているが、エスメラルダもエリックも、マリーベルを第2夫人に迎える気はない。
唯一エリックが望んで手に入れたユージェニーだけは結婚したい気持ちがあるが、そうなると連れ子のトバイアスが後継者に絡んでくるので、万が一があっては困る。結局はそれで妾のままだ。
エスメラルダは基本、「家のためになる者は迎えればよろしい」というスタンスなので、嫉妬に狂って拒否もしなければ、利益のない相手に飴はやらない。これはエリックとしても似たような判断をしている。
そこに突如、彗星のように現れたステラの娘、シヴィル。念のために観察だけはさせていたが、ほとんど忘れていたような存在だ。
聖女の力を持つ美しい少女だった。こんな娘を田舎の村に放置しておけるわけがなかった。放っておいてもその内評判になり、やがて辺境伯の庶子だと噂される可能性がある。そんな噂が流れてしまう前に、早々に手元に置く以外にない。
ステラが自由市民だから、ステラを夫人に迎えることは出来ないし、妾だと立場が弱すぎる。だからシヴィルを認知する事に決めた。本人が嫌がることなど百も承知。ステラとシヴィルにとって自分は、きっと憎い男なのだろうから。だがそれがなんだというのだ。放置させてくれなかったのは、シヴィル自身なのだ。
シヴィルは能力や美貌も価値があるが、何より年齢がいい。
皇太子殿下が迎えた側妃の産んだ皇子が、ルサルカ、シヴィルと同年代だったのだ。正妃の方も皇子は産んでいるが、あまり血筋は良くない。貴族の間では側妃の産んだ皇子に期待がいっていた。皇太子殿下が側妃を迎えたタイミングで、目ざとい貴族は一斉に子どもを作り始めたものだ。もしかしたら、エリックにもそういう気持ちがあって、目についたステラに手を付けてしまったのかもしれない。
ルサルカは愛するユージェニーの娘だから可愛い。可愛いから手元に置いておきたいとも思うし、どうせなら良い所に嫁がせて幸せに暮らして欲しい。側妃の皇子なんて最高だ。とはいえ、妾の子であるルサルカに、それは高望みが過ぎるというものだ。皇子の取り巻きになるであろう令息あたりに嫁げれば御の字だろう。
ルサルカと同い年のシヴィルも同じように結婚してくれたら、家としてはありがたいし、ルサルカのサポートをして欲しいと思っていたのだが。
ユージェニー達の方からシヴィルに喧嘩を売ってしまったので、シヴィルが上手く対処しなければ関係の修復は望めない。
(泣きたいのはこちらだ。なぜこうも人生は上手くいかないのだろう)
憂鬱な気分になったエリックに、セバスチャンがそっと淹れなおした紅茶を差し出した。




