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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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314/317

食事会と、不穏な兆し

 大統領ゴンゲンとの食事会は、静かに始まった。

 歓迎の姿勢は崩さないゴンゲン。

 しかし、彼はマスコミだけはシャットアウトした。

 やはりどうしても大臣アマデチカの事故死と、大統領専用車両の修理とを結びつける人間は一定数いる。

 そして、そこを辿っていくと、不思議な小人の存在にたどり着いてしまう。

 常人の所作とは思えない数多の現象。超硬質ドアの切断。操縦席とキャビンを隔てる防弾ガラスの切断。巨人の膂力をもってしても不可能な行為を容易く成し遂げるこれらの現象は、超常の存在を示唆せざるを得ない。

 痕跡は残したくはなかったが、ディーガレン国領土内に治安のために設置された防犯カメラが仇となった。

 ゴンゲンは、感謝の意こそ示したかったが、それとは別にあらゆる角度からの情報操作の必要性は、痛切に感じていたのだろう。

 大統領の人柄的な好感度と、立場を弁えた振る舞い。

 更に、大臣死去と大統領襲撃の情報の欲しいマスコミ、余り騒がれて欲しくないだろうファルガ達神勇者組、そして不思議な小人の存在との関連性を余り探られたくない政府側、と多角的な視点から得られる最適解で動こうとする大統領としてのゴンゲンに対し、ファルガは評価を上げたのだった。

 国賓を迎えるのとは違う、こじんまりとした食堂。

 六人掛けのテーブルセットに純白のテーブルクロスが掛けられた食卓は、豪奢さと厳かさを兼ね備え、参加者を揃えないことが無礼にならないように配慮された、素晴らしいセッティングだった。

 驚きだったのは、小人枠であるファルガたちが、ミニチュアの席をテーブルの上にセットしての列席ではなく、本来の六人席でありながら椅子だけが特注の、小人達でも同じ高さの卓を囲めるように深く検討された会場だったことだ。

 ともすると、料理の並ぶ食卓の上に着せ替え人形セットに合わせて作られたようなテーブル等を置き、とりあえず目線を合わせて食べることを最優先にしたセッティングになりそうなものだが、テーブルは既存のものを使えるように椅子で調節し、食器類も本物の食器の縮小版を使う配慮がなされていた。

 巨大な存在はそれでもいいかもしれない。しかし、小人たちからすれば、なぜ自分たちだけ舞台に上げられ、晒されるように食事をしなければならないのか。

 小人たちがそのような疑心暗鬼に駆られないような、大統領の配慮だった。

 ジルゴ達のように、ファルガやギューサイズの人間もこの界元のこの星には存在する。

 彼らの国家と外交する際には、サイズを合わせた物品も、当然必要な設備であるのは、説明を受ければ解るのだろうが、そのような配慮がまさか既にあるとは思わず、ファルガもギューも、大統領の心遣いに感嘆したのだった。

 料理については、ディーガレン国の特産を使った複数品の皿が並ぶ。

 肉料理と魚料理、そしてサラダ。前菜と呼ばれそうな豆腐を使った料理がデザートに来るのは意外だったが、数少ないファルガの王宮での食事経験からしても、そこまで違和感は覚えなかった。

 やはり、この界元は様々なものが巨大だ。肉料理にしても、脂部分と赤肉部分が本来であればバランスよく盛り付けられるべきものだが、ファルガ達の皿に盛られたのは、巨大な赤肉の塊と脂の塊だった。バランスよく添えたいが、なかなかそれを許さないということなのだろう。

 実際シェフと呼ばれる人間達の努力の痕跡は見え、赤肉と脂をソースに絡めて食べる事で楽しみの増す料理を、上手く一口で食べられるように加工していたのには、彼らは頭が下がる思いだった。

