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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第1章 幸福な子ども時代

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1-14 12歳

 くつくつと茹る鍋を、杓子でくるくるとかき回す。混ぜるたびに濃厚な薬の匂いが漂って、目に染みてくる。


「シヴィル、これを潰してくれないか?」

「はい。じゃぁゾン、鍋代わってくれる?」

「おう」


 師匠に渡された木の実を手のひらに握りこんで、ギュッと握りしめる。ばきっと音がして、欠片が小さくなったのを確認して手を開くと、皿の上にサラサラと粉になった木の実が落ちていく。

 最早師匠もゾンも慣れてしまったけれども、最初の頃は「乳鉢も薬研もいらねぇな……」とか言われた。いるよ。


 人間の治療や薬学については、70点くらいの評価を貰っている。でも、エルフやドワーフ、獣人なんかの別種族の治療については、種族特有の構造だとか、種族特有の病だとかもあって、そちらはまだ勉強中。

 なんなら師匠は外科手術もやるし、私も執刀の補助をする。加えて師匠は光魔法の属性も高いから、治癒魔法もレベルが高い。ウチの師匠はかなりやり手のドクターだと思う。なんで教会で聖者認定されていないのか、心の底から不思議だ。


 その疑問を、ゾンにぶつけてみた。


「あー、なんか面倒くせぇつって、親父が拒否ったらしいぜ」

「え、断れるの?」

「実際断ってんだから、断れるんだろ」

「ふーん……?」


 そんなものなのかと釈然としないでいると、それを察したらしいゾンが教えてくれた。


 治癒魔法は光魔法の一種で、そもそも光魔法は使用者が少ない。なので治癒魔法を使える術師もかなり少ない。なので、治癒術師はかなり重宝される存在だ。

 かつては、治癒魔法を使える人は神に授かったとして、全て教会で管理されていたことも、わずかな期間だがあったそうだ。 


 だけど、この国もそうだが周辺国家も、教会との結びつきが強い。この国、この大陸だけかもしれないが、国はそれぞれ異なった神を信奉し、その神の名を国の名前に冠している。

 この国アズメラ帝国の冠する神は、地神アズメラという男神だ。周辺国家では、風の神、金の神、水の神、花の神、芸の神などを祭る国がある。


 国教と定めるだけあり、国内では教会の権威は強い。概ねどの国も政府との結びつきは強く、中には教会の予言で政が左右される国すらある。

 この国に関しては、アズメラ教の関与は、聖女聖者などの高位治癒術師による治療、貧民や難民の支援、そして司法権などが代表的である。


 過去に全ての術師を教会で管理していた時は、表向きは「治癒魔法を適切に使用できるように、教会で術師を教育する」っていう前提だった。でも、当然地方では術師の恩恵を受ける事が出来ず、死亡者が急増。

 それを受けて、術師を全て管理するのはやめて、高位の術師のみ聖者、聖女と認定し、教会で管理することになったそうだ。勿論、一定レベル以下の術師でも、希望する者は教会で術師の教育を受けることは可能だ。


 そういった過去があるので、たとえ高位の術師だったとしても、本人が希望する土地で治癒術師として働きたいと言えば、教会に聖者認定を強制する権利はない。


「つーのは建前で、その頃の大司教と一部の貴族が癒着してて、贈収賄やら高額治療とかやってたから神罰が下ったんだと」

「あー……。それで術師の独占は神意じゃないって解釈されたんだね」

「多分な」


 仮に教会が術師を一元管理していたとしても、適切に運用されていれば神罰は下らなかったのかもしれない。でも当時の人達は、どの時点で神の怒りに触れたのかがわからなかったから、一元管理自体を諦めるしかなかったんだろう。


 この世界の神様は実在してて、神様から見て悪いことをすると神罰が下る。戦争とか殺人とか、そういう国家間、個人間の問題は神罰の対象外みたいなんだけど、神を冒涜するような行いは許されないそうだ。

 なので、この世界の人はみんな神を信じているし、宗教を貶めるような聖職者は基本的にはいないし、はっきり言って聖職者たちの自戒はかなり厳しい。だから信じられるというのもある。


 私ももちろん信じている。スキルくれたし。

 ありがとう神様。ものすごく役に立つスキルで、日々助かってます。心底感謝してます。

 だって鑑定使いながら目を強化したら、さながら解説付きの3DMRI画像だからね。診察に関しては師匠もびっくりよ?




