1-18 辺境伯のお迎え 4
どこで油を売っていたんだと師匠に怒られたが、事情を話すと師匠は途端に半目になって、すぐに帰らせてくれた。ありがとう師匠。
家にもあの後騎士さんが先触れに来ていたようで、母が目も当てられないくらいにオロオロしていた。
なんとか母を落ち着けて、夕方までに話し合いだ。
「お母さん、ギデオンお兄様ってどんな人?」
「ギデオン様は、貴族の手本のような方よ。お優しいし公正だけれど、政治的な場面では悪役にもなれる。一言で言えば賢いお方ね」
「やっぱりそうかぁ。私が話した感じでもそういう印象だった。口で勝てる気がしないよ」
「シヴィルでもダメだった?」
「全然ダメ。感情的になって泣いちゃった。お兄様は終始駄々っ子をあやすみたいだったよ……」
「シヴィルが泣くなんて珍しい……」
「長男を送り込んでくるあたり、あっちも本気出してるっつーことだろうな」
今までいくつか、辺境伯から接触してくるパターンは考えていた。辺境伯がロミオって母を手に入れようとするとか、なんらかの理由で私が必要になって攫うとか。
でも「聖女として迎え入れる」パターンは想定していなかったよね、さすがに。一応、どうしても辺境伯家に行かなきゃいけなくなった時のパターンは考えていたけどさ。
とはいえ、ギデオンお兄様は穏便に話し合いで済まそうとしてくれている。もし私達を説得できなかったら、私を力づくで連れて行く気なのだろうか。騎士も何人かいたし。
「どうだろうなぁ。お前が見た騎士は4人だろ? 護衛なら第1騎士団の面子だろうから、俺のことを知らん可能性もあるか……?」
「騎士はそうでしょうけど、ギデオン様がお父さんと私のことを知らないはずがないわ。たったの4人で私達を抑えて、シヴィルを連れ去るなんて無理とわかるはずよ」
言い切るおかん。騎士でもこの2人には勝てないのね。確かにギデオンお兄様も、私よりステータス低いくらいだったからなぁ。
まぁギデオンお兄様の場合、長男だから名目上団長をやらなきゃいけないだけなのだろうけど。
「つまり、ギデオンお兄様は無茶をする気はないってことだよね?」
「恐らくね。となると、何度も説得に足を運んでくるかもしれないわ。手を変え品を変え」
「えー、その度に仕事が中断されるのも嫌だなぁ」
「そうねぇ」
「どうせこの村を離れなきゃならんなら、いっそのこと外国にでも逃げるか? ガルガンディアなら敵国だから、辺境伯も介入できねぇぞ」
「それは良いわね」
「うん! そうしよう!」
国外逃亡を視野に入れだすゴリンデル一族。ウチの一家はフットワークが軽いのだ。早速荷造りを開始。
私と母が荷造りしている間に、祖父が地図を見ながら逃走ルートを検索。各国を旅していた祖父は、こう言うのが得意なのだ。
と、その時。
「ギデオン様の使いの騎士です。お迎えに上がりました」
うそでしょ! 早いよ! もう夕方!?
私たちは顔を見合わせて、とりあえず私は隠れて母が対応に出た。
「すみません、シヴィルがまだ帰っていなくて」
「偽なり」
司祭様まで連れてるなんて、随分準備がよろしいようで!
「お嬢様がお帰りでしたら、是非ご一緒に」
「……はい」
母はどんな顔をしているのだろう。騎士さんちょっと笑ってるよね。笑いを堪えながら言ってるよね。
渋々私達は諦めて、騎士の後をついていくことにした。まぁ、逃げるチャンスはまだあるし。
騎士と一緒に準男爵家へ入った。応接室に通されると、ギデオンお兄様と準男爵閣下、イザイア様まで待っていた。
そうか、どの道イザイア様ともお別れなのか。イザイア様が騎士団に入る来年まで引っ張れると思っていたのにな。
更に気落ちしつつ、ギデオンお兄様の対面に腰かけた。
ギデオンお兄様が席を設けてくれた準男爵様にお礼を言って、話し合いが始まった。
「シヴィルはどうしてもこの村から離れたくないようだが、それはそなたらもか?」
「そうですな。シヴィルを一人っぽっちで、知らない人だらけの家に住まわせるのは、可哀想だとは思いませぬか?」
祖父の回答に、ギデオンお兄様が眉を下げる。
「それは誤解だ。何もシヴィルをそなたらと引き離そうとは思っていない」
「と、仰いますと?」
「そなたらの希望にもよるが、例えばステラをシヴィルの侍女、ゴリンデル殿は護衛として、我が家に迎えることができる」
祖父と母も一緒なら、まだマシかも?
と、こちらが思っているのを、ギデオンお兄様が見逃すはずがなかった。
「ステラとゴリンデル殿も、屋敷の離れに住まう手配をしよう。勿論正当な報酬を支払う。シヴィルも高度な教育を受ける事が出来る。何しろ母が直々に教師を務めると息巻いていたからな」
その言葉に母が身を乗り出す。
「お、奥様がですか!?」
「そうだ。ステラも知っての通り、母は公爵家の出だ。教師としてこれ以上の人は中々いないだろう」
「……そう、ですわね」
これはやばい。話の流れが完全に辺境伯家に行った後の話になっている。
「ちょっと待ってください! 私はまだ行くなんて言っていません!」
「そうは言うが、シヴィル。辺境伯の娘を、辺境伯家で育てることの、なにがおかしい?」
「それは……」
それなら最初から育てるべきでしょう。それを私は言えるわけがなくて、ギデオンお兄様もわかっているようだった。
多分、お兄様も知っている。母は辺境伯に放逐されたわけじゃない。逃げたのは母の方。今まで放っておいたのも、関心がなかったのと罪悪も少しはあったのだろう。
「それは、そうなのですが……」
「父上に会いたくないからか?」
「……」
そうですよ。それが一番の理由ですよ。母や祖父だって会いたくないだろうし、そんな人に頭下げたくないし。
私が憮然としていると、今まで黙っていたイザイア様が口を挟んだ。
「シヴィルは、貴族になりたくないのかい?」
「……はい」
「どうして? 僕は君が貴族だったと聞いて、嬉しかったよ?」
「えっ?」
何故? 何故イザイア様が喜ぶの?
私が貴族になることで、イザイア様になんの関係が――。
「あ!」
一つの可能性に行きついて、思わず声を上げた。慌てて口元を手で隠しながら、イザイア様に視線を送ると、イザイア様は少しだけ頬を染めて、小さく微笑んだ。
そうだ、私が貴族になったら、イザイア様と結婚できる!
「はい! お兄様! 行きます!」
「……その気になってくれて安心したよ」
あれだけ嫌がっていたのは何だったのかというくらい、見事な私の手のひら返しに、私とイザイア様以外の全員が、困惑した顔をした。




