開発計画のほころび
超界元ユークリッドは、物体の全てが巨大だ。
人間のサイズは勿論の事、人間の作るものも全て巨大なのだ。それは建造物に止まらず、家具や道具、人の使う環境そのものも、ファルガやギューのいた界元に比べて、全て巨大。
その縮尺は、ファルガ達人間の身長ベースで約五倍。ファルガやギューが巨人達と並ぶと、彼らの膝下にちょうど頭部が並ぶ比率だ。
その大きな人間基準ならば、人間の作る物や使用する物のサイズが大きくなるのは至極当然の事だろう。
しかし、そうでない存在……自然界に繁茂する草木に始まり、天然の動物など、自然界のあらゆる物質が、驚くほど大きいのだ。
ひょっとすると、物質そのものを構成する原子や分子、エネルギーを定義する素粒子そのものが大きいのかもしれない。
流石に、その事を調べる余裕は、神勇者達にもない。
だが、巨人達がそのような疑問を持たざるを得ないくらいに、ディーガレン国の科学技術省技術庁長官の実務室に発生した≪洞≫のゲートは小さかった。
目線の高さが余りに違うゆえ、非礼は理解をした上で、デスク上で極力目線を合わせ、やり取りをするようにしていたファルガ達。
しかし、今回の≪洞≫のゲートの出現の条件には、それが加味されていなかったため、巨人達の足元に突如発生してしまった。突然ファルガ達が彼らの足元に現れるという、巨人達にとって驚きを伴う帰還となった。
しかしながら、その現象がタタアギは勿論の事、チニゼたち黒服の秘書たちにも、空間を弄るという行為の危険性と問題点について、理解させることになった。
「危なかったですよ。
ゲートは、俺たちが通り抜けられるサイズで作られています。
そのゲートの小さな入り口に、タタアギ長官の足が空間に無理矢理入ってきて、こじ開ける結果にでもなったとしたら、多分誰も生き残っていないですよ。
非常に大きな力で、無理矢理空間を繋ぎ合わせて維持しているゲートを、一気に引き千切るわけだから、この地に流出するエネルギーで、この星など簡単に消し飛びます」
離れた空間を繋ぎ止めるのには膨大なエネルギーが必要なのだ。
そう伝えるファルガの熱弁が功を奏したかは解らない。
だが、意味は伝わらなくとも、危機感だけでも伝わってくれれば。
ファルガはその思いで話し続けた。
そして、空間を大小変化させる技術の先には『疑似仮想空間』の問題があり、彼らが持つ空間に対する解らない部分を解決しないまま作業すると、どれ程に恐ろしい結果を招くことになるか。
その危機に対しては、警鐘を鳴らせたのではないだろうか。
そして、『可変容積型多目的施設』用のコントローラーが失われたという事実に顔面蒼白になりながらも、実はそのような事態が発生する可能性も十分にあり得たことに、今更ながらに四人の巨人は恐怖するのだった。
「多分、この近くにはないでしょう」
コントローラーが消失したとき、誰かの盗難行為を疑った巨人達。
だが、そもそもコントローラーの存在を知っているのは巨人達の間では、ここにいる四人と、科学技術省大臣アマデチカ、技術庁副長官フギョリだけだ。
この計六人の中で、互いが互いの動きを気取られずに行動するのはまず不可能だということだ。
やはり、誰かしらの目があるからだ。
無論、ファルガの言葉は、無益な内輪揉めを避けるために出されたものではない。推理小説にありがちな、実は全員が犯人だった、という事もないだろう。
もし、コントローラーが本当に超妖魔だとするなら、自分の正体がバレたことによる逃走と考えるべきだろう。
問題は、ファルガやギューの≪索≫の術は勿論の事、界元神皇エリクシールの探索網にさえ掛からないだろうということだ。
超妖魔がお互いの存在を把握出来るのは、お互いが『実体』になった時だけだ。それ以外は、完全に探索が不可能になってしまう。
「それより、チニゼさんとノボさんのご家族の救出を考えましょうよ!」
ギューの提案が、実務室にそらぞらしく響いた。
今は、巨人達には空間操作は不可能だと、繰り返し色々刺激して教え込むしかない。解っている人間からすると、たどたどしいギューの言い回しだが、直前の漆黒のゲートを見せられた者からすれば、効果は覿面だった。
ギューの大根芝居に思わず吹き出しそうになるファルガだったが、何とか笑いを堪えて、真面目な表情を保つ。
そうなのだ。
巨人達の手からは離れたかもしれない。
しかし、件の超妖魔が『妖』と『魔』の心魂を求めているとなれば、話は違ってくる。
