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あなたは私の欲しいものを持っていた

前回までの続きです。

 夜が明けた。明朝の日差しが、カーテンの隙間から部屋に忍び込む。


 アズメリアは、豪奢なベッドから起き出す。金細工と黒檀の寝床を後にすると、広い寝室に備え付けられたシャワールームへ向かう。一月の朝は冷えるが、性能のいい暖炉と職人が腕によりをかけた絨毯のおかげで、裸足でも凍えずにすむ。


 黒いバスローブからするりと抜けだし、黒いタイルで六面を覆われた空間に入る。そして、純金で造られた精巧な蛇口をひねる。


 水は冷たくない。最初から適温だ。柔らかい水滴が、鎖骨から張りのある乳房に落ち臍を辿り両足から床へ伝っていく。広くない空間は、すでに湯気で満たされる。水蒸気とともに、自信の意識も膨張していくのを、彼女は感じた。


 ようやく意識が覚醒しつつある。それと同時に昨日のことを思い出す。


 アヴェンタゴールド家の次期当主に相応しくない、中級の冴えない魔物。アズメリアの優雅な眉が、不快そうに数ミリ顰められた。


(ベルベラとキイラは、確かに上級の中でも格上の存在。龍族の王と魂を飲み込む白銀の神鷲……。呼び出せれば召喚しとして疑いなく一流と認められる魔物たち。それをニ体すでに呼び出しているとはいえ、あの情けない駄熊はなんなのだろう。私にもアヴェンタゴールド家にも相応しくない。せいぜい、成人したての普通の市民階級が呼び出す程度の下僕。私に才能が不足している? まさか、そんなことが……)


 考えれば考えるだけ、あの熊の魔物グリムベルデが、好奇な自分に相応しくない気がしてくる。それと同時に、あの相応しくない存在が、本来自分に見合った存在なのかもしれないという悪寒が背筋を伝う。


「――そんなわけがあるか!」


 目の前の姿鏡をドン! と一度殴る。抑えようのない憤怒が這いあがってくる。


(この私が、凡庸? 麒麟児と謳われたこのアズメリア・アヴェンタゴールドが。そんなわけがないじゃない。私は天才よ。そう、だれも私にかなわない――――)


 ――――本当に、そうかしら。アズ? 忘れていない? この私を。


 声が聞こえる。誰かが、アズメリアに囁きかける。だが湯気の溢れるシャワールームにはアズメリア一人だけだ。現実の人間のものではない。


 囁き声が聞こえてきた場所も、その相手も分かっている。三年前から毎朝こうなのだ。あの日から、アズメリアにはある人物が憑いている。これは魔術ではない。魔物の仕業でもない。


 心の問題なのだ。


「……姉様ねえさま。死人が毎朝、御苦労な事ね。もうこの世にいないくせに」


 駄熊のときとは比べ物にならないほど眉間に激しく縦じわを寄せ、精一杯皮肉げに眼前の鏡――いやそこに移る自分の顔へ、反駁する。


「私は天才よ。正真正銘、本物のね。共和国の誰も、私に敵わないようになる。私がこの世界で一番、位の高い魔物を従える存在になるのよ。疑いなくね。バルフートもフレスベルグも手に入れた。いずれ、姉様愛しのあの魔物も手に入れるわ。大好きだったものね。まるで恋人のよう。汚らわしい! 召喚死と魔物なのに! あの魔物を私の下僕にして、毎日私の足元に這いつくばらせてやる。そうすれば、姉様も嫉妬で化けて出てくるかもしれないわね。ぞっこんだったんだもの。姉様が化けて出てきてくれたら、二人でお茶をしましょう。久しぶりに姉妹水入らずでお喋りがしたいわ」


 烈火のごとき口撃にも、鏡の中の少女は動じない。


 それどころか、憐みの表情を浮かべてさえいる。


「――可哀想なアズ。私に敵わないことを、ずっと気にかけていたのね。不憫な子。だけど私はいつもあなたに言っていたわ。あなたはあなたの道を一歩ずつ進めばいいって。私に気兼ねすることなく……」


 憎悪をうかべて、アズメリアは鏡の向こうに叫ぶ。


「気兼ねなくですって? よくそんなことが言える! 姉様の妹で、私がどれだけ苦悩したか、知らないわけでもないでしょう! 冥府から見ていなさい。この私の栄光をね」


 無理やり鏡の少女から視線をひきはがし、蛇口を閉める。いまいましい場所を後にして、人間の召使に身体を拭かせる。奴隷たちの手は、主人の怒りに触れぬよう、怯えながら綺麗な体を丁寧に拭き取っていく。


 下々のものたちには目もくれず、アズメリアの碧眼には怨讐の青い炎が燃え盛っていた。


(必ず。必ず私は、姉様を超えて見せる。姉様の後ろを追い掛ける屈辱は、もういらない。私が欲しいのは、栄光だけ。頂点だけよ。姉様が手にしていたような……。いや、それ以上を手にして見せる……)


 いつもの礼服を身につけさせている間ですら、アズメリアの強い執着心は留まることを知らない。


(体制戦争は、私の名声を拡げるための機会にすぎない。二体の上級魔物がいれば、武功はあげられる。ユニオン機甲兵など、私の敵ではない。資本主義の犬どもを、輝かしい栄光の礎にしてやる……)


 準備が終わった。金細工に縁取られた大きな姿鏡を眺める。いつもの隙のない装い。一日を始めるに相応しい恰好だ。行くとしよう。


(見ていなさい。姉様。私が姉様を超えてあげる。冥府のあなたが歯ぎしりするくらいに……)


 規則正しいアズメリアの足音が、執務室へと向かう。






 

 

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