10.山を越えてきた人達
『留学生が来たと思えばええ』、なんて言ってすんませんっした。こんなシリアスな顔をした留学生はどこにもおらんわ。
張り出した額、太い眉毛とその下にある落ち窪んだ眼窩、割れた顎。
髪はスチールたわしのように硬く、バネのようにクルクルと巻いている。
避難民の代表だという男を見て、わいはランボーという映画を思い出した。
「メロウさん、難民代表のベリザリオです。ベリザリオ、ご挨拶を」
「ヨロシク、オネガイシマス」
ベリザリオはたどたどしくそう言った。
「この男は簡単な言葉なら理解出来ますので、指示を出すのに不自由はないかと思います」
アマンシオは自らの仕込みを自慢するようにそう言った。
これからこの国で暮らすなら、こっちの言葉を習得する必要があるのは間違ってへん、けどなぁ。
「なあ、ちょっとベリザリオの国の言葉で喋ってみてくれへん?」
「俺の国の言葉?」
「おお、分かる分かる。やっぱわい、マルチリンガルなんやなぁ」
前の世界では英語一つ習得するのに偉い苦労しとったのが嘘みたいや。
「どうして……」
吃驚するベリザリオとアマンシオに、わいは吟遊詩人やからよその国の言葉にも詳しいんや、とそらっ惚けておいた。
「それより、せっかく言葉が通じるんやから、困った事とか相談したい事があったらわいに言うてな。勿論、ベリザリオ以外の人も気軽に声を掛けてくれたらええし」
わいの言葉にベリザリオはうんともすんとも言わず、モアイのようにうっそりと立っている。
偉く取っつき難そうな人やな、と思うたがきっと慣れない環境に戸惑ってもいるのやろ。
誤解しないように気を付けなあかんな。
わいは村長と一緒に分村を案内しながら、彼らにここでの生活の仕方を説明した。
避難民たちは十分に食料があると知って安心したようやった。
小麦粉の食べ方は知っとるかと訊いたら、水で練ってそのまま食べると言うので、うどんを作って振る舞ったら地面に四つん這いになって泣き出した。
「ど、どないしたんや?」
「旨い……食べるものがあるだけで十分なのに、更に旨くて泣けてくる……」
さめざめと泣く初老の男の肩に、ベリザリオがそっと手を置いた。
男はこくりと頷いたが、胸が詰まるのかつっかえつっかえ一杯のうどんを食べた。
彼らをよく見ると、子供や老人が少ない。
成人女性が八人に、成人男性が十五人、兄弟らしき少年達が一組の全部で二十五人。それで全てやった。
「山越えは命懸けってことやな」
村長がぼそりと呟いた。
カルビ山とはそんなに険しい山なんやろうか。
ちょっと聞いてみたいけど、今はまだ生々し過ぎて話したくないやろ。
それとも一生思い出したくないかもしれへん。
そのくらい、彼らには深い傷が刻み込まれとるように見えた。
案内を終えて、いつから移ってくるかと聞いたら今すぐにでもと答えた。
どうやら余り良い扱いをされていないらしく、珍しくアマンシオが急の事で待遇面が十分でなかったかもしれないと言い訳をした。
「村長、別にええですよね? 彼らが自分で家づくりをしてくれたら助かりますし」
「そうやな。取り敢えず寝る場所はどうにかなるやろ」
将来は集会所にしてもええように、広い建物を一つ作っておいた。
当面はそこに雑魚寝をして貰い、女性用の部屋から増築なり別に建てるなりしたらええ。
集会所にはちょっとした細工をしていて、後であるものを取り付けることになっとる。
出来たらアマンシオには見せとうないから、はよ帰ってくれると嬉しいんやけど。
アマンシオはわいの無言の圧でも感じたのか、一度近くの宿場町に戻って必要なものを揃えて来ると言った。
アマンシオがいなくなって、わいは早々に仕事を割り振る事にした。
女性達にはロリィさんから唐辛子の収穫と一味作りを教わって貰う。
男共は二手に分かれて、片方はモーリ君と家づくりを、もう片方はマルコの指導で製粉作業を行って貰う事にした。
残った子供と年配の男性には雑用と家事を頼む。
25人分の食事の支度は大変やけど、手の空いている人にその都度手伝って貰うようにすればなんとかいけるやろ。
わいは年配の男性にうどん作りを教えた後、あるものを取り付けているモーリ君のグループのところへ行った。
「メロさん、サイズはばっちりでしたっ!」
