1-11 10歳式
淡い初恋は、自覚した瞬間には破れていた。イザイア様は貴族で、私は自由市民だから、どうしても叶うことはない。
ほとんど毎日顔を合わせるせいで、日々気持ちが大きくなっていくのを、言い聞かせて落ち着けていたら、それもやがて慣れてきた。むしろ開き直って、10歳までは一番近くで見つめられる権利だと思って、そばにいた。
だけど、それももう今日で終わりだ。
祖父にスキルの運用の仕方を習いながら、訓練を始めて数年経って。打ち込みから模擬戦も出来る様になって、スキルも発達した。その影響でイザイア様どころか、たまに相手をしてくれる従士さん達にすら勝ち越すようになった。
周りは口々に「流石はドゥシャン殿の孫だ」と褒めてくれるけれど、初めてイザイア様に勝った時に、彼は凄いねと言ってくれたが、その笑顔が少しだけ曇っていたのに気づいてしまった。
自分より強い女の子なんて、女の子と思えないどころか、気に入らない人だっているだろうし、それを見た時に一定の諦めがついた。
だから、そこから一層努力して祖父と何度も立ち合い、祖父に太鼓判を押されて狩りにも戦力として同行する許可が出た。一応それは、10歳式が終わってからと言われたけれど。
子ども時代の自分に別れを告げて、大人の入り口に立ったことを祝福する日、言ってみれば七五三祝いのような儀式、10歳式。
私が10歳になる今年の1月1日、それが今日だ。
10歳式は教会で執り行われるので、村に教会がない為、私と母と祖父は、一番近くの町であるローザール町に来ていた。
この近辺の開拓村への中継地であるローザール町は、商人や旅人が多いので宿場町として小さいながらも栄えている。
ユオヅ村には準男爵家以外にはない2階建ての建物も多くて、当然人も多いので、私はお上りさんよろしくキョロキョロした。
私と同じく10歳式に来たであろう子どもが沢山いて、中には浮浪児も見かける。10歳式は無料で執り行われるもので、これはこの国に住む国民にとっては、貴賤を問わずかなり重要な儀式だ。
だから例え浮浪児だとしても、先輩達から下の子達へ必ず出席するよう言い含められる。
何がそんなに大事なのかというと、この10歳式を受けることで、神から第2スキルを与えられるからだ。神は、その子どもが望み、その子にとって必要なスキルを与えてくれる。それには善悪も貴賤もなく、「治癒」を授かる子どももいれば、「呪怨」みたいな物騒なスキルを授かる子どももいる。何を授かるかは、その子どもの生き方次第だ。
ほとんどの人が第1スキルを持たない人間にとっては、その後の人生を左右するかなり重要な儀式なのだ。
とはいえ、平民や自由市民の半数近くは「精神耐性」や「根性」のような、日常に即したスキルを授かるらしいのだけれど、自分がどんなスキルを得る事が出来るのか、私達がワクワクしてしまうのは無理からぬことだ。
ついでに、10歳式では第3スキルも見てもらえる。第3スキルはいわゆる技術スキルで、「料理」とか「剣術」とか「水魔法」とか、その子どもが頑張ってきたことにスキルが生えるのだとか。
多分私も第3スキルはそこそこ鍛えられているだろうから、この点も楽しみだ。
いつもは生成りの質素なワンピースだけれど、母が水色の染め布を買って、可愛いワンピースを仕立ててくれた。お祝いだもんね。
余った布と飾り紐で、ワンピースに合うような髪飾りも自作してみた。肩甲骨まで伸びた長い髪を結って、その髪飾りで留めている。
当然ながらご機嫌な私に、祖父も母もニコニコしているので、祝福されているのが伝わってきて嬉しい。
他にも着飾った子どもとその親が続々と教会に集まって、さながら10歳児のパレード。教会前の広場に集まった私たちは、司祭様の説明通り番号札を貰って、呼ばれる順番を待った。
教会は古い木造の建物で、静謐さもあるけれど、それ以上に温もりを感じる。この教会で祀っているのはアズメラという男の地の神だそうで、アズメラ教はこの国の国教だ。
普段は幾人かの町の人が教義を聞いているであろう、アズメラ神の像の前まで、祖父と母と共に司祭様に導かれる。
白い僧服を着た司教様が、水晶の付いた銀の杖を掲げて祝詞を唱える。
「天に座す我らが神よ、十を迎えたこの子に祝福を」
すると、天上からキラキラと虹色の光が降り注いで、私の体を包むと、すぅっと私に吸い込まれた。
