時間潰しのDIY
レーテ達の待つ大草原は、もはや草原ではなくなっていた。
見渡す限りの緑で囲まれるその場所は、巨人ゴンフォンの頭上すら軽く越えてしまうような雑草が、我先にと太陽に手を伸ばし、更に上へ上へと伸び上がっていこうとしている……はずだった。
しかし、蒼き鎧に身を纏った神勇者が神託を終え、黒いゲートを通ってこの地に戻った時には、半径三百メートルという広い面積の大地が、綺麗に刈り取られていた。ただ、その外周は、まだ青々とした草原は残されている。人為的に刈り取られているのは間違いない。
そして、削り取られた地には、何と地上二十メートル強はあろうかという、巨大なビルディングが建てられていた。
「な……、なんじゃこりゃ」
思わず叫ぶファルガの声に反応したのか、ビルの三階の窓からはエスタンシアが、五階の窓からはレーテが顔を出す。
「あ、帰ってきた!」
「お帰り~」
何とも緊張感の無い返答に、思わず脱力するファルガ。
だが、これでいいのかもしれない。少なくとも、今この瞬間、この場所はまごうことなく平和なのだ。
そして、そう思える自分に、少し驚きもあった。
戦闘と闘争に身を置きながらも、どこかに自分の帰ることのできる安寧の場所があること。
それが大事なのだろう。
ビルの影から姿を表す単眼の巨人。
グオン界元の神勇者・ゴンフォンだ。
だが、彼の出立は、もはや戦士のそれではなかった。
鍛練は欠かしていないのだろう。筋骨隆々とした四肢は、以前にも増して頑強になっている印象だ。
ただ、スキンヘッドである彼の頭には手ぬぐいが巻かれ、腰巻きと同じ材質で出来たランニングのようなものを身につけている。左手には鏝板を持ち、右手の鏝でセメントらしきものを捏ねているが、それは恐らく、この地の雑草を水に溶かし、その上で蒸発させて粘度を高めた簡易凝固剤のようなものなのだろうと想像できる。
それをビルの壁面に塗り込むことで、本来そこまで剛性をもつ素材ではない、雑草を骨組みにした建造物の強度を上げているのだろう。
しかし、この一帯は雑草しかない。
ということは、このビルディングのありとあらゆる部位を、雑草を原材料にして作ったということなのか。
ゴンフォン曰く、骨組みは草から取り出した繊維部のみを編み込み、それに土と樹液を混ぜたものを塗って乾かすことで強度を出し、それを元にして組み上げたという。
同じ方法で壁板なども作り上げ、組み合わせたということなのか。更に、植物特有の細胞膜すらも破壊するほどの圧力を掛けることで、只の雑草から、直接的な資材だけでなく、凝固剤や接着剤、果ては防水塗料まで、様々なものを作り出すことが出来たようだ。
今回、ゴンフォンは試していないが、そこから陶器のようなものまで作ることが出来るらしい。
文字通り、このビルディングは全て雑草から出来ている。
術者が揃っているので、焼きをいれたり等の、原材料の加工は容易ではあるのだが、まさかそんなものをここ数日で作り上げてしまうとは。
「おお、ファルガ殿、戻られましたな。して、次第は?」
「あ、ああ……。問題なく終わったよ」
そう話すファルガの視線は、眼前に聳える、もはや雑草の面影すらない巨大なビルディングに固定されていた。
このビルディングのそこここに散りばめられた、様々な少女チックな装飾や色合いを見る限り、大分女子二人の要望があったであろう事は容易に推測でき、その心労を察するに、ファルガがギューと共に成し遂げてきたことなど、些細な事のように思えて仕方なかった。
「すごいでしょ! ゴンフォンが一人で作ってくれたのよ!」
三階から得意気に話すエスタンシアを見て、一階で作業をするゴンフォンがいたたまれなくなり、思わず言葉を掛けるファルガ。
「すごいな。これ全部一人でやったのか……」
その言葉に、笑みを交えながら答えるゴンフォン。
