事件の終焉、そして……
大方の予想通り、大統領暗殺の実行犯は、フギョリの息の掛かった者だった。
黒服の秘書達は、暗殺者を拘束する。
暗殺者は、拷問による情報の漏洩を恐れて、奥歯に仕込まれた毒を使用するが、神勇者達の『氣功術』は、暗殺者の体内の解毒能力を飛躍的に増大させ、彼の苦痛を『喉に異物が詰まった』程度に留めた。
「とりあえず、あんたの死に場所を奪うつもりはない。
死にたきゃ、事が終わってからどこにでも行って勝手にやってくれ。
ただ、今目の前で死なれたら、俺が気分悪いんだ。
俺は何度でもあんたを蘇生させる。あんたが何かすればするだけ、苦しみを繰り返すだけだ。
苦しいだけで、暗殺者としてのプライドが結局守れないなら、苦しむだけ損だろう?」
その後も、ファルガとギューの目を盗んで何度か自害を試みた暗殺者だったが、その都度強制的に復活させられた。
そして、文字通り『死ぬような』苦しみを幾度となく味わわされることになるこの暗殺者は、ついに青年神勇者の発した言葉に陥落した。
止めは「別に、死体からでも情報は抜き出せるからな」と、無機質に吐き出されたファルガの一言だった。
次元が違う……。
後に、足を洗ったこの巨人の、当時の回顧録にはそう記されたという。
そして、フギョリの横領は、ドゥエイブの資料により確定する。
同時に、アマデチカ大臣の暗殺の嫌疑もかけられたが、資料では大臣他殺は確定され、それが今回の大統領の件同様の暗殺であるまでは特定できたが、その指示をした者がフギョリであると断定できるものがなく、今の時点では限り無く黒に近いグレーであるとされた。
不思議だったのは、フギョリの口座データや暗殺者を準備した際の電子でのやり取りに、不可解な『Null』データが無数に付随していたことだ。
『Null』データとは、データが空っぽであることを意味する。
『0』ではなく、見えないだけの『Space』とも違う。『0』は、0というデータがある。『Space』は、空白というデータがある。
『Null』は、ないのだ。データがないのだ。
まるで、空間が削り取られているように、その部分だけがないのだ。
ドゥエイブは最初そのまま出力をしたが、天才仕訳師ノボの指摘で、そのNullデータを検索し、削除した。
そうすることで普通の人間にも読めるものになったが、そのNullの意味は、さすがのドゥエイブにも解らなかった。
ドゥエイブの扱うフギョリに関するデータのNullの入り方は、ちょうど系外からの宇宙線に似ていた。それは、法則性を示しながら、言語としての解釈は難しいという、不可思議なデータ形状だった。
報告を受けた秘書長チニゼは、タタアギに報告はしたが、その上部での階層の人間……つまり大統領であるゴンゲンには報告はしなかった。
説明をしたとして、それが導き出す懸案も予測できない。
『理由は不明ですが、何か不吉なことが起きる気がしてなりません』。
こんなものは報告でも何でもない。
この類の発言は、太古の昔に村人をいわれのない恐怖で怯えさせた祈祷師のものと何ら変わらないのだ。
「そのフギョリって人、アマデチカ大臣を何のために狙ったんですか?」
「簡単に言えば、悪さがバレたのを問い詰められたから、ってことじゃないか?」
ギューの問いにファルガが答える。
それを聞いていた技術庁長官タタアギは、飲んでいた茶を吹き出しそうになる。
「……まあ、確かにそういうことなのだがね。この国での利権構造については、君達は関係のないところだからな」
そもそも、君たちにとっては、この国の利権など、破壊できる脆弱な存在でしかないのだろうな、という言葉は飲み込むタタアギ。
この老長官は『知らない』が、『わかっていない』わけではなさそうだ。
「基本的には、俺たちはこの界元での事件にはノータッチです。
……というか、そもそも我々は界元内の事故事件には触ってはいけないルールでした。
今回、俺がここに来たのは、この国が例の『施設』を完成させるために、本来我々現次の存在が手を出してはいけない、『疑似仮想空間』を用いようとしていたからです。
こいつが、その使用を最初から拒否していれば、俺はここに来る必要はなかった」
ファルガは、冗談ぽくギューの頭を軽くこづいて見せた。
「だって、ジルゴさんの名前を出されたら、なんとかしなきゃいけないと思うじゃないですか!」
痛くはなかったが、ファルガにこづかれた部分を押さえながら口を尖らせるギュー。
そんなやり取りが、老人であるタタアギには、酷く眩しく映った。
自分にも、若かりし頃には大志を胸に抱き、職務に邁進した頃があった。
あの時は、全てが初めての経験で、全てが乗り越えることなど不可能ではないかと思えるほどの高い壁で、仲間や先輩の力がこれほどに頼もしいと思えたことはなかった。
若さ……なのか?
