噛み合う歯車
「アマデチカ大臣がお亡くなりになっただと? 本当か?」
「はい。
昨日の深夜、人気の無い道を車両で走行中、スリップして路肩の柱に激突、車両は炎上したとのことです。
まだ報道機関には、操縦士がアマデチカ大臣だったことは気取られていませんが、既にニュースでは『深夜に痛ましい事故が発生』として報道されています」
「……まさか、消されたというのか? フギョリに」
ノボからの報告に合わせ、ドゥエイブが携帯端末に、事故現場の状況写真を表示する。
更に、損壊した車両や対象物などの写真もタタアギやチニゼに見せるが、なぜその写真をドゥエイブが持っているのかは、現時点では不明だった。
電子系のネットワークについては、ディーガレン国は近隣の国家に比べ非常に発達しているようで、電波を使っての情報の送受信が可能となっている、とチニゼはファルガ達に説明した。
電波を使った通信は、『氣』の通信に比べて伝達速度が遅い為、タイムラグはあるものの、誰でも使用できるという点では『氣』や『真』より優れているといってよい。
ドゥエイブは、その通信における様々な技術に長けており、不特定多数が参照し、当時に記入する『電子集会所』から、該当の画像を見つけてきたらしかった。
ドゥエイブは、該当の写真について、百パーセントではないが、信憑性はかなり高いと語る。ナンバープレートがはっきり映っているからだ、とその根拠を述べる。
もちろん、画像加工の可能性も否定はできないが、解析結果は、加工の跡は見当たらないとのことだった。
アマデチカの死因と事故の原因を、早急に調査する必要性を感じていたチニゼは、あまりの急展開に、思わず呆れながら呟く。
「お前、その分野が得意だったのかよ……」
「得意というか、好きなんですよ。
あまり体を動かしたり、考えたりするのが好きじゃないんです。
でも、こういうことなら、ずっと座りながら出来るから……」
何気なく割と重大な発言をするドゥエイブ。
「お前、この仕事についていて、良くそれが普通に言えるな……」
思わず苦笑してしまうチニゼ。
黒服の秘書は、呼称こそ『秘書』だが、実は工作員や諜報員の側面が強い。その職に従事している人間が、体を動かすのが嫌いなどとは、古今聞いたことがない。むしろ、身体能力が優れている人間の方が、向いている仕事のはずなのに。
「そうは言われても、ここしか内定が出なかったんですよ……」
少し悲しげに呟くドゥエイブ。
その手には端末がしっかり握られている。何かがあれば、端末に依存する癖があるのは明らかだった。
といっても、逃避するのではなく、手にした端末で、情報収集から人工知能に相談、判断を仰ぐといったことまでを端末で完結させる、いわゆる『端末伴侶型』といわれる依存なのだろう。
彼は学校を卒業して、職を探している時、実はコンピューターを取り扱う勤め先のみを、複数受験していたらしかった。
就職の超氷河期世代といわれた彼の年代。
それは史上最大の人口爆発の年代だった。同じ時期に成人し、社会に出ようとする人間が、全企業の募集定員の三倍以上。当時の就職戦線が如何に苛烈であったかは、想像に難くない。
そんな中、ドゥエイブはといえば、いわゆる筆記試験については、大抵の企業の選考は通った。ところが、面接に臨むと、高確率で面接官が面接を切り上げてしまう。
彼自身の面接に関する手応えは様々だった。
面接官と良い感じで話せていると思うところもあれば、あまり手応えがなかったと感じるときもあった。
しかし、本人の面接の感触の如何にかかわらず、何故か面接官は早々に面接を終わらせてしまう。
彼にはその理由がわからず、相当に悔しい思いをしたようだった。
「……お前、今までみたいな調子で話していたんだろう?
