1-21 イザイア・グレイ
準男爵の息子視点
シヴィルと僕が最初に会ったのは5歳の時。正直この時のことはあまり記憶にない。ただ、小さい子が、誰よりも種を高く飛ばしていたのは覚えている。
僕が5歳になったくらいの頃から、時々父が視察がてらに連れ出してくれるようになった。屋敷を中心に、北側の地区、西側の地区、南側の地区、東側の地区。集落を回っては、そこに住む子どもグループに混ざって遊んだ。
あの頃は僕もまだまだ子どもだったから、父にねだって外に連れ出してもらったこともある。
それでも子どもグループは毎日同じメンバーで遊んでいるわけではないし、毎年どのグループも世代交代していった。僕も頻繁に外に出られたわけではないし。
そのせいもあって、シヴィルと再会したのは8歳の時だった。
驚いたことに、6歳の女の子が「青空教室」なるものを開いて、大人や子どもに読み書き計算や公衆衛生を教えていた。それだけでも驚きだったのに――。
赤毛混じりのきらきらとした金髪、意志の強そうな紫の瞳、高く通った鼻筋、桃色の頬、薔薇色の唇。
こんなに綺麗な女の子を見たのは初めてで、あの日の僕はずっと彼女を見つめていたと思う。正直、授業の内容が思いだせない。
それから僕は、勉強や訓練の合間に青空教室に顔を出すようになった。父は父で青空教室に興味があったみたいで、快く送り出された。
シヴィルはただ綺麗なだけの女の子じゃなくて、どこで学んだのかと問い詰めたくなるくらい物知りだった。
ある農民が「土地が瘦せてきた」と言えば、貝を潰して石灰を作り、それを畑に撒くように言ったり、魔物の死骸や葉っぱやクズ野菜を発酵させた肥料の作り方を教えたり。
ある婦人が「妊娠してから髪や歯が抜ける」と言えば、卵や魚、葉物野菜を多く食べるように進言したり。
ある男の子が「シヴィルちゃんをお嫁さんにしたい」と言った時には、僕は思わず凍り付いてしまったんだけど、シヴィルは「私より強い人がいい」なんて言ったものだから、僕も頑張らなきゃと思った。
だけど、僕はあっという間にシヴィルに追い抜かれた。勿論僕だって身分の差くらいは理解している。だけどせめて、男の子として意識してほしかった。
それなのに年下の女の子のシヴィルにアッサリ負けてしまって悔しかったし、きっと彼女は僕を男の子とは認識しないだろう、そう考えたら悲しかった。
だというのに、僕は未練がましくも彼女と訓練する時間だけは確保し続けたし、力で勝てないなら魔法で、と思って魔法の訓練に没頭した。
僕は次男だから、家を出ることは既に確定事項。以前は騎士団と魔術師団で迷っていたけれど、この頃には魔術師団一択になっていた。
僕の祖父は、現在は王都の魔術師団の指南役を務めている。現役の頃は魔術師団の筆頭魔術師で、その魔法の技術の高さで戦争で大きな功績を上げた英雄だ。その功績によって子爵家の三男坊だった祖父は伯爵の位を賜り、父も同様に準男爵位を賜った。つまりグレイ家は魔術師として突出した才能を持った一家だった。
兄は僕より10歳年上で、僕が物心つく頃には王都の魔術師団に入っていた。その兄も僕が10歳になった時に、魔術師団の「魔術騎士」の位階を貰って帰ってきた。それからはずっと領地経営の勉強をしている。
本当は兄も魔術師としてもっと研鑽したかったのかもしれないが、兄は準男爵家とこの村を受け継がなければならない。
だから僕は、兄の分まで頑張ろうと思った。
一族の名誉のため、兄の果たせなかった夢のため、シヴィルに意識して欲しくて。
理由は色々だけれど、僕は魔術については妥協しなかった。
王都に行くたびに祖父にあれこれ魔術のことを質問しては教わり、沢山の魔術書を読み込んだ。ひたすら訓練に明け暮れて、毎晩魔力切れで倒れるまで魔法を酷使した。
加えて、グレイ家が継承する第1スキル「魔力増大」も仕事をしてくれたおかげで、僕の魔力量はその辺の魔術師じゃ足元にも及ばない量に増えた。
魔力が増えて技術も身に着けて僕は14歳になり、祖父や父の期待を背負えるくらいの魔術師に成長できた。
そんなある日のことだった。シヴィルが辺境伯の令嬢だと知ったのは。それを聞いたときの僕の驚きようと言ったらなかったけれど、僕は嬉しかった。
彼女が僕と同じ身分になった。今までなら、妾くらいにはできたかもしれないけれど、結婚は出来なかった。僕の父も祖父も妻は一人しかいなくて、僕自身も第2夫人や妾を持つことが想像できなかったから、僕は「シヴィルと結婚できる可能性」に、すっかり舞い上がってしまった。
だけど、よく考えたら辺境伯は侯爵家に次ぐ高位貴族で、この国には4つしかないような名家。翻って僕の家、準男爵家は貴族の「端くれ」。しかも僕は爵位を継ぐわけでもない次男の準爵。
僕の方がシヴィルに釣り合わなくなってしまっていた。どう考えても辺境伯は、シヴィルを高位貴族に嫁がせようとするだろうし。
せっかく浮かれていた僕は、その1時間後には意気消沈することになってしまった。
やがて辺境伯のご子息である、ギデオン様がシヴィルを迎えにやってきた。僕はシヴィルの今後が気になって、あれこれ質問してしまった。そのせいだろう、ギデオン様がとても僕に興味深そうにした。
そして彼は僕にこう言った。
「話し合いの場で、シヴィルに君の率直な意見を言ってくれないか?」
「はぁ、それは構いませんが……」
この時の僕は、ギデオン様が言ったことの意義がよくわからなかった。だから素直に「シヴィルが貴族になることが嬉しい」と告げた。
それを告げた時、僕もかなり勇気を出した。友達と今後も付き合いを持てる、程度に解釈されるかもしれないけれど、僕にとってはほとんど告白みたいなものだったから。
だから僕は緊張していたのだけれど、僕の言葉を聞いたシヴィルが、みるみる頬を薔薇色に染めて、キラキラした瞳で僕を見つめた。
だから、あぁ、僕の想いは届いたんだってわかった。
すぐさま手のひらを返したシヴィルが可愛くて面白くて、僕は笑ってしまったんだけど、みんなはポカンとしていた。
だけど、今になってよく考えたら、ギデオン様にしてやられた感が否めない。ギデオン様にしてみれば、辺境伯家に連れて行ってしまえばこっちのものだ。中々頷かないシヴィルを引きずり出すために、僕らの気持ちが利用されたというわけ。政治家の厄介さを嫌というほど思い知らされた。
シヴィルは第3騎士団に入ることを希望していたし、彼女は簡単に辺境伯の言いなりになったりはしないだろう。だけど、僕がいつまでものんびりしてはいられないことも分かった。
きっと、いつか。シヴィルに釣り合う立場を手に入れて、シヴィルを迎えにいく。
来年から魔術師団に入って、祖父のような功績を手土産に、必ず迎えにいくから。
だから、どうか待っていて欲しい。
シヴィルは綺麗だから、他の貴族の子息も放っておかないだろうなって心配だけど。
いや、そういえばゾンは
「シヴィルなんて、外面がいいだけのゴリラじゃないですか」
と言ってたし、そういう風に見る人もいるのだろうか?
うーん、わからないけれど、まぁいいか。とりあえず、これから頑張ろう。