「時間があったので、鍛練がてら作ってしまいましたよ」
だが、その目尻には疲れが見える。
「その……なんだ……、『あれ』と『あれ』の要望が割と凄かったろ?」
声のトーンを落とし、目配せをしながら別の意味の労いを伝えるファルガ。
「……楽しくやらせていただきましたよ」
心なしか、そんな満点回答をするゴンフォンの心が、砂になっていく様が見えた気がした。
「……手伝わないからな、あいつ。力だけなら俺らよりも強いのに。
しかし、よく床が抜けない強度で作れたな。この建物」
「聞こえてるよ!」
思わず呟くファルガの言葉に、敏感に反応するエスタンシア。
ファルガたちとは違い、元々『氣』の包含量が圧倒的に多いアグリ界元の人間。特にコバイン族は、ファルガたちが丹田を使い高速増殖法を用いて瞬間的に『氣』を生産し、それを使用するのとは、『氣』の運用方法が根本的に違う。
エネルギー値の高い存在が質量をもつのは致し方ないのだが、それと乙女心とは関係ないらしい。
その後、呼び出したレーテと共に、説教を始めたエスタンシア。
同情すべきは、何も言っていないのにファルガの横で座らされて説教の巻き添えを食った悲劇の巨人・ゴンフォンかもしれない。
「……ところで、預かってきたぞ。例のもの」
女子にとって不可侵の体重の話から始まり、『女心とは』というひどく抽象的かつ漠然とし、更に『それは人それぞれだろう』という内容を、延々と大講釈賜られ続けたファルガだったが、肩で息をしながら満足そうな笑みを浮かべるエスタンシアを見て、頃合いだとばかりにゴンフォンに話を振る。
一瞬、まだ足りぬかと不満げに眉を動かすエスタンシアだったが、まるでずっと欲しかった玩具を、ピンポイントでクリスマスプレセントとして送られた子供のように破顔して喜ぶゴンフォンを見て、嬉しくなってしまったらしい。
「これなんですよ。某が欲していたのは……!」
余りの嬉しさに感涙するゴンフォン。余り感情を表に出さないこの巨人が、ここまで歓喜するとは。
エスタンシアの隣で、喜ぶゴンフォンを微笑ましく眺めるレーテ。
だが、そこで巨人神勇者と対照的に覚めた眼差しで、巨人と手にした超神剣装備を見比べるファルガの視線に気付き、訝しげな表情を浮かべた。
レーテは、右掌に収まる、ファルガが渡した新しい超神剣の装備を見て、閉口した。
四つの連なった穴の開いた金属と、その穴を繋ぐ、握りのような金属部。
それだけだった。
「それ……、一体何なの?」
その言葉を飲み込んだレーテ。
余りに喜ぶゴンフォンの姿を見て、いたたまれなくなったからだ。
せめて、もう少し超神剣装備っぽければまだよかったかもしれない。
どう見ても、製鉄所から出た廃材だ。
ゴンフォンは、嬉しそうに自身の右の拳にセットする。
四本の指をそれぞれの穴に通し、穴を繋ぐ支柱のような部分を拳の中で握る。
そのまま、『氣』を高めたゴンフォンは、薄ピンクのオーラ=メイルに身を包みながら、拳を引いて構えると、目にも止まらぬ速さで打ち出した。
ゴンフォンの拳は、轟音と共に巨大な雑草の海を引き裂いていった。
「これですよ……! 某の力を完全に伝えるこの感覚を求めていました!」
満足そうに何度もうなずくゴンフォンの背後で、ファルガは思わず呟いた。
「これ、超神剣の装備関係なく、ゴンフォンの拳の威力だよな……」
ファルガに向かって何度も礼を言うゴンフォン。
「ああ……、喜んでくれて俺も嬉しいよ」
引き攣った笑みを張り付けるファルガと、ゴンフォンがそれに気付かぬように、盛り立てるレーテとエスタンシア。
雄叫びと共に天に向かって突き出された拳から、薄いピンクの輝きを伴った拳圧が上空の雲にふわりと穴を穿つ様を見て、改めてファルガは思う。
ゴンフォンは素手でいいのではないか、と。