嬉しそうに満面の笑みで報告してきたモーリ君の周りで、男達が呆気に取られた顔で窓を凝視している。
「お~、えー感じやな」
キラキラとした透明の板が陽の光を弾いている。
一辺が五十センチくらいの硬質プラスティックの板で格子窓を作って、後から窓枠に嵌め込んだんや。
窓ガラスの代わりやが、思った以上にええ感じや。
カーテンが出来るまでプライベートはなくなるが、防寒や防犯の為に夜は雨戸を下ろせばええし、昼間は太陽光で室内が暖まるやろ。
この後で温室作りにも挑戦してみるつもりや。
「日が、当たる」
誰かがぽつりと言った。
「なんやて?」
「ヤマノナカ、クライ。ズット、クライ」
ベリザリオが片言の言葉で説明してくれた。多分、山の中は昼間でも暗かったと言いたいんやろう。
或いは亡命してからも、暗いところに押し込められとったのかもしれへん。
「明るい方が、気持ちがええからな」
わいがそう言うと、何人かの男達がこくりと頷いた。
「この透明の板、ちょっと触ってみてや」
わいは全員に硬質プラスティックに触れて貰う。
「割と丈夫やろ? これで窓板とか食品を入れる容器を作っとるんや。この村でも作れるようになってくれると助かるわ」
「こんなもの、一体どうやったら作れるんだ?」
物凄いハイテクだと思っているんやろうな、一人の男が目を丸くして訊ねた。
「簡単やで。わいが用意した合成樹脂モドキ――土を捏ねた塊みたいなもんで、形を作って焼くだけや」
「それだけ?」
「おう。ただ、樹脂はわいにしか作れへんけどな」
「そうですか……」
複雑な表情で俯いた男を見て、わいは心の中で呟く。
製法が知りたくても、わいの能力で作っとるからそんなものはないんや。
無理やりなんか取り引きなんか脅されとるんかは分からんけど、男はアマンシオに何かしら言い含められて来とるんやろ。
予想はしとったけど、余り気持ちのええ話やない。
だからと言って放り出すつもりはないんやけどな。
「ま、気長にやっていくしかないやね」
わいは暫くこの村に通うことにした。
***
なんか、温泉の使い方が間違っとる。
ベリザリオは温泉の注ぎ口の下に身を沈め、まるで修行僧の如く険しい形相で祈っている。
滝行やないんやから、温泉はリラックスするところやから、と言うたところでそもそもの常識が違うんやから仕方がない。
奴の気が済むのを大人しく待つばかりや。
「メロン、ぷらすちっくのようきがたりない。みほんをつくってくれ」
「わいはメロンやなくてメロウや。あー、また見本を使ってもうたのか。見本はあんた達が作る為のお手本やから、一味を入れるのに使ったらあかんて言うたでしょー?」
「みほん、くれない」
「いやいやあげるで、あげるけどねー」
わいはしゃーないなと言いながら、ベリザリオと男達の前で手早く見本の容器を作った。
うどんの加護の力で苦労することなく簡単に作れてしまう。
「メロさん、すごいね」
容器を作るのに四苦八苦している男が感嘆しつつそう言った。
「ジャンも上手くなってきとるで? 始めは誰でも苦労するもんや」
密命を帯びているらしきジャンカルロ(略してジャン)のことは余り信用でけへんが、手先が器用で本人もやりたがったのでプラスチック成型組に回した。
ベリザリオは器用ではないが力があるので、板を作るのに向いている。
どうやら窓を気に入ったようやしな。
「私が前回に作った水桶は、とっても好評だったよ」
ジャンが嬉しそうにわいに報告した。
「わいの故郷でも、風呂用品は殆どプラスチックやからな。軽いし水が漏れないしカビが付きづらいし、桶は売れるかもなぁ」
風呂椅子なんかも作れそうやが、こっちの人は足を持て余してまうかな?
子供や小柄な女性用ならええかもしれん。
「別に決まった形はないからな。色々と作ってみるとええよ」
ヒット商品が生まれたら、市場を席巻してしまうかもしれへん。
まぁ、手作業なんで数に限りはあるけどな。
「そうや、風呂桶やったら色が付いてた方がええな。保存するのに遮光した方がええもんもあるし。色付けでけへんか試してみよ」
硬質プラスティックに色を付けられたら使い途がグッと拡がる。
カラフルなコップなんかも可愛いし、病人や子供の食器もええ。
アクリルみたいな透明感のあるやつなら、アクセサリーもいけるかも。
淡い色付きの板でステンドグラス風にしてもええんとちゃう?
