2-6 言い訳と家庭内暴力
教会に聖女認定されてしまった。されたものは仕方がない。仕方がないと割り切れるくらいには、もうあの時点で迷っていた。ちょっと言い訳をさせて欲しい。
基本的にこの世界は、前世と違って親や家の言うことに従うのが暗黙の了解だ。私もそれを当たり前だと思っていたので、嫌だけど仕方ないのかもと思っていた。聖女はなりたくなければ断れるというのに、習慣とは恐ろしいものである。
それに、家から押し付けられるであろう政略結婚よりは、余程ハードルが低かったというのもある。政略結婚は絶対嫌だけど、聖女くらいならまぁ……という。
なにより決定打になったのは、奥様に「聖女になりたくない」と愚痴った時に言われたことだ。
「わたくしは聖女の皆様を尊敬しております。貴族には、持ち得る者が与えることが美徳という考えがございます。人の命を救済するということは、その最たるものではないでしょうか。無理をして人を救うことは間違いですが、あなたが人を助けたいと思った時、「人を助けられる肩書」があることは、重要なことだとわたくしは思いますよ」
奥様の話を聞いて、確かにそうかもしれないと思った。私が治癒能力を持っていることを秘匿し続けて、ある日目の前で死にかけている人を見つけたとする。私は自分の能力を隠すために、その人を見捨てなければならない。いくらなんでも、そんなことはできっこなかった。
それに、私が治癒魔法を使わず不思議な治癒を施したとしても、聖女という肩書があれば、「聖女だから」で片付けられる。変な術を使う怪しい魔女とかは思われない。
更に言うと、聖女だからと教会直営の治療院で必ず従事しなければならないわけではない。自由市民以下は給料も良いのでほぼほぼ本人希望で治療院で働くのだけれど、貴族の場合は家の都合で仕事をしたり、結婚して引っ越すこともあるからだ。
だから私は聖女であっても騎士団に入ることは出来るし、治療院や教会からの依頼に出向することもできる。ただ、疫病流行時の対応などの大規模動員の参加は義務とのこと。そういうのだったら文句なしに参加しちゃうし、「貴族における聖女の価値」を除外すれば、聖女の待遇は決して悪い物じゃなかった。
最後に言い訳として、物凄くテンション爆上がりした大司教様達に圧倒されて、あの喜びように水を差すのが申し訳ない気がした――つまり流されたというのも、ちょっとある。
言い訳終わり。
そういえば、聖女認定の儀式で連れてこられた奴隷の青年。彼は儀式のために怪我をさせられた訳ではなくて、怪我をした奴隷を見繕って連れてきただけらしい。
あの時は一瞬教会を疑ってすごく焦ったけれど、よくよく考えたら、いかに奴隷相手でもそんなことをしたら、教会の信用が落ちるわけだし、神罰もあるのに教会がそんな悪どいことをするわけがなかった。
辺境伯の事とかで、ちょっと疑心暗鬼になっていたみたいだ。疑って申し訳ない。
閑話休題。
戸籍の登録と聖女認定の儀式も終わったので、さぁ騎士団の入団試験だと息巻いていたのだけれど、すぐには無理なのだそう。
騎士団の入団試験は年に3回行われることになっていて、次回は来月なのだそうだ。ちなみに年に3回も試験を行うのは第3騎士団だけで、他の騎士団は第1騎士団が年に2回、他は年に1回なのだそう。
なぜ第3騎士団だけ回数が多いのかというと、第3騎士団は一番出動率が高くて、人も多い。つまりそれだけ魔物の被害によって騎士に損失が出るということ。戦争なんかがあれば第1騎士団をはじめとする騎士団の損耗率は比じゃないのだろうけれど、平時においては一番過酷なのが第3騎士団というわけだ。
余談だけれど、戦時中でも第3騎士団は戦争には参加しない。戦争中だとしても魔物は戦争が終わるまで待ってくれるわけではない。それこそ戦時中にスタンピードなんかが発生して、第3騎士団を戦争に派遣している間に村や町が壊滅しましたでは、冗談では済まされない。だから第3騎士団は、対魔物専属なのだ。私も人を殺すのは嫌だから、入るなら第3騎士団一択だ。