今回のように、巨人を罠にかけて心魂を奪おうとしたり、マインド=サクションのように、相手を傷つける行為をきっかけにして心魂を奪おうとしたりするかもしれない。または、全く想像もつかないような別の方法で。
心魂を欲してしまった超妖魔は危険なのだ。手負いの獣は危険というが、それと同じかもしれない。その危険度は、比較にならない程増すことになるが。
その一方で、心魂を得た元超妖魔の神皇もいるかもしれない。
現在は神皇。妖神皇と魔神皇の二つの人格で争い、界元維持のエネルギーを作り出すことで、『精霊神大戦争』にて界元を管理維持しているとしたら、その存在はどうとらえるべきなのか。
その場合、神皇の超妖魔時代に心魂を得ようとする行為が、果たして悪だと定義すべきだったのか。
それはもはや判断できまい。
捕食する熊と捕食される鹿。
どちらを主体に考えるかで、全く別の捉え方になるだろう。
ファルガを主体に考えた場合、神皇になろうとする超妖魔が、レーテの心魂を狙っているとすれば、それは間違いなく超妖魔を倒すことになるだろう。
マインド=サクションの剣宮の主のように。
その一方で、ただの人間一人の心魂を吸収したところで、超妖魔に影響をそれほど与えるものなのだろうか。
巨大な肉食恐竜が、蟻一匹を胃で消化したところで、一体どの程度のエネルギーが得られるというのだろう。
レーテは、確かに神賢者として、膨大な『氣』と『真』をコントロールしていた。そういう人間なら、心魂も持っている力は大きいかもしれない。
だが、この界元の巨人は、幾ら体が大きくともただの人間だ。
その存在の持つ心魂のエネルギー量は、たかが知れているような気がしてならない。
一瞬思考の無限ループにハマりそうになったファルガは、思わず頭を振る。そして、エリクシールに件の超妖魔コントローラーの追跡を依頼し、改めて人質救出に思考の舵を切った。
「どうやって、人質を探すんですか?」
ギューの問いに、ファルガは当然のように答える。それは、≪索≫の術を使うしかないだろう、と。
「ディーガレンは、広いですよ。ましてや巨人の国じゃ、多分思っている以上に、時間が掛かりそうじゃないですか?」
ギューの問いは尤もだが、ファルガは既に当たりをつけていた。
そんなに遠い場所で、人質を取っているとは思えない。
人質を取っている人間も、取られている人間も巨人だが、いわゆる普通の人たちだ。
逃亡を恐れて辺境の地で隔離したり、あるいは誘拐犯のようにロープでぐるぐる巻きに縛って拘束したりするような真似はしないだろう。
あくまで、表向きは普通に生活させておくはずだ。
真に頭の切れる人間ならば、対象が人質に取られていると感じさせないような環境を維持させておくだろう。それこそ、生簀で飼っている出荷待ちの魚たちのように、ストレスを感じさせないように飼育するようなスタンスを取るはずだ。放牧といってもいいかもしれない。
チニゼやノボに確認をすると、やはり、普通に生活はしているとのこと。
ただし、見張られているようだ、という家族の証言と、それを裏打ちするようなフギョリの言葉が、彼らを苦しめている。
「人がはっきりしているなら、その見張りを倒せば……」
「そんな表だったことが出来るかよ。
やっぱり、フギョリを押さえるしかないよな。手を引かせるには」
そもそも、とファルガは思う。
なぜフギョリという男は、人質を取ってまで『施設』の完成を急がせるのか? 自分の手を汚さないように、あくまで第三者を決め込みながら……。
この『施設』プロジェクトが国を挙げて行われているのであれば、人質など取らずに、堂々と国家の予算を使って、時間を掛けて開発すればいいことなのだ。
そこに、何かからくりがあるような気がしてならない。
ファルガの話を聞いたタタアギ長官は、気になることを口にする。
そもそも、このプロジェクトは、かなり潤沢な予算が取られていたはずだ、と。
『可変容積型多目的施設』のコンセプトは、元々『可変型』だけであり、容積については言及されていなかった。つまり、コンパクトに持ち込み、現場で展開させるアイデアはあったが、それは、持ち運びを楽にし、拠点となるベースを短時間で設営するというものだった。
イメージとしては、畳んであるテントのスイッチを入れて投げると瞬間的に広がり、組み上げる必要のない仕様のものを使う、というレベルの『可変』にすぎなかった。様々な機材は、やはり別途運び込む必要があったわけだ。それでも外側の組み立てが不要になれば、行程とすれば相当に短縮できる。
その程度のものだったらしいのだ。
「ところが、超妖魔の空間操作を目の当たりにして、色気が出ちゃったってところですか」