そりゃ無理もない。
良くも悪くも、お前は相手の反応を見て話していない。
相手がその話題に興味を持っているかどうかを見極めながら話さないと、相手の心証は良くならないぞ」
ドゥエイブの面接に関する問題点を指摘するノボの話を聞いたギューは、ノボの言わんとする内容が、何となくわかる気がした。
恐らく、話している内容について、余りに楽しいという自己体験を示しながら、あるいは自分は凄いと自画自賛しながら話すが故に、聞き手が会話の本質から置いてかれてしまっているのだろう。
実際、『可変容積型多目的施設』の説明をギューにした時には、彼の話す内容は、現状と今後の展望がごちゃ混ぜになっていた。
彼はその時、あの空間を首都だと言った。しかし実際には、あの空間を管理できた暁には、首都機能をあの空間に閉じ込め、移動を容易にすることで、災害時でも即時対応可能な防災首都として運用する、という計画であり、現段階ではまだあの空間は試験段階だった。
ところが、彼の会話の中で混ざりあってしまい、その内容で熱弁を振るってしまっていた。
情報の細かいパーツは正しいのだが、情報の現在と未来が話している内に入り乱れ、結果、情報はどちらかというと嘘寄りになってしまうのだ。
おそらく就職活動時も、自分の出来るスキルと、今後身に付けたいスキルとを混ぜ、現在の自分のスキルだと受け取れるように語ってしまい、結果はったりだと思われてしまうことが幾度となくあったのだろう、と想像できた。
それ故、その時に限らず、あらゆる状況に於いて、実際の現状が解る人間からすれば、彼の説明は誇大と言われても仕方ない内容になってしまっていたということだ。
面接官からすれば、はったりの多い志望者だと見えてしまったのであれば、面接途中終了もわからなくはない。
不採用が決まった応募者に時間を割くことは、面接官の行動としては正しくない。それどころか、面接官にとって、その人間は息を吐くように嘘をつく、超危険人物と判定されてもおかしくない。
ギューは、就職活動を知らない。
それでも、人間的には悪い奴ではないものの、色々と話す内容がかなり大きめになる友人のことを思いだし、当時の周囲の仲間の割と冷たい反応と合わせて、当事者ではなかったものの、少し痛々しい既視感に見舞われた。
国家のエリートであるはずの黒服の秘書の一人が、就活失敗組であることが判明してしまい、長官の実務室は微妙な空気に包まれたのだった。
「ところで……」
と、タタアギは少し重苦しい空気の中、言葉を紡いだ。
「ドゥエイブくんは、ネットワークのセキュリティについてはどの程度造詣が深いのかな?
例えば、他の国家の機密事項にアクセスしようと思えば容易く出来るのかな?」
長官の言葉に、ドゥエイブは少し興奮しながら返答する。
「ネットワークに繋がっているマシンであれば、ほぼなんでもセキュリティを掻い潜って侵入することはできます。
最強のセキュリティは、スタンドアローンなんですよ!
私のマシンは、使うときだけケーブルを刺して、使わないときは物理的にケーブルを引っこ抜いています!
そもそも、物理的に繋がっているマシンで侵入出来ないものは、理論上存在しな……」
自分のマシンのセキュリティは万全だ、ということに熱弁を振るおうとするドゥエイブだが、長官タタアギに柔らかく制される。
「……では、例えば国家のシステムにも入れるのかね?」
「もちろん、簡単ではありません。
ですが、パスワードが設定してあるということは、必ず扉はあります。その扉は、パスワードが解れば、簡単に破れます。
パスワードを破るにはいくつか方法があって……」
再度やんわりと制するタタアギ。
「……では、特定の人物の口座の動きも解るのかね?」
「当然です。
私は、そういうプログラムを幾つか開発し……」
三度、ドゥエイブを制するタタアギ。
そして、長官自ら恰幅の良い男に指示を出す。
「では、ドゥエイブ君、君は現副長官の口座全てにアクセスし、給与以外の入金があるかどうか調べてほしい。
その入金元のリストと、その入金元のキーマン、及び副長官との関係を洗ってくれたまえ」
ここでも会話を途中で止められる、という苦い記憶が蘇りかけ、諦観の光を帯びていたドゥエイブの目に、久しぶりに輝きが戻った。
「はいっ! すぐに取りかかります! 一時間ください!」
そう返答すると、黒服の秘書のリーダー・チニゼに、本当に嬉しそうな表情を見せ、長官の実務室から出ていったのだった。
「……何なんですか? あの人……」
デスクの上で、ファルガと共に四人の巨人達のやり取りを見ていたギューは、思わず呟く。
「……世の中には、俺たちには全く関係ないところで長けている人がいる……。
あのドゥエイブという巨人も、俺たちの星だと、完全に役に立たないと言われてしまう存在かもしれない。
でも、歯車が噛み合えば、とてつもない力を発揮するのは間違いない。
人間、どこで状況と才能が噛み合うか、なんて解りゃしないという良い例だな……」
ファルガは、ドゥエイブが飛び出していった扉を見ながら、感嘆するでもなく呟いた。
一時間後。
ドゥエイブは大量の写真と無数の文字と数字が印字された、これまた大量の紙を持って戻ってきた。
しかし、余りに大量に紙と写真を持ってきたため、説明なく渡されたチニゼは、中身が全く理解できず、思わずドゥエイブをどやしつける。
「何の説明もなく、いきなりこの大量の紙を渡されても、解るわけがないだろうが!」