 雑談の後お昼休憩を終えて、午後いちの仕事は入院しているおばあちゃんのオムツ交換。それが終わったら、汚れたオムツや衣類の洗濯をして、端切れをカットして作ったガーゼを煮沸消毒したら、ゾンに魔法で乾かしてもらって、治療費や経費、その日の売り上げなんかの計算をして。

 その合間にやってくる患者さんの手当てをしたり、師匠の診療の補助をしたりする。


 治療院のお仕事は、治療や調剤だけじゃなくて、細々した仕事も沢山あるので忙しい。でも、すごく充実している。




 暇すぎて開店休業状態の日はお休みを貰えたり、決められたお休みの日もあって、そういう時は祖父と一緒に狩りにいく。

 なんだかんだで私も祖父も「改造」スキルの本気を知りたくて、色々試している。


 手始めにやってみたのが、髪色を変えてみること。桃色混じりの金髪は、見事に燃えるような赤い髪になった。同じ髪色になった祖父が大喜びして、「そのままでいろ」なんて無茶振りをかましたりした。


 変身もやってみた。師匠に化けてみたんだけど、骨格や筋肉がギシギシ全身軋んでいく感覚が、すんごい嫌だった。痛いし。必要に駆られない限りはやらない。


 あと、私と祖父が一番ビビっていた覚醒もやってみた。あれはもう、なんか色々すごかった。

 目は色々な視覚情報をすごく遠くのものまでぶち込んでくるし、匂いも音もガンガン押し寄せてくるし、なんか周囲の状況がぬるっと遅く感じるし、近くにいた祖父と母どころか、近所の人の心の声が聞こえてきた時にはもう、頭がおかしくなると思って、即座に覚醒を打ち切った。

 それは祖父も同じだったようで「これを使いこなすにゃ、相当訓練がいるな」と言っていた。

 使いこなす気があるお爺ちゃんには脱帽だよ。



 そんな私もついに「改造」スキルのレベルがMAXになったもので、調剤に加えてポーション作りの仕事も追加された。


 なんでそこで普通に仕事が増えるのかというと、私があまりにも有能なので?(ドヤッ)不思議に思った師匠が祖父に尋ね、第1スキルの詳細や私の前世のことを話したらしい。

 二人は祖父が赤ちゃんの頃からの付き合いみたいだし、信頼関係があるのは知ってるからいいけどね。


 つまりはそういうことで、スキルを有効活用するように言われて、ちょっとズルをしている。

 普通ポーションを作るときは、材料を何種類か集めたうえに、綺麗な清水に治癒魔法をかけなきゃいけない。

 だけど私のスキルを使えば、あら不思議。私が修復のスキルを込めた石を、樽に満たした水に一晩漬けこめば、ポーションを量産できるという寸法だ。


 おかげで師匠は左団扇だってさ。よかったね。


 でもあんまりやりすぎると、効果が高すぎて逆に売り物にならんと言われた。注文が多い治療院ですわ。




 そんな日々を過ごして、毎日色々学んでいる。今日もお仕事を終えて、考え事をしながら家に帰る。


 そろそろ商人さんが来る頃だから、魔物の素材と交換で、紙を分けてもらえるかな? 調剤レシピノートの紙が、もうなくなりそうだし。

 

 そんなことを考えていたら、奴隷の人が2人、こちらに必死の形相で走ってくる。二人は何事か言葉を交わして、その内の一人は私の傍を走り抜けて、一人は私の前で止まった。


「ど、どうしたの? そんなに慌てて」

「はぁ、はぁ。シヴィルちゃん、手を貸してくれ! 急病人だ!」

「え! わかった!」


 走り抜けたもう一人は、師匠を呼びに行ったみたいだ。私は奴隷の人に言われるままに、後をついて走った。


 その人の家はほとんど村の外周に近い所で、村の入り口の傍だった。そこに馬車が1台止まっていて、その周りを複数の人が取り囲んでいる。


「どいてくれ! シヴィルちゃんを連れてきた!」

「事情の分かる方、状況を教えてください!」


 人をかき分けて、馬車に寝かされている患者さんの元にたどり着いた。私が呼吸や脈拍などを確認している間に、同行者らしき女性が説明する。


 この馬車は、今日到着予定のモロク商会の馬車。患者さんはその隊商のリーダーだ。もう少しでユオヅ村に到着するというところで、急に頭痛を訴え始め、激しく嘔吐しだした。

 オロオロしている間に、ついに意識がなくなって昏倒してしまったようだ。倒れるまでには5分もかからなかったそうだ。


 指先に脈が触れない、呼吸もしていない。


「倒れる前に、何か言っていましたか!?」

「そういえば、時々頭が痛いと言っていて、あと目の調子が悪いと……」

「やっぱり、SAH(ザー)……!」


 クモ膜下出血だ。現代日本なら、三分の一は社会復帰し、三分の一は麻痺が残り、残りのは即死すると樹里の記憶にあった。でも、ここは日本じゃない。SAHなんて重病、この世界では死ぬ確率の方が遥かに高い。


 目を強化して脳の中を観察する。右側頭のクモ膜下腔に出血を発見。

 血が多くてわからない、出血源はどこ!? 早く心肺蘇生しないと手遅れになる!

 焦りながらも慎重に血管を観察して、分枝の一部に破裂した動脈瘤を見つけた。そこに、クモ膜下腔に流れ出た血液を出来るだけ戻しながら、速やかに血管を修復。


 この患者さんが倒れてから、今までどれほどの時間が経っているのかわからないけれど、急げばまだ蘇生できるかもしれない!


 続いて患者さんの心臓の上で手を組んで、心臓マッサージをはじめる。

 

「1,2,3……30」


 30回ごとに息を吹き込み、それを繰り返す。その間に師匠とゾンも到着して、途中で二人に交代する。



 もう、何回マッサージしただろう。もう何分経った? 間に合わなかったの?

