11.ステンドグラスとベリザリオの祈り
カサカサと、枯れ草を踏み締める乾いた音がする。
木枯らしが吹く暗い夜道を、男が背中を丸めて逃げてゆく。
惨めな光景や、と思ったがわいは黙って後を付ける。
男はやがて、村はずれの納屋に入っていった。
「アマンシオさん、これなら売れるか?」
「おおっ、これは――これは素晴らしい!」
アマンシオは男から渡されたものを手に取り、興奮に声を弾ませた。
薄暗い灯りでも、ステンドグラスの素晴らしさは十分に伝わったようや。
「これをあんな焼け出された移民達に使わせるなんて勿体無い! 王都に持って行けば買い手は幾らでもいるというのに、あの男は全く馬鹿なことを――」
「メロさんは馬鹿じゃない! ただ……優し過ぎるだけだ。誰にでも、優しいから……」
苦々し気な男の声に、わいは遣り切れない気持ちになる。
悪気があってこんなことをしたんやない。きっと、ほんの少し間違えたんや。何かが擦れ違ったんや。
だけど放っておくことはでけへん。
「メロさん」
マルコに小声で促され、わいは両脇を自警団員に守られるように挟まれながら納屋へ踏み込んだ。
「ミゲル、そこまでや」
「ッ!」
息を呑んだ二人をわいは悲しい気持ちで見つめる。
「なんで、黙って持ち出したりしたんや? そのステンドグラスなら、最初から王都で売って貰お思うとったのに」
「嘘だ! 俺は、移民の男が寝る間も惜しんで作っていたのを知っている。きっと、自分達の教会を建てるつもりで――」
「べリザリオは、自分が作ったものはこの国で役立てて欲しいて言うとった。祈りを籠めて作ったから、平和なところで使って欲しいて、もう壊されたくないて」
「……」
多分、全てを奪われたばかりで新しく何かを手に入れようなんて思えないんやろう。
与えられるものだけで十分で、この上何かを手に入れたいなんて思うほどの欲はまだ持てないんや。
食べるものが美味いというだけで泣いとった男を見たら、分かるやろうに。
「アマンシオさん、わいはあんたが移民たちに色々と言い含めとるのは知っとった。それでも商人としてはなかなかやし、伝手もあるようやからステンドグラスの販売を任せようと思ったんや。なのにこれは、どういう訳や?」
「違っ、私はちゃんと金を――」
「後から金を払ったって、黙って持って行ったら泥棒や。違うか?」
「…………」
「七味を卸している商人にも、話は通しとった。食品や小物・雑貨なんかは優先的に回すから、王都で売るような高級品は他の商人に頼むでって。サンさんもそれでええって言うとったんや。なのに……あんた、何をそんなに焦っとったんや?」
「私は……」
「まあええ。それ一枚だけ持っててもしようがないやろ。他のと合わせてちゃんと梱包したるから、一旦村へ戻るで」
「「「「はあぁっ!?」」」」
その場にいる全員が素っ頓狂な声を上げた。
「なっ、こいつらを捕まえないんすかっ!」
「流石に何事もなかったようにはいかないでしょう?」
慌てるモーリ君とマルコの言葉に、わいは指を顎に当てて首を傾げる。
「だってわいの代わりに売ろうとした、勝手に買い取ろうとしただけやで? そこまで大したことやないやろ」
「「メロさんっ!」」
いきり立つ二人にわいは唇の端を少し上げて見せる。
「大体、ステンドグラスを取り扱える商人の知り合いなんて、他におらんやろ? ミゲルだって、大事にしてどないするんや? 戻りにくくなるだけやし、まさかこれくらいの事で村を追いだしたりはせえへんやろ?」
だったら丸く収めろ、と言ったらマルコがすとんと肩の力を抜いた。
「メロさんは、意外と大人なのですね」
「そうやろ? もっと見直してええで」
「どうやら見くびっていたようです。済みません」
あっさりとわいの考えを受け入れたマルコはええんやけど、他の三人はそうもいかないようやった。
わいは治まらないモーリ君と、今になってしでかした事に怯え出したミゲルの前でパチンと手を打ち合わせた。
「ほなこうしよ。ミゲルはべリザリオたちが信用でけへんなら、見張ってたらええ。冬の間、毎晩の見回りを受け持つんや。夜の見回りはこれからの時期きついと思うけど、仕方ないよな?」
「……はい」
「そんでもってアマンシオさんは、これからも避難民や移住希望者をこの村に連れてきて下さい。ええですね?」
「……分かりました」
面倒事を押し付けられて、アマンシオは偉く渋い顔をしとるわ。
ハハハ、金で済ませといた方が楽やったな。
二人に上手い事貸しを作れて、わいは気分がええまま村へ帰った。
***
「本当に、売ってしまってもいいのか?」
「かまわない。いのり、だいじ」
強い口調で確認したミゲルに対し、ベリザリオは相変わらずの片言で答えた。
「祈ることが大事で、金儲けが目的やないんやろ」
わいはそう勝手に注釈をいれてやる。
ミゲルは疑り深いというか、それでもまだ信じられないようやった。
「ステンドグラスを作ることが祈りなのか?」
「なんでもいい。いのる、だいじ」
「飾って拝んだりはしないのか?」
「おがむ、ない。いのる」
「同じことだろう? 飾って拝んだら、祈ることにはならないのか?」
「おがむ、おねがいする。いのる、ささげる」
不覚にも、ベリザリオの言葉にわいはちょっと感動してしまった。
日本におった時はどちらかと言うと宗教には批判的やった。洗脳やとか金集めやとか偽善やとか、胡散臭いイメージでしかなかった。
せやけどそうやないものもあるんやな。
