フギョリという男
ファルガとギューは、それぞれ見張るべき担当の元に潜入した。
身長が巨人たちの五分の一という彼らの与えられた状況は、静止したターゲットを監視することに関しては、難易度を著しく下げることになる。
逆に、ターゲットが移動を開始すると、追跡するのが困難になる。
低速移動ならばまだいい。音速を超える空中移動になると、流石に付いて行くことは難しい。
アマデチカをターゲットとして行動し始めたギューは、その移動の頻度の多さに辟易する。
アマデチカが扉から出ていけば、その扉が閉まる前に素早く通過しないと、自力で開けることはひどく困難になる。
もちろん、『扉』という遮蔽物を通過するだけでよい、とする観点でいえば、遮蔽物としての『それ』を壊せば簡単に通過はできる。しかし、それでは痕跡を残すことになってしまう。
マークされていることを対象に気づかせるのは、一番の悪手だと言えるだろう。
また、ディーガレン国は、今は無き少年ギューの生まれ育った界元・ギラオの星の文化にかなり近いことが、ギューの行動により、次第に明らかになっていく。
車両と呼ばれる移動手段は、ギューの界元に酷似しており、塗装された金属による外装ながらも、居住環境を使用者に合わせて調整されたキャビンスペースに車輪がつき、搭乗者の移動を高速かつ快適に行う道具だ。
円形の操縦桿を回し、足のペダルで速度を調整するという操作方法は、ひどく簡単であるため、速度規制さえ意識出来れば、子供でも操縦は可能だ。ただ、他の車両との関係やその他の構造物との関係があるため、訓練後に免許を発行する免許制になっているのは、ギラオ界元との類似点かもしれない。
そして公的組織や私的組織の要人には専属車両と専属操縦士がつく。今回アマデチカの国家内の役職を考えれば、至極当然だといえた。
しかし、とにかく大きい。ギューの感覚でいえば、もはやこれは車両ではなく、地上の移動式要塞だ。
そして、移動手段としては、速い部類に入る。単純に車輪の直径が大きい。そして、その回転速度も速いとなれば、その速度は推して知るべし、だ。
今でこそ飛行術≪天空翔≫が解禁になったが、もし未だにその制約があったなら、マーク開始五分足らずで、すぐに振り切られてしまっていただろう。
そして、現在ギューには超神剣の装備がない。これは、ギューの潜入捜査にとって、大きな比重を占める問題となる。
形上はドイム界元の暫定神勇者という立ち位置ではあるが、実質丸裸に近い。
巨人との戦闘程度ならば問題はないが、戦車などの攻撃車両や、戦闘飛行体といった技術の粋と交戦するのには、やはり不安が残る。
やはり大きくて速い機械の相手は、ハードルが格段に上がる。機械の攻撃力が未知数だからだ。
ファルガは、自身が破壊した『巨神斧』の修理をタタアギら研究者に依頼をした。
ファルガの話では、もちろん彼らが超神剣の装備を直せるなどとは思っていないという。
ただ、少しハードルの高い課題を与えることにより、少しでも家族に対する不安を払拭するためのファルガの奇策だったようだ。
実際には、彼らの頭から家族の安否についての不安は、離れることはないだろう。
だが、過剰な不安は、ただただ人の歩みを遅くする。それは物理的な話だけではない。考えも凝固され、悪い方にしか考えられなくなる。
それを長年の冒険により、身を以て体験しているファルガは、何か別のやるべき課題を与えることにより、彼らの心理的な不安から目を背けることの手助けをしたかったようだ。
それ故、実質的には提供する課題はなんでもよかった。知恵の輪でも、盆栽剪定でも。場合によってはギューの情操教育、という側面もファルガは多少期待していたかもしれない。
ただ、彼らの助力をするファルガたちの役に立てる何か、の方が彼らも没入しやすかっただろう、という彼のちょっとした気遣いだった。
一方、ファルガは、恐らく黒幕と思われるフギョリをマークした。
彼の場合も隠密行動になるので、実質超神剣装備は必要ない。
ただ、フギョリの場合は、何をしでかすかわからない不安があった。それ故、もしもの為に超神剣の装備は身に付けたままとした。
