来るべき時への準備とやり残し
ディーガレン国を去ったファルガとギューは、修理を依頼したギューの超神剣装備と改造を依頼したゴンフォンの超神剣を受け取る為、そして、ディーガレン国での事案を『ついでに軽く』報告するために、エリクシールの元を訪れていた。
「割と、ユークリッドには超妖魔はいるようですね。
そのコントローラー型超妖魔は、今は所在不明です。ただ、恐竜の死骸型の超妖魔は、まだあの地下倉庫にいると思いますが。
ずっとあのままなんですかね……?」
今回の『疑似仮想空間』の一件は、発掘された恐竜の死骸が、一部化石化していなかった事が判明したのが元々の発端だった。
二億年近く前の死骸が、化石化せずに発見されるのは、天地がひっくり返る程の事案だった。
そもそも、古代の生物が石になって残っていること自体が奇跡なのだ。殆どのケースでは、化石化する前に、バクテリア等のいわゆる分解者たちに処理されて、影も形も残らない。そして、それこそが自然のサイクルなのだ。
ごく稀に、様々な偶然が重なり、比較的分解されにくい骨格が残る場合があるかもしれないが。皮膚の一部でもミイラ化して残っていれば、それこそ奇跡と謳われる。
古代生物との時を超えたコンタクトは、本来それが限界……、であるはずなのだ。
ところが。
今回、化石化していないどころか、死んだそのままの状態で出土したという。それはもう奇跡という表現で収まるものではなかった。
結果的には、約二万年前に死んだ恐竜の群れの死骸の一部に、静的超妖魔が実体化して紛れた、というのが真相だった。
そして、そのまま二万年の月日が流れ、周囲は化石化したが、実体化した超妖魔部分だけは、二万年前の姿を保っていた。
それはそれでとんでもない事態ではある。しかしながら面白いもので、人間はまったく想定していなかった事案よりは、想定してはいるが、確率が異常に低い事案のほうを、興奮して検証しようとする傾向がある。
今回の事案は、古代生物の化石化していない死骸の発見という、確率が異常に低い事案に、超妖魔という認識されていない存在が絡んだが故の混迷だったといえる。
そんな存在をそのままにしておくのは、流石に如何なものかと感じていたギュー。そのままそれを放っておけば、再度同じような事案を招きかねない。何か手を打った方がいい。
幼心ながらにそう思えたがゆえの、少年神勇者の発言だった。
エリクシールの作る自身の城は、それそのものが『疑似仮想空間』だ。
かつてファルガが消し飛ばしてしまった事などなかったかのように、以前と同じように存在していた。
窓から外を見れば、地面も先端も見えないような、ただ空中に浮遊しているだけの塔。
それを便宜的に、ファルガ達はエリクシールの城と呼んでいた。
その無限の広さを持つエリクシールの城の一室に、彼柱の部屋がある。
照明など存在しないが、部屋そのものが光源不足とはとても思えないほどに、部屋の隅々まで認識できる。
そして、四方を壁に囲われただけの、無機質なその部屋の中心部にはゆりかごが無造作に置かれており、その中には横たわる赤ん坊・エリクシールがいた。
ディーガレンの人々がどうやっても扱うことはおろか、認識すらおぼつかない疑似仮想空間。
それを何事もなく、当然のように使い続ける、空間生命体・界元神皇エリクシール。
そのエリクシールは淡々と語る。
「死骸型の超妖魔は消滅させた」
殺したのか……!? あの超妖魔を……。
ファルガとギューは思わず息を飲む。
最高次の神皇ならば、超妖魔を殺す……死という概念はないので、単純に消滅にはなるが……のはたやすいのだろう。
……しかし、何故?
