2-5 オーマイゴッド
**********王都 アガルディア**********
シヴィルの聖女認定に際し、教会には動揺が走っていた。王都にある総本山アズメラ大聖堂の一室では、枢機卿や大司教たちが侃侃諤諤の議論を交わしていた。
「真理派」は、治癒魔法でなくとも治癒能力であることには変わりがないのだからと是とし、別の一派「原典派」は、治癒魔法でなければ聖女ではないと否を訴える。
正直な話、この辺の解釈は曖昧だった。過去にも、治癒魔法を使わずとも奇跡を起こした、天才的な薬学者や医学者、多くの人を救った人道支援者はいた。これらの人達の聖者認定の際にも、会議は大いに紛糾したものだ。今回も例にもれず。
今後も、治癒魔法を行使せずとも奇跡を起こせる人間は現れるだろう。その度にこんなに殺気立った会議室で、冷や汗を流さなければならないのだろうかと、中立派は青い顔をしていた。
本来なら聖女認定は、厳しく審理されるものだ。だが、シヴィルについては色々と連絡の行き違いなどがあり、アッサリと通過させてしまった。その責任を問われているのが、中立派なのである。
元々辺境伯から、聖女を連れてくると連絡は受けていた。辺境伯と現地の教会の関係は良好だ。お互いに手を取り合って上手くやっている。勿論、贈収賄なんて後ろ暗い関りではなく、クリーンなビジネスとしてだ。
そういう背景があったので、辺境伯領の教会の大司教(中立派)は、奇跡を起こした少女の話を聞いて、「きっと神の寵愛を受けた術師に違いない」と思い込んでしまった。そこは辺境伯がそう思わせるような口ぶりで言ったわけなのだが、彼はそれに気づかなかった。
勿論、審理だって正式な手順で執り行われた。「審理眼」では嘘をついていないことが証明されたし、「精霊眼」では邪法ではないことも分かった。だが、治癒魔法でもなさそうだった。
これを大司教たちは、わざわざ魔法を使わずとも呼吸をするように治癒をするシヴィルを見て、これこそが神の御業であり、真の聖女だと超絶盛り上がってしまった。
要するに、大司教たちはハッチャケてやらかしたのである。
(あぁ、あの日の自分を殴り飛ばしてやりたい……)
渦中にある大司教は、これ以上に無いほど縮こまり、自分のせいで喧嘩する「真理派」と「源典派」に、コメツキバッタのように頭髪の消え去った頭を下げるのみだ。もう小一時間「申し訳ございません」しか言っていない。聖女の手を借りたいくらいには、胃が痛くなってきた。
そんな殺伐とした会議室に、聖女見習いの少女を二人連れて、一人の少女が入室してきた。
白い髪に赤い瞳の、アルビノの少女。彼女が現れた途端、お爺ちゃんたちは一斉に手を組んで拝礼した。
彼女はこの国、この教会で唯一、神と交信することが出来る「神託の巫女」ドナ。聖女とは違い、神が直々に指名したメッセンジャーだ。ドナは教皇とは別のベクトルで、教会において最上位の位階にある。
「会議で揉めていると聞きましたので、神にお伺いを立てて参りました」
「おぉ!」
「それはまことですか!」
「神はなんと!?」
この状況を打破してくれるであろう巫女の言葉に、おじいちゃん達が色めき立つ(特に中立派)。今代の神託の巫女ドナは、貴族出身だからか頭もよく仕事ができると、枢機卿や大司教達からも評判が良かった。
それを静かに見つめながら、ドナは口を開いた。
「私は神に尋ねました。治癒魔法を行使しない者が、聖女聖者となることは神意であるのか? その質問に、神はこう仰いました」
固唾を飲んで見守るおじいちゃんたち。ドナはちょっとだけ辟易した気持ちで、言葉を続けた。
「「俺的には別にどっちでもいいけど、本人とか家族の意思を尊重すればいいんじゃね?」とのことです」
お爺ちゃんたちが揃ってずっこけた。
「ど、どっちでもいい……」
「ハァ……振り出しか」
「我が神は相変わらずですな」
対立していても仲良く揃ってずっこけるくらいには、彼らは神に振り回されていた。
どちらでもいいなら、会議は振り出しだ。再びざわめきだした会議室に、聖女見習いの少女の声が響いた。
「お静かに願います。巫女様のお言葉には続きがございます」
もしかしたら神は(珍しく)助言をくれるかもしれないと、お爺ちゃんたちは水を打ったように静かになり、再度ドナに視線を注ぐ。
その視線を受けて、やっぱり辟易した気分でドナは口を開いた。
「続けて神はこう仰いました。「その辺にこだわる奴もいるけど、俺はそこまでこだわらないから、聖女にしてもいいよ。あの子可愛いし。そういえば言い忘れてたけど、昨日くらいから西のド田舎で疫病発生してるから、支援ガンバ!」だそうです」
最早ずっこけるどころではないお爺ちゃんたち。
「そ、そういう事は早く言っていただかないと!」
「なんということだ! 対策会議に切り替えましょうぞ!」
とりあえずシヴィルのことはもういいやとばかりに、慌てて疫病の対策会議を始めるおじいちゃん達に、ドナは憐憫の目を向ける。この国の神は実に報連相がなっていないので、いつも彼らは振り回されているのだ。
心の中で「お気の毒に。頑張って」と応援しながら、ドナは静かに退室した。
のちに聖女認定の規律に、「治癒魔法を行使せずとも、治癒能力のある者であれば、本人・家族の意思を持って認定する(美人に限る)」と、ひっそりと追記された。
これも結構ひと悶着あった。神はシヴィルが可愛いからと言っていたし、ドナ含め歴代の巫女も麗しく若い女性ばかりで、しかも巫女は処女に限った。絶対自分の好みで選んでいるよなぁ……と思いはすれど、誰も口にはしない。
とにかく、神は「そういう趣味」のお方なのだと思っている教会上層部は、「神の御意思である」で押し通した。
後にこれを知ったシヴィルは「全力で拒否っとくんだった!」と、膝から崩れ落ちた。