ゾウガの付与した機能で、遠隔からの召喚機能はあるが、あくまでそれは本人が要求した時しか発生しない。万が一、使用者本人が失神するか錯乱した場合……つまり、正常な判断で超神剣装備を召喚できない場合、それは命取りになりかねないからだ。デイガ界元でのライブメタルでの一件は、ファルガに深い反省を与えていた。
蒼龍鎧の肩当て部と、光龍兜の角部は多少目立つことになるかもしれないが、そもそも装備者であるファルガ自身のサイズが小さい故、実際にはそれほど問題にはならなかったようだ。
そして、フギョリをマークし始めてファルガが驚いたことは、この男は思いのほか動かない、ということだった。
副長官……実質長官職という立場でありながら、視察も何もしないのだ。
もちろん、実務室に籠り、全ての報告が自分の手元に上がってくるようなシステムを作り上げているなら、それはそれで業務の用は足りるのだろうが、とにかく動かない。
フギョリは、怪しい動きどころか、日常の生理現象すらどう処理しているのかわからない程に、準備されたデスクの席から全く離れようとしなかった。
それでいて、何か書類を作ったり確認したりしているという様子もない。
それはあたかも、ファルガの潜入に気づき、全く動きを見せないようにしているかのようにさえ感じられた。しかし、かの男がそれほど優秀かといわれると、それは微妙だ。
そして、夜だけは決まった時間に外出する。
彼の場合も、アマデチカ同様『車両』を移動手段としているのだが、こちらは自分で運転する。恐らく自分で所有しているものなのだろう。
そして、夜になった後の、退勤後の彼の振る舞いは、とにかく羽振りがよかった。
少なくとも、彼の知る権力中枢にいる人間の、実務担当者の予測される給与から算出される、適切遊興費と比較する限りでは、破格の羽振りの良さだった。
そして、とにかく女を侍らせる。
性的なアピールの強めなドレスを身に着けた女性の店に行き、両側に侍らせると、とにかく彼女たちに酒を振る舞い、ボトルを入れ、ちやほやされたがった。
女性はプロだ。流石に表情は変えず、アルカイックスマイルを湛えている。
しかし、『氣』を探れるファルガからすれば、女性が明らかに嫌悪感を抱いていることがわかる。
それでも、フギョリは気づかない。まるで社会的な経験のない若者の酒の席のように、騒ぎ、喚き、はしゃぐ。それこそ、何か溜まりに溜まった己の負の感情を発散しているかのようにも感じられた。
そして、店舗の中でも最も若そうで、純真無垢そうな娘を自分の『車両』に乗せ、自身の住居である高官用の宿舎に連れ込み、その日はそこから出てこなかった。
まるでファルガに見せつけるかの如くに、小物感をたっぷり示したフギョリ。
翌日は酒臭い状態だったのだろうか。
しきりにシャワーを浴び、酒を抜いたつもりなのだろうが、果たして抜けていたかどうか。
朝も大分遅れて実務室に出勤すると、再び席にビス止めでもされているかのごとくに、『硬直』する。好意的に見れば情報収集なのかもしれないが、その状況は、どうオブラートに包んでも、『硬直』としか表現のしようがなかった。
「わからん……」
ファルガの眉間に深い皺が刻まれる。
数日間の尾行をした結果の、ファルガの第一声がこれだった。
怪しいのだ。
あれだけ毎日遊び狂えば、流石に金も底をついてくるだろう。
上司であるタタアギの給料よりいいはずはない。
実際、育児の終わった彼でさえ、そこまで遊んだら金が底をつく、と断言するほどの金額だ。
だが、フギョリの金が足りなくなっている感じは受けない。
確かに動かないことは節約かもしれないが、それで節約できる程度の使い方ではないのだ。そして、業務をしないことが節約にはなるまい。
勿論、政府の金を横領していれば、あれくらい羽振りは良くなるのかもしれない。……それでも、行動は俄成金的であり、品性などは微塵も感じられなかった。
しかし。
日中何もしていないのだ。
というより、あの状況だと何も出来ない、というのが本音だ。一応仕事はしているように見える。だが、管理維持運営の仕事ではない。本来ならもっと足を使うべきなのだ。彼は、研究職の統括的立場になるはずだ。
研究の進捗は、大事な確認事項であり、自身の目と、報告書とで管理すべきだ。
ところが。