得意気に、というよりは鼻息荒く戻って来たドゥエイブの顔が、みるみる青ざめていく。慌てて紙と写真を見るが、アクセスできたことが嬉しくて、並びも考えず、持ってきてしまったのだ。
またやらかした……。
ドゥエイブは、下唇を噛みしめ、眉間に皺を寄せながら目線を下げた。
「凄いんだか、凄くないんだか全く解らん……」
ファルガがぼやいた直後、次に天恵を開花させたのは、ノボだった。
彼は、チニゼから受け取った紙と写真を見ながら、並び替えを開始する。
「……解るのかね?」
少し不安そうに見つめる長官タタアギと秘書のリーダー・チニゼ。
ドゥエイブはといえば、高速で写真と書類を並び替えていくノボの手の動きに圧倒され、ポカンと口を開けたまま目を奪われていた。
ドゥエイブには、その並び替えが正しいのかはわからない。
なぜなら、タタアギが指示した内容に該当していると思ったものを、彼は片っ端から印刷している。
この時点でドゥエイブは、何をどの順番で印刷したかを失念しているのだ。
「……これは、ここ一年分のフギョリの口座の金の動きと、その金を下ろした時のフギョリの姿の写真です。
後は、フギョリの口座に振り込んだ企業の正面玄関の写真、そして、アマデチカ大臣とのやり取りの写真と、その電子文書ですね」
「……お前も色々凄いな……」
チニゼは、半ば呆れながら言った。
彼の頭の中で、書類の中身と写真の内容から類推される状況が、はっきりと描き出されたのだろう。
「ドゥエイブ。
おそらくだが、この書類と写真があるなら、ひょっとすると、アマデチカ大臣に対する何らかの書類もあるはず。探せるか?」
チニゼの指示にドゥエイブは頷くと、もう一度長官の実務室から出ていった。
水を得た魚。
その様は、まさにそう評すべきものだった。
そして、更にまた一時間後。
ドゥエイブは、息を弾ませながら実務室に戻ってきた。
彼の手には、様々なタイプの書類が握られていた。
それをタタアギから渡されたノボは、改めて要点を確認し、前回の書類と照らし合わせながら、今回のフギョリの計画を整理していく。
書類を渡されながら、内容を説明されたタタアギは、あからさまに眉間にシワを寄せた。彼は直ぐに直接大統領に謁見を申し込み、事の詳細を伝えることにした。
それほどに、稚拙で醜い、しかし実際に人の命が失われている今回のフギョリの一件は、人の足元を見て、小遣い稼ぎをしようとする、唾棄すべき彼の性格を色濃く反映していた。
「ファルガさん、ギューくん。折り入って頼みがあるのだが……」
科学技術省技術庁長官タタアギは、専用回線で大統領との謁見を取り付けた後、受話器を静かに置く。
改めて実務室の書斎の椅子にゆっくりと腰掛け、溜め息をついた後の彼の言葉だった。
大量の書類と写真の出現により、長官のデスクという居場所を追われたファルガとギューは、デスクの前にある応接セットのテーブルに移動していた。
ちょうど、デスクから溢れた資料が、テーブルにも飛び火して来たところでの、タタアギの申し出だった。
「大統領との謁見に同席してほしいのだ。
そして、そのまま護衛に入ってもらいたい」
あまりの急展開に愕然とするファルガとギュー。
元々は、超妖魔の『疑似仮想空間』を現次である彼らに与えないための来元だったはずだった。
ところが、黒服の秘書たちの家族保護に目的が変わり、ついには大統領の護衛という依頼が為された。
脱『見守りの神勇者』の真骨頂だといえるかもしれない。
「……話の流れが見えません。説明をお願いします」
ファルガは、テーブルの上から、デスク越しにタタアギを見上げる。ギューも、突然の依頼に、少し戸惑っているようだった。
「あの人達の……、ノボさんとチニゼさんの御家族はどうするんですか? 彼らの保護をしながらの大統領の護衛は難しいですよ。敵も解らないのに。
デブさんの持ってきたあの資料で、大分状況が変わったってことですか?」
「デブじゃねぇよ。ドゥエイブだ……」
今は全く関係ないところで、ギューの言葉にドゥエイブがいきり立つが、そこはチニゼに制された。
「……その通りだ。状況が変わった。
簡単に説明する。
秘書達の御家族は、変わらずに護衛される。
但し、護衛の指示系統の管轄は科学技術省ではなく、大統領府に移管される。
元々、アマデチカ大臣の管轄だったものが、大臣死去により、そのまま大統領にその権限が移動したわけだが、その際に、待遇が軟禁から保護に変わった。体感では彼らには変化はないがね。相変わらず労いの会の延長だと思われているはずだ」
ギューは、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、タタアギの表情は険しいままだ。
段取りはつけたが、まだ護衛に入っているわけではない。
傍受を恐れ、早く謁見に臨みたかったタタアギは、大統領の会合の終了を待ち、直ぐに大統領と合流するために、チニゼの操縦で、公用の車両にて会合場所に移動することにした。
最初から、ファルガ達を全面に出して大統領と話をするわけにはいかない。
最初は姿を消しておく必要があった。
「……本当ですか??」
大統領と合流し、ファルガ達の話をするまでの間、隠れている場所をどこかと検討した結果、今回ドゥエイブが集めて、ノボが注釈をつけた資料を入れたアタッシュケース内に身を潜めることになった。
暗くて息苦しいことは十分に想定される。
ファルガは露骨に嫌そうな顔をし、ギューは呻いた。
「やっぱり、僕たちフィギュア扱いだ……」