「美味しい、美味しい!」

 と舌鼓を打つギュー。

 その姿は、回りで見ている人間を喜ばせ、更に食欲を沸かせる程だった。

 どの界元の国でも、子供の喜ぶ姿は大人たちの心の糧になるようだった。


 深夜のカーチェイスの話で盛り上がった、黒服の秘書達と大統領。そして、それを優しく見守るタタアギ老技術省長官。

 だが、神勇者組が食事をほぼ終え、ギューと共にそろそろ席を立とうとするファルガに、大統領ゴンゲンは言葉を投げかけた。

「……君たちは、私に何か話すべきことがあるのではないかな?」

 一瞬の間があり、席を立つことをやめるファルガとギュー。

 この食事会に参加すると決めたファルガは、大統領ゴンゲンに、とある事を依頼するつもりだった。

 『疑似仮想空間』の研究の中止。

 それは、空間生命体である神皇や超妖魔達の能力の領域への侵略行為の阻止だった。

 だが、ファルガは参加を決めた後のギューとの就寝直前の話し合いで、依頼をしない選択もある、という意見にまとまりつつあった。

 なぜか。

 それは、ゴンゲンやフギョリ、そして黒い秘書達を含めたこの星の現次の存在に、『疑似仮想空間』は認識できないのではないか、という疑念が持ち上がったからだ。

 認識できないものを取り扱うことはできない。

 行なっても行なわなくても、結果を知りようがないのであれば、それはもはや取り扱っていないことと同じになるからだ。

 そう思わされたのは、黒服の秘書の一人であるドゥエイブのハッキング技術だった。

 この男のこの国での電子ネットワークに関する技術の高さは、想定外だった。

 そして、この電子の世界は、ファルガにとっては未知の世界だった。

 ギューの界元ではある程度発達していたようだが、それはあくまで情報のみの伝達、加工、利用であり、ユークリッド界元内のディーガレン国の人々も、実際の三次元を思考するのには用いることができても、その演算から『疑似仮想空間』の実操作へと繋げることは不可能。

 そう思わされたからだった。

 『Null』の存在。

 電子データ上では定義はされるものの、現実世界でのこの存在は、実際にはあるのかもしれないが、現次である巨人たちには認識できない。

 この存在をドゥエイブが説明できなかった。というより、理解できなかった。

 それが、ユークリッド界元の現次達にとっての、認識の上限であり、技術の上限なのかもしれない。

 そう考えた時、『出来ない』どころか『認識できない』ものに対する研究の停止を依頼したところで、意味をなさないのではないかと考えたのだ。

 それどころか、その依頼が彼らに妙な刺激を与え、結果『疑似仮想空間』の研究に駆り立てることになっても困る。そして、まだ予期せぬ技術の研究に進まれても、それはそれで厄介なことになりかねない。

 実際、コントローラーを失ってからの彼らを見ている限りでは、再現は愚か、細かい理論も説明できる状態ではなかった。

 コントローラーを操作した結果の座標の反転した施設の出現も、再度取り組んだところで、当然再現はできない。

 そう考えたのだ。

「君たちは元々、我々にあの不思議な技術の研究をやめさせるために、この地を訪れたのではないかね?」

 ゴンゲンの重低音のボイスが食堂内に届く。

 決して激高した大声でもなければ、囁いたわけでもない。

 ただ、何気ない会話を交わすかの如くに、サラリとかの大統領巨人の口から流れ出たのだった。

 ファルガは、諦めたようにふっとため息をつくと、再度自分の席に座る。

 それを見て、どう行動するかの判断をファルガにゆだねていたギューも併せて自席に腰を下ろした。

「……化かし合いは苦手なんで、単刀直入に言います。

 俺がこの会に参列させていただいたのは、『施設』の開発を中止していただく要請をするためです。

 もちろん、この国の技術で出来上がる『可変容積型多目的施設』の開発コンセプトは素晴らしいと思います。

 別の場所でも、俺は首都が壊滅するような事案を何度も見てきました。その時に、人々の混乱を最小限に押さえるために、中央政府は即座に情報収集機能をはじめとする、指揮体制・運用体制を復旧させる必要性があると痛感しました。

 そして、それを実現しようとする数々のアイデアは尊いと思っています。

 ただ……。

 『可変容積型』の機能を空間歪曲で実現することは止めていただきたい。

 ……いえ、止めていただきたかった」

 ゴンゲンの太く険しい眉が少し上がった。

「……過去形だな」

「ええ。

 この国の……、この界元の人を馬鹿にしているのではなく、我々現次が『疑似仮想空間』を扱うのは不可能だ、と思い至ったからです。

 我々の五感では、認識できないものが沢山あります。

 その中でも、鍛練をすれば、ある程度身に付けることができるものと、そもそも身に付けるという範疇にないものがあります。

 『氣』や『(マナ)』は、鍛練すればある程度は身につけることができます。それは、我々が生きていくに当たって、意識的・無意識的に関わらず、使っているからです。

 ですが、『疑似仮想空間』は違う。

 我々が触ることができるものではない。

 ごく稀に自然的に発生するものに巻き込まれると、予測不能な事態が起きる。

 問題は、何か起きたことに違和感は覚えても、明確に何が起きたか分からないことなのです」

 ゴンゲンは、何もリアクションをせずに聞いていた。まるで反対野党の政策展開を聞いているかのように。そこに自身のリアクションを挟まずに、フラットに聞いているのだ。

 彼の所作が、今回も果たしてそれなのかは分からないが……。

「ドゥエイブさんは『Null』がどうこう言っていました。

 我々は、何か得体の知れぬものという認識でしかありませんでした。彼にとってもそうだと思います。

 認識できないんだからそうなります。

 その状態だと、仮に空間生命体を入手して観測したところで、何が起きているのか理解できない、となりますよね。

 何かは起きているが、何が起きているのか分からないものに、何か実験で手を加えることは不可能ですから」

 ファルガの言葉が終わると、ゴンゲンは息をゆっくり吐き出し、目を閉じた。

 しばらくの沈黙の後、口を開く。

「……空間生命体やら、疑似仮想空間やら、私には理解に苦しむものばかりだ。

 しかし私からすれば、君らもいわゆる超常の類いだ。

 だが、そんな君たちが言うのだからそうなのだろう。

 もともとはフギョリ君の進めていた『施設』の特殊機構。

 立方体において表面積と体積には相関関係があり、本来は等式で示せるが、その技術を用いるとその等式が不等式になる、という事態は、現象としては説明できても、その理屈は誰にも解らん。