それを見届けた司教様が、今度は私に杖を掲げる。おや、と司教様が目を瞬いた。
「君は第1スキルを持っているようだね」
どのようなスキルを授かったのか見てくれているようだが、市井では珍しい第1スキルに興味がいってしまったようだ。
「はい、祖先が亡国の貴族だったそうです」
「なるほど。珍しいね」
司教様によると、珍しいがごくごく稀にいるらしい。稀なのは、敗戦国の貴族というのは大体が処刑されてしまうので、余程優秀な蝙蝠人間か、上手く逃げ切れないと生き残れないかららしい。
「てっきり貴族の落胤かと思ってしまったよ」
それも間違いじゃないけどね。それより第2スキルを早く教えて欲しい。
私がソワソワしているので気づいてくれたらしく、司教様が教えてくれた。
シヴィル・ゴリンデル
年齢:10歳
種族:人間
第1スキル:改造
第2スキル:鑑定
第3スキル:剣術、拳闘術、弓術、解体術、体術、薬学、教導、料理、掃除、洗濯
「おぉ……」
初めて聞いた自分のスキルに感動する私に、司教様は愉快そうに肩をゆする。
「ふふ、君は随分多才だね。今後も神の祝福を活かし、日々の務めを果たしなさい」
「はい、ありがとうございました」
教会を後にして、今夜お泊りする宿に3人で到着。早速部屋で話し合いだ。というのも、私の第2スキルを司教様がご存知なかったので、どういうものなのか話をしたかったからだ。
「お爺ちゃんは聞いたことない?」
「俺ぁ鑑定ってスキルは聞いたことがないな」
「私もないわねぇ」
「むぅ……」
誰も知らないので、使い方がわからない。せっかく神様にもらったのに。
「えっと、お爺ちゃんとお母さんのは……」
「俺のは鼓舞だな」
「私は気配感知ね」
祖父のスキルは、仲間を鼓舞することによって、仲間の攻撃力や防御力なんかがちょっと上昇するという、傭兵団にはとっても有効なスキル。
母は祖父を見て育った為か、魔物の気配に敏感なスキル。
「それって、意識して使うの?」
「意識したことはねぇな」
「そうねぇ、いつも勝手に使われているというか……」
二人とも常時発動型のスキルのようだ。では、私もそうなのだろうか? だが、スキルを授かってから、特に変化を感じない。
「でも、人によっては使おうと思って使う人もいるそうよ」
「そうなの?」
「心眼という人の心を読むスキルをお持ちの方がいらっしゃるのだけれど、スキルを使うことを意識しないと、普段は人の心は見えないと仰っていたわ。シヴィルのスキルも、使おうと思わないと使えないスキルかもしれないわね」
「なるほどぉ」
そういうパターンもあるのか。じゃぁ意識してみよう。うーんと宙を仰ぎながら、鑑定を使うことを意識してみた。
すると、視界に入っていた宿の窓に、パッと「窓 ムック木製」と表示されたものだから、私は驚いてのけ反った。
「シヴィル、どうした?」
「ま、窓に、窓って書いてある」
「は?」
「!?」
のけ反った私を心配して、祖父が覗き込んできた。それで更に私は驚かされる。
ドゥシャン・ゴリンデル
年齢:61歳
種族:人間
状態:良好
第1スキル:改造 レベルMAX
第2スキル:鼓舞 レベルMAX
第3スキル:剣術レベル8、槍術レベル8、解体術レベル8、弓術レベル7、馬術レベル5、体術レベルMAX、隠密術レベル5、暗殺術レベル6,拳闘術レベル6、料理レベル1、釣りレベル9、薬学レベル4、交渉術レベル3、語学レベル4
私は目を真ん丸にして、祖父の前に並ぶステータスを眺めた。何気に釣りスキルのレベルが高いのが気になる。趣味なのは知っていたけれども。
いや、そうじゃない。私、混乱してる。落ち着け。
「シヴィル? どうした?」
「この、鑑定ってスキル……」
「うん?」
「見た物の情報がわかるってスキル、みたい……」
「は?」
続いて覗き込んできた母のステータスも、母の前に表示されている。これは間違いない。
そこまで詳しくわからないのは、私がスキルを貰ったばかりだからだろう。レベルなんてものがあるとは思わなかったけれど、私もスキルを磨けば、もっと色々見えるようになるかもしれない。
母と祖父にスキルの説明をして、二人にステータスを教えてあげたら、大盛り上がり。10歳式で、初めてのお泊りということもあって、私達はキャッキャ言いながら色んなものを鑑定しては、その結果にツッコミを入れたりして、記念すべき日の夜は楽しく過ぎていった。