想いを捧げる。ひたすらに祈る。奉仕する。
それは多分、生き方の問題なんや。
わいはこの村にステンドグラスを使った教会を建てるつもりはないが、いつか王都に連れて行ってステンドグラスが使われた建物を見せようと思った。
少なくとも祈りの結果がどういうものを作り出したのか、それを確認するくらいはええのやないかと思う。
「ミゲル、もうええやろ?」
「メロさん……俺には、分かりません」
別になんでもかんでも理解する必要はない。けど、ミゲルはもう少し彼らと一緒におった方がええ。疑り深くて悲観的な彼には、良い影響を与えてくれそうな気がする。
わいはミゲルに昼間はステンドグラス作りを、夜は分村の見回りを頼んだ。
こうして上手い事ミゲルを片付けた後で、もう一人の悪事の片割れに付き纏われてもうた。
「メロさん、どうせなら販売先の相談にも乗って下さい!」
「あんた、図々しいなぁ」
アマンシオはちゃっかりとわいを『メロさん』と呼び、面倒事を押し付けられたのだからその分は元を取ろうと思ったのか、図々しくもあれこれと要求し始めた。
「販売先は決まっとるのやろ? 教会か貴族、金払いの良い方でええやん」
「それだけで決めたら絶対に揉めます! 教会と貴族連中は仲が悪いのです」
「じゃあ両方に売ったらどうや?」
「量が足りませんよ。少量を取り合って張り合って、却って揉めますね」
「んもう、面倒やなぁ。それじゃステンドグラスは神に捧げる為に作ったから言うて教会に売り。貴族には代わりに、アクリルのグラスやステンドグラスを使ったランプとか小物を売ればええ。そっちの方が使い勝手がええやろ」
「あくりるのグラス? ランプ? なんですかそれ、聞いてませんよっ!」
「……」
このおっさん、本当に図々しい。
「小物はサンさんに優先権があるて言うたやろ。そっちに先に卸すんや」
「駄目です、困ります! 教会にステンドグラスを売るのと同時に貴族に小物を売らないと、きっと文句を言われます。面倒臭いです!」
「しゃあないなぁ」
知らんと突っ撥ねるのは簡単やけど、ステンドグラスが売れないと困るのはこっちや。
なんやええように利用された気がするけど仕方がない。わいが夜なべして、貴族に卸す分の小物を作る事にする。
ついでにどうせならと、焼く前のグラスにナイフで模様を刻んでみた。
切子硝子風の中々綺麗なものが出来上がり、夫婦や結婚記念なんかの贈り物にも良さそうやった。
「ほら、これでどないや?」
切子硝子風、実はアクリルグラスをアマンシオに見せたら偉く騒がれた。
「なっ、なんて美しいんだっ! これ程のものは、王に献上してもおかしくない。一体どのようにして作っているのですか?」
「そんな大袈裟やで。アクリルやから軽くて割れないし」
「だから素晴らしいんでしょうがっ!」
「ええ~、そうかぁ?」
わいの感覚からすると、重たい硝子の方が高級品に。割れて取り扱いが大変な方が貴重な物に思える。
輝きだって硝子には劣るしな。
「この高貴な深い青……美しい。全くもって美しい」
うっとりとアクリルグラスに見惚れているアマンシオに、わいは更に赤いのや紫色のを見せてやる。
「こんなんもあるで」
「これはっ……!」
アマンシオは絶句したきり声が出ない。
深紅色したグラスの底から上に向かうにつれて透明になる、グラデーションが美しいグラスはわいの自信作や。
紫色のは朝顔をイメージして、グラスの底に放射状の花びらを彫った。
ピンク色のグラスには、女性に使って貰う事を意識して、五弁の桜の花を散らした。
「メロさん……私は恥ずかしい。とても、恥ずかしい」
首を垂れるアマンシオの姿を見て、わいは吃驚した。
商売の為やったら多少の悪事は屁でもないような顔をしとって、意外と純真なところもあるんやな。
わいはたかがアクリルグラスやと思うとったのを都合よく忘れて言った。
「あんたやからこれを任せるんや。己の所業が恥ずかしいと思うなら、今度は恥ずかしくない仕事をしてや」
「メロさん……必ず。必ず相応しい買い手を見つけます!」
「頼むで」
こうしてわいは、切子硝子風のアクリルグラスを八組取り揃えてアマンシオに渡した。
色々と売るものが出来たところで、わいはそろそろ次へ行かなあかんと感じた。
ここで出来ることは全部やったし、後はわいがいなくてもどうにかなるやろ。
この先うどんを広めるのにやっぱり出汁は必要やし、鰹節を見つけに行かなあかん。
わいは海辺の町へ探しに行くことにした。
「メロちゃん、村を出て行っちゃうのっ!?」
「ずっと一緒にいてくれるって思ったのにっ!」
ロッテちゃんとリディアちゃんに泣かれるのは辛い。
けど、堪忍な。どうしても出かけなあかんねん。
「そう長くかからんで戻って来るて。わいがいなくてもちゃんとうどんの加護の力が働いてるか気になるし、ま~たアマンシオさんが無茶を言うてくるか知れんし、ロッテちゃんとリディアちゃんも心配やからなぁ」
「そんなこと言って、またどこかの村でお願いをされたら助けちゃうんでしょう? 困っている人を放っておけないんでしょう?」
「わいはそんな善い人とちゃうでぇ」
「嘘つき」
う~ん、胸が痛いわぁ。
わいは必ず戻って来ると約束して、なんとか旅立つことを許して貰えた。
但し一人は心配やからと、お目付け役を付けられた。彼なら双子の弟と念話で話せるからや。
おまけに自警団で鍛えられとるからわいよりは強いしなぁ。
「シクロ君、わいを守ってね」
「はいっ!」
ほんま、頼りにしてます。




