1-17 辺境伯のお迎え 3
「貴族なら、何をしても許されるのですか……貴族に流れる青い血が、人の人生を踏みにじるものであれば、それは私の倫理に悖るものです。到底受け入れられません」
「そなた自身は清く正しい貴族として生きればよい。扱いは嫡子となる。相続権も発生するし、教育も受けられる」
「お金なら自分で稼げますし、読み書き計算もできます」
「貴族の教育は読み書き計算に留まらない。歴史や政治、作法も学ぶ事が出来る」
「この村で生きていく分には、そんな知識は必要ありません」
「……何故そうも頑ななのだ? 美味しい食事や綺麗なドレスも与えられる。そなたくらいの歳の子どもなら、貴族の姫に憧れるものだぞ?」
最初は連れて行くと上から目線で言った割に、ギデオンお兄様は私を淡々と説得するように話していた。多分、ギデオンお兄様は悪い人ではないのだろう。
だが、嫌なものは嫌だ。この村から離れたくないし、母が「殺したいほど憎んでいた」辺境伯の顔など見たくもないのよ。
「贅沢で華やかな暮らしよりも、祖父と母、師匠をはじめとする村の人達の傍で泥臭く生きる方が、私らしい生き方だからです。それに、この事は母と祖父には話しているのですか? 準男爵閣下には?」
母と祖父はもちろん、私はこの村の住民。つまりは準男爵様のもちもの。準男爵様にも話を通すのが筋だ。
「準男爵閣下には手紙で仔細を伝えている。ステラとゴリンデル殿には、そなたの説得を済ませてからと思っていたので、まだだ」
「普通、親を説得して親から子に言わせるものでは?」
ギデオンお兄様が苦笑する。
「あの両名が納得すると思うか?」
「しませんね」
「そうだろう? ステラは子どもの頃から頑固なところがあったからな」
「母のことを?」
「勿論。私達兄妹はステラとは歳が近かったし、ステラは成人してからは母専属の侍女になったから、関わることも多かった。そなたがステラに瓜二つで、驚いたよ」
母は33歳で、ギデオンお兄様が37歳。他のご兄弟も歳が近かったなら、もしかしたら親しかったのかもしれない。多分、そうなのだろう。母の性格を覚えているくらいなのだ。
え、待って。辺境伯ちょっと待て。お母さんはギデオンお兄様より年下なんだけど! 息子よりも若い娘に手を出す!? いや出さないよ普通は!
うわ、引くわー。辺境伯これは引くわー。うわー。
ギデオンお兄様が渋いイケオジだから、辺境伯もキモブタではなさそうだと思ったけど、心がキモブタだわ。ますます行く気が失せたわ。
「どうした? 砂でも吐きそうな顔だが?」
「なんでもありません。それより、このことは私一人で決めることではないと思います。祖父と母、そしてできれば準男爵閣下も交えての相談が適切だと思うのですが」
「……そうだな、席を改めるとしよう。夕方時間を取れるか?」
「はい」
「では後ほど、準男爵閣下の屋敷へ参れ」
「わかりました」
なんとかこの場は追い払うことに成功したようだ。夕方なのは、こちらに考える時間を与えないためだろう。よし、今日は午後から休みをもらって即行帰ろう。
などと考えながらお見送りの姿勢を取っていたら、ギデオンお兄様がこちらに振り返った。
「シヴィル」
「はい」
初めて名前を呼ばれて、ちょっと目を瞬いた。
「父上のことが嫌いか?」
私はつい下唇を尖らせる。その表情でバレたようで、やっぱり苦笑された。
「父上はともかく……、シヴィルとステラを心配している者が、こちらにもいるのだ。私を含めてな」
「……」
「ステラに会えるのを楽しみにしている」
「……はい」
「では」
あぁ、ギデオンお兄様。そういうのはズルいです。そんな風に言われると、邪険に出来なくなる。辺境伯は別だけど。
ギデオンお兄様の背中を見送った後、私は盛大に溜息を吐いた。