 悔しさで目頭に涙が滲む。それを袖でぐっと拭って、師匠と交代する。


「1,2,3……」


 お願い、動いて。血管は修復して、血も戻したじゃない。圧迫は取れているのに!


「16,17,18……」


 動け、心臓! 奥さんが泣いてるじゃない! どうして戻らないの!?


「27,28,29……っ! 動いてよっ!!」


 握りしめた拳を、強く胸に叩きつけた。私が癇癪を起したと思って、周りは息を呑む。しん、静まり返った馬車の中、小さく、ほんの僅かに「すぅ」と息を吸い込む音が聞こえた。


「親父!」

「息を吹き返したぞ!」

「脈が戻った! 担架をこっちに!」


 ほんの少しだけ、肌に色味を取り戻した患者さんが何人かの奴隷たちによって、そっと担架に乗せられて運ばれていく。

 担架にさっきの女性が泣きながら後をついていくのを、ぼんやりと眺めていた。


「シヴィル! ぼさっとすんな! 行くぞ!」

「あ、う、うん!」


 治療院に運ばれた患者さんは、左半身に麻痺が残ったみたいだけど、辛うじて立てるようになり、1カ月ほどで退院していった。

 あとは領都の家から近い治療院に通うんだって。後から追いついた残りの隊商メンバーが、ほとんどの人を連れて帰ったけれど、奥さんはずっとこの村に残って看病していたし、家に近い方が良いもんね。


 何度もお礼を言う患者さんと奥さんを迎えに来た隊商の馬車に乗り込むところまで見送り、私達も笑顔で息を吐いた。


「社会復帰できるかはわかんないけど、あの人元気になって良かった」

「そうだな。最初見たときは、息もしてないし脈もないしで、俺は絶対手遅れだと思ったぞ」

「俺でも多分助けられなかった。シヴィルのお手柄だよ」

「何言ってるんですか。二人とも諦めてなかったじゃないですか」


 おかげであの患者さん、肋骨も折れたし肺挫傷も起こしたんだけどね……。ごめんなさい。


「さて。お前ら、解熱剤が少ないから作っておけよ」

「えー」

「さっき胃薬作り終わったばっかりなのに」

「うるさい。キリキリ働け」


 師匠に背中を押されながらも、私は晴れ晴れとした気持ちで治療院の中に引き返した。


 あ。そういえば忙しくて、商人さんに紙を譲ってもらうのを忘れてた……。



*********************




―ホワイト辺境伯領領都ストルファ―



「ご無沙汰しております」

「おぉ、よく戻った!」


 妻に車いすを押してもらいながら、ユオヅ村から戻ったモロク商会番頭ドミトル・モロクは、帰還の挨拶に来ていた。彼を出迎えたのは、身なりのいい中年の男だ。


「会頭から、そなたが病に倒れたと聞いて、心配していたぞ」

「ご心配、ご迷惑をおかけいたしました」

「体の方はどうだ?」

「外商は無理でしょうが、幸運にも利き手は使えますゆえ、事務仕事なら続けられそうです」

「そうか……」


 中年の男は一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を繕った。


「いや、命あっての物種だ。奥方も安心したであろう」

「はい、お陰様を持ちまして……。このような奇跡に出会えるなんて……」 


 涙ぐむ妻に、ドミトルも小さく微笑む。中年の男も微笑んだが、またドミトルに視線を戻した。


「奇跡とは?」

「えぇ、私がユオヅ村に着いたときには、私は息の根も、心の臓も、止まっていたそうです」

「なんだって?」

「それを、真っ先に駆けつけた治療師見習いが、救ってくれたと」

「それは、真か?」

「えぇ、これは奇跡ですわ」

「確かに……奇跡的だな」


 にわかには信じられないような顔をする中年の男に、ドミトルは愉快そうにする。


「奇跡ですよ。死んでいたはずの私が、今こうして生きている。それが証でございます」


 実際ドミトルは、心肺蘇生があと1分でも遅ければ、そのまま帰らぬ人となっていた。何よりドミトルの回復は、運の要素がかなり強かった。村からほど近い場所で発症したため、すぐに治療を実施できたこと、馬車を引いて全力疾走させたモロク商会の保有する馬が強く良い馬であったこと、働き盛りで日頃から外商をするため体力があったこと、偶然近くを治癒術師が歩いていたこと、その治癒術師がシヴィルだったこと。これらのいずれか一つでも掛け違えば、ドミトルは助からなかった。

 だが、そもそもこの世界では、呼吸や心臓が止まった人間が回復するとは考えられていない。

 よって、彼らはそれを奇跡だと感じた。


 まだ困惑する様子の中年の男に、ドミトルが神妙な様子で続けた。


「このことを、どうしてもエリック様に、お伝えせねばと」

「なんのことだ?」


 首を傾げるエリック――ホワイト辺境伯エリック・ホワイト――に、ドミトルが告げた。



「私に奇跡をもたらした治癒術師見習いは……、シヴィルお嬢様です」


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