2-2 初顔合わせ
案内された椅子に腰かける。てっきり末席かと思っていたのだが、真ん中ほどの位置の椅子を引かれた。右手、つまり上座には、辺境伯とギデオンお兄様たち上の兄弟、私より年下の男の子が座っているところを見ると、辺境伯家の本家筋。私を挟んで左手には中年の女性が2人と年の近い男女。こちらはお妾さん達家族だろう、彼女たちが私より下座。
お妾さん達からしてみれば、ぽっと出の庶民育ちの小娘、しかも自分たちと違って放置されていた放置子が、突然自分達より上の立場になったのだから、面白くないだろう。
私も面白くない。この家の中でも放置していてくれたらよかったのに、すごく気を遣う。なんだかもう胃が痛い気がしてきた。
ギデオンお兄様が乾杯の音頭を取って、夕食が始まった。
乾杯用のドリンクを一口だけ飲んでグラスを置くと、左隣からクスリと笑う声が聞こえた。
「シヴィル様、最初の一杯は全て飲むのがしきたりですわよ」
早速攻撃だろうかと警戒しつつ、その女性の様子を伺う。意外にも不快そうな様子ではなく、苦笑しながら「仕方ないわね」と言った様子だ。親切で教えてくれただけのようだ。疑ってごめんなさい。
「そうなのですね。存じ上げませんでした。不勉強で申し訳ありません。えっと……」
「マリーベルですわ。これから奥様に色々とご指導いただくとよろしいですわ」
「マリーベル様、ありがとうございます」
マリーベル様は確か、元メイドでドナお姉様のお母様だったかな。マリーベル様は嫌味なくにっこりと笑ってくれた。どうやら嫌われたり警戒されているわけではないみたいだ。この態度が表面上のものだとしても、表面だけでも取り繕ってもらえるのは助かる。
マリーベル様のおかげで少しだけ緊張が解れたので、ようやく食事を始めた。エビのフリッターにトマトソースをつけて食べる。ユオヅ村は海からは遠いので、エビなんか食べた試しはない。樹里の記憶を見て「こんな虫みたいな気持ちの悪い生き物が美味しいの?」と疑問に思っていたけれど、エビ美味しい。すごく美味しい。何故2個しかないのよ。もっとエビ食べたい。
前菜に感動しながら舌鼓を打っていると、右側から話しかけられた。
「シヴィル、テーブルマナーを知らないのではなかったのか?」
話しかけてきたのは、上座に座る老齢に入った男、辺境伯だ。先入観100%のおかげで、自分でも表情が硬くなったのがわかった。
「はい。詳しくは存じ上げません。私はまた何か粗相をいたしましたか?」
「いや、知らない割にはカトラリーの扱いを知っているようで、驚いただけだ」
「あら? 本当ね。最近では庶民もナイフを使うのかしら?」
長女のサブリナお姉様も会話に入ってきて、その言葉で気づいた。庶民はナイフなんか基本は使わない。最初から切り分けられたものをフォークで刺して食べるだけだ。中にはカトラリーがなくて手づかみということもある。
だというのに、私は皿の左右に8本ずつ並ぶナイフとフォークを少し眺めて、これは外側からだと判断して、外側のナイフとフォークを使って食事をしていた。こんなことを庶民が知るはずがない。
知っていたのは、樹里が高級レストランでアルバイトをしたことがあったからだ。樹里はテーブルマナーも和洋中きっちり習得していたのだ。ウェルカムドリンクの時はウッカリしていたけども。
前世の記憶ですなんて言えないので、私は少し焦りながら口を開く。
「えー……と、庶民でナイフを使うことは滅多にないことです。母から少しだけ教わりました」
「まぁ、ステラに。そうなのね」
「なるほどな」
母と口に出した途端、サブリナお姉様は嬉しそうに微笑んだ。やはりギデオンお兄様が言っていたように、上のお兄様お姉様は、母と親しかったのかもしれない。