 彼からは、その技術として説明をされていたが、実際には再現は不可能ということだな。

 ……少なくとも我々には」

「はい。

 ひとつ言えるのは、それを扱えない現次が無理に扱おうとすると、三次元の関係が壊れ、界元が崩壊するでしょう」

 ゴンゲンが突然目を輝かせた。

 その輝きは、ファルガに嫌な予感を覚えさせた。どうみても、ゴンゲンの政治家としての眼差しは成りを潜め、少年の眼差しにとって変わったからだ。

「ファルガくん、君の要請はよく解った。

 嫌だといっても、我々には解らぬもののようだ。

 その代わりといってはなんだが、界元とか、神皇とか、空間生命体とか、君が口にする、君の知る世界を教えてくれないか?

 私もそういったものは大好きでね……」

 ファルガの覚えた予感はこれだった。

 稀代の大統領は、中二病だった。


 ファルガは、質問攻めにあった。

 一つ説明すると、いくつも質問が帰ってくる。

 かつて、神勇者になる際の鍛錬の一つとして、記憶の強制体験により、ファルガはドイムの界元内の過去の森羅万象を見せられ、発狂寸前に陥ったことがあった。

 実際、過去の神勇者候補の中には、『それ』を見せられた結果、心が壊れた者も何人もいたというから、あながちファルガの苦しみも大袈裟ではないという事なのだろう。

 その経験があるからこそ、ファルガはゴンゲンの質問に全てを答えることは出来た。

 特に『氣』と『(マナ)』の術のくだりは、実際の演舞も含めたので、ゴンゲンの中の少年は大満足だった。

 ギューが横で寝静まった頃、ゴンゲンはやっとファルガを解放した。

 だが、森羅万象はまだ語り尽くせていない。第二回の説明会を希望した上で、ゴンゲンは、ファルガ達を送り出した。

 眠そうにするギューを担いで、送りの大統領専用車に乗り込んだファルガは、誰にも聞こえないようにそっと呟いた。

 恐らく、ゴンゲンや愛すべき巨人達は、エリクシールに記憶を消されるだろう。だが、それも仕方ないことなのだろう。

 フギョリが失ったコントローラー型の超妖魔だけは追わねばなるまい。

 ゴンゲンは気になることを言っていた。

 取り調べ中のフギョリの記憶や言葉に、意味不明の単語や空白が混じるのだそうだ。

 それは、フギョリの中に編み込まれた、紛れもない『Null』という存在が、形となって表れたものだった。

 そして、考えられるのは、フギョリはあの超妖魔の何らかの影響を受けている、ということ。

 ≪索≫で見る限り、彼の中に本来あるべき量の心魂が足りていなかった。

 心魂が半端に失われた生命体は、意識は混濁し、発言がおかしくなり、行動に異常をきたす。

 フギョリが操っていると過信していた、件の超妖魔に、逆に吸われていたと考えるのが妥当だった。

 心魂を得ようとする超妖魔。

 それは、マインド=サクションの剣宮の主と同じ存在。つまり、神皇化したい超妖魔だということだ。

 ファルガは過去にその存在と対峙している。

 かつての決戦にて、グアリザムを倒した後、直前の戦闘でグアリザムの剣に斬られ、吸収されてしまったレーテの心魂を助けようとしたファルガ。

 神皇ゾウガの神術により、心魂を肉体に縫い付けたまま昇華、ファルガ自身が強引に高次の存在となり、剣の中の存在・剣宮の主と対峙、勝利する。

 後に、ファルガは『剣宮の主』を名乗る存在が、剣型を実体とする超妖魔であることをエリクシールより告げられることになる。実は、この時点でドイム界元の神勇者ファルガ=ノンは『超妖魔殺し』になっていたのだ。

 超妖魔ゆえ、ドイム界元の神皇ゾウガですらも、剣の形状になりグアリザムの手元に留まり続けていたその存在に気づかなかったのだ。

 超妖魔は、自らを確率体と実体に自在に変化させることのできる、最高次の存在。

 現次の人間たちが常時追跡できる相手ではない。

 姿を消したコントローラー型超妖魔の居場所は、エリクシールを含めた誰もが特定することは困難だ。

 だが、エリクシールからコントローラー型超妖魔の討伐指令が出るのは時間の問題。

 ファルガはそう思わざるを得なかった。


 蒼い鎧の戦士達は、その日のうちに、ディーガレン国から姿を消す。

 この国のトップとその取り巻き達は、彼らがいなくなったことに気付いていない。だが、誰かがそう伝えても、彼らは思い出せないだろう。

 楽しかったあの時の思い出は、微かな幸せの記憶としてのみ、彼らの心に残ったのだった。

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