定年を過ぎ、嘱託という立場ながら現役を貫いているタタアギは、こみ上げる懐かしさに、一瞬溺れそうになった。
「あの件だって、あの子達があの町で、平和に暮らそうと思うから、人質的にあのジルゴがいかなきゃいけなかった、っていう話だろ?
ジルゴが町にいないなら、関わる必要はなかったんじゃ?」
ファルガの問いに剥きになって抗弁するギュー。
ジルゴはいなかったが、アミツとジアはあの時、町に残っていたのだ。そういう意味では、自身の選択は間違っていない。
その自信がギューにはあった。
「……ふーん、じゃあ仕方なかったってことにしとくか」
余りの言われようにカチンときたギューは、思わずあかんべぇをする。そんなギューにつられて、ファルガもやり返した。
そのやり取りを横で見ていたチニゼは、思わず苦笑するのだった。
公金横領、科学技術大臣殺人教唆の罪及び、大統領暗殺容疑で拘束されるフギョリ。
庁舎の彼の部屋に捜査員が訪ねた時には、彼は全てを悟ったようだった。
いささか吊りが過ぎている彼の双眸は、悔しさの余りか固く閉じられ、少し涙が滲んでいるようにも見えた。
翌日、改めて大統領に招待された長官タタアギと秘書三名。
国家からすれば、その最高権力者が暗殺されたとなれば、国内外問わず大問題となる。
ましてや、改革の最先鋒ゴンゲンだ。
彼が『暗殺』という既得権の闇に屈すれば、それを利用した更なる癒着が加速し、いつかは文字通り国家が身動きできなくなり、自壊していくことは容易に予想された。
その国家の危機を救った四人が、大統領に慰労をされるのは当然と言えた。
ただ、その招待状には、小さき戦士達の名も綴られていた。
「お前、大統領に名乗ったのかよ!」
慌てるファルガ。
彼は、昔からこういう催しは苦手だ。ましてや、国どころか、星、そして界元まで違う国のセレモニーに呼ばれるなど、全く想定していなかった。
確かに、あの瞬間に大統領を救う活動をギューと共に行なったファルガ。
だが、どさくさに紛れて、存在を気取られずに姿を消しつづけていることができたという自負が、彼にはあった。
ところが、招待状の中には、ファルガとギューの名が明らかに記されている。それはまごうことなき事実だった。
「知りませんよ! 何でも僕のせいにしないでください!」
ファルガにあらぬ疑いをかけられ、怒るギュー。
ただ、これはギューも少し気の毒かもしれない。
あれだけの大立ち回りを演じれば、嫌でも目立ってしまう。
幾らなんでも、小人の見間違い、では済まないだろう。それでも、そう言い切って逃げ切るだけの自信はファルガにはあったのだが。
「安心してくれ、君達の名前は僕が伝えてある。少しでも長官達の負担を減らしたくてね」
あの日以降、聞き取り調査や実況見分で忙しすぎたタタアギ長官やチニゼ秘書長、そしてノボに代わり、現場にいなかったドゥエイブが、大統領府からのセレモニーの招待状の宛先を答えたらしかった。
あっはっはっはっ、と気の効いた自分の機転を、有頂天になって笑うドゥエイブ。
「あんたが原因かい!」
ファルガとギューに凄まじい勢いで問い詰められるドゥエイブだったが、良いことをしたはずの自分が、なぜ責められているのか解らず、目を白黒させるのだった。
「……ドゥエイブを責めないでやってくれ。
私たち同様、彼も君達には感謝をしているのだ。
本当に、感謝してもしきれないくらいだ。なにせ、国家存亡の危機だったのだからな。
色々と大統領も聞きたいことはあるだろうが、君らへの質問は極力我々が答えることにする。君らは豪華な食事だけを楽しんでくれ」
豪華な食事と聞き、思わず生唾をのみ混むギュー。だが、ファルガは参加を渋った。
食事に興味がなかったわけではないが、表立った事件に余り関わってはいけないという、幾度となく潜った修羅場経験が、ファルガに警鐘を鳴らしているのだ。
同じタイミングで、同じメンバーを巻き込んだ事案として、『大統領暗殺未遂事件』と『疑似仮想空間利用事件』は発生している。
しかし、ファルガたち神勇者組が関わるべきは後者のみで、前者の事件にはできれば関わりたくないし、関わってはいけないと思えるのだ。