反して辺境伯は、特に興味もない様子。辺境伯のせいで母は人生が狂ったのだから、もう少しくらい申し訳なさそうにできないものかね。ムカつくわ。
かといって辺境伯が母に興味を持つのも嫌なんだけど。なんだか複雑だわ。私はこのオッサンに何を求めているんだろう……。
悶々としながらも夕食の時間は進む。意外にも口撃されることはない。私を認知すると決定した辺境伯の前で、私を口撃するのは不味いと考えたのだろうか。だとすると、陰で何か仕掛けてくるかもしれない。
私に対して敵意を孕んだ視線を向けてきたのは、席順からして妾腹のルサルカお姉様。最初から今までずっと無視し続けているのが、トバイアスお兄様。どちらもユージェニー様のお子だ。となると、ユージェニー様も、私のことをよく思ってはいないのだろう。
もう一人の妾のマリーベル様は好意的というか、特に私を気にした様子はない。なんというか、お客さん扱いというか。娘のドナお姉様が教会に入っているので、教会とのコネはできている。それで満足しているということだろうか。
いや、満足はしていないはず。教会でお役目が終わるのがいつかは不明だが、それが20歳くらいなら結婚もできるかもしれない。だが、25歳ともなると難しいはずだ。せいぜい残り物か、年かさのおじさんの後妻と言ったところか。
もし私がドナお姉様の立場だったら、脂ぎったオッサンに嫁ぐくらいなら、還俗せずにお役目終了後も、子どもの頃から慣れ親しんだ教会で、修道女でもやっていた方がマシだと考える。そうなると、マリーベル様は打つ手なしなわけで、自身やドナお姉様の立場の向上を望むのは難しい。
つまりマリーベル様はもう、足掻くだけ無駄な状況なのかもしれない。そうなると、私の事なんかどうでもいいわけだ。
うん? ちょっと待って。私だって嫁がされる可能性はあるんだ。どこかの高位貴族のオッサンが後妻募集中なんて言い出したら、ではウチのシヴィルをとなる可能性はあるのだ。
絶対嫌だ! 花も恥じらう乙女だというのに、何が悲しくて太って脂ぎったハゲ親父(勝手なイメージです)と結婚しなきゃならないのよ! 断固拒否! これは釘を刺しておかねば!
気持ちの上ではお父様なんて呼びたくないけれども、この場で辺境伯閣下なんて呼んだら、場が凍り付くことくらい私にもわかる。
「ギデオンお兄様、お父様に条件の話はしていただけていますか?」
「あぁ。先ほど伝えた」
ギデオンお兄様が視線を注ぎ、辺境伯は小さく溜息を吐いて答える。
「ギデオンが約束した以上は仕方がない。認める。しかし、当然入団試験は受けてもらう。その結果次第だ。良いな?」
「はい。ありがとうございます」
よし、言質は取った。と心の中でガッツポーズしていると、今まで静かに食事していた奥様が、口を挟んできた。
「確か、騎士団に入るとか?」
「そうだ」
「そうですか。ではレッスンの時間も調整が必要ですわね」
そういえば、奥様が私に教育をしてくれるとギデオンお兄様が言っていたのを思い出した。
奥様が私を見て言った。
「騎士団小姓は終業時間が15時まで。その後にレッスンを行います。夕食を挟んで夜も行います。あなたが訓練でどれほど疲労していてもです。勿論今夜から始めます。よろしいですね?」
「えっ」
よろしくないです。ヘトヘトで帰って来ても、夜まで勉強? 本気ですか奥様。厳しくないですか奥様。
「お返事は?」
「え、あ……はい」
「返事はしゃきっとなさい」
「はい!」
奥様が一番厳しい! えぇ、本当に本気で? 私、この家でやっていけるかな。大丈夫かな。
夕食会はその後もトラブルなく、つつがなく終了したけれども、初日からくじけそう。




