1-20 試練 下
合図とともに騎士が駆けてくる。え、遅い。金属の鎧なんて重い物を着ているからだろうか。流石に全身鎧ではなくなっているけれど、それでも重そう。
第1騎士団は護衛とか戦争要員だから、身軽さはそこまで重視されないのだろう。とはいえ、相手は鎧を着ているから、私の剣は滑るかもしれない。刃こぼれするの嫌だし。そして斬られたら絶対痛い。
先頭の一人が振り下ろしてきた剣を躱し、思い切り後ろ回し蹴りを腹に叩きこんだ。私に蹴られた先頭の一人が、後ろにいたもう一人を巻き込んで後方に吹っ飛ぶ。
「なっ!?」
思わずと言った調子で声を上げたのは、一体誰の声だったか。
私の動きを見た騎士達の動きが一瞬止まった。その隙を見逃さず、左側で剣を振り上げていた騎士の顎を鞘で突き上げると背後に昏倒。すかさず体重移動して跳躍し、右側の騎士の背後に回って鞘で側頭部を殴打。
ガァンと鳴り響いたヘルメットの音。流石に騎士達は我に返り、残った4人で攻勢に出た。
一人が私の相手をして、残りが周りから私を袋叩きという構図にしたいようで、先程と同じように周りを囲まれる。第1騎士団は人相手の軍人なわけだから、人と闘うのは慣れているのだろう。
相手が「普通の人」なら、ね。
上段から斬りかかってくる正面の騎士の剣を避け懐に入り、下段に構えた私が正面の相手に鞘でみぞおちに突きを放つ。至近距離で放たれた刺突によって騎士はくの字に折れ曲がりながら後方に吹き飛ぶ。
私が攻撃に入った隙に、三方向から繰り出されていた攻撃をするりと滑るように躱し、包囲の輪を抜け、ほんの少し距離を取った。
「次は私から行きます」
低く構え、足に力を入れて地面を蹴ると、乾いた訓練場の土がもうもうと舞い上がった。
構えに一拍遅れた右側の騎士に瞬時に距離を詰め、鞘の横腹で胸を叩きつけると、元々バランスを崩していたのもあって、半回転して頭から地面に落ちた。
その騎士が宙を舞って、隣にいた騎士の視界を遮っている間に回り込み、背後から尻を叩きあげて天上に吹き飛ばした。
その時に、なんだか持っていた剣が軽くなった気がしたが、私はそのまま残りの1人に詰め寄った。
そして、その騎士の露出している首筋に鞘を叩きこもうとして、視界に入るのが剣先だと気づいて、慌てて振りぬこうとしていた腕を止めた。それでも剣は首の肉を切り裂き、吹き上げる様に血液が蒔き散らかされた。
首を押さえてうずくまる騎士に、私は顔面蒼白になって跪いた。
「あぁっ! ごめんなさい! やだ、動脈斬れてる! 死んじゃう死んじゃう!」
途中で鞘がすっぽ抜けて、うっかり頸動脈を斬ってしまったようで、騎士は血塗れだ。私はあたふたしながら騎士を治癒した。
治癒はすぐに済んで、騎士は貧血で顔色は悪かったが、問題なさそうだ。私は剣を握って立ち上がった。
血の滴る剣を右手に提げ佇む私の周りには、鎧を着た男が8名、呻きながらうずくまって死屍累々の体を晒している。私はそれを一顧だにせず、私に畏怖か嫌悪か知らないが、眉をしかめて見つめるギデオンお兄様に振り返り、紫色の瞳で強く睨み剣を突き付ける。
「これでもまだ納得がいかないなら、私は従いません。条件を飲んでくれますよね? それとも、お兄様も斬られたいですか?」
ギデオンお兄様は苦虫を嚙み潰したような顔をしそうになり、それを誤魔化そうとして失敗した顔をする。
「真剣勝負……と、言ったはずだが」
「ウッカリ殺すのも殺されるのも嫌ですから。最後にはちゃんと斬ったし、良いではありませんか? そもそも、私が騎士団でやっていける実力があるかどうかの試練ですよね? お眼鏡に適いませんでしたか?」
「……いや。ハァ」
ギデオンお兄様は大きな溜息を吐いて、ついに苦笑して肩をすくめた。
「認める。シヴィルがこれほどまでに鍛錬していたとは思わなかった。流石はゴリンデル殿とステラの子だ」
「ありがとうございます!」
やった! 合格!
くるりと振り返り、母たちにピースサインを送ると、母と祖父は手を叩いて喜んでくれた。その隣で、イザイア様と準男爵様は私の後方を指さしている。
なんだろうかと振り返ると、騎士達が未だに倒れている。私が近くの騎士に駆け寄ると、祖父と母も手を叩くのをやめて近場の騎士に寄っていった。
最初に蹴とばした騎士→肋骨5本と腸骨骨折。
巻き込まれて吹っ飛んだ騎士→肋骨2本骨折。
顎を突き上げた騎士→上顎骨と下顎骨骨折、頚椎損傷。
側頭部を殴打した騎士→ひしゃげたヘルメットによる頭部外傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫。
みぞおちを突いた騎士→胃と肝臓の挫傷。
胸を叩きつけた騎士→肋骨6本骨折、肺挫傷。
尻を叩きあげた騎士→坐骨と仙骨骨折、椎骨圧迫骨折。
首を斬った騎士→貧血。
「あぁっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ったく、シヴィル! 手加減してやれよ! 可哀想だろ!」
「だって、真剣を持った相手なんて初めてだったんだもん! 怖くて力入っちゃったの!」
「全くもう。当たるわけがないのだから、怖がる必要はないじゃない」
祖父と母に叱られながら、手分けしてちゃんと治した。でもしばらく入院する羽目になってしまった。本当にごめんなさい。
そんな家族3人を見慣れた準男爵親子は、やれやれと苦笑いしながら見守り、ギデオンお兄様は「こんなはずではなかったのに」と、頭を抱えて溜息を吐いていましたとさ。