日中はデスクで業務に取り組んでいるように見せて『硬直』、夜は、激しく遊び過ぎて『硬直』してしまっている。
目を閉じたまま仕事になる人間は、そうはいないだろう。
横領の事実は、ほぼ間違いない。
ただ、動かなさすぎて、どう横領しているのか見当がつかない。
既に横領システムを構築してしまい、自分が特段手を下さなくとも、金が自動的に入ってくるようにしてしまったのか。
しかしそこまで有能とはとても思えない。
やはり、帳簿を見た方が早いのか。
だが流石に帳簿は見ることが出来ない。
物理的に見ることが出来ないのもそうなのだが、書いてある内容がファルガには理解が出来ない。
≪索≫の術で読もうにも、機械で印字されるタイプの通帳にある金の出し入れでは、その時の感情が乗ってこないため、≪索≫で読むことが出来ないのだ。
余程、古文書の方がわかりやすい。
文字が読めずとも、記入している人の心が文字に残るため、実際の状態が≪索≫の術で読み取りやすいからだ。
早くもファルガの方が、手詰まり感が出てきてしまった。
対するアマデチカは、良く動く部門長という感じだった。
本来であれば、動きすぎと言われてしかるべきな移動距離と移動時間だが、携帯通信機器が発達しているこの界元のこの星、この国家であれば、移動しながら情報の収集および他の場所の人間に指示を出すことは可能になる。
実際、ファルガは遠隔地での行動となった場合の通信端末の役割をエリクシールに依頼している。勿論、彼柱からすれば不満なのだろうが……。
早くもアマデチカは白、フギョリは黒にそれぞれ限りなく近いという結果に落ち着きそうだった。
ファルガが次に知りたいのは、フギョリの行動の実態をアマデチカが知っているかどうか、という問題だった。
正直、裏金や横領についてはどうでも良かった。
問題は、チニゼとノボの家族の軟禁の事実を知っているか、ということだった。
「長官、大臣アマデチカという人物は、どの程度部下の行動を把握していますか?」
ファルガは、『巨神斧』の修理の合間に、実務室に戻ってきたタタアギ長官を捕まえて尋ねる。
デスクの上に立って話す甲冑を身に纏った小人の情景は、幻想的ではあるが、どこかに違和感があるのは、傍に立つ存在が、スーツ着用の老巨人であるからかもしれない。
「基本的には、大臣職はすべてを把握しているわけではない。プロジェクトの進捗を各部署から受けるだけであり、だれがどの程度働いていて実績を上げているかの管理については、長官職が行う。
現状、フギョリが実質長官職にいるので、彼の元に現場の具体的な労働状況などは伝わってくるが、長官職の労働状況については、大臣も把握していない」
ファルガは考え込むような仕草を見せた。
これほどしっかりしている国家であれば、もう少し様々な統制が取れているだろうと考えがちだが、そうでもないということか。
もっとも、ファルガが見てきたのは、ラン=サイディールや古代帝国イン=ギュアバであり、彼自身まともに成熟した国家は見ていないといって良いのだが。
「フギョリなんて、ちょっと刺激すりゃボロが出そうなんだけどな、俺がやるわけにはいかないし」
ファルガは、今まで自分を囮にした作戦を幾度か行なったことがある。
彼はかつて、ラン=サイディールの首都デイエンでの神隠しの原因を探るために女装して、相手の出方を見たことがある。他にも様々な場面で、割と囮行動を取る。成果が上がるからこそ、その選択をするのだろう。
だが、今のファルガはそもそもサイズが違う。
いくら放蕩なフギョリでも、身長が標準の五分の一の女性に興味を持つとも思えない。
そして、囮が女装という、かつてのトラウマを無意識に最優先選択肢にもってきている自分に、思わず頭を抱えるファルガ。
「……女を買う金が続くはずもない。どこかで動きを見せるはずだ……」
ファルガの一言に、ギューが反応する。
「オンナオカウ、ってどういう意味ですか? 何をするの?」
そんなギューの言葉に、ファルガとチニゼがすばやく反応する。
「まだ子供は知らなくていい!」
子育てに苦心する項目の一つは、子供が不相応な大人の領域に興味を持った時の対処だ。