ファルガの言葉に、少しきまりが悪そうにするタタアギ。
確かに、タタアギが化石化をしていない恐竜の死骸を見つけた時、色めき立って調査をした。その結果、化石化した他の死骸と化石化していない当該死骸の間に、微妙な空間の歪みのようなものを検知している。
化石化しない現象そのものの調査も大事だが、その現象の境界線に何が起きているのか、という捉え方をすることが、現象を非常に捉えやすくすることもある。
なぜなら、発生した現象の影響が及んだ箇所とそうでない箇所の境界が、一番変化という状態の工程を保存しており、何がどうなったのか、という現象の推移を観測しやすいからだ。
その空間の歪みを発見してしまったことが、結果的に今回の人質事件の発端になってしまっているという意識があるからこそ、タタアギは『黒服の秘書』の家族たちの処遇に心を痛めているのだった。
「もう、例の超妖魔はいない。
化石の超妖魔とやらは、ギューが見ている奴以外にはないですよね。それとも、もっと別の現象もストックしていますか?」
もう隠し事はないよな? というファルガの確認。
確認といえば聞こえはいいが、体のいい脅しだ。もし、これ以上隠し事があるようならば、安心して作業に取り組めない。そう判断してのファルガの確認だった。
「……うむ。ないはずだ」
ファルガはしばらくの沈黙を保ちながら、タタアギの目を覗き込んだ。
通常目上の人間の目を覗き込むことは、無礼極まりない。もし、それをする場合、戦士であれば斬られても文句は言えない。政治家であれば更迭は免れないだろう。
だが、ファルガは敢えてそれをやる。
これ以上、自分やギューを危険に晒されてはたまらない。
そして、自分たちを信用しない人間を助ける意味などない。
タタアギは、ファルガの強い視線を真っ向から受け止める。
斜に構えるわけでもなく、敵意を持って睨むわけでもなく。
それは、長官という鎧を脱ぎ捨て、タタアギという一人の巨人が、心から助けを求めている姿だった。
しばらくタタアギを見つめていたファルガは、にやりと口角を上げると、首都の位置関係をタタアギに確認する。
便利なもので、長官の実務室には官邸の模型がある。
これは道楽で存在するわけではなく、防犯上の問題や、新しい施設の設計が妥当かどうかなど、継続的に様々な変化を与えるための準備に用いられるものだ。
「我々の部屋はここだ」
タタアギは少し長めの棒で、いくつかの建造物を含んだジオラマの一角をつつくように指し示した。
それは、先程ファルガたちが≪洞≫のゲートを使い現れた、芝の綺麗に刈り込まれた中庭と、その周囲を囲う白い建造物を模したものだった。
ちょうど、施設を鳥瞰で確認することができるのが、ファルガにとっても好都合だった。
そのまま建造物の形状から、官邸の中心部の方角を確認する。官邸の中心部には、大統領の執務室があり、また、国家による重大発表を行うためのプレスルームも隣接している。
そこから少し離れたところに、趣向の異なる建造物があるのが見て取れる。
傍には公園もあり、池などの観賞用の設備も見て取れる。
「この建物は?」
ファルガは模型の中で、他の建造物に比べ大分古びた造りの小屋を指さす。ジオラマでは小さな小屋に見えるが、実際は大きな屋敷だろう。実際、科学技術省の建物のサイズ感が、ジオラマでは五センチというサイズで示されている。その大きさは、ファルガの体感では小さな城サイズはある。
そのジオラマにおいて一センチの小屋は、巨大な屋敷を指す。
そして、周囲に水溜まりがあるように見えるジオラマは、実際にはおそらく堀のようなものに囲われているのだろう。
軟禁といわれれば、さもありなんという造りになっている。
「……これだな」
ファルガはそう言うと、改めてその屋敷のある方向に体を向け、≪索≫を飛ばす準備をした。
静かに目を閉じて、『氣』を集中する。丹田が熱くなり、体を包む薄い光の膜が、ファルガの指定した方角に向けて伸びていく。棒状に伸びた光は壁を貫通し、その先端の濃厚な部分は見えなくなった。
しばらくは、ファルガは目を閉じ状況を調べているようだったが、不思議そうに首をかしげた。
「チニゼさんに似た小さな『氣』と、ノボさんに似た小さな『氣』がありますね。それはお子さんたちかな。すぐそばに、それを護るように立つ『氣』が……。奥様でしょうか。
それを監視する、殺意にも似た冷たい目で彼らを見ているのが、見張りですね。
……その見張りを見張る存在がいる……?」
双眸を閉じたままのファルガの眉間に皺が刻まれた。
どういう状況だ?