そういうわけで、私は来月までの約1カ月時間が空いてしまった。でも、勿論無駄にはしない。午前中は祖父に付き合ってもらって訓練をして、午後から奥様のレッスンを受けることになった。奥様は奥様で、大概午前中は執務でお忙しいらしいので、午後からになった。
たまには教会にも顔を出して、聖女や教会のルールも簡単に教えてもらうことになった。
街中にあるとは思えないほど、ホワイト家の敷地は広い。屋敷も勿論そうなのだけど、お庭や裏庭なんかを含めると、小さい集落くらいの広さはあるかもしれない。メインのお庭や前庭は人目に付きそうなので、祖父と裏庭で訓練している。
ゆるりと佇む祖父に向かい、私は猛然と走り出す。鉄のヘルメットを陥没させるほどの私の一撃は、祖父の持つ木剣の先でスルリと右にいなされ、そのまま水平に振るわれた木剣が、私の右肩を直撃する。あまりの激痛に、持っていた木剣を地面に落とした。
「いったぁぁぁ! これ絶対折れたよ! ほら折れてる!」
「当たりめぇだろうが、早く治せ」
私が治癒を使えるようになってから、祖父の訓練は格段にスパルタになった。今までは人目を気にしていたので、人前では軽傷で留めてくれていたのだが、私の治癒が公になってからは、祖父は遠慮なくぶち込んでくるようになった。
こんなことをしてエネルギーを余計に消耗しているので、ゴリンデル家は大食漢なのだ。
ちなみにご飯の量は倍に増やしてもらえた。12歳の女の子がこんなに食べるのかと、料理長が引いていたと母から聞いた。引かないで。思春期なんだから傷つくわ。
ヒイコラ言いながら骨折を治し、もう一度構える。年季が違うので、祖父には全然勝てない。もう60代のお爺ちゃんだというのに、めっちゃ元気。しかも器用なもので、私の骨は折るのに木剣は折らない。一体どうなっているの。
これでも手加減しているのがわかってしまうから、本当に悔しい。いつか絶対ギャフンと言わせてやる!
「もう一本!」
「よし、来い」
そうして祖父と訓練して、汗まみれ埃まみれになっていると、不意に人の気配がして、クスクスと嗤う声が聞こえた。祖父も気づいたようで手を止める。そちらを見ると、少し離れたところに、紫色の巻き髪の女性と、水色の巻き髪の少女がいた。ユージェニー様とルサルカお姉様だ。
「女だてらに剣を振るって、平民は野蛮です事」
「本当に。見ているだけでこちらまで汚れそうですわ」
「男ばかりの騎士団に入るだなんて、信じられないわ」
「そうですわね。そんなに男に注目されたいのかしら」
「あぁいやだ、汚らわしい」
言うだけ言って、二人はまたクスクス言いながら立ち去ってしまった。私はそれを口を開けて見送ることしかできなかった。あんな風に悪意むき出しの言葉をぶつけられたのが初体験で、ショックで固まっていたのだ。
でも、そのショックも徐々に溶けてくると、沸々と怒りが湧いてきた。
はぁ!? 何!? わざわざ私の悪口言いに来たの!? 暇なの!? ムカつくー!
怒りのあまり、握りしめた木剣がバキバキと木屑になっていく。祖父も業腹だったようで、ただでさえ厳つい祖父の表情は厳しく二人を睨んでいた。
「おい、シヴィル。殴っていいぞ」
「うん」
許可を得たので、二人を睨む祖父の横っ面をぶん殴った。祖父はたたらを踏んで、頬を押さえる。
「よし! 初めて当たった!」
「いや俺じゃねぇよ! あっち!」
「私があの二人を殴ったら死んじゃうよ! でも凄いムカついたの! ちょっと八つ当たりに付き合って!」
祖父は一生懸命あの二人を指さすけど、私は無視して祖父に殴りかかる。祖父はそれをヒョイヒョイ躱してしまうので、私は更にムキなって殴りかかった。
そうしていると、いつの間にか殴り合いの特訓になっていて、あの二人に言われたことを少しだけ忘れることはできた。
でもムカつかされたことは忘れない。さっきは面と向かって悪口を言われたのが初めてで呆気に取られちゃったけど、次は言い返してやる!