ファルガもチニゼも、ギューに対して喝を入れることで、不思議な連帯感が芽生えたのだった。そして、後には、何故か仲間外れにされ、膨れっ面になるギューが残された。
「長官、大臣アマデチカの上役は誰かいますか?」
暫く考え込んでいたファルガは、アマデチカを黒と認定することにした。
「大臣の上長ならば、大統領閣下だろう。ディーガレン国の国王と言っていい」
「なんとか話せませんかね、その人と」
「……流石にファルガ君がダイレクトにというわけにはいかんが、話は聞いてくれるとは思う。状況によるがね」
タタアギは、怪訝そうな表情を浮かべながら、しかしはっきりと答える。
「しかし、どうしたんだ、急に。
つい先程までアマデチカ大臣は白だと考え込んでいたと思ったが……」
「多分、ある意味白なんですが……、道理的には黒……」
「……大臣が、フギョリの横領そのものには気付いていて、敢えて見て見ぬふりをしていると?」
「それは黒ですよね。どちらかというと、見て見ぬ振りではなく、本当に気付いていないのではないか、と……」
タタアギは、声のトーンを落とす。
それに応じて、チニゼも長官の実務用デスクに顔を近づけた。
それは奇しくも、甲冑を着けたフィギュアを覗き込んでいる、スーツを着た老人と黒服に身を包んだ中年男性という、少し珍しい武器装飾品マニアの品評会という組み合わせに見えなくもない。
「何か絵面的に変……」
遠巻きにそれを見るギューがボソッと言った一言が、二人の巨人を割と傷つけたようで、特にタタアギは少し声が震えていた。
「アマデチカが、あまりに白すぎるんです。でも、知っていて見逃している割には、アマデチカにはリスクしかない。
フギョリから何か利益供与を受けているなら、もう少し何かあるはずなのに、何もない。ということは、純粋に何も知らないのではないか、と」
ファルガは、証拠を掴んでいるわけではないが、と前置きした上で続けた。
「アマデチカは、ギューの話では、あちこち飛び回って仕事をしているとのこと。
その実務能力や調整能力は確かに凄い。
その能力の高さゆえ、本人も気付かないまま、フギョリの仕事まで手をつけてしまっているのでは? そして、彼の仕事を全て奪い取ってしまっているのでは?
そう思ったんです。
片や、仕事をし過ぎ、片や、仕事をしなさ過ぎる。それでも問題なく回っている。
となると、分業がうまくいっていないのではないか、と思ったわけです。いや、ある意味うまくいっているというか……」
チニゼは唸った。
その線はあるかもしれない、と。
世の中には、プロジェクトが円滑に回っているからといって、全ての人間がベストを尽くした状態かつ、適材適所の環境が出来ているとは限らない職場が無数にある。
むしろ、無能な人間の業務を出来る人間が肩代わりしてしまって、結果的に回っているように見える、ということも往々にしてある。
その見極めは、初見では難しい。
チニゼが見る限り、フギョリはやはり仕事をしているようには見えない。
ただ、回っているから出来ているのだろうと考えていた。そもそも秘書はそれ以上考える必要もなかったからだ。
ところが、タタアギが実質の更迭となり、フギョリを実質の長官に据えたのはアマデチカだ。
フギョリの口車に乗せられた可能性は往々にしてある。フギョリからタタアギは責められない。……となれば、タタアギの上から責めようとすると、やはりアマデチカによる更迭人事になる。
チニゼは呻く。
「なるほど。
しかし、そうなるとリスクはどんどん上がります。フギョリが講じた手段は殆どが騙し討ちに近いもの。万全の策で嵌めたわけではないから、歪みは来ているわけです。
アマデチカが、幾ら実務が強いといっても、構造上の問題では太刀打ちできないでしょう。いずれ歪みが来ます。
その時、フギョリはアマデチカを消すかもしれません。すべてが明るみに出る前に」
「……そこまでするのか? あの男は」
タタアギは、流石に驚きを隠せない。
だが、実際フギョリの策で更迭され、さらに人質を取られた状況からすると、無い話ではない。
行くところまで行けば、大統領暗殺までやりかねない。
チニゼはそう話を締めた。
アマデチカの事故死の一報は、それからすぐに彼らの元にもたらされた。




