2-3 この家に来たからには
夕食会の後、部屋で食休みしていたら、奥様の部屋に行くようにと迎えが来た。驚いたことに、迎えに来たのはメイド服を着た母と詰襟のフロックコートを着た祖父だった。
「お母さんは何でも似合うね。お爺ちゃんは暑そうだしきつそう」
「おう、暑いしキツイ」
祖父はムキムキなので、護衛の服装が腕とかパツパツだった。いざ立ち回りする際は、服が裂けてしまいそうだと思うと、つい可笑しくて笑ってしまった。
「シヴィル、顔合わせはどうだったの? 大丈夫だった?」
心配そうにする母に、私は眉を下げて笑った。
「うん、大丈夫だった。ご飯がすごく美味しかったよ。でも量が足りないんだよね」
「ははは! ウチは全員大飯食らいだしな」
ちゃんとフルコースで出してもらえたけれども、いつもはもっと食べるから全然足りない。「改造」スキルのせいだと思うが、ゴリンデル家はすこぶる燃費が悪いのだ。
どうにか私の分の食事を増やしてもらえないだろうか。今の量だと数日で倒れそう。
切実な悩みを訴えつつ、母の案内で祖父と共に奥様の部屋に向かう。母は元々奥様付きの侍女だったので、奥様関連の事なら大体わかるようだ。
「奥様に叱られでもしたの?」
「返事はちゃんとしなさいって」
「どうせ、あーとかうーとか言っていたんでしょ。シヴィルはボケっとしてるから」
「むぅ。でも呼ばれた理由はそれじゃないよ」
「じゃぁなんだ?」
「今夜からレッスンするって」
「あらあら、奥様らしいわね」
母に連れられて奥様の部屋に入ると、祖父と母はドアの前にいるとのことで、一人で中に通された。
奥様のお部屋は落ち着いたブラウンが主体の部屋で、重厚で味わいのある家具が並んでいる。部屋は人の心を映すというけれど、確かにこの部屋は奥様のイメージによく合った。
「奥様、お待たせいたしました」
「構いません。そちらにおかけなさい」
「はい」
てっきりデスクに行くのだと思っていたら、ソファを勧められたのでそちらに腰かけた。
現在の奥様付きの侍女(若い猫耳メイドさんだ!)が淹れてくれたお茶を、私も飲んでいいと勧められたので、奥様と共にお茶を頂く。
この緑色のお茶は、何のお茶だろう。これが緑茶なのかな? こちらにも緑茶があるのだろうか。思ったよりフルーティな香りがするから、やはり別物だろうか。
そんなことを考えていたら、カップを置いた奥様が口を開いた。
「先程の夕食会では、我が家についてどのような印象を持ちましたか?」
羅刹の家だと思いました。なんて言えないので、どうにか言葉を濁す。
「そうですね、やはり貴族は家族内でも礼儀を重んじるということに、聊か驚きました。トーマスやジャスティンくらいの年齢の男の子なら、庶民なら大騒ぎするものですが、やはり育ちが違うとしっかりしているものなのですね」
村の男の子達は、そりゃぁうるさかったというのに、ギデオンお兄様の息子二人ときたら、私が気になるのか時々チラチラ視線を送るくらいで、決して大人の会話の邪魔をせず静かに食事していた。なんてお利口さんなの。これには本当に感動した。
心の中であの兄弟に賛辞を送りつつ、お茶を一口。少し冷めたけれど美味しい。
「そうですか。貴族は気を遣うしギスギスしていて落ち着きませんでしたか」
「ごふっ」
「はしたないですよ」
「ゲホゲホッ、すみません」
ズバリ言い当てられて、お茶で咽た上に怒られた。上目遣いで謝罪すると、奥様は小さく溜息を吐いた。
「シヴィルは聊か正直者すぎますね。魑魅魍魎の跋扈する貴族の社会では、あなたのような人はすぐに食い物にされるでしょうから、そのあたりの教育も必要ですね」
「はい……お手数をおかけします……」
にゃんこメイドさんが用意してくれたハンカチで口を拭いながら答える。ええ、まさに今生き馬の目を抜く感じを体感しましたから。これが常だなんて、貴族社会怖すぎるでしょう。ちょっと本気で奥様のレッスンを頑張らなきゃいけないかもしれない。
「どこに出しても恥ずかしくない令嬢に育てて見せましょう。あなたもそのつもりでいなさい」
「はい、わかりました」
「質問はありますか?」
「具体的にレッスンの内容はどのようなものですか?」
「そうですね、一般的な教養……歴史、政治、経済、語学、詩歌、音楽、ダンス、刺繍、茶会と言ったところでしょうか」
「………………頑張ります」
こんなものが一般的なわけがあるか! とツッコミそうになったのを、どうにか堪えた私を褒めて欲しい。
いや、しかし茶会はともかく、それ以外の事は前世の樹里は子どもの頃から学校で習っていた。前世で出来ていたのに、今世で出来ないのは悔しいし、頑張るしかない。
ここに来る前は、どこに出しても恥ずかしい娘になってやろうなんて思ったけど、今はそうは思わない。
辺境伯や私を敵視する人はどうでもいいけど、奥様やギデオンお兄様を苦しめたいわけじゃない。私が恥ずかしい真似をしたら、私の面倒を見ている奥様の名誉を傷つけてしまう。
この家に泥を塗らず、私の望む人生を歩むためには、学ぶ必要があるのだ。私は私の幸せを掴みたいからね。お仕着せなんて嫌だから、自分で立ち回れるようにならなきゃいけない。
「今日はこのくらいにしましょう。移動で疲れたでしょう。今日はもうお休みなさい」
「はい。ありがとうございました」
「ではまた明日、用事が済んだらわたくしの部屋にいらっしゃい」
「はい。わかりました」
礼を言って立ち上がり、にゃんこメイドさんに促されてドアを出ようとした時、言い忘れていたことを思い出した。
「あの、奥様」
「なんでしょう?」
「3歳と10歳のお祝いをありがとうございました。紙はたくさん記録して、今も大事に持っていて、頂いた剣は私の愛剣です。素晴らしい贈り物をありがとうございました」
「……そうですか」
「見守ってくれていたこと、感謝しています。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私に贈り物をくれた「あの方」は誰だろうと考えた時、私には奥様しか考えられなかった。母の恋人や、祖母の親戚がいたなら、私に隠しはしないと思った。
それに、「あの方」は名乗りもしないから、私が知って動揺する相手だということだ。だとしたらやはりホワイト家の誰かで、でも辺境伯はあり得ない。ホワイト家の中なら、この家からお金まで持たせて母を逃がしてくれた、奥様しか考えられなかった。
母の立場なら、奥様となら交流を持ち続けたいと思っても不思議ではないし。正解だったみたいで良かった。
いつか逢えたら、絶対にお礼を言おうと思っていた。ようやくお礼を言えただけでも、この家に来た甲斐はあったかもしれない。いつか私も自分の力で、奥様に何かお返しできるようになりたい。そのためにも、明日からお勉強頑張るぞ!
母と祖父と並んで、私は一人握りこぶしを天井に突き出して、決意表明してみた。
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パタンとドアが閉まり、シヴィルの居なくなった部屋で、やはりエスメラルダは大きく溜息を吐いた。そして、小さく苦笑しながら「バレていましたか」と呟いた。
そのつぶやきに、にゃんこメイドのビビが「奥様もまだまだですにゃー」とからかったので、エスメラルダはやはり無表情でビビを叱ったのだった。




