1-22 辺境伯家へ
ホワイト辺境伯家へ、家族揃って行くことが決まった。当初は国外逃亡のためにやっていた荷造りは、そのままお引越しの荷造りになった。
話し合いの場で準男爵様とお引越しの手続きをして、師匠にも事情を説明して、治療師見習いを辞めることを伝えた。
師匠やゾン、友達や村の人達は、私達が去ることをとても寂しがってくれたけれど、私に対する態度は既に貴族に対するそれになっていて、それが余計に別れを実感させて、私はやっぱり行くのをやめようか、なんて思ったりもした。
1週間して、騎士が退院したタイミングで、私達は村を発つ。その間に親しい人たちが別れの挨拶に来てくれた。
リカが涙ながらに、私に抱き着いた。
「どうして言ってくれなかったの!」
「ごめんね」
リカは絶対言いふらすからね。私は苦笑しながらリカを抱きしめ返す。リカが離れると、一緒に来ていたモアが、リカの隣から顔をのぞかせた。
「たまには村にも帰って来れるんでしょう? それとも、もうここには来れない?」
「そんなことないよ。頻繁には無理みたいだけど、また来るよ」
「そっか」
「うん。あ、そうだ」
ポケットから、小さな魔石が付いたペンダントを取り出した。女の子にあげるものだし、手持ちの中では一番綺麗だった月光熊の魔石を、皮ひもでくくったペンダントだ。
「モア、これをあげるから、出来るだけ身に着けておいて」
「え? ペンダント? どうして?」
「出来るだけゾンと永く一緒にいられるように、おまじないをかけたの。お守りにして」
「ありがとう」
お礼を言ったモアも、私にハグをしてくれた。ペンダントには細胞レベルでの自動修復が付与されている。モアは短命種だけど、これで少しは寿命が延びるといいな。魔石の魔力が尽きるまでだけど、月光熊は強い魔物だから、結構長持ちすると踏んでいる。
ついでに物欲しそうな顔をしたリカにも、同じものをあげた。こんなこともあろうかと、3つ作っておいて良かった。
当日に向けて少しずつ荷物を積み込んでいた馬車だけど、それでも荷物はある程度絞ったから空きがある。引っ越しを想定して空馬車を用意していたギデオンお兄様には、流石としか言いようがない。ギデオンお兄様は、本当にやることにそつがない。
見送りには師匠達や村の人に加え、準男爵様とイザイア様、イザイア様のお兄様も来てくれていた。
「お前を手放すのが心の底から惜しいよ、俺の金の若芽鳥」
「師匠酷い! 私の事そんな風に思ってたんですか!」
「はっはっは。冗談だろ」
「あはは! あっちに行っても元気で金の卵産めよ」
「ゾンまで!」
金の若芽鳥というのは童話に出てくるもので、言ってみれば金の生る木みたいな意味だ。まったくこの親子は、本当に冗談なんだろうか。私のマル秘ポーションでかなり儲かったみたいだし。
憤慨しつつも一応お別れの挨拶をして、最後にイザイア様に振り向いた。
あれからなんだか気恥ずかしくて、イザイア様とろくに話すこともできなかった。だけど、イザイア様が私が貴族になることを喜んだというのは、そういうことだって思っていいはずだ。
だから私は勇気を出して、イザイア様の前に足を運んだ。そして、残り1つのペンダントを差し出した。
「不細工な品で申し訳ないのですが、これを受け取ってもらえますか?」
「僕に?」
「はい」
少しの間ペンダントを眺めたイザイア様は、ありがとうと礼を言って笑った。
「大切にするよ」
「はい。あの、イザイア様……」
「うん?」
「あの……」
また会えますか? 私の想いに気が付いていますか?
そう聞きたいけれど、聞く勇気がどんどんしぼんでいき、結局モゴモゴと口を動かすだけになってしまった。
嫌だとか嫌いだなんて言われるとは思っていない。私が貴族で嬉しいと言ったのは、多分そういうことなのだから。だけど、一応人前なのはわかっているし、困らせてしまうかもしれないと思って、やはり言うのはやめようと思った。
ふと、少しだけ近づいたイザイア様が、小声で囁いた。
「きっと迎えに行くから、待っていて」
「は、はい! 約束ですよ?」
「うん、約束」
少し照れた様子で約束してくれたイザイア様を見て、私は嬉しくて自分の顔がフニャフニャになっていることに気が付いた。慌てて顔面崩壊を止めようとしたら、変な顔になってしまった。
せっかくちょっとロマンチックな空気だったのに、いきなり私が変顔をしたものだから、イザイア様が噴き出して笑い出した。
何故こういう場面で決められないのだろう。普通こういう場面では、頬を染めてはにかみながら「うふふ」と見つめあうものだろう。なのに変顔を披露するなんて。
残念で情けない自分自身が本当に嫌になった。
最後の失敗のせいで、イザイア様に呆れられたのではと危惧しつつ、みんなにお別れを言いながら、私は12年を過ごしたユオヅ村から旅立った。
朝に出発した馬車は、荷物も載せているから少しゆっくりめに走った。そしてお昼に休憩を挟んで、到着したのは夕方。
ホワイト辺境伯領領都ストルファは、ユオヅ村より北東に位置している。ユオヅ村は魔の森に接しているし、畑も多くてまさにド田舎だった。だけどさすがは領都は都会だ。
大通りは馬車がすれ違っても余裕があるくらい広くて、地面が石畳で舗装されているし、レンガ造りの大きな建物も多い。大きな石造りの建物のいくつかは、ガラスを使った窓もある。
なにより夕方だったこともあるのか、人通りがとても多い。商業区の市が並んでいるところは、朝夕は馬車の侵入規制がかかるくらいに人が多いのだと、御者をやっていた騎士が教えてくれた。
私は馬車の車窓から、「ほぁー」と間抜けな声を出しながら領都観光を楽しみ、またしてもお上りさんよろしくキョロキョロとするのに忙しかった。
徐々に街並みから雑踏が減ってきた。それと共に夕日も少しずつ沈んでいく。周囲には木造の家なんか見当たらなくて、レンガや石造りの家ばかり。窓にもどの家にもガラスがはまっている。高級住宅街だ。
ぽつぽつと家に灯が灯りだした頃、馬車は速度を緩めて、やがて一軒の大きな屋敷の前に止まった。
大きな石の門には鉄門扉が取り付けられ、そこには門番が2人立っている。馬車の辺境伯家の紋を見た門番は、すぐに扉を開いた。
50mほどもありそうな長い前庭は、屋敷へと続く道の両側を芝生と花壇で飾られていて、夏の花が咲き誇っている。
その前庭を抜けると、白く塗装された窓枠の窓と、それを引き立てる赤レンガのトンガリ屋根の大きな屋敷。
馬車が玄関に到着する頃には、使用人たちが数名出迎えに現れていた。ギデオンお兄様に手を引かれて馬車を降り、玄関に足を進める。
同時にドアが開かれ、使用人たちが一斉に礼を取る。
「「お帰りなさいませ、若様、お嬢様」
今日からここが、私の家になる。果たしてこの家は、スイートホームか羅刹の家か。
緊張してなのか、夏の暑さのせいなのか。少し汗ばんだ手でギデオンお兄様の手をぎゅっと握り、私はホワイト家へと招き入れられた。