ファルガに促され、ギューも≪索≫を飛ばす。
ファルガの言う、見張りを見張る見張りの数が、酷く多いことに気づく。そして、見張りは見張りであることを隠しているが、その隠れている見張りにすら見つからないように見張っている存在が複数いる。
家族を世話する人間の中に、見張りがいるのだろうが、見張り同士互いを認識しているようには見えない。
しばらく様子を見ていたファルガだったが、≪索≫を取りやめると、タタアギに告げた。
「ご家族は、恐らくあそこを抜け出すより、あのままあそこにいた方が安全です。
どうも、見張り以上に多い数の人間に見守られている……」
タタアギは驚き、チニゼとノボは、今度は安堵のあまり涙を浮かべるのだった。
「これは、どう判断すればいいんでしょうか?」
ギューは未だ人質達を≪索≫で伺っているせいか、視線は明後日の方を向いているが、術を継続しながらファルガに確認しようとした。
だが、ファルガに言わせると、それも甘いらしかった。
「ギュー、長い間≪索≫でアクセスする癖はつけない方がいい。もし、『氣』を辿れる相手なら、お前の存在は筒抜けだ。
≪索≫の手で一瞬触れて、すぐ離れる。それをしていれば、余程相手が≪索≫に警戒していない限りは、気付かれることないからな。
注意している相手の一挙手一投足は追うが、そうでない相手の行動は追わないだろう?
そういうことさ」
ギューは改めて、ファルガを良く気付く人間だと思った。やはり十年という年齢差は伊達ではない。
その上で、この状況の、ファルガの見解を求めた。
「……断言は危険だが、二人のご家族は、狙われている以上に守られているな。
勿論、ぴったりマークしているわけではないから、暗殺指令が実際に下されれば守れる距離ではない。ただ、動きが怪しければ先手を打つことはできる。
そういう距離感だ。
ご家族を狙っているのが誰の手の者なのか、そして守ろうとしている者が誰の手の者なのか、確定させる必要がある」
ファルガは、タタアギとチニゼに、自分達を脅しているのは誰かと尋ねる。
二人とも、首を横に振るが、恐らくフギョリだろうと推測していると答えた。
直接繋がるわけではないが、権力の移動の図が、タタアギからフギョリへの流れが一番太いからだ。同時に、『施設』の開発状況がフギョリの手元で不透明になる構図が出来上がっているのも、推測の理由になっている。
曖昧にする意味……。
これは解らないが、フギョリの手下の監視するものを監視する存在がいるということは、そこと連携できれば、フギョリを挟み撃ちにできる可能性が高い。
理想はタタアギの直属の上司アマデチカではあるが、こちらも迂闊に手の内は見せられない。
実はアマデチカとフギョリが、上下からタタアギを挟み撃ちにしている可能性も拭えないからだ。
ただ、味方がいるのも事実のようなので、連携できる先を見つけて、フギョリを孤立させるのが、家族の安全の確保に繋がるとファルガは読んだ。
むー……、と唸るギュー。
ぶん殴って終われれば、どれ程せいせいするか。だが、短気は損気というように、ぶん殴って終われることはほぼない。
「最後の一発はお前にやらせてやるから、それまではおとなしくしとけよ」
苦笑しつつ話すファルガ。
ギューは最後の一発に想いを馳せつつ、ファルガに我慢を誓約する。
味方となり得るのは、アマデチカか、その上か。
その判断をするために、ファルガはフギョリを、ギューはアマデチカをマークすることにした。
「数日の我慢です。
『施設』の開発が止まれば、フギョリは動き出します。その時、フギョリに接触してくる人間こそが、恐らく黒幕。
……いない可能性もありますけどね」
ファルガはチニゼに説明する。
この官邸内を人目につかず移動する方法はあるのか、と。
チニゼは言葉を濁すが、ファルガはその通路の存在を確信していた。逆に、非常事態の時、ないと困るからだ。
そんなものがあるのか、と驚くタタアギ。
研究者上がりで、政戦に詳しくないタタアギならば知らなくて当然だろうし、知っていても重要視はしないだろう。
むしろ、自称秘書の工作員の方が知っているはずだ。
「じゃあ、僕がフギョリさんを……」
と逸るギューを押さえるファルガ。
「ダメだ。お前、すぐ殴りに行くから」
ギクリとするギュー。
そして、そんなギューを見て、巨人達は吹き出すのだった。