超妖魔を消滅させる方法。
それは二通りある。
『確率体』の時は、確率体の体積を上回る広域を、莫大なエネルギー量で攻撃、確率体を損壊させる事。
そして、『実体』の時は、実体状態を解除する前に、実体そのものを損壊させることが必要になる。
ただし、確率体の体積は実質無限大だ。
現次や高次の存在では、『確率体』である超妖魔は倒すことはできないといっていい。何故なら、攻撃し損壊させることは、何らかの力を加えて対象の形状を変える事を指すが、定型がなく、力の集中で破壊できるものがない存在というものは、倒しようがないのが本当のところだ。
逆に、『実体』……確率体の凝華形態……の場合は、高次はもちろんの事、現次でも認識は可能だ。そして、その場合には触れることも可能。
山岳超妖魔は、山岳の一部に凝華していたし、コントローラー型超妖魔は、人間が作り出したような物体に凝華していた。死骸型超妖魔も、恐竜の死骸の形に凝華したにすぎない。
ただ、死骸超妖魔の場合、時間が経ちすぎて、周囲が変わってしまったことに気付かなかったことが、エリクシールに発見される原因となり、消滅を余儀なくされた。
いわゆる生命体に凝華しなかった超妖魔なので、静的超妖魔なのだろうとは推測されるが、はっきりしたことは神勇者達には解らない。
ただ、空間生命体である界元神皇エリクシールは、同じ最高次であるはずの死骸超妖魔を、躊躇なく消滅させた。
それは、エリクシールという個性だからなのか、はたまた神皇と超妖魔の関係だからなのか、はっきりしない。
ただ、同じ超妖魔でも、超妖魔王オーラ=クロスに対しては、一定の敬意を払っているように見えた。
そこが、ファルガ達には矛盾として感じられる。
同じ最高次であっても、相手によっては虫けらの如くにあっさりと殺すのか。
そこに同情などないのだろう。矛盾かもしれないが、良いも悪いもない。
ただ、ファルガ達は驚いた。
それだけの事だ。
そもそも、ヒト型の何かに妙な同情を覚えるのは、人間特有の心理なのかもしれない。それは、例え異星人でも妖怪変化でも、ヒト型だからこそ分かり合えるかもしれないという、儚い希望なのか、それとも思い込みなのか。
『神は等しく救済しない』。
カインシーザの言葉が、ここでもファルガの心をなんとなく刺激した。
「……もう、命光石は要らないんですよね?」
恐る恐る尋ねるギュー。
五歳の時に、自身の界元ギラオの魔神皇を倒した少年神勇者。
圧倒的なセンスの持ち主だった。
しかし、肝心の心の成長が足りていなかった。
現在十歳。
今の彼は、強さに憧れ、悪を倒すことのみに魅力を感じる子供とは違う。
友を失い、星を失い、界元を失った。
そして。
新しい友ができ、新しい故郷ができた。
そんなギューだからこそ、エリクシールの言葉に疑念を抱いたのだ。
もう、この界元の『氣』は補われた。
そう答えるエリクシールに、ギューは更に質問を投げかけた。
「それなら、死骸の超妖魔を、消滅させる意味があったんでしょうか?」
エリクシールは答えない。
ファルガも答えない。
界元神皇の間には、誰も壊すことのできない沈黙が流れた。
「これがゴンフォンの超神剣装備。そして、この赤い鎧もそなたに合わせてあるぞ、ギューよ」
微妙な空気の中、エリクシールから、以前依頼していた超神剣装備の返却があった。
ゴンフォンの超神剣装備は、元々小さなナイフだった。だが、巨漢のゴンフォンにとってそのナイフは、武器として何の役にも立たない。
そうファルガに指摘された。
実際、ゴンフォンは戦闘時にナイフは使わず、素手で殴りつける場面が多かった。
それを見るに見かねたファルガが、エリクシールに依頼したのだ。
ギューは、新しく作り直されたゴンフォンの超神剣を見て絶句する。
……これは超神剣ではない。少なくとも神皇の力で作られたものとは、とても思えなかった。
ギューの界元に、拳闘の際に用いる指にはめる武器があった。
『メリケンサック』。
界元ギラオのギューのいた星ではそう呼ばれている武器だった。
ギューは、自身の装備の横にポツンと置かれた、何の装飾もないメリケンサックを見て、見開いた目を閉じることができず、呆然と見下ろしていた。
「僕は、ジルゴさんの町に戻ります。
元々、ディーガレンに来たのは、ジルゴさんの代理でしたから」
ファルガは頷いた。
「……行ってやるといい。ジルゴも喜ぶだろう。
ところで、ディグダインの言っていた、一ヶ月後って何の事だ?
俺も朦朧としていたから、何か言われたのは解ったんだけど、意味が解らなかったんだ」
ファルガの問いには、ギューも答えられない。少年神勇者にも、約一ヶ月後のことに、思い当たる節がなかったからだ。
「わかりません。
でも、ディグダインさんは、一ヶ月後にはじまりの地で、と言っていたんですよね?