いや、それでも俺は、と渋るファルガに、タタアギ長官は記憶媒体のチップ大の小さい紙切れを渡す。
そのサイズはファルガ達には少し大きい書面となる。
『請求書』。
確かに表題にそう書かれた紙には、ゼロが八つついた金額が示されていた。
記載された内容については読めないが、タタアギの笑みからも、内容は類推できる。そして、≪索≫の読心は、その類推を裏付けた。
それは紛れもなく、青年神勇者が扉を切り飛ばした大統領専用車両の修理代の請求書だった。
≪索≫は、タタアギのメッセージも拾っていた。
『出ないなら払え』。
この場にいたのが、かつてのカインシーザなら、そもそも、このような話し合いの拒否は愚か、大統領を見殺しにして、コントローラー型の超妖魔のみを排除しただろう。
それが薄情であるということを言うつもりは、ファルガにはない。だが、ある意味それが正解である、という現実も、ファルガにはわかっていた。
ただ、それができないのだ。ファルガという男の性質上。
そして、それを見抜いたタタアギ長官の、少しスパイスの効いた慰労会への招待状だった。
おそらく大統領も同じ気持ちでいるはずだ。そして、別界元の神話的な存在に、自分の政治生命を救ってもらおうとはこれっぽっちも考えていないはずだ。
ファルガは考えを改めた。
この機会を使って、大統領に『疑似仮想空間』を使った技術の開発を取りやめてもらうように説得するのだ。
同じ敷地内の別棟である大統領官邸に、まさか大統領専用車両で移動するとは思わなかったファルガ達。
大した距離ではない。直線距離にすれば五百メートルもない。
ファルガ達の感覚でその距離なのだから、巨人達の感覚で言ったら、近所のスーパーよりも近いかもしれない。
その距離を最高級の大統領専用車両で迎えに来るというのだから、贅沢を通り越して、無駄と言えなくもない。
それを口にしないどころか、そう言いそうになるギューを窘める役に回ったのだから、ファルガも多少は成長したということなのか。
だが、ファルガとギューは体のサイズから数に勘定しなくとも良いので、実質四人が乗れればよいはず。
やはり勿体なさは否めない。
「歩いていきますよ」
そう言って、手配された車両を断ろうとするファルガに対し、車両への搭乗を進めようとする巨人の操縦士は、困り果てた様子を見せた。
主賓が車両に乗らないという事態は、操縦士の仕事としては、あってはならない事だ。発地から着地まで、無事かつ快適に送り届けるという、彼の仕事が成立しないことになってしまう。
搭乗を断られたから帰ります、というわけにはいかないのだ。
彼の仕事を作る意味でも、車両に乗らざるを得ないファルガだったが、『関わりたくない』という気持ちは変わらず、ぎりぎりまで離脱出来る方法を模索していたようだ。
だが、それは叶わず、同行せざるを得なかった。
問題は、小人組の装いだった。
神勇者なのだから、超神剣の装備を身に纏うことが正装なのではないか、というギューの意見は尤もだったが、そもそもギューには超神剣装備がない。今着ているのはアンダーウェアだけであり、ともすれば下着だ。
せめて店で彼らのサイズを探してくれないか、とタタアギに懇願した。
ファルガやギュー程度の身長を取り扱っている店は、やはりなかった。
赤子用の店にあると考えたが、そもそも体のサイズ比が違う。
頭身も、手の長さも足の長さも違うとなれば、もう特注で作るしかなかった。
当然特注でもそれは難しく、結果的に、巨人の少女が遊ぶような、着せ替え人形のパーティーセットに入っているような衣装に落ち着いた。
だが、全身が発光するかのように輝くラメ仕様のスーツは、正装というよりはディナーショー用のものという印象であり、それに袖を通すことはファルガの参加意欲をさらに削ぐ。
ピカピカに輝くスーツに身を包み、目を白黒させるファルガとギューを見て、四人の巨人達は大笑いをするのだった。
ギューはそんな彼らの喜び具合を見て、確信を持って呟いた。
「やっぱりフィギュア扱いだ……」