教会やお貴族様にめっちゃ売れそうな予感。
「あの、メロさん?」
妄想を繰り広げてたらついつい口許が緩み、ジャンが若干わいの表情にに引いとる。
「おう、先ずは容器をしっかりと作れるようになってな。試作してみるのは仕事の後やで」
「わかりました」
ジャンが従順に頷いたのを見て、わいはちょっと複雑な気持ちになった。
大人しゅうしといてその裏では、便利な桶の事も、色を付けようとしている事も、全部アマンシオに報告するのかもしれん。
だとしても隠すつもりはないんやけどな。でも、な。
わいはスッキリとしない気持ちを飲み込んで顔を上げた。
「さて、もう少し作ろうか」
わいは気を取り直して彼らの作業を手伝った。
***
色の付いたアクリルの板を何枚も作る。
それらをパズルのピースのように組み合わせて、一枚の絵にする。
鮮やかなアクリルの絵は光を通すと床に模様を描いた。
「綺麗やな」
「……」
ベリザリオは一心不乱にステンドグラスを作り続けている。
まるで祈るように、何かを塗り籠めようとするように精根を注いでいる。
まぁ、温泉で水行をするよりはええと思うわ。
彼は黙々と仕事を覚えて、言葉を覚えて、ここの暮らしに慣れようと努力した。
他に行くところがないから、死に物狂いで頑張っとった。ここで生きようと思い定めているもんの凄味を感じる。
それでも、わいらに一向に打ち解けようとはせぇへんのや。
別に反抗的な訳やないが、仲良くしようとか歩み寄ろうとする気配が全く見えない。
頑ななのは人間不信になっとるのかもしれへんし、戦争の影響で同郷人以外は敵やという意識があるのかもしれへん。
他国にきて気を緩めろ、心からリラックスしろと言うのは無茶なのかもしれへんけど――
「しんどくないかぁ?」
ずっと気を張り続けているのはしんどい。
心を緩める事が出来なければ、いずれピンと張った糸が切れてしまう。
何か、彼の心が楽になる切っ掛けがあればええのやけど。
わいはウンウンと唸りながら考えて、結局は歌うことしか思い付かへんかった。
そらそうや。わいは歌手やもん。歌で伝えて歌で分かり合うんや。
「マルコ、モーリ君、歓迎の宴をするから肉を取ってきてくれへん?」
あざとく小首を傾げて頼んだら、マルコとモーリ君は張り切って狩りへ出掛けた。
肉と酒と焚き火がこっちの世界の宴会三点セットや。
そこに歌や踊りが入り、ロマンスが生まれ、翌朝ちょっと親密になっとる男女がいたりしてムカつく。
ずっと歌っとったわいには出会いなんか無縁や。
その代わりにやたらと熱の籠る視線を送ってくる野郎共が量産されていて、メロさんメロさんと懐いてくるのは喜んでええのか悲しむべきか。
そんな野郎共はわいの為に舞台を作り花を飾ってくれた。
「メロさん、灯りは足りてますか?」
「十分やで~」
「声の響きはどうですか?」
「ええ感じぃ」
こっちの世界ではマイクがない代わりに、音を響かせるボードを置く。
一体どういう仕組みだかわからへんのやが、サンさんにマイクの事を聞いた時に教えて貰って取り寄せたんや。
調整次第では、何千人規模で声を届けられるらしい。
百人くらいならアカペラで歌っても声を届かせられるけど、音響がええとまるでちゃうからな。
どうせなら出来る限り良い環境で歌いたいやん。
「メロさん、うどんの歌は歌って下さいね」
いそいそとリクエストをしてきたマルコに頷く。
「わいの持ち歌やからな。『メロちゃん☆ファイト』と、『野郎共危機一髪』も歌うで?」
「いいですね。長老たちは『家路』や『おぼろ月夜』が好きみたいですけど」
「おう。童謡も歌うで」
ちょっとおセンチになってしまうけど、こっちの世界に来てからわいは童謡をよく歌う。
メロディや歌詞が覚え易いいうこともあるし、心に響くんや。
べリザリオ達も楽しんでくれたらええなと思う。
そんな軽い気持ちで宴を開いたのに、一曲目から女性達が泣き出してもうて慌てた。
最初は同国人同士で縮こまるように身を寄せ合っていて、料理を勧めても遠慮してしまって楽しめるような雰囲気やなかった。
そのうち会場の雰囲気に慣れるやろ、と放っておいたが彼らの事が気になって村人達も楽しめないようやった。
それで盛り上げようと早々に歌い始めたんやが、一曲目の『家路』で女性達が俯いて泣き出してもうたんや。
あかん、無神経やったか?
わいは一瞬焦ったけど、よく考えたら涙は心の汗や。デトックスになるから、このまま続けても別にええんちゃう?
決めた。気持ちよう泣いて貰お。
わいは心を籠めて歌った。
童謡を何曲か歌った後、歯を食い縛っとるベリザリオと目がおうた。
その瞬間、わいは歌うことはないだろうと思うとった歌を歌い出した。
体に残った移り香が、気持ちを故郷に引き戻す。
身を寄せ合い眠っても、瞼の裏には火が映る。
木の窪み、浅い眠り。
獣道に、崖崩れ。
辛くても、きつくても。
託された想いの為、山を越える。
どんな場所でも構わない。
生き血を啜って堪え忍ぶ。
みんなと越えたい、
「カルビ~、越え~」
わいの指差した先に、燃え盛る山の幻が見える。
思わず涙ぐんだわいは、ベリザリオを見て頷いた。
そうやな、辛かったな。それでも越えなきゃあかんかったな。あんたらは越えてきたんやな。
偉いで。誰が誉めなくてもわいは誉めたる。
よく生きて辿り着いたな。
もうええで。もう頑張らなくてええんや。
ちっと休もう?
そんな気持ちが少しでも伝わったやろうか。
ベリザリオは激しく号泣して吼えた。
きっと、故郷を出てから初めて泣いたんやろ。
その姿を見て、わいは心からホッとした。