そこで何かが起きるってことですかね?」
ファルガはチラリとゆりかごの中の赤子に目をやるが、反応がない。
どうもこれも内緒らしい。
「俺は、レーテ達のところに戻って、その日を待つよ。少しでも強くなっておかないと」
ファルガはそういうと、エリクシールに≪洞≫のゲート作成を依頼した。
そして、エリクシールの作ったメリケンサックを持って、ゲートの中に姿を消したのだった。
ファルガの危惧は、まだ見ぬ恐ろしい敵ではなかった。
今回、自身の超神剣装備を壊してしまった根本的な原因。
もちろん、ジルゴの『氣』をそのまま武器化した『超神剣』の攻撃は凄まじかった。だが、ジルゴの攻撃だけで、竜王剣にひびが入り、蒼龍鎧と光龍兜も使用を控えなければいけないほどの損傷ができるかといえば、はなはだ疑問だ。
やはり、先の変身で、装備が耐えきれずに徐々に破損しだした、と考えるべきだ。
その変身は、デイガ界元にて出現したグアリザムとの戦闘の最中。ライブメタルを体内に取り込み、『融合神』として姿を見せたグアリザム。その存在はファルガに激しい怒りと凄まじい恐怖を植え付け、結果的に黄金の竜戦士・超勇者への変身のきっかけとなった。
黄金竜ゴールデン=ゴールドへの変身を食い止め続けた蒼龍鎧と光龍兜には、相当の負担が掛かっていたのだろう。そして食い止める力と邁進しようとする力が拮抗していたからこそ、力の方向が明後日の方向に向き、結果『超勇者』への変身に繋がった。
その超勇者の力に耐えられるように、最初の変身で覚えた怒りと恐怖を、界元神皇エリクシールが再現し、ファルガへと流し込むことで、再度超勇者への変身を強制させ、その『氣』を用い、竜王剣と蒼龍鎧、光龍兜を改良した。
理屈では、ファルガの超神剣は、神勇者の武器ではなく、ファルガ専用の武器になったことになる。
武器と防具は、ファルガの真の力に耐えられるだけのものになった。問題は、ファルガ自身がその力をコントロールできないこと。
二回目の変身の時は、暴走こそ許したが、彼の意識はあった。つまり、制御できないわけではなさそうだということ。
何故、エリクシールはファルガの武器と防具を完全にファルガ仕様にカスタマイズしたのか。
そこには、ほぼ未来予知に近い、エリクシールの『超演算』の結果が色濃く影響しているだろうと推測できる。
そして、それをエリクシールは伝えないが、ディグダインのハイコンピューターは、エリクシールの演算予知からなのか、はたまたユークリッド界元の目に見えぬ変化なのか、それを察知し、一か月後にはじまりの地へと神勇者たちを集めようとしている。
ユークリッド界元内の他の星の神勇者たちを呼び戻すのかは、エリクシール次第だ。
しかし、各星へと派遣した神勇者が全てこの星に集結し、何か大掛かりな出来事が発生するとなると、やはり、『魔』との最終決戦……エリクシールの対の反心魂、マラディとの最終決戦を意味することになるだろう。
その時、マラディは神闘者を準備してくるだろう。
無数の神勇者と神闘者の戦闘が行なわれれば、この星は焦土と化す。やはり、他の界元の『精霊神大戦争』同様、エリクシールに『疑似仮想空間』を作らせ、その中で戦うしかないのだろう。
そして、エリクシールは武器を直すという口実をつけながら、ファルガの超勇者形態の力を量っていた。対『魔』の最終兵器として、十分に使えるだろうという仮説の元に。
実際、あの超勇者形態は、≪真・八大竜神王≫に耐えきった。
おそらく、そんなものをぶちかまされれば、エリクシールやマラディも消滅の憂き目にあうだろう。
それほどの力を、対マラディ戦に準備するエリクシールの心の裏側はわからない。
だが。
ファルガが今できることは、地力を上げ、万が一超勇者化した時に暴走せずに、力をコントロールできるようにしておくこと。
ドラゴン化も自分の意思で出来ないファルガが、超勇者形態を自在にコントロールできるとは思えない。むしろ、そういう性質のものではないのかもしれない。
それでも。
自身が最終兵器化しないために。
できるだけコントロールできるようにしておく必要があった。
超勇者形態に変身した際に力をコントロールすることではなく、超勇者形態にならないための力のコントロール。
それをあと一か月でものにする。
その目標を掲げ、ファルガはゲートを潜ったのだった。
新しい超神剣の装備を手に入れたギュー。
彼は、ジルゴ達の待つ町へと戻ることにした。
だが、今は無きギラオ界元の神勇者としてではなく、ドイム界元の神勇者として。
全体的なイメージは、そこまでは変わらぬ朱色の鎧。ただ、肩当て部など、全体的に角張っていたデザインの朱神鎧は、以前に比べて丸みを帯びている気がする。
鎧の背面部分に収納された『巨神斧』を取り出してみると、より戦斧のデザインになっている。薙ぎなどの斬撃だけではなく、刺突向けの刃も設置され、より洗練されたシャープなデザインとなった。
ギューはその巨大な戦斧を片手で軽々と扱うと、満足そうに頷いた。
ギューがディーガレン国の技術者たちに預けた、かつての戦斧『巨神斧』。
それは、いつの間にかエリクシールに回収され、新しい『巨神斧』として生まれ変わっていた。
エリクシールから特段説明を受けたわけではないが、手にした瞬間、ギューの中にその記憶が流れ込んでくる。
元々はドイム界元の人間。
それが、ギラオ界元に飛ばされた両親の元に生まれ落ちたギューは、この時初めて、超神剣装備にしっくりとした馴染みを感じたのだった。
「よし、僕も行きます。
エリクシール様、お願いします。ジルゴさんの待つ町へ」
ギューの言葉に、特段返事はしなかったエリクシール。
だが、彼の目の前に漆黒の水晶が現れ、その周囲を紫雷が迸る。
ギューは臆することなく、ゲートに飛び込んでいった。